桃城×菊丸
Happiness
「こら、桃っ!早く起きて!」
夢うつつの中聞こえた愛しい人の声に、目を開けてみれば料理をしている後ろ姿が目に入った。
「…えーじ…先、輩?」
「こらこら、ぼやぼやしてる時間なんてないんだかんな!」
そう言って壁を指差すその人の先にある時計を見れば今現在、時刻は8時半。
「ぎゃあああああ!」
「だからっ!叫ぶ暇があるならちゃっちゃと支度しなさいっ!」
「は、はいいいっ!」
返事をすると同時に服を脱ぎ捨てタンスから適当に引っ張り出してきた服に着替える。
「おはようございます!先輩!」
「ん、おはよ!桃」
「へへっ、…ん」
そしてさり気なく横に立ち、少し屈んでこれまたさり気なく頬にキスをする。
「な…っ…あ、こら!ぼやぼやしてる時間なんてないって言ったでしょ!」
「はい!すんません!」
「…もう」
明らかに照れ隠しにしか見えないそれにも幸せを感じつつ、美味しそうな朝ご飯の並ぶ食卓に向かい合わせに座った。
───そもそも何故こんな状況かと言えば、俺達2人は昨日から所謂“同居”生活をスタートさせたのである。
今まで色々な難関(主に英二先輩の兄の邪魔)があったもののどうにか、晴れて同居生活を手に入れることが出来、天にも昇るとはまさにこのこと。
「どんなに急いでても朝ご飯は大事なんだかんな!特に桃は」
「な、どーゆー意味っすかそれ」
「講義中腹減ってたら寝るダロ、お前は」
「…まあ、」
早速目の前の食べ物にかぶりついていると、的確に図星を突かれて言葉に詰まる。
「とにかく、ちゃんと単位取らないと卒業出来ないぞ?」
「わかってますって!」
そう。俺、桃城武は今現在大学4年生22歳。
体育会系の大学である。
そして、英二先輩は商業科の大学を昨年度卒業。
現在は小さいながらもコーヒーショップ、某有名チェーン店の店長である。
今年の誕生日で23歳。
何故こんな若くして店長なのかといえば、大学生時代そのチェーン店でバイトをしていた先輩は、持ち前の明るさと要領の良さ、人望の厚さを高く評価され、大学在学中から店を任されている。
「わあ!やべっ!」
「歯磨きはしてけよ!」
「はいはいっ!」
と、ぼーっとしながら物を口に運びつつ時計に目をやれば9時10分前。
「間に合うの?」
「はひ!まにあひまふ!」
「…うわ、そんまましゃべんなよっ!きたにゃい!」
歯ブラシを口に突っ込みながら答えれば、先輩の口から出た久々の猫語。
社会人になってからは流石に控えるようになったそれも、俺の前では無意識的なものらしく、どれだけ気を許してくれているのかがわかって、口元が緩む。
「あーもう、こぼれてるぞ!」
「…あ、」
「全く、桃は世話が焼けるんだから…」
そう言われ慌てて口を濯ぐ。
そしてそれを先輩がさり気なく拭いてくれる。
ただそれだけのことが、嬉しくて嬉しくて堪らない。
「ほら、携帯、鍵、お財布、免許証、そんで鞄!」
「あ、ありがとうございます」
それが終わると玄関で必要なもの一式を手渡しながらニコッと微笑む。
「…エージ先輩っ!」
「にゃあっ!…んんっ」
そんな姿に愛しさが増し、受け取った荷物全て床に放り投げて抱き寄せた。
そして口付けを交わす。
「…だから…っ!」
「先輩が可愛かったから」
「…っ!」
率直な感想を述べれば顔を真っ赤にして素直な反応を返す先輩がまた更に可愛く、ついこのままで居たいと思ってしまう。
「…それじゃ、行ってきます!」
「…あ、行ってらっしゃい!」
しかし、それで良いわけもなく、名残惜しいながらも言うと同時に扉を開け、階段を一気に駆け降りた。
「講義終わったら速攻で飛んでいきますからねー!」
「わかったから事故らないように気をつけろよー!」
そしてバイクに跨りながら叫べば、同じように叫びながら手を振ってくれた。
───良い1日になりそうだ。
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