過去ログ
恋人として。
───それを聞いたときはショックだった。
でも、心の何処かで、
(ああ。やっぱり)
って思った。
───だって、彼は。
俺とは違うから。
俺みたいに趣味で終わるようなテニスじゃない。
まだまだおちびちゃんだけど。
これからまだまだ成長する。
世界のトップを狙える、
───彼のテニスは、そんなテニスだから。
「───…先輩」
それは、俺が卒業を間近に控えたある冬の日のこと。
「ん?どしたー?」
「…俺、春からアメリカに…行くことに、しました」
「…え…、」
「すいません…先輩」
「………ううん、そんな、こと、ない」
突然の恋人からのアメリカ行きの言葉。
(…───どうして、)
とか、
(…───離れたくない)
とか、
言うことはいくらでもあった筈なのに。
───何も言えなかった。
それはきっと、
(…───ついに、きちゃった)
常にそういう日が来るって、
無意識のうちに心の何処かで思っていたから。
言えなかったんじゃなくて、
───言わなかったんだ。
それに、
(…戦ってるときの輝いたおちびが、
───大好きだから)
───────………‥‥
「───で?」
「ん?」
「ん?じゃなくて、越前。そのまま行かせていいの?」
明くる日のお昼休み。
俺は昨日の出来事を不二に淡々と話していた。
「いいもなにも、おちびの才能が認められたってことじゃん。先輩兼恋人として鼻が高いよ?」
「…そうじゃなくて…、ああ、もう。本当に君達、恋人同士?」
不二が呆れたようにため息を吐いた。
「───…わかるよ、不二の言いたいこと。でもね、それじゃ、ダメだから」
「…英二?」
どういうことだ、と不二の瞳は物語っていた。
が、敢えて遠回しに言葉を選びながら喋っていく。
「…俺はおちびの先輩だから。
おちびはテニスの為にアメリカに行くんだよ。
確かに、技術的にはおちびの方が上かもしれない。
……でも、それでも俺はおちびの先輩だから」
「…なるほどね。プライベートでの関係はどうであれ、テニスの為にアメリカに行く以上、そこに私情は入れられない、と」
敢えて遠回しに言ったつもりだったのに、不二にはしっかりお見透しらしい。
「───…でも、越前さぁ、本当は英二に引き留めて貰いたいんじゃないの?」
「だからこそ、だよ」
「…え?」
英二の瞳が至極真剣な物へと変わった。
「おちびだって、あんなだけどさ、まだ13歳だもん」
不安に思うことや心細いことだってたくさんあるはず。
強がって、そういうところを見せないだけで。
「…おちびはさぁ、意地っ張りだから、本音が言えないんだと思う」
本当はまだ心の何処かで迷いが生じている。
だからと言ってそれは人には言えない。
その迷いを隠し、断ち切る為に恋人の言葉に先を委ねようと思ったのだろう。
引き留められれば「仕方ない」と、自分ではなく恋人に引き留められたという口実で、此処に留まることができるから。
「…多分、多分ね、おちびは此処に居たいんだよ。でもね、おちびは此処で終わっちゃダメ。───…それに、」
先輩として。
…いや、それよりも。
恋人として。
誰よりも大事な恋人の夢が叶おうとしている今、誰よりも彼が大事にしてくれているだろう自分が、
───…背中を押してやらなきゃならない。
まだまだおちびちゃんで、
一人で知らない所へ行く勇気がある程、大人でもなくて。
でも、行きたくないと泣いて縋れる程、子供でもない。
だから、先輩として、恋人として。
笑って背中を押してやると、
「───…決めた、から」
そう言うと、それっきり何も言わなくなった菊丸を見て、
「───全く、そう言う君も随分な意地っ張りだよ」
呟いた不二の言葉は菊丸には届かなかった。
───────………‥‥
そして遂に訪れたアメリカ出発の日。
「…英二、先輩」
「うん、頑張ってこいよ!」
…なんて、本当は少し、いや、かなり泣きそうなのを抑え必死で笑顔を作る。
「…英二、」
「おい、おちび!先輩を呼び捨てにするなんて……っ!?」
そんな俺の心情を悟ったのか、言葉を遮るように、俺の腕を引き、抱き締めた。
「最後ぐらい、俺を想って泣いてよ。英二の笑顔は好きだよ。でも、作った笑顔は、
……好きじゃない」
そう言って笑った彼の瞳にはもう、迷いはなかった。
───…ああ。
この子は俺が思ってた以上に大人だったのかもしれない。
いや、大人になった。
それはもしかしたら、もしかしなくても自分が大人になる手助けをしてやったということに他ならない。
「…おちびは、最後にするつもりなの?」
「いや、間違えた。暫くは、逢えないんだから」
「───だったら、」
泣いてなんか、やらない。
暫く経ってまた大人になって現れるであろうおちびの姿を想像し、
───…心からの笑顔で、
「まだまだだね!おちび!」
【…END…】
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