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百花学園の愉快な日常 ACT:1



一二三と潤一は帰宅前に購買でジュースとお菓子でも買って行こうか、とエントランスに向かう前に寄り道をする事にした。
購買が近付くと、喧騒が聞こえる。
何事かと二人は顔を見合わせて急ぎ足で向かった。
「その腑抜け切った態度、なぜここに居られるのか甚だ不思議でならんぞ!だいたい何だ、その格好は!ここにいる以上もう少しまともな服を着ろ!」
「残念でした〜コネで〜す!服は私服認められてるし俺センセーじゃね〜し好きな服着て良いの〜!」
どう考えても購買の主の四元の台詞は真っ当な大人の言葉ではないし、それを責めているのは白い制服に身を包んだ生徒だった。学生に正論で怒られている。
四元の服装は今日もいつも通りで、派手なピアスにゴツい指輪。スタッズとチェーンがこれでもかとついた革のジャケット、蛍光オレンジ色のバンドTシャツ、革パンに黒の革手袋。紫色のレンズのサングラスを鼻先まで下げてかけている。グレーにシルバーアッシュの髪がどう見てもいい歳した大人のものとは思えない。
四元と対峙しているのは体育科の背の高い生徒が三人と、音楽科であろう華やかな制服の生徒が一人。
一二三は体育科の生徒の一人には見覚えがあった。今日の昼、逆蔵皇逹を吊り上げていた獅子崎麗央那だ。遠くからでもその目立つ姿は一目で判別できた。
他の体育科の二人は男子生徒で、背が高い麗央那よりも更に高く、筋骨隆々といった言葉がとてもよく似合った。
一人は黒髪で髪が長く、もう一人は金髪で短髪と、正反対の見た目であるが纏う雰囲気は同類のように感じた。
怒鳴っていたのは麗央那であったが、他の体育科の二人も同意見だというように腕を組んだり腰に手を当てて顰め面をしている。
「あ、以劔いつるぎ先輩と藤咲ふじさき先輩だ」
潤一がそう言うので一二三は首を傾げて聞く。
「知ってる人?」
「うん。獅子崎先輩は昼会ったんだっけ?あの金髪の方が以劔先輩で黒髪の方が藤咲先輩。二人とも体育科の生徒会の人だよ。以劔先輩は副生徒会長、藤咲先輩は書記。剣道部でめちゃくちゃ強いんだ。全国にあの二人の敵いないんだって」
「へえ。それにしても剣道部が二人も生徒会に入ってるんだ。凄いね」
「前代未聞って戌神先輩が笑ってた。以劔先輩の実家が名門の道場らしくて、一門の人はこの学校の出身者みたいなんだけどほとんどが生徒会に所属した事のある優秀な一家らしいよ。藤咲先輩もその以劔道場の内弟子で、今の当主の人は警察の剣道指南役やってるって。んで、獅子崎先輩は二人の幼馴染みで実家は代々護身術や武道を嗜んでてSPとか格闘家ばっか輩出してる家なんだって。だから獅子崎先輩も柔道部だけど合気道とか空手も出来て、良く他の部活の練習に参加してる」
へえ、とまた相槌をして今にも四元に掴みかからん勢いの麗央那と、腰に手を当てて仁王立ちしながら睨む以劔、腕を組みながら少し困ったように眉を下げている藤咲と、もう一人。
烏の濡れ羽色の長い髪の女生徒で、制服は音楽科の物であるがとても目を引く。音楽科特有のひらひらとした制服姿の中に着物の要素が混じっている。振袖のような形の袖は腕を振るう度に華麗に揺れる。
「あの音楽科の生徒は?日本舞踊のとこの制服だよね、珍しい」
「ああ、あの人は音楽科の生徒会書記で歌鳴うたなき先輩。何でも獅子崎先輩の幼馴染みで、薙刀部やってるから同じ格技館の道場使ってるのもあって剣道部の二人とも仲良くなったらしいよ。よく四人で一緒にいる」
「で、その四人が普段から不真面目の見本のよっちゃんがヤバすぎるから注意している、と」
「そうじゃない?どうしようお菓子買えないね」
うーん、と困った二人が眺めていると不意に声がかかった。
「おや、ひふみさんに大饗くん。どうしたんやあ、こんなところで突っ立って、お地蔵さんやあるまいし」
柔らかな声色だが地味に毒を吐く、聞き覚えのあるその声の主は女郎花だった。
「あはは、私を名前で呼ぶなら潤一も潤一って呼ぶべきだ」
「そうです?ならそうさせてもらいますわあ。それで、どうしたんですの?……って、ああ。なるほど」
女郎花は一二三たちの先にいる騒がしい集団を見て納得したように頷いた。
「購買に用があるんですなあ。僕もあるんやけどこれは行きづらいなあ」
ううん、と悩む素振りを見せた女郎花は行ってきますわあ、とのんびりした口調で言って購買の方へと歩いていった。
「すいません、ちょっとええですやろか」
威圧感のある相手に臆する事なく女郎花はいつも通りの態度で話しかける。
その場の五人は何だというように視線をやる。
「何だ女郎花か。どうした、今ここは戦場だぞ」
獅子崎麗央那が今にも噛みつかん勢いで牽制する。一方の四元といえば、めんどくせ、といった態度で両手をポケットに突っ込んで怠そうにしていた。
「あんなあ、体育科の皆さんの言い分も分かるんですわあ。ほんと、いつ来ても自由な感じですもんなあ。多分アメリカの小売店と同じくらいかそれ以上に自由やと思いますもん。でも今購買使いたい人たちにとってはそんなもんでも必要なんですわあ。学校帰りのささやかな小腹満たし、買い食い、それに雑誌やらの娯楽品。大事やないです?僕も今週のサンデーが読みたいんですわあ。今週の巻頭カラーが大好きな漫画でしてなあ、ミルキオステータスっていう漫画なんですけど知ってます?ただのアクション漫画とはならない辺りが流石サンデー、敵味方の思想に宗教観念が絡んできて神学科の中ではちょっとした話題になっとります。休み時間とかに講堂やサロンで議論してはる生徒もいるくらいなんや」
女郎花のくどくどとした言い回しに、金の髪が眩い以劔杏一郎きょういちろうがイライラした様子で「何が言いたいのだ!」と叫ぶ。それに対して唯一の音楽科の歌鳴奏が女郎花の言いたい事を理解する。
「ええと、多分ここで言い争ってるの邪魔なんじゃ……ないかな」
困ったように眉を下げる彼女に藤咲虎太郎がああ、と納得したように大きく頷いた。
「奏の言う通りだ。ほら、あっちにも購買を使いたそうな生徒がいる。獅子崎、杏一郎、ここはまた日を改めてはどうだろう?」
虎太郎の視線が一二三と潤一を捉えて、麗央那と杏一郎に戻る。
「営業妨害〜営業妨害〜。ほらひふみと潤一おいでおいで!お菓子あげるから!」
四元が一二三たちを呼びつけて、大人げなくあからさまに邪魔だというように体育科の面子を手で追い払う。
「だからそういう態度がだな!」
「杏一郎、とりあえず今日は引こう」
また四元に食ってかかろうとする杏一郎を虎太郎が引き留める。そして麗央那が一二三の名前を聞き一二三の方を向いてにかっと笑って手を振る。
「よう、昼間ぶりだな!」
一二三は会釈をして近付く。
「どうもです。よっちゃんがこの度はすみません」
「母親か!?お前はいつも誰かの為に謝れて偉いな!」
麗央那はわしわしと一二三の頭を乱雑に撫でる。猫毛の一二三の髪の毛がぴょんぴょんと跳ねた。
「ええと、どうも獅子崎先輩」
潤一が声をかけると麗央那はおう、と返して潤一の頭も同じように撫でた。
「大饗!また背が伸びたんじゃないか?」
「会う度に言いますが実質そんなに伸びてないです。先週も会いましたよね?」
あっはっは、と麗央那は豪快に笑って誤魔化す。
「いやあ、神学科のアレに会った後だと殊更可愛く見えてなあ構いたくなった!なんだ同じ二年とは思えんな!そうだ、奏!こいつだ、昼間会った後輩の大饗一二三というのは」
麗央那が声をかけると奏はあの、と小さく頷く。
「初めまして、普通科理数系列進学コース二年の大饗一二三です!」
ぐしゃぐしゃになった頭を手櫛で整えながら一二三は元気よく挨拶する。奏の方も微笑んで挨拶を返す。
「初めまして。音楽科伝統芸能系列日本舞踊コース三年、歌鳴奏といいます。麗央那ちゃんと仲良くしてくれてありがとうございます」
優雅にお辞儀を一つすると、一二三も合わせて一礼をした。
「大饗君のご兄弟なんですか?よく似ていますね」
奏の質問に一二三は大きく頷く。
「ええ、双子の姉弟なんですよ!似てるって言われると嬉しいです」
「まあ性格は全然似てないんですけどね」
すかさず潤一が口を出して、一二三が潤一の脇腹を小突く。
「こっちの図体ばかりがでかいのが以劔杏一郎に藤咲虎太郎、私の同級生で幼馴染みだ」
麗央那が後ろに立つ二人を指差すと輝く金髪を短くした生徒、以劔杏一郎が先に口を開く。
「体育科三年推薦進学系列剣道コース、以劔杏一郎だ。こういう大人と関わると精神に障りが出かねん。気を付けるといい」
それに対して固そうな黒髪を伸ばした生徒、藤咲虎太郎が苦笑する。
「経歴は右に同じく、藤咲虎太郎だ。杏一郎も獅子崎も中々に言葉が強い奴だが真っ直ぐで悪い奴ではないから仲良くしてやって欲しい」
さっきから二人を止めたりと苦労してそうな人だなあと一二三は思ったが口に出すのはやめておいた。
推薦進学系列というのは体育科などに存在する系列で、この二人の場合警察学校に進むと選択している。他にも防衛大学や自衛隊幹部候補生学校という選択肢もある。
体育大学などに進む場合は進学系列、となりまた別である。

「これでやっとサンデー買えますわあ」
週刊雑誌を一部手に取った女郎花が四元の方へ代金を差し出した。ちょうどの金額のようで、四元はやる気なさそうに「まいどどーも」と言う。
「女郎花ちゃんまた逆蔵ちゃんと雑誌回し読みすんの?さっきマガジン買ってったぜ」
四元はラックにかかった別の週刊誌を指差した。
「ほんまですか、皇逹くんもう買うたんや。なら急がんと怒られるわあ」
雑誌を抱きしめるようにして抱えると女郎花は一二三たちに手を振る。
「ほな、ひふみさんに潤一くん。それに体育科の皆さん、お元気で」
ひらひらと袈裟の袖を舞わせながら女郎花は去っていった。
「あいつもあいつでいつかひん曲がった根性叩き直してやらんとな。ぐにゃぐにゃとしてイカやタコのような男だ。いや見た目からして狐か、人を煙に巻くのが上手い」
ふん、と麗央那が鼻を鳴らしてその背を見遣ると、四元が不意に鋭い声を洩らす。
「キミたちさあ、さも自分が正しいかのように振る舞うけどそれが絶対の正義なんてどうして信じられるわけ?いつか足元掬われるよ」
言葉の意味を図りかねているところに一二三がお菓子を選びながら四元に対して軽く笑いながら容赦なく自分の意見を述べた。
「私だったらダサいTシャツ着てるひとに言われたくないなあ。革ジャンとかもうそろそろ暑くない?春もう終わるよ」
「これ俺のお気にのメタルバンドのTシャツなの!ディスんないで確かにダサいけど!暑さについてはファッションは我慢!……それにね、この忠告は聞いといたほうがいいってマジで。特に今のガッコー内の状態じゃあさ」
サングラスの奥のターコイズグリーンの目がぎらりと光る。
「どういうことだ?」
「特に、そうだな以劔ちゃんに獅子崎ちゃん。キミたち正義ぶってる子たちは危ないよ。ここ最近の情勢、各生徒会所属なら分かるでしょ」
その言葉にピンとこない一二三は潤一の顔を見る。他人が見れば変わらない顔色だろうが一二三には潤一が緊張して強張っているのが容易に見て取れた。
視線を他の四人に向ければこちらの方こそ「何を言っている?」といった自分と同じような表情をしているのが三人、少し悲しそうな顔で理解したのかどうか判別つかないのが一人。
「え、え。ちょっと待ちなよ分からないの?……あちゃー、忘れて、今の。ほら好きなもんいっこづつ奢ってあげるからもう帰って」
頭を抱えてあー、と唸る四元はしっしっと追い払うように手を振る。
「何を一人で勝手に言って自爆している?この学校で何か危険な事があるのならば体育科生徒会副会長として見過ごせん」
杏一郎が手を腰に当てて胸を張りながら堂々とした佇まいで言う。
それに対して苦虫を噛み潰したような顔をした四元が「そういうところなんだよ」と小さくぼやいた。
「いい?知らないってんならそれは今知るべき時じゃないってこと。無知は罪だが知りすぎは痛い目を見る。これは頼りにならない人生の先輩からの教訓だから受け取っといてよ。知るべき時が来たらきっと分かる」
そう言って競馬新聞を取り出して後はもう話す気は無さそうだった。
どうしたものかと困惑した様子を見せる杏一郎、虎太郎、麗央那と奏。
全く空気を読まずに一つ奢ると言われ何にしようかと品定めをしている一二三が、「皆さん何にします?私はポテトチップスののり塩にします。潤はポッキーでいいよね」と笑顔で言った。潤一は異論がないようで静かに頷いた。
その様子にすっかり毒気を抜かれた四人は互いに視線を交わらせると、なんだか急に馬鹿らしくなって各々どれにするか選び始めた。
「では俺はクリームパンだな!午後は絶対に腹が減る!夕飯まで持たん!」
杏一郎が大きな声を上げながらクリームパンの袋を掲げ持つ。
「そうだな、俺も午後の授業が動くものが多かったから小腹が空いたしあんぱんにしよう」
虎太郎はクリームパンの横に陳列されたあんぱんの袋を取り、そして麗央那もその横のコロッケパンを不機嫌そうに引っ掴んだ。
奏は迷った挙句箱入りのキャンディを手に取った。
「じゃ、これでチャラって事で。ばいば〜い」
やる気なさそうに手を振る四元に苛ついた顔や諦め顔を見せながら皆去っていく。
一二三は潤一と共に行こうとして、一歩立ち止まり振り返って問うた。
「よっちゃんはさ、私たちの味方ぶって敵みたいなこと言うね」
すると四元は競馬新聞から顔を上げて、笑った。
「だって俺、ガクセーの事嫌いだし?」
想像だにしない言葉に一二三が固まる。
「お前はいいぜ、一二三。この才能だけが全ての学園で普遍で普通。才能なんざクソ喰らえだと思わない?俺は嫌い。この学園も才能を讃美する奴らもジーニアスどもも、だいっきらい!」
輝く目で四元は潤一を見る。
「潤一、お前は秀才だ。だから良い。お前はきっと他にも才能があるだろう。だが今お前がやってきたことは全部努力だ。頑張った成果だ。それは讃美されるもので唾棄すべきものじゃない。そして何より謙虚だ。謙虚なのは美徳だ。勿論全ての努力が報われる世の中じゃない。それでも俺は頑張ってる奴らの方が好きよ。でもさ、この学園は生まれ持った才能や磨き上げた才能を評価する。……じゃあ多くの一般人はどうすればいい?天才のために消費されるだけ?おかしいでしょ」
四元は椅子から立ち上がりカウンターに頬杖をついて二人に語りかける。
「そしてね俺にとってはついこの間のことのように思えるが、以前才能よりも重視されたもんがあった。……『カリスマ』さ。他を魅了するカリスマ性、人を動かす力を持ったものたち。勉強が出来るとかスポーツが上手いとか天才たちじゃなく、ただその人格故に人を動かせるもの。そいつがいい奴でも悪い奴でも信者たちには関係ない。自分の信じるもののために果てには命すら差し出したものたちがいた」
カリスマ、という単語に一二三も潤一もある男を思い出した。いや、二人だけではなくこの学園に籍を置くものなら誰もがその人物を想像するだろう。今四元が言う通りのカリスマ性を魅せる、この学園の頂点にいる人物。
「カリスマが街を支配し、この国から見たら小さいものだろうが、抗争が……戦争が起きた。二回もね。戦争は終わりそいつらは去ったが『カリスマの残滓』って奴らが生き残ってる。かつてのカリスマたちはどこに行ったのか分からない。でもその圧倒的な『ちから』は完全には消えなかった。『カリスマの残滓』はそれだ。カリスマの近くにいてその影響をモロに受けた奴。それらは今の状況に不満だ。カリスマ性もないやつらばかりが人の上に立ってる事が不愉快。才能があるってだけで自分が正しいんだって行動を起こしてる奴らが憎い。だから、これから危なくなる」
いつもと違う真面目な顔と口調の四元に、一二三の背筋はぞくりとした。そして汗ばんだ手を制服の裾で拭いながら問う。
「それを私や潤に教えて、さっきの人たちに教えなかった理由はどうして?よっちゃん」
あえていつも通りに呼ぶと、四元は急に人が変わったようににかっと笑って手を叩いて笑う。革の手袋のせいで鈍い音が響く。
「それはお前たちを気に入ってるからに決まってんじゃーん!ほら、ジュースもおまけしてあげっから、選べ選べ!」
そこにいるのは、いつも一二三たちと仲良くしてくれている四元だった。先程のことには触れてはいけないのだろうと、二人はそれぞれ冷蔵庫からジュースを取った。
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