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百花学園の愉快な日常 ACT:1


大饗潤一について、現在のクラスメイトの印象は『真面目な良い人』だ。
そして中学のクラスメイトの印象はといえば、無害で大人しい奴、だろう。部活は全員強制入部で、潤一は運動は出来たが人と争うのが嫌で料理部に入っていた。女生徒ばかりの中浮いてはいたが、真剣に作業する様やら誰にでも分け隔てなく接する様に皆淡い恋心であったり、友情を覚えた。
一二三は軟式テニス部で、潤一が部活で作ったお菓子をつまみながら一緒に帰ったりもした。
一二三のお気に入りはマドレーヌで、休みの日にも潤一に作ってもらい、一二三は紅茶を淹れてティータイムをしながらゲームをした。料理やお菓子作りは潤一の趣味とも言えるものとなり、どんどん技術を上げている。
高校で料理などの部活に入らなかったのは、もう基礎は充分出来ていたし、自分や一二三の好物を黙々と作っている方が向いているからだ。
最近はレシピ本を買いネットで検索したりして本格的なお菓子も作り始めており、ひふみからは「将来パティシエにでもなるの?」と聞かれるほどだ。

一二三は平日は登山同好会の活動がなく、潤一は帰宅部なので二人の下校時刻は他の生徒に比べてかなり早い。昇降口には他の生徒はほとんどいなかった。
「ひふみ、今日の夕ご飯何食べたい?父さん遅くなるって言ってたし俺作るから」
スマホのメールチェックをしていた潤一が聞くと、一二三は少し考えてから食べたい物をリクエストする。
「うーんそうぁなあ。パッタイと、コーンとカリフラワーのマヨ和えがいいな」
「ひふみは具体的で助かる。母さんは食べられれば何でもいいとか言うもん」
「今日も母さん遅いかな」
「遅いでしょ。スーパー寄ってこ」
スーパーへ行く途中、三階建てのゲームセンターに通りかかった。昔からある建物だが、新しいゲームや人気の筐体を数多く取り揃えており、地元の若者達の溜まり場となっている。
「ねえねえちょっとだけやっていこうよ」
「んー、いいけど。何やる?」
「勿論『オペラウインド13』に決まってるでしょ」
「あのシリーズ好きだよね」
一二三が言ったゲームはシューティングゲームで、長く続いているシリーズだ。一二三はシリーズ七からやっている。初めの頃はゾンビや怪物を倒すだけだったのだが、途中からテコ入れなのか人間同士の戦いに発展し合間に繰り広げられる人間模様も人気を博す一因となっている。
ビニールカーテンで仕切られた中へと入り、鞄を置く。互いに百円を入れ、台の上にそれぞれ百円玉を四枚積む。
「じゃ、今日も五百円までね。さあて、ペイジを救えるかな」
二人は画面に向けてガンコンのトリガーを引いた。ゲームスタートだ。
難易度も選べて二人は迷わずEX、一番高いものを選ぶ。このゲームは足元にペダルがあり、踏むと物陰に隠れたり武器の変更が出来る。
二人は手と足を器用に使い、各ステージを難なくクリアしていく。だがやはり積んだ百円玉は少しづつ減る。それでも二人は見事EDまで辿り着いた。
「はー、やっぱり面白いね、ひふみ」
「……く、どうして、どうしてロベルトは裏切っちまうんだ……!サーラも、グレイグも、お前を信用していたじゃないか……」
「俺、ひふみのそういう感受性激強いとこ嫌いじゃないよ。……それにしてもやっぱりまた『SUI&SEY』に勝てなかったね。何者なんだろ」
「これカーテンで仕切られているから誰が遊んでるかも分からないしね。いつもこのシリーズ一位だもんなあ。いつか勝ちたいな」
一二三と潤一はスコアの一位の名前を見つめた。

ゲームセンターを出て二人は最寄りのスーパーへと向かった。
「最近お野菜高いねえ」
「父さんも嘆いてた。質が悪いのに高いって悲しそうに。カリフラワーは……まだマシだね」
カリフラワーを袋に入れて買い物カゴへ入れる。他にもやしとニラと赤玉ねぎを入れる。
「私コーン缶持ってくる」
「調味料はあったから……じゃ乾麺のコーナーにいるね」
手際良く材料を集めてレジを済ませる。夕食などの買い物の会計は父から専用のお財布を渡されていて、使ったらレシートを中に入れておく決まりだ。お菓子を買っても何も言われないが二人は遠慮して、一つづつくらい素知らぬ顔で買っている。
「今日何か映画観る?」
「いいねえ。私、でこ先生が推してたウエストサイド物語観たい」
「動画配信サイトにあったからレンタルショップ寄らなくてもいっか。じゃ、帰ろ」
買った荷物をエコバッグに詰め終わった二人は帰路に着く。
家の前に着くと一二三がメンダコのキーホルダーのついた鍵を取り出してドアを開けた。
「ただいま、おかえり」
「おかえり、ただいま」
と互いに言っても靴を脱ぎキッチンへと向かう。生鮮食品を潤一が冷蔵庫に入れ、乾物などを一二三が棚にしまう。家を建てる際二人の父が台所廻りはとてもこだわった為、二人で動いても広々としている。
「潤、先お風呂入ってきなよ。下ごしらえしとくから」
「ん。分かったお願い」
烏の行水とは良く言ったもので、潤一は風呂は手早く済ませてすぐに出てくる。
一二三は反対に長風呂派なので入れ替わりで風呂に入っている間に潤一が料理を作り上げるのが、父のいない日の常だった。
一二三は米を洗い炊飯器のスイッチを押して明日の朝に炊けるようセットする。海老の殻剥きと腸抜きをしているところで潤一が髪をがしがしと拭いながら出てきて交代した。
洗濯機を回してから入浴し、一二三が風呂を出て髪を乾かし終わる頃には、米粉の麺は茹で上がり具材は全て切り分けられていた。
「パッタイあと炒めるだけだから、マヨ和えの方作っといて」
茹でられたカリフラワーは冷水に浸されていて、水から上げて適当な大きさに切り、コーン缶の中身と混ぜてマヨネーズを絡ませる。
その隣でじゅわあっという音とチリソースの香ばしい匂いが充満する。
一二三のお腹が空腹を訴えて潤一は笑う。
「お皿出して」
「うん」
そして出来上がったパッタイを皿に盛り付ける。父と母の分も皿に盛って分けておく。
その間に一二三は箸やお茶、コップなどを用意して机に並べてていた。慣れたコンビネーションで二人は早く準備を終わらせた。
いただきます、と二人揃って手を合わせ早めの夕食を食べ始める。
「美味しい、さすがシェフ」
「勿体なきお言葉〜」
と二人でふざけあいながら食べる。

洗い物は一二三がして、その間に潤一が洗濯物を浴室に干してパネルの乾燥のボタンを押す。
そして二人とも自室に戻り宿題に取り掛かる。
一二三の宿題は一時間半程で終わる。教師から出された問題を延々と計算式を使い解いていく。毎日数枚のプリントと睨めっこしている。
潤一の方はといえば宿題というものがなく、予習と復習に時間を割く。医学科の生徒に配られているタブレット端末を使いその日あった授業のおさらいをする。教科書とノートが一体化したような画面に更に後から気付いた事を書き込んでいく。
そして翌日分のファイルを開き、それぞれの授業内容を軽く通して読んで終わりだ。こちらも一二三に合わせて終わらせる。

互いに作業を終えて居間のソファに一二三が座り帰りに買ったお菓子を広げ、潤一はリモコンを手に取りおすすめされていた映画を選んで再生した。
「わあ、本当に古い映画だねえ」
「でもカッコいい」
「うんめっちゃクール。この指パッチンしながら迫り来るやつ今度でこ先生にやろうよ」
「いいね、オススメしてきたのも先生だしビックリしながら笑うよ」
「人数がいるなあ。あとやってくれそうなの誰だろ、透くんはノリ良いからやってくれるけど皇逹くんは駄目だろうな。あっヤッさんは?」
「夜須先輩の強面で無言で指パッチンしながら迫って来るのちょっとしたホラーじゃない?」
潤一の言葉に一二三はあはは!と大声で笑った。

本当に、いつもの夜だった。このまま笑って過ごしてお菓子をつまんで映画に感動して。
しかし先程の出来事がどうしても頭を離れない。
一二三はお気に入りのクッションを抱き締めながら隣に座る潤一に聞いた。
「ねえ、さっきさよっちゃんが言ってたこと心当たりあるの?」
どうしてもあの時何かを知っていそうな潤一の顔が忘れられない。双子とはいえそれなりにそれぞれ秘密もある。しかしこればかりは聞いておかなければならないと思ったのだ。
「……カリスマの残滓」
ぼそりと潤一が呟いた言葉は先程四元が主張していた者たちの名。
テレビからは若者が今日は素晴らしい何かが起こるかもしれないと目を輝かせて歌っている。
「心当たり、あるよ。よっちゃんの言ってた通りだけどね。俺の知ってる知識は戌神さんから教えてもらったものだけど、多分どこの学科の生徒会でも大なり小なり噂は耳にしてると思う。完全に心当たりないのはあの様子だと体育科くらいじゃないかな」
思い返せば体育科の三人はきょとんとしていたし、音楽科の一人は顔を曇らせていた。きっと心配になるから伝えていないのだろうと一二三は予想した。潤一が自分に知らせなかったように。
「…….でも多分うちが一番その話をしてると思う。ひふみも思わなかった?カリスマって言われてこの学園でみんな絶対と言えるほどあの人を思い浮かべる」
戌神聖。
医療科設立の立役者で学園を取り仕切る英雄。信奉者、とも言える熱狂的な者たちが数多く医療科には存在しているしその影響力は学科を超える。
「カリスマの残滓は必ず戌神さんに接触してくる。祀り上げる為か引き摺り下ろす為かは分からないけれど、今うちの学園でカリスマって呼べるのはあの人だけだ。なんて言ったかな、そう。雄弁カリスマっていうものに近い。他の人たちも凄い才能を持ってるしそれ故に人に囲まれるけれど、ただその才能に付随する結果を褒め称えられるだけで、その人自体に心酔する訳じゃない。カリスマの語源は恵みとか賜物だから、その点では各生徒会メンバーの人たちは合ってるんだろうけど。戌神さんは言葉だけで、本当に何でも動かせる。多分、他人を支配できる。影響力が凄い。言葉の重みが、説得力が他人の比じゃない。何でも出来る。……悪いことはしてないよ」
「だろうね、潤が信じているくらいだもの。それに善悪は関係ないんだろうね、この件は」
カリスマの残滓がどういう動きをしているかは現状分からないが、彼らなりの正義を振りかざすなら相手の善悪はもうこの際関係なくなる。

「カリスマってなんなんだろうね」
ぽつりと一二三が零す。潤一は「人に影響を与えられる人間、じゃないかな」と答えた。
「だったらさ、役重先輩や、音楽科の此雲雀このひばり先輩なんかもカリスマって呼んでもおかしくないよね?あの二人は別格だ」
先日の役重雪飛の活躍を目の当たりにし確信した。そして一二三ですら知る此雲雀朔月さつきという音楽に愛された有名人。校内にファンクラブまであるというあの両名がカリスマではないとは言わせない。
「うん、だよね。戌神さんも言ってたけど音楽や芸能に於いて才能がある人物はカリスマって呼ばれやすい。観る人がいるわけだからね。魅せる目的を持った分野で目立つ天才はそれこそカリスマと呼ばれて持ち上げられる。……カリスマの残滓が認めるものはそうじゃないんだって。それは確かに才能で尊ばれるべきものだけれど、彼らが望んでいるのは戌神さんのような人だけだから」
テレビの中ではパーティの中運命的に惹かれ合った二人が見つめ合っている。
「英雄的なひと、人心掌握が上手いひと、そういえば神学科の硴竹神父もそういう類いのひとだよね。優しいしいつも人に囲まれてる。皇逹くんとは真逆の存在だなあって思ってる」
「ひふみ、硴竹神父さま知ってるんだ」
「去年の学園祭でバザー知り合ってね。凄いよね、あの人。学科越えて尊敬してる生徒が多くてびっくりした。軽々しく使っちゃいけない言葉かもしれないけど、ああいうひとが聖人って呼ばれるのかもしれないね」
一二三は件の人物を思い浮かべる。その記憶のどれもが、人に囲まれて熱心に話を聞く姿だった。明るくハキハキと話し、力強い引力を感じる太陽のような人だと思った。
あれもまた、違う光。

「気になったんだけど、その元のカリスマって誰なんだろう。よっちゃんが言ってたのってどれくらい前なんだろうね」
「誰かは分からないけど、何人かいるってことは戌神さんが言ってた。だからカリスマの残滓って人たちも幾つかの勢力があるって。どれくらい前なのかは分からないけど、影響を与えたの相手が現役ってことは割と最近なんじゃないかな。……いや、それにしては情報が少なすぎるか」
「分からないことだらけだね。困ったものだ。実生活に何ら関係ないのに関わってくる可能性が高い。対応策がないが困難に直面してから対応するのは愚かだ」
難しい顔をする一二三の横顔を潤一はテレビ画面から外した視線で盗み見る。
いつぶりだろう、一二三のこんな表情を見るのは。受験の時だってこんなにも険しい顔をしていなかった。
物語は怒涛の展開を見せ、ピリピリとした不穏な空気が続く。まるで今の百花の状況のようで、笑えないなと潤一は苦笑した。
「またよっちゃんに話聞いといた方がいいかな。出来る限り、近いうちに」
ぽつりと零す一二三の言葉に潤一は渋面を浮かべる。
「ひふみ、あんまりよっちゃんに近付きすぎない方がいいと思う」
驚きながらえっなんで、と返し潤一の方を見る。
「潤はよっちゃんの事どう思ってるの?」
潤一は少しうーんと考えてから、はっきりと言う。
「ひふみを狙っている、年甲斐の無い大人」
「えっうそ。よっちゃんのあれは冗談半分だって」
「違うよ。見てたら分かる。あれは本気」
えー、と否定しながら一二三は四元の様子を思い出す。
だいたい近くを通れば大声で呼びかけてくる。買い物にと寄っていけばいつも必ずおまけをつけてくれる。確かに好意は感じるが、それだけだった。
「俺一人の時でもたまにおまけしてくれるけどさ、他の人におまけしたり長々と雑談してるのなんか見た事ないよ。大抵は新聞読んで面倒くさそうにかつ適当に会計済ませて終わり。ひふみは見た事ないでしょ」
「うん。驚きだ」
「そういえばいつの間にか仲良くなってて、俺も参加した感じだったけどよっちゃんとどうして仲良くなったの?」
「あれは、よっちゃんとの出会いはクライミング教室だったかな。登山同好会入った時にヤッさんが入ってる教室を紹介されて、そこによっちゃんがいたんだよね。私は初心者コースやってたんだけど、その時に百花の子?って声かけられて意気投合した」

クライミング教室の初心者向けコースの前で上級コースに向かう夜須と別れ、さあ挑もうかと思った時に声をかけられた。
その時は動きやすそうな派手なオレンジ色のウェアとチョークの入った黒いポーチ、真っ赤なシューズにピンク色のスクエア型のサングラスをかけていて、その当時髪色は暗めの茶髪に白金のメッシュだった。
「今夜須ちゃんと話してたよね、百花の子?」
「はいそうです」と答えると破顔して「そうなんだ〜!俺は購買の四元、よっちゃんって呼んで!ボルダリング初めて?先生どこ?」
「先生は道が混んでてちょっと遅れるみたいです」
そう答えると四元は「じゃあ俺が教えてあげるよ。こう見えて先生より上手いんだって、ほんと」
断る選択肢などないかのような有無を言わさぬ様子であったが、一二三は申し出を受け入れた。夜須の事を知っていたのもあるし、何かあれば夜須の方から言ってくるだろうと踏んだ。
そして確かに四元の教え方は上手で、「もう少し重心を下にして、膝開いて壁に張り付くようにして」と具体的で分かりやすく、一二三はすぐに初心者コースをクリア出来るまでになった。
「上手上手!いやほんと教え甲斐あるなあ。お、夜須ちゃん来たね。やっほー!ひふみちゃんめちゃくちゃ上手くなったんだぜ」
そう言って四元はサングラスをかけ直した。

「意気投合する辺りが流石ひふみだね。けどよっちゃんボルダリングとかするんだ。意外」
「みたいだよ。でこ先生や草司先生とは教室違うから知らないんだけど、よっちゃんとヤッさんは結構色々話してたっていうかヤッさんがすごく話かけられてて頷いたりして見知った感じだった。んでその後上級コース二人で行っててやってるの見たけどめちゃくちゃ凄かった。ひん曲がった壁ひょいひょい登っちゃうの」
「へえ、なんかよっちゃんが体動かすの想像つかないな」
普段が普段なせいか、休日は運動もせず引きこもって煙草でも吸いながらテレビでも見て酒飲んでいる駄目な大人という感じしかしない。
しかし言われてみればTシャツの下の体は引き締まっているし鍛えているようである。人は見かけによらないものなのだなと潤一は改めて思った。
「まあよっちゃんが危険だったらもっと早くに分かってると思うし、きっと大丈夫だよ。いつも言うけど心配しすぎなんだって」
「じゃあいつも言うけどひふみは楽観的すぎるんだって。この間の手紙の件もあるし。あれ結局差出人不明なんでしょ?もし何かあったら短縮番号押してね」
「よっちゃん不審者扱い面白すぎる。わかったわかった、もしも何かあったら連絡するから」
その後は物語の佳境もあり、二人とも静かに話の行方を見つめていた。

画面からマリアの絶叫が迸る。悲痛な静寂を残しそして、映画は終わった。
「面白かったけど、悲しいお話だったね」
「うん。でもやっぱり私、幸せな物語の方がいいなあ」
一二三は抱き締めていたクッションに頬を乗せた。
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