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百花学園の愉快な日常 ACT:1

ACT-12ある日食堂にて
「おい、何でアンタが食堂にいるんだ?」
「ふん。偶にはこういうのも良いだろうと思ってな」
「へえ。珍しい事もあるもんだねえ」
「アンタも何でしれっと同席してんだよ、集まるんじゃねえ」
食堂の窓際の席、周囲から少しどころか大きく浮いている場所があった。
神学科生徒会長、逆蔵皇逹。
経済科生徒会長、蘭澤あららぎさわ揺蘭ようらん
芸術科副生徒会長、比企島満。
この学校で名高い三人が同じ卓に座っている、というだけで周囲はどよめいて近くの席に座りすらしない。
事の顛末は好物のクリーム明太スパゲティをトレーに乗せ昼時で混雑する食堂の中、空いている一角を見つけ腰を下ろした逆蔵皇逹の元に、偶には気分を変えてみるかと自慢のシェフの手作り弁当を断り食堂に足を伸ばした蘭澤揺籃がカツ丼定食を手にしてさてどうしたものかとうろついていたところを、今日のAランチカキフライ定食を持った比企島満が肩を叩き「あそこ空いてるよお」と逆蔵のいる席を示したのだった。
「あは、他に空いてる席なかったからさあ」
「周りを見てみろ、お前らに同席してもらいたい女子どもが席を空け始めているぜ。そして消えろ。俺の飯を不味くするな」
「うっわ冷たー!コミニュケーションってものを学んだ方がいいよ?」
「うるせえ」
「ふっ。大体、取り巻きや遊ぶ女くらいは自分で選ぶ」
プラスチック製のコップから麦茶を飲む蘭澤が発した言葉に、二人共が顔を向ける。
「え、え。ちょい、もしかして蘭澤くんもそういう話結構イケる派?」
「何派だそれは」
「まあ金持ちなら遊んでそうだよな」
偏見に満ちた台詞を逆蔵がパスタをフォークで巻き取りながら言えば、またしても蘭澤は鼻で笑う。
「ま、お前には縁のなさそうな話だったか」
割り箸が割れず、見かねた比企島が隣から取って割ってやり、受け取ったそれを持ちにくそうにした蘭澤を冷ややかな目で逆蔵は見遣る。
「何言ってんだ?俺は神学科だぞ?」
怪訝そうに、いつも通りの眉間の皺をより深くさせて。
それにえっ、と比企島が疑問系で返すと逆蔵は当たり前の出来事を語るかのように言う。
「神学科のキリスト系列は全員寮住まいな上、カトリックだとシスター候補、プロテスタントなら牧師志願の女子だっている。閉ざされた空間で起こる事なんざ想像に容易いだろ?」
「風紀の乱れを感じる……」
比企島がぼそりと呟く。
「それらを味見してるって訳か」
蘭澤が揶揄するように言うとパスタを咀嚼して飲み込んだ逆蔵は小さく首を振る。
「味見志望をだ。大抵は一回でやめる」
「あはは、下手だから?断られる?」
「ンな訳ねえだろ。後々が面倒くせえのは御免だって話だ。適度に後腐れなく遊ぶ程度が一番良い」
「それは同感かも〜。俺もまあよっぽど相性と性格が合わないと次しないし。本気になられたら嫌なんだよねえ」
「恋愛なぞ所詮駆け引きのゲームだろう?本気になる方が馬鹿らしい」
余りにも下衆な会話をしている三人だったが、幸いなのか生徒会長クラスが三人も揃って真剣そうな顔つきで話しているものだから、聞こえていない周囲からは真剣な会話内容と推察されていた。
「ていうか皇逹くんどんな感じで抱くの?全然想像つかないんだけど」
「はあ?何で言わなきゃならねえんだよ嫌だ」
「まあまあそう言わずにさあ。ちなみに俺はスローセックス派。セフレとはポリネシアンセックスとか最近始めました」
「ンな冷やし中華始めましたみたいに言うんじゃねえよ聞きたくなかったわ」
「あはは。でも俺致命的遅漏&絶倫だからさあ普通にシたら相手のこ大概気絶しちゃうから可哀想でさ。必然的にそうなったんだよね」
「死ぬ程どうでも良い」
「でもさセックスって精神的繋がりの方が大事じゃん?満たされた〜って感じの。だからスローセックスめちゃくちゃおすすめ。心の安寧に繋がるよ」
「ふん、お前みたいに安定を他者に求めて保つやり方はしていないから必要ないな」
「うわ〜つれないなあ揺籃くん」
蘭澤はカツ丼を食べる手を休めて冷ややかに比企島を見る。
「常日頃から思っていたんだが、お前のその明るく振る舞って根が暗いの何とかならないのか?見ているこっちが不安になる」
「……君さあ、ほんと変なとこちゃんと見てるよねえ」
「おいそれ以上嫌な空気醸し出すな飯をこれ以上不味くする気か」
不穏な空気が漂う前に逆蔵が釘を刺すが二人は依然睨み合ったままだ。
「ってか、揺籃くんってさあ女の子の事アクセサリーとか思い込んでそう〜。どうせ床の中でも淡白で自分本位なんでしょ?自分の事しか愛せないなんてかわいそ〜」
「ふん。お前こそ一度しか抱かない相手に精神的繋がりを求めるとか頭おかしいとしか思えんぞ。結局お前の独り善がりじゃないのか。お前とて自己を愛する為に他者を利用しているに過ぎんだろうが」
「どっちもどっちだろ。つうか、自己満足にならないセックスとかセックスって言えんのか?結局男女どっちもどっちで自分の快楽の為にシてんだろウケる」
はっ、と吐き捨てるように断言する皇逹。
空気がぎしりと音を立てて軋む中、瑞々しい大輪の華のような声が間に入る。
「あら、珍しい面子が揃ってると思ったら何重たい空気滲ませてんの?」
明るい声の持ち主は役重雪飛、芸能科生徒会長だ。雪飛はトレーにサラダと鱈のムニエルを乗せ、片手で優雅に髪を靡かせる。
「おい役重、お前は女抱くのか?」
会話の流れで蘭澤がそう聞けば他の二人もそれは気になる、といった風情で黙り込み返事を待つ。
雪飛は「はあ?」と訝しげな表情を見せながらも同席の意思を見せ、トレーを机の上に置いた。比企島が椅子を恭しげに引くと当然のように座った。
「なに、顰めっ面して睨み合ってたかと思ったら猥談?まあいいけど。アタシこう見えて性的嗜好はストレートだから女の子好きよ」
「へえ、意外だな」
皇逹がそう言えば雪飛はフォークをサラダのトマトに刺しながら会話を続行する。
「見た目と趣味と性的嗜好が必ずしも一致する必要はないでしょ?アタシは女の子みたいな振る舞いと格好が好きで、女の子が好き。それだけよ」
「なんか究極の女好きって感じだねえ」
比企島が麦茶で喉を潤しつつしみじみと感想を吐く。
「だって可愛いじゃない。男も女も可愛いもん好きでしょ」
無言の肯定を示す他の三人。
「ま、ここ最近は舞台が忙しくて彼女作ってないけど。どこかに可愛くて愛嬌のある子いないかしら」
「芸能科なら選り取り見取りじゃねえか、見た目も入試内容に含まれてんだろ?」
皇逹がそう言うと雪飛はええ、と声を上げる。
「それ半分くらいは噂。んで無理無理、同じ学科の子なんて嫌よ。芸能科は互いにライバル、競争相手。卒業したら限られた役の奪い合いなんだから。他の系列でも割と無理。ま、将来見越して付き合ったりしてるカップルもいるけど」
「あは、ちょっと分かるよお。うちもそうだもん。ま、基本的にみんな自分の作品と向き合うのに忙しいから恋愛してる暇ない奴多いけどね」
「そういうお前は遊んでいる上で副会長、というのが何とも皮肉だな」
比企島と蘭澤がすっかり冷めてしまった食事を口に運びながら軽口を叩く。
「てかファンクラブあんだろ、そういうやつらには手を出さねえのか?」
パスタを食べ終え麦茶を飲んでいる皇逹が不思議そうに聞くと、雪飛は険しい顔で強く言う。
「それは更に無理。ファンを裏切れるワケないでしょ。アタシは役重雪飛、舞台の王よ」
きっぱりと言い切る雪飛に、まあそりゃそうかと皇逹はあっさりと引き下がる。こうでなくては統括生徒会のメンバーと成り得ない。
特定の分野で才能を発揮する専門家。スペシャリストはこうでなくては務まらない。全てに於いて才能を優先させる義務がある。

雪飛は険しい顔をころりと変えてそういえば、と何か思い出したように口にする。
「この間、舞台観に来てくれた子がめちゃくちゃタイプだったのよね。可愛かったわ。アタシのファンじゃないどころかアタシを知りもしなかったところは色んな意味でグッときたわね。普通科の子なんだけどヤッさんの知り合いなのよ」
麦茶を飲んでいた三人中二人が吹き出した。
「わっ、ちょっと汚いわね。何よ」
器官に入って咽せている皇逹は何も言えず、プラスチック容器を机に叩きつけるように置いた比企島が焦ったような顔で詰め寄る。
「待って、ちょい待って。それ大饗ひふみちゃんって言わない?猫みたいな癖っ毛で肌が白くてくりくりした目の、頭よく回ってよく喋るけど世間知らずというか世間ズレしてる、早乙女ちゃんの友達のこ」
かなり早口でまくし立てたものの、耳の良い雪飛はちゃんと聞き取っていた。
「そうそう、その子。なに知り合い?そういや逆蔵アンタ隣の席にいたわよね。それにしてもうちの学校の子なのにこの芸能科生徒会長の顔も知らないなんて面白い子よね。知ってんなら紹介してちょうだいよ」
「嫌だ」
「ごめん無理」
噎せ返る中復活した皇逹と何やら必死そうな形相の比企島が食い気味に即答する。
「は?ちょっと何なのよ」
先に口を開いたのは皇逹。眉間の皺が深くなる。
「あいつは本当に無礼千万、唯我独尊な奴だぞ。つうか一度統括生徒会全員の説明したのに忘れてんのかあのクソ」
「あの子らしいよね。俺の事も最初知らなくってびっくりしたよお。多分聞いても忘れてたんだろうねえ」
「いやいや話進めないでちょうだい。どういう事?あっ、もしかして二人とも惚れてんの?」
「まさか!」
「ざけんな!」
またしても声を揃える二人。
おどけたようにわざとらしくびっくりしてみせる比企島と、焦ったように声を上げる皇逹に、静かにしていた蘭澤がくつくつと喉の奥で笑った。
「あまりにも分かり易すぎるだろう」
そう言えば雪飛も笑いながら頷いた。
「説得力ないわよォ、アンタたち」
「いやいや有り得ねえなあんな頭おかしい女。あれはねえ」
「俺の場合は知り合いが好きなのよ、俺じゃないんだってば信じてよ」
言い訳すらも被り、比企島と皇逹は互いを見遣る。
「ちょっとお、ひふみちゃんが頭おかしいってどういう事?あんな良い子いないでしょ」
「お前もその知り合いとやらに伝えておけ。女を見る目がなさすぎるとな」
牽制するかのような視線の遣り取り。
「ま、アンタ達が気になる娘ってんならアタシは今回引いてあげるわ。その代わりちゃんと教えなさいよ」
「いやだから俺じゃないってば!」
「ふざけるなよ役重!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる食堂の一角が喧しく、周囲も生徒会長達と気を遣っていたが流石にうるさい、と顔に出して彼らを見ていた。
そして一般生徒の言葉を代表するかのように、涼やかな声が喧騒の隙間をすり抜け、はっきりと彼らに届いた。
「君たち、他の生徒の迷惑になっているよ。静かにするんだ」
鶴の一声、とは良く言う。彼の言葉は正にそれだ。彼の言葉は誰もが無視できない。穏やかながらも有無を言わさない不思議な強さがある。
声を荒げていた比企島、皇逹、そして雪飛に蘭澤が予想通りの声の主を見る。
戌神いぬがみひじり
この学園の王、統括生徒会長にして医療科生徒会長。端正なかんばせと涼やかな声、絹糸のような髪、均整の取れた身体。何を取っても人から好意を持たれるものを持つ男。
「子供ではないのだから、場を弁えて発言するように。僕は君たちの才能を心から尊敬する。だからそれに見合うだけの行動をとって欲しい」
余りにも一方的な台詞だがそれまで騒いでいた皆が口を噤んだ。
そういえば先生方に顔を付き合わせればすぐ口論を始めては諌められる人達がいたな、と雪飛は思い出した。子供っぽいやりとりを思い出して、あれと自分達が同じかと思うと情けなくなるというのは失礼だろうか。
鼻を鳴らしてトレーを手に立ち上がったのは蘭澤。まるで自分を一緒くたにするんじゃないと言いたげだった。
ごめんなさいね、と雪飛も麗しい礼を一つ。周囲に、そして戌神聖に向けて。優雅に歩いていく。
肩をすくめる比企島と、対照的に椅子を蹴り上げんばかりに立ち上がって去っていく皇逹。
残された比企島の前に戌神聖は静かに座る。
「おや、みんな行ってしまった」
「そりゃあね。ご飯も終わってたし。矜持ってもんがあるよ彼らにも、俺にも」
「それは失礼した」
そう言いながら戌神聖は白衣のポケットから必要最低限の熱量栄養摂取が可能なゼリー飲料とエナジーバーを一つづつ取り出して机の上に置く。
びりりと包装紙を破ってエナジーバーを口にする。比企島は自分もそろそろ行くかと考えていたがその光景に立ち上がりかけた腰を下ろす。
「ちょい、もしかしてさそれがお昼だったりする?」
「うん、そうだよ。いつもそう」
「ちゃんとしたご飯食べないの?」
「ちゃんとした、というのは聞き捨てならないね。これらは摂取すべき栄養素をバランスよく摂れる素晴らしいものだよ。勿論、食堂で出されるような食事も心を満たすといった点では評価する。しかし僕には必要なものではない。食に対して執着がない、とも言えるけれど」
開いた口が塞がらない比企島をよそにもぐもぐと咀嚼する戌神聖。
「ご飯を美味しいって思わないの?」
「無論美味しいとは思うよ。しかし例えばロコモコ丼に対する美味しいとエナジーバーに対する美味しいが同列だとした場合、栄養摂取といった面でエナジーバーを選択するのは間違った答えではないだろう?そういうものだ」
「え〜、絶対ロコモコ丼の方が美味しいよ!」
「価値観は人それぞれ。君はそうなのだろうし僕はこう。それで良いじゃないか」
机についていた手で頬杖をつく比企島は理解出来ないといった顔をしていた。
「それにお腹いっぱいにならないんじゃないの?」
「満腹は頭の回転を鈍くしてしまうよ。僕に限ってかもしれないけれど。午後の授業で難解なものがある際は追加でチョコレートを食べる」
「医療科なのに健康に悪そう!」
「ちゃんと足りない部分はサプリメントで補っているよ、心配しないで。ありがとう」
どこまでいっても話が通じなくて頭を抱える比企島だった。医療科の生徒会メンバーに栄養士の専攻の人はいなかっただろうか。いやいたとしても今現状がこれだ、止められたなら既にしている筈だ。
「ってかさ、君がこの食堂名物三色エビ天カレーうどんの考案者だよね?他にもいくつか君考案のとんちき謎メニューが増えたりしてるけど食に興味ないのにどうやって増やしてるの」
「要は足し算だよ。人気のあるメニューと味の合う物を足せばいい。時には意外な組み合わせが合うのだから、化学のようで面白い」
「道理で三色の部分にどう考えてもおかしい具材が取り揃えられていると思ったよ」
「俺はあれめちゃくちゃ好きだけどね!」
突如として第三者の声が二人の会話に突き刺さるように入り込んできた。その声には覚えがある。いや、この学園においてこの声を知らない生徒はいないだろう。
煙ヶ坂けぶらさか軸式じくしき、お昼の放送室をゲリラしての謎の音声番組はこの学校の名物と化している。
肩書きは芸能科副会長、煙ヶ坂軸式は芸能科に所属するのみならず副会長の椅子に座り権力を行使する悪童。流石の雪飛でも手を焼いている。
食事は終えているのであろう、飲みかけの紙パックのりんごジュースをテーブルに置いて、戌神の斜向かい、比企島の隣に座る。
「戌神くん発案のメニューは面白いもんが多いから毎回楽しみにしてるんだよね!家政科はいつも苦い顔してるけど!」
色つきのサングラスをかけていてその目元は見えないがきっと愉快そうな顔をしているのだろうというのはあまり付き合いのない比企島でも分かった。
一方、話しかけられている戌神は褒められて嬉しいのか微かに口元が緩んでいる。
「そうか面白いと思って貰えるなら嬉しいな」
「嬉しいの!?美味しいじゃなくて面白いだよこいつの感想!」
比企島が煙ヶ坂に人差し指を突き付けながら聞くが、戌神はうん、と頷く。
「面白いと思える食事は大事だ。僕には必要のないものではあるが重要性は理解している。その手助けを少しでも出来たのならば嬉しいに決まっているさ。ちなみに煙ヶ坂はどのメニューが一番美味しかった?」
「戌神くんが作った考案したメニューで?そうだなあ円盤グラタンに旨辛スパイシーシチュー、コチュジャンプリンやグッドラックオムレツ辺りはやっぱり外せないね!」
煙ヶ坂の答えに比企島はうえっという顔をする。
「うわそんなに変なやつ出てたっけ?俺三食エビ天カレーうどんしか食べたことないけど良かったって今心の底から思ってる」
「でも三食エビ天カレーうどんには勝てないかな!あれの紅生姜天の衣の美味さは他の追随を許さないね!」
「そうか、やはりまだ僕は以前の自分を超えられていないという事だね。ありがとう、参考になったよ。これからも楽しみにしていて欲しい」
噛み合っていない会話を繰り広げる三人に、これまた声をかける人物が現れた。

「なんだあ珍しい面子が雁首揃えて」
煙ヶ坂とはまた違った良く通る声。煙ヶ坂が声質的に人の耳に入りやすくまた聞き取りやすいのもあるが、独特の間合いを持ってして人の会話の切れ間に突き刺すような発言方法を取る手法に対してこの声の持ち主はただ一つ、腹から声を出すという方法で遠くの者の耳まで声を届ける。
椅子に座っていた三人は声の持ち主を見上げる形になる。
「げ、獅子崎」
うへえと口を曲げたのは煙ヶ坂。相性が非常に悪いと自他共に認める相手である。
獅子崎麗央那。
筋肉質の肉体ははち切れんばかりに盛り上がり、プロポーションは良いが男勝りの性格で口より先に手が出る、柔道部のメスゴリラとあだ名される体育科きっての武闘派である。
「何だ煙ヶ坂、私が居ては不都合でもあるのか」
どかっと豪快に戌神の隣に座り、カツサンドにかぶりつく。それは購買で買ってきたもので、それとは別に食堂の麻婆豆腐定食ミニラーメン付きと小さなシーザーサラダもトレーに乗っていた。
「別にどうという事はないけど、見てるだけで胃がウッてなる」
「どっちの意味だ下衆」
「精神的苦痛と、ドカ食い見て胃が食傷気味になる両方だよ」
この二人、犬猿とまではいかないがどうにも相性が非常に悪いのだ。
「おや獅子崎、いつも清々しい食べっぷりを見せているのに今日は少ないね」
戌神が麗央那のトレーを見て少し驚いている。いつもならこれにもう一つくらい定食なり丼なり加えた量をぺろりと平らげている筈だ。
いつも、と言っても彼女が食堂に来るのは珍しく、普段の麗央那は幼馴染の手料理弁当と購買のパンを食べている。
「今日は奏が休みだからな、渋々食堂に来たがあんまり食欲が湧かん。やっぱり奏の弁当が一番美味い」
レンゲを麻婆豆腐の皿に突っ込んで大口開けて頬張る。
煙ヶ坂は何か言いたげだったが結局何も言わずに肩を竦めてりんごジュースを飲み干した。
そして比企島も手にしていた麦茶を飲み干す。
「長居しすぎたし、俺もう行くね〜」
比企島はトレーを手に立ち上がる。ウインク一つして颯爽と去って行った。
野菜嫌いで、嫌そうな顔をしてサラダを頬張る麗央那がおう、と男らしい返事をした。
「あっ行っちまいましたか。すれ違いになっちゃったな比企島先輩」
比企島がいなくなった席に新しくトレーを置いたのは、芸能科二年生徒会会計、靏瓶つるかめ不驚あがない。近年新設された日本芸能系列落語コースの生徒だ。元々が落語家の家に生まれ、才能もあり現在それなりに馴染みの客がついているという、芸能科でも話題の人物の一人だ。
どんな縁だか比企島満に懐いており、しょっちゅう絡みに行くが比企島の方はそこまで迷惑がらず、まあ普通の後輩、といったところだろうか。
「また色々お話聞きたかったのですけれど」
「元気だね靏瓶。先程まで役重もいたよ」
「生徒会長は別にいいですよ。あたしが目指してるのは比企島先輩みたいな色男!生徒会長はまた路線が違うもので。ああ、比企島先輩に師事して芸の肥やしにしたいのですが!」
わざとらしく嘆く姿と話す内容はやはり芸能科。トレーに乗せたBランチ鯖の味噌煮定食に箸をつける。今日の鯖の味噌煮は赤味噌で煮付けられた味の濃いもので、靏瓶の好物であった。
「お、それ美味そうだな!一口寄越せ」
と麗央那が箸を伸ばすも靏瓶はトレーを横にずらして避ける。
「嫌ですよ、獅子崎先輩の一口なんてあたしの今日のメインのおかずがなくなっちまうじゃないですか」
「お前私を何だと思ってるんだ一発殴らせろ」
「いやいや、殴られたらそれこそ私、午後の授業を無事に受けられる自信がありません。戌神先輩、何卒お願いしますので獅子崎先輩をお止めください」
下手に出過ぎていて逆に慇懃無礼な靏瓶に苦笑しながらも戌神は助け舟を出す。
「靏瓶は相変わらず舌が良く回るね。獅子崎も後輩を虐めるのはやめておくれ、可哀想だ」
「はっ、こいつみたいな口だけで生きてる奴は嫌いだ。舌先三寸で誰でも丸め込む。性根が悪くないだけまだマシだがな」
今にも舌打ちをしそうな麗央那だったが食事中なので酷いマナー違反はしない。やけくそ気味にミニラーメンを頬張る。
「そういえば獅子崎が居るという事は以劔や藤咲も今日は食堂なのかい?」
戌神はいつも一緒にいる四人のうち、休みだという奏以外の面子を思い浮かべた。
すると麗央那は思い出し笑いを堪えるように説明する。
「あれらは食券を買うのにも手間取っているから置いてきた。二人揃って機械音痴だからな」
その言葉に戌神と煙ヶ坂は食堂を見廻すと食券を手に出来たのか二人してガッツポーズを決めている体育科生徒会副会長の以劔杏一郎と生徒会書記藤咲虎太郎の姿があった。
幼馴染みだというのに手助けなど一切の容赦がない麗央那に戌神は苦笑した。
「ごっそさん、あいつら遅すぎるな」
そうこうしているうちに麗央那はあれだけあった料理を全て平らげていた。
「よくある表現だけど胃袋がブラックホールか何かなの?」
煙ヶ坂が純粋に疑問、といった表情で聞く。すると麗央那は立ち上がりながらトレーを手にして、片眉を訝しげに上げた。
「そんなわけないだろ」
「じゃあ掃除機、驚きの吸引力」
「ぶん殴られたいか?」
暴力はんたーい!と煙ヶ坂は道化のように両手を上げる仕草をすると、毒気を抜かれたのか麗央那は大股で去っていった。
その背を見送りながら、戌神はぼそりと呟く。
「獅子崎は、関係なさそうだね」
それを聞いた煙ヶ坂は常に貼り付けている笑みを消して、への字口になった。
「正直、体育科は関係ないでしょ」
「その通りだ」
正反対に戌神は薄らとした笑みを貼り付けた。まるで誰かへの当て付けのように。
靏瓶は箸で鯖の味噌煮をほぐしつつ、首を傾げた。
「そんなにも気になります?『カリスマの残滓』って方たちは」
「うん、とてもね。僕たちは学園の平和を守らねばならないから。きっと彼らは平和を脅かすもの。『革命家』の残滓たちはね」
はっきりと頷く戌神。革命家、と煙ヶ坂は呟く。
「かつて存在したっつーカリスマの中に、そんな名前の奴はいないはず。なのに存在している、その残滓と呼ばれる奴らが。霧や霞のように漂うもの。奇妙奇天烈摩訶不思議!一体、どうなってることやら」
「煙ヶ坂先輩はどうやってそのかつてのカリスマ達のことを調べ上げたので?」
「うはは、俺ちゃんの情報先は秘密!ただ言うなれば、芸能科だからこそ手に入れられたってとこあるな、うん」
芸能科だから?という靏瓶の問いには答えず煙ヶ坂は笑みを深くするだけだった。同じ芸能科でも靏瓶には全く心当たりがないというのが悔しかった。
戌神は真摯な表情で二人に伝える。
「『カリスマの残滓』は必ず生徒会にいる。必ずだ。それを炙り出さなければならない」

「はは、愉快なお話をしているね」
新たな乱入者に視線を向けると肩口で切り揃えた髪がさらりと揺れる、切長の目が皆を見ていた。
「おやおやこれはこれは!TTじゃないか!何かニュースの話題を嗅ぎつけたかな?」
にやにやした笑いでそちらに視線を向けているであろう煙ヶ坂に対して、通称を呼ばれた少女は不敵に笑う。
「いやいや、今この時点に於いて聞き逃す訳がないじゃないか。このTTが、一番ホットな話題をさ。で?何だって?『革命家』の残滓がいるって?」
「ずいぶんと前から聞いていたんじゃないですか、煌尾館の姐さん」
靏瓶の突っ込みに肩をすくめてやり過ごす。
煌尾館きらびやかた白嶺はくれいという人物は今ここにいないさ。いるのはトリッキー・トリッカーというトリックスターにして仕掛け屋。いい加減覚えておくれよ。それで?『革命家』なんて聞き覚えのないものは一体何なんだい」
「ふっふっふっ、情報はタダでは渡せないなあ。俺ちゃんの情報は黄金だぜ〜?」
「じゃあこの情報はどうだい?『教祖』の残滓たちがいるよ、先生と生徒にね」
「何が目的で?」
煌尾館と呼ばれた少女の言葉に食い気味に返したのは戌神。にやりと笑って煙ヶ坂の正面の席に座る。
「それを教えるから情報交換を願い出ているのじゃないか。わたしだって『革命家』とやらの情報が欲しい」
その言葉に煙ヶ坂は戌神を見遣り、戌神は小さく頷いた。
「そいつは──」
「すまんがここ開いているか?」
「腹減って死にそうだ!」
煙ヶ坂の言葉を遮ったのは先程麗央那が言っていた体育科の機械音痴二人だった。どうやらあれからも四苦八苦してようやく昼食にありつけるようだ。
藤咲虎太郎と以劔杏一郎。二人の登場に揃って口をつぐむ。互いに視線を交わして巻き込むまいと彼らの前で話をしないようにと、頷き合う。
戌神の隣席に座りながら虎太郎が人好きのする笑みを浮かべて誰にともなく話しかける。
「すまない、何か話をしていたみたいだったが遮ってしまったようだ」
その向かいに座る杏一郎は虎太郎と同じハヤシライスを既に口に含みながら片手を上げて悪い、といったジェスチャーをした。
「いやいや、特に重要な話題でなかったからいいよ。ほんの雑談だ。どう思う?煙ヶ坂くんは絶対に濡羽先生が好きだと思うんだ」
からからと笑いながら白嶺は煙ヶ坂を指差すと朴念仁二人はそうだったのか?と驚いた視線を向けるが当の煙ヶ坂は一瞬の間を開けてから怒り出した。
「はあ!?なに!?言い掛かりも甚だしいんだけど!あのババアの事なんか何とも思ってないに決まってんじゃん!」
「このTTの目は誤魔化せんぜ旦那!なんだかんだいって構われるのが嬉しくて堪らないんだろ?じゃなきゃあんなに突っかかってなんかいかないだろうし、目につくところで悪さなどしないだろう?」
「ちっげーし!あのババアが目敏くこっちを見張ってんの!適当な事言わないで!」
「はっはっは、ムキになるのがほんと臭いなあ!」
「色恋沙汰の話なら体育科の二人でしょ!?そろそろ三角関係に終止符打ったら!?」
思わぬ飛び火を食らった杏一郎と虎太郎が口に含んでいた物を吹き出しそうになる。喉に詰まらせたのか胸を叩きながら麦茶を一気に流し込む杏一郎と、途端に真っ赤になり全力で首を横に振りながら否定する虎太郎。分かりやすすぎる反応に戌神までもが笑う。
「ふふ、ひと事の健全な恋愛というのは、やはり面白いね!」
TTが冷やかすと煙ヶ坂と杏一郎、虎太郎の鋭い視線が飛んできたので肩をすくめる。
「おお、こわ。じゃあ退散するとしようか。ま、話の続きはまた今度でも」
ちらりと戌神の方を見遣ると戌神は小さく頷いた。
「あと善意で忠告するが、そろそろ急いで食べた方がいい。体育科の二人は着替えて移動だろう?煙ヶ坂くんは食べ終えているが次は視聴覚室、遠いだろう。靏瓶くんも次は講義が控えていて講堂に向かうんだろう?それから戌神くんは実験室、油を売ってないで一番急がなければならないのは君だと思うがね」
すらすらと皆のこの後の授業予定を述べる煌尾館。苦い顔をする煙ヶ坂が呟く。
「もしかして全生徒の毎日の予定頭に入ってんの?とんだ変態じゃん」
「失礼な奴だな。流石に全員ではないし、新聞部として取材を行うからそれがスムーズに出来るよう各生徒会メンバーのある程度のカリキュラムを頭に叩き込んでいるだけさ」
充分変態の所業じゃん、と言いながら煙ヶ坂は立ち上がり、ジュースの紙パックを潰しながら去っていく。
靏瓶も最後に麦茶を一口飲んでトレーを持って立ち上がり、皆に一礼して返却口へと向かう。
体育科の二人が急いでハヤシライスをかき込むのを見て笑いながら煌尾館は意味ありげな視線を戌神に一瞥して来た時同様音を立てずに去って行く。
杏一郎と虎太郎もすぐに食べ終わりきちんとご馳走様でしたと手を合わせてから戌神にじゃあな、と挨拶をして足早に立ち去る。
一番急ぐべきだと言われた戌神が最後に残され、机の上に置いていたエナジーバーの包み紙を丸めてポケットに入れて立ち上がる。周囲にもうほとんど人は残っていなかった。
「僕たちの未来きぼうに、過去ぜつぼうの残滓は必要ない」
ぐるりと周囲を確認するかのように見回して、戌神も食堂を後にした。

賑やかだったテーブルにはもう誰もいない。

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