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百花学園の愉快な日常 ACT:1


騒がしい店内。罵声と嬌声と店員の注文を通す声、様々な音が否応なく耳に入ってくる。
耳が良い市古などは死んでも入りたがらないだろうここは、繁華街の中にある全国にチェーン展開する居酒屋だ。
いつもよりラフな格好をしたてこと文緒がそこに入る。
和柄のTシャツに濃い色のジーパンを履きクロックス姿のてこ。
文緒は藍色に染め抜いた柄シャツとゆったりしたシルエットのチノパンに長年愛用している腕時計。
座敷の席に案内されたてこと文緒はメニューを見る。
「とりあえず生二つ」
人差し指と中指を立てて、ピースサインを見せれば店員は伝票にさらさらと記入して礼を言いつつ去っていく。
ビールが届く間にメニュー表を見てつまみ兼夕飯を決める。
「ここはちゃんちゃん焼きが美味えんだぜ」
文緒がメニューの隅を指す。向かいに座るてこもメニュー表とにらめっこをする。
「じゃあそれと、ホッケは外せんのう」
てこと文緒は独身外食の友としてよくこういった飲み屋に一緒に来る。その為かてこも歳下ではあるものの、フランクな話し方をする。
「おっ、分かってるねえ。あと焼き鳥をモモタレとりあえず六とネギま四つ、つくね二つくらいか?」
「モモは塩も好きじゃ。モモ塩二つとあと砂肝二つ」
「砂肝俺も二つ追加。んじゃまずそれだけ頼むか」
通りがかりの店員を呼び止めるかと思ったが丁度ビールが届いた。ビールとお通しを受け取るついでに注文をして元気の良い声が去っていく。
「よし乾杯といきますか!」
「今週も頑張ったの!」
がつん、とジョッキを合わせて乾杯をする。そして二人ともごくりと喉を鳴らして一気に飲み干す。
「っかー!うめえ!この一杯の為に今週も頑張った!」
「あー!うまいのう!うまいのう!」
そして文緒はポケットから煙草の箱を取り出して一本口に咥えて火を点ける。
「……はあ、煙草も今は学校じゃおちおち吸えねえからなあ。うめえなあ。お前も一本やるか?」
文緒はくしゃくしゃの煙草の箱とライターをてこに差し出すと迷った末てこは「一本だけ貰うかの」と受け取った。
「やっぱ完全に禁煙は難しいのう」
「うはは、煙草なんて始めちまったら止め時なんて一生来ねえさ。吸ってる時期か、吸ってない時期の違いだ」
「違いない」
ぷかぷかと煙草を吸っているとすぐに注文した焼き鳥が届けられた。
「焼き鳥とビールは正義じゃあ〜」
「つくねを卵の黄身につけるのめちゃくちゃ美味えんだよなあ」
少しの間ビールと焼き鳥を交互に口にしながら無言になる。
「そういや、最近受け持ちの生徒たちが大変でな。ほら俺剣道部顧問だろ?恋愛沙汰で今やべえんだわ、三角関係でよ。まあ笑って見てんだけど」
「学生は色恋に学業に部活に進学と大変じゃのう。過ぎ去るのは一瞬じゃが。それに比べたらわしらは仕事だけじゃからまだマシじゃろ」
「言うねえ、他所に仕事も持ってるアンタに言われたんじゃあ俺も愚痴ってられないね」
そう言って文緒はグラスに残ったビールを一気に呷る。
「私学とはいえ、うちの学校は副業オッケーなんて中々だよなあ。ま、専門職ばっか集められてるからしゃあねえか。副業って言やあ同期組で市古や草刈もやってるのに假屋はやらないのはほんと性格出るよなあ」
「呑んでて気の良い時に不快な名前出さんでくれ」
「こちらとしてもいない時に自らの話題を出されるのは不快だけどねえ」
「それには同意だ。不本意ながらにもな」
いつも聞く憎まれ口にてこがフリーズする。
「まあまあ二人とも、悪口じゃないんだからいいだろう?たまには気晴らしにと誘ってみたら、こんな偶然もあるんだね。てこ、それに貝羽先生、良ければ一緒に飲みませんか?」
二人が飲む座敷席の横通路に良く見知った顔が並んでいた。
草刈草司、市古友也、假屋優征の三人を見て、文緒は面白そうに口の端を上げながら「おお、もちろん」と返した。
草司はライムグリーンのパーカーに黒のデニムパンツを履いてメッセンジャーバッグを背負っている。手首から覗くのは冬の終わり頃から付けているミサンガで、モスグリーン、白、ネイビーの三色の紐に込めた願いはいつ誰が聞いてもはぐらかされている。
ひらひらとしたフリルがふんだんに使われているシャツを纏い全身が白で統一されているのは市古。学校では着けていないピアスとネックレスはブランド物の揃いであり上品に見せている。
假屋はといえば派手な市古と対照的に地味な色合いで纏めてあり、無地のシャツとスラックスで紺色で統一されている。学生時代から変わらない假屋の私服は見慣れたものだった。祖父の形見の黒い革のベルトの腕時計だけが装飾品だ。
三者三様、全く違う方向性の三人だった。

話を聞けば街で偶然会った草司と市古が飲みに行くかという話になり、草司が仲良くさせようと気を利かせ假屋を呼びつけたという。てこが飲みに行くと知っていたので誘わず、またてこがいないなら二人が喧嘩する事もないだろうと踏んでの事だった。
たまたま見かけた居酒屋は以前文緒がおすすめしていたから入ろうと草司が提案し、安価なメニューに假屋が頷き、喧騒が嫌いな市古が反対したものの多数決で負けて入店した。
そして今、文緒がいるならそこまで大人げない喧嘩はしないだろうと一緒に飲むのを提案したのだった。
「じゃあ僕はカルーアミルクかなあ」
「相変わらず甘い酒が好きじゃな草司は。わしもグラス空くし頼んどくか。生中一つ」
「別に誰が何を好きだろうと貴様には関係ないだろう、私はジントニックを」
「それには不快だけれど同感。僕はカシスオレンジ」
「ついでに焼き鳥追加しとくかあ。じゃあ……」
と文緒がメニュー表を見ながら注文を追加していく。
注文を受けた店員が去っていくと、テーブルには沈黙が流れる。
「あ、一本吸ってもいいかな?」
草司がそう言いながらポケットから煙草を取り出した。
「吸うのは構わないが服に臭いがつくから向こうで吸っておくれ、草司」
自分とは反対側の隅を指差す市古に苦笑しながら席を移動する。
「まだ辞めてなかったのか。先々月に辞めると誓約していたではないか」
假屋が心底呆れたように聞くと草司はうう、と呻く。
「やっぱり辞められなくてね、つい……」
その背中をばんばん叩きながら文緒が笑う。
「だよなあ!喫煙所に早く戻って来い!話し相手が少ないから寂しいんだよ」
絡み出す文緒に草司は笑う。分かりました分かりました、と返すと文緒は更に背中を叩いた。
注文した酒が届くと、廊下側に座っていた市古がそれぞれに配る。
険悪な仲ながらも付き合いは長く、各々へちゃんと正しく配られるそれらに皆口々に礼を言う。
「うーん美味しい。やっぱり週末のお酒は格別だね」
草司がカルーアミルクを一口飲んで笑顔になる。

「お〜、これまた懐かしい面子が揃ってるじゃねえか」
その声に皆びくりと肩を跳ねさせる。唯一呆れた顔をした文緒が声の主に話しかける。
「逆蔵か……相変わらずのようだな」
その台詞に他の面々も登場した人物を見遣るとすぐに納得した。
ハシゴしていたのか、既に酔っている風体の逆蔵蔵人。それの腕に首を抱かれるように引っ張られて登場したのは、てこたちの二学年上の先輩、以劔凜悟だった。
蔵人は凜悟のこれまた二学年先輩にあたり、てこたちからしても先輩ではある。凜悟絡みで顔見知りでもあった。が、正直その場にいる誰もが苦手とする部類の人物であったのだ。
自分が世界の中心にいるかのような横暴な振る舞い。誰もが自分の言う事を聞くと信じて疑わない傲慢な物言い。それの影響をモロに受けて一番被害が出ているのが、凜悟だった。
「り、凜悟さん大丈夫ですか……?」
てこが心配そうに声をかけるが当の凜悟は半泣きになりながらも「……はい」と小さく答えた。
「いつの間にこっちに戻ってきていたんですか。この間は四国に行くと言ってましたよね」
蔵人が正面に座ったのもあり、假屋が聞くと笑い上戸で絡み酒の蔵人は肩を揺らして笑いながら、隣の市古の頼んだカシスオレンジを奪って飲みながら答える。
「さっきだよさっき。飛行機であっという間さ。んで駅からこいつんち直行して飲み屋に行った訳だ」
「……家の門を叩く音がしたかと思えばいきなり部屋までやってきて襟首掴んで連行されたんですが、蔵人先輩は相変わらずで逆に安心しました」
その様子がありありと思い浮かび、一同可哀想なものを見る目で凜悟を見つめる。
二人の格好は語った内容をそのまま物語っており、蔵人は暗い色のジャケットが、長くシートに座っていたせいか皺が寄っている。全身が黒で統一されている蔵人だが、身につける貴金属は金色で、浅黒い肌も相まって良く目立つ。今は太めのチェーンのネックレスとゴツい指輪を右手の中指と左手親指に付けている。陰でてこがヤクザと呼んでいるのを草司は知っている。
一方凜悟は着物の着流しにとりあえず羽織ったであろう薄手の洋風コート。完全に家でくつろいでいたところを引っ張り出されたのだろう。
蔵人が百花の三年の時に凜悟は一年で、方や神学科生徒会長にして統括生徒会長、方やただの体育科の生徒会書記であるという、何の接点もない二人だったが蔵人が妙に凜悟を気に入り学生時代から卒業して今に至るまでちょくちょく呼びつけては構い倒している。
「逆蔵先輩、自分で頼んでもらえます?」
自分のカシスオレンジを取り返しながら市古がぼやくと、蔵人は舌打ちしながらもビールと凜悟の分のアップルサイダーを注文した。
「四国で何か良い事でもあったんですか?帰ってきて早々に飲みに行くなんて」
上機嫌そうに唐揚げを指で摘んで口に放り込む蔵人に草司が聞くとあからさまに顔を顰められた。
「逆だ逆。嫌な事あったから飲んでんだ。今回面白い伝承があるっつう村に行って村長やら爺婆捕まえて話聞いてたらうっかり殺人事件に巻き込まれて本当酷え目に遭ったぜ」
「蔵人先輩はしょっちゅう何かに巻き込まれていますよね、まるで横溝正史の小説みたいです」
「例えが古ぃんだよ凜悟。こっちは調査がしてえだけで首突っ込みたくてやってるわけでもねえんだ。時間の無駄に付き合わされて辟易する」
「はは、人が死んどるのに時間の無駄ですか」
てこが苦笑すると蔵人はふん、と鼻を鳴らす。
「当事者以外からしたら時間の無駄以外の何物でもねえだろ、人の死とそれにまつわるあれやこれやなんざ」
ハツの串を持ちながら至極面倒くさそうに話す様は一見すると人でなしであるが、その場にいる者たち全てが蔵人が従兄弟を亡くした背景を知っている。自分たちの同期生でもあった男。人を亡くす痛みを一番よく知っているからこそ、こういう憎まれ口を叩く。

「今日はどんどん人が増えて賑やかで、たまにはこういうのもいいなあ」
文緒が熱燗を嘗めながら噛み締めるように呟いた。賑やかなのは嫌いじゃない。むしろ、わいわいやっている横でこうやって静かに飲んで眺めているのが好きだと文緒は思う。
一人で飲むのは好きだ。自分のペースで飲んで、気持ち良く終われる。サシで飲むのも好きだ。飲みがコミニュケーションを取る上で上等な手段の一つだと、文緒は古い考えだろうと思いながらも信じている。酒が好きな者同士で飲めば楽しい。
そして大人数で飲むとそれぞれが刺激となり新たな反応を見せる。先がどうなるか分からないままに早く進むか飛ぶ話題、混沌。数学のように結果が分かるものじゃない。一日たりとて同じ終わりはない。その変化を楽しめるのは歳を取った証拠だろうか。
このまま何事もなく一日が終われば最高の夜になるだろう、そう思った時だった。


「や、みんな元気してる〜?」
その場の誰よりも軽薄な声が響き、皆が全ての動作を停止して緊張した面持ちでそちらを向く。
「……何で、アンタみたいな方がこんな場末の大衆酒場に来てるんだかねえ」
苦々しくもあり半笑いを浮かべる文緒が問う相手は、不敵な笑みを浮かべているものの目が一切笑っていない。
オレンジ色のスクエア形のサングラスの奥に光る目はターコイズグリーン。服装はいつもと違い、落ち着いた色合いをしたオレンジ色のオートクチュールの三揃いのスーツ。体格が良くいつもと違い姿勢も良いのでとても映える。
「やだなあ、僕だってこういうとこ来るよ」
「……四元くん」
凜悟が名を呼んだ。
口角だけを上げる笑いをする、非常に胡散臭いその男は、購買の四元だった。見た目と共に一人称も違っている事でいつもと違う立場であることを暗に示していて、皆苦虫を噛み潰したように渋面を作っている。
その立場の正しくは、百花学園理事会の副理事長、四元橙その人である。現理事長の息子で前理事長の甥だ。
「はっ、相変わらず呼吸するように嘘吐くんだなァ」
揶揄するのは蔵人。目には敵意。
「いやホント、来るってば。今日は理事会会議があったからこんなカッコだけどさあ、普段の僕思い返してみてよ?バーとかこういうトコのが似合うでしょ」
軽薄そうにへらへらと笑うと、途端にいつものように見える。確かにそうだが、今の格好で一人でここまで入ってくるなど場違いも甚だしく、まるで皆がここにいると知っていて相席しに来たとしか思えないと、誰もが思いながらも口にはしなかった。
よいしょ、と言って誰にも断らず皆の座る座敷に上がり込む。脱いだ靴は派手なイタリア靴で、素人目にも一目で高級品だと分かる代物だった。スーツにしてもそうで、「あっつー」と言いながら上着を脱ぐがその生地の上等さや縫製の一部の隙の無さは、おしゃれ好きな市古の着ているスーツの比ではない。
「あ、お姉さん生大一つね」
通りすがりの店員に声をかけて居座る気満々の様子に皆はげんなりとする。蔵人が「がっつり飲む気満々だな」と小さく吐き捨てた。
「あっそうだ、あのさあ」
勝手に目の前にある焼き鳥に手を伸ばして頬張る四元に「何じゃ」と返すのはてこだった。
「何でここに硴竹ちゃんいないの?同い年でしょ」
「……同い年でも卒業校も違えば学科も違う。関わり合いではないね」
怪訝な顔をした市古がそう言うと、四元はふうん、と返す。
「でも假屋ちゃんは仲良いよねえ。ね?よく一緒にいるじゃない?」
話を振られた假屋はジントニックを一口飲み、僅かに頷いた。
「……知人であるからな。こいつらと違い良い奴であるから会えばそれなりに会話をする」
「何じゃと假屋!」
「ちょい、江角ちゃん混ぜっ返さないでよ。今僕が話してるんだから、黙っててくれるかな?」
軽い口調であるものの重たさを感じる声色にてこがぐっと息を詰まらせる。
そこにちょうど四元が注文したビールが届き礼を口にしながら四元はがぶりとジョッキの三分の一程を一気に飲み、話を続けた。
「最初見かけた時は意外な組み合わせだな〜って驚いちゃった。よくよく見てみれば仲良さそうだしさあ」
すると假屋は特に返事をするでもなく酒を呷るだけだった。それに対して四元は意味ありげに口元を歪める。
「それでさあ、ちょうどいい機会だから聞いときたいんだけど。今話題のカリスマの残滓、アレって哉瑪ちゃんたちの信奉者の事でしょ」
出てきた名前に全員が強張る。一人だけ世代の違う文緒はあーあ、とでも言いたげな表情だ。
そして四元はてこに向かってグラスを持った指を向けてにやりと笑う。
「って事はだ、キミだよね?勿論」
水を向けられたてこはぎりっと奥歯を噛み締める。
「……わしは、カリスマの残滓と呼ばれとる連中などとは違う。哉瑪さんの部下たちはそんな阿呆みたいな事はせん」
「あちゃー、認めちゃったよね。ね?カリスマの部下だって。遠く離れててもその結束力は不滅。あいも変わらず哉瑪ちゃんの部下たちってあのクソ狐を除いて愚直!ばっかみたい!」
その言葉にてこは手にしたジョッキをがん、と強くテーブルに叩きつけるように置いた。
「やらかしそうなのはどうせあの『教祖』の信者じゃろうが!」
「お〜こわ。『英雄』を間接的に貶されただけでそこまで怒る?貶したのはキミたちだけど、それよりも彼に関するから怒ったんだよね?ちなみに『教祖』ちゃんは関係なさそうだけどね。あの子はいっつもそう、全てが他人事!」
けらけらと笑う四元とは正反対にてこの目は据わる。そして四元の正面に座る、話に関係ないはずの市古の目もまた鋭く目の前の男を睨みつけていた。
それらを気にするでもなく四元はいつの間にか空いたジョッキを掲げて店員に「ラムコーク一つ〜!」と注文している。
緊張感の漂う中、假屋がぽつりと呟く。
「ならば、百武遊輝ではないのか」
ここにいない者の名を告げると四元は喉の奥でくつくつと笑う。
「カリスマは、三人。『英雄』に『教祖』、そして『救世主』……百武遊輝。遊輝、俺の遊輝。雷で撃たれたかのようなあの衝撃の初恋を俺は忘れられない。遊輝、俺の手の届かない宇宙へ行っちまった遊輝。あいつが全てを終わらせた。もう闘争の時代は終わっちまった。今はもう綺麗なお花畑の時代だ。動物たちは消え去るのみ。あの黄金時代を築いたのはあいつらカリスマたちと無数の獣。牙と爪で戦って互いの存在をすり減らした時代。あ、キミたちには関係ないか。あの戦いに身を置けたのは一握りの人間だけだ」
陶酔したように目を恍惚とさせ誰にともなく語る四元にてこは一言吐き捨てる。
「ハイエナ風情が良く吠える」
「うるせえよ、獣にもなれなかった人間が」
「いっちょ前に銀狼に似せた髪色しよって。似合っとらんわ」
自分の後輩たちのギスギスした空気をなんとか和ませようと凜悟がおろおろと視線を彷徨わせ、そして四元の髪に目を留める。
「そういえば四元くん。去年会った時は茶髪に白銀のメッシュだったのに、どうしてそんないきなりイメチェンしたんだい?」
凜悟が聞くと四元は破顔する。
「これね!去年ひふみに『カラー変えたら?銀とか』って言われて変えたの!似合うでしょ?」
誰一人として何も言わなかった。正直なところどうだって良い。
しかし蔵人がその言葉の一つの単語に注目した。
「ひふみって、あれか。大饗ひふみ。普通科の」
先日会った甥と仲良くする女子生徒を思い出す。
「あれ逆蔵のアニキは知ってるんだ。そうだよ、その大饗ひふみ。僕のお気に入り」
「近付くな、金輪際近付くな。穢らわしい存在が。生徒に悪影響じゃ」
てこが噛み付いても四元は気にした風もなく注文したラムコークを飲んでいる。
「嫌だね、気に入っちゃったんだもん。……なんだか、遊輝みたいで」
その言葉に百武遊輝の存在を知るてこや草司たちが揃って疑問符を浮かべる。てこたちの反応を見て四元は苦笑する。
「ほんとね似てないのにね、あの万能家と極々普通の女子高生。見た目だって共通点も何もない。なのにあいつは、ひふみは俺の遊輝とすっかり似ている」
四元は鮮明に思い出す。百武遊輝の当時の姿を。白と黒が交錯する中、あの赤い制服は鮮烈に目に焼き付いた。視線を一瞬で奪われた。
「どこが似とるんじゃ、目は節穴か?確かに誰とでも仲良くなれる性質は似とるかもしれんが百武はもっと人を惹きつけるものを持っとった。どれほど隠していようが、な。似ている点を無理矢理挙げるとすれば、嫌いな人間が存在しない事くらいか。あれらはどうしてかどんな人間をも好きになれる。だから仲良くなれる」
思い出して似ていない事を再確認し、てこは噛み付く。が、それを見て四元は口元だけで笑みを作る。目だけはいつもの如く笑っていない。それどころか怒りさえ滲んでいる。
「ああ、憎らしいなあ。何で君みたいなのが百武遊輝の傍に居られたんだろ。同じ学校でもないくせに」
「敵対勢力にいながら何言うとるんじゃ。百武に百回フラれろ」
「そうだね、敵だった。俺のダウンロッドは遊輝に木っ端微塵にされちゃった。武力の一つも使わずに解体された。すっごい手際。当時一番の武闘派集団を、何も持たないままに倒しちゃった。『革命家』だってやられちゃったんだ。痺れたよね。あと既に二百回はフラれ続けてるから安心して」
新しく注文したマリブコークを口にしながら四元は当時の百武遊輝に想いを馳せる。他の者たちは四元の最後の言葉が気持ち悪くて真顔になっているがそれに気付かず四元は続ける。そのせいか、会話の中の重要な単語に気付く事が出来なかった。
「救世主じゃなくて破壊神でもいいと思うよ、遊輝の呼び名。あの時代を終わらせたのはやっぱり、遊輝だ」
「俺は族から足を抜けた後だったからそんなに情報入って来なかったが、やっぱりやべえ奴だったんだな」
軽く驚いた様子の蔵人に凜悟が「えっ昔は悪い事してたんですか?」と聞く。
「まあ、それなりにやんちゃしてたぜ。俺たちの頃はそういう時代だった。気付いて振り返ったらそんな時代が終わらせられててびっくりしたもんだ」
「何というか初めて知った事実ですが特に驚きはありませんね」
市古が皆が思っていた言葉を代弁する。
「ふん、可愛げがないな。あれだ、義不狂走連合知ってっか?俺はあれの初代総長だ」
今度こそ皆が一斉に驚いた。
「は!?あの狂走連合ですか?作ったんですか、逆蔵の旦那が!?嘘じゃろ!?」
「えええちょっと待ってほんとに先輩に当たるんだけど勘弁してほしい……」
「おう草刈どういう意味だ内容によってはぶっ飛ばす」
頭を抱える草司に対して蔵人は拳を握る。
「ふはは、愉快な話じゃ。逆蔵の旦那、こやつは三代目総長やっとりました!」
「っつーことは俺の舎弟でいいな?よしこき使ってやる」
「うわ、うわあああ」
情けない悲鳴を上げている草司を見て市古や假屋もつい笑う。
「よくよく考えたらお前が狂走連合潰させたポンコツか、俺が作ったもんをよくも新総連なんぞに吸収合併させやがったな」
急に怒りを見せてテーブル向かいの草司の方に手を伸ばす蔵人を「わー!」と言いながら凜悟が必死止める。
「てめえもだぞ凜悟、お前が継いでれば俺が抜けた時の騒動も問題なかったんだ」
止めに入ったはずの凜悟の耳が引っ張られ、今度は慌てて草司が止める。凜悟は痛たた、と言いながら弁明をした。
「いえ、私はそういう荒事に向いてないと言いますか、そんなところに入っていたとなれば以劔一門を破門にされてしまいます!」
「おうなっちまえなっちまえ!あんな辛気くせえおんぼろの一族に囚われる必要もねえだろ。いつまで警察の剣道指南役やってんだ!つまんねえ!」
「民俗学者がおんぼろとか言いますか!私には貴方のように生家を放り出して何処かへ行く趣味はありません!一緒にしないでください」
口論がヒートアップしていき、周囲も止めるタイミングを失う中、四元は我関せずといった様子で冷め始めたちゃんちゃん焼きを食べている。

騒がしくなる店内に他の客たちが眉間に皺を寄せ始めた時、軽快な音を立ててスマホがメールの着信を知らせ、メールを確認した四元はポケットにスマホを戻しながら言う。
「あ、僕そろそろ用事あるから帰るね。楽しかったよ、ばいばーい」
そう言って立ち上がり上着を羽織って四元は去っていく。
場は白けてしまい、文緒が「そろそろ解散にするかあ」と言い各々帰宅の準備をしつつ、
「すみませんお会計お願いします」と凜悟が店員に声をかける。
すると。
「先程帰られたお連れ様がお支払いされていきましたよ」
と返されて全員が絶句した。
酔っていても頭の回りが早い蔵人は瞬時に柱を確認し、そこにさっき来た時には掛かっていた伝票がない事に気付いて舌打ちする。
そして皆の考えを代弁するかのように市古が大声を上げた。
「あの男のああいう所が昔っから大っ嫌い!」









secret side story
四元は店を出ると一直線に目的地へと向かう。その足取りは軽く、また上機嫌そうだった。そこそこ飲んでいたが酔っている風には微塵も見えない。
通りがかりに花屋があり、夜の街向けだろう鮮やかな花束やぬいぐるみと共にラッピングされた鉢植えが街頭に並ぶ。
その中に真っ赤な薔薇の花束があり、先程話していた人物を重ねて視線が留まる。そしてその花束を購入し、片手に持って再び軽快に歩を進める。
そこは、公園だった。高い場所にあり、街がよく見渡せる。朝はジョギングコースとして人気があるスポットだが今は四元と、街灯の下に一つの人影があるのみだった。
「お待たせ、待った?」
花束を持っていない方の手を振ると相手はゆっくりと首を振った。
自分は灯りの下にいるので暗がりの中近付いてくる四元に普通なら気付かないはずだが、その人物は来るのが分かっていたかのように四元をしっかりと見つめていた。
それを見た四元は幸せそうに笑い、両手を広げる。手に持った薔薇の花束が揺れた。
「俺を呼び出すなんて珍しいね。いつこっち戻ってきてたの?言ってくれればいいのに。どう?やっぱり宇宙なんかより地球で、地面の上に立っていた方がいいでしょ?宇宙飛行士なんて辞めて帰ってきなよ、遊輝」
名を呼ばれた人物、百武遊輝は困ったように微笑むだけだった。
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