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百花学園の愉快な日常 ACT:1

職員室や正面玄関などがある本館・麒麟館の西、白虎館の一階にはあらゆる学科の生徒が集まるカフェテラスがある。そこに彼女、大饗おおあい一二三も室外のテーブルにガラスのティーカップを目の前にして座っていた。……いや、木目の美しいテーブルにうつ伏せになってだらりと力を抜いている。
昼休み中、一二三は弟を待つ間既に食事を済ませ食後の紅茶を飲んでいた。すると急に睡魔が背後から忍び寄って来ていた。紅茶のカフェインも、食後の満腹感には勝てないらしい。
眠い。これはちょっとやばいくらい眠いぞ、と一二三は独りごちて目をこする。
思わず大あくびをすると、見計らったかのように声をかけられた。
「うら若き乙女が公衆の面前で大あくびか。日本の羞恥と大和撫子の美学は何処へ行ったやら」
「あ、でこ先生」
「誰がでこじゃ!認めとらんぞ、絶対認めん」
紙類が多く詰まったファイルを手に、一二三の傍に立っていたのは、江角てこ。工業科教諭だ。若いこともあってか多くの生徒から慕われておりあだ名は「えっすん」と「デコ」と、非常に親しまれている大人である。
「どうしたんですかこんなところで」
眠たい目をこすりながらも何とか睡魔を押し殺す。
「潤一の方を探しておる。姉じゃろ、知らんか」
若いのに年寄りのような口調。いつも不思議に思っているがそれは今は置いといて。
「うちの可愛い弟が何かしました?良い子ですよ」
「知っておるわい。呼び出しならまず間違いなくお前じゃ、大饗ひふみ。大饗潤一は最近の若者にしては出来がいい。全く、何でこうも姉弟で差が出るやら」
ふう、と溜息を吐くてこ。内容は側から聞けばとても差別じみた酷いものだろうが、てこはちゃんと一二三の秀でている部分を認めている。それでいて、だ。一二三もちゃんと分かっていて、怒りはしない。ただの軽い冗談のやり取りだ。
「はは。潤は昔からわたしの分の宿題までやってくれるような子でしたから」
「いやそれは教師の前で言うべき事じゃなかろうて」
眉間に皺を寄せるてこ。しかし、何か思い出したのかすぐに真顔に戻る。
「そうじゃ、登山同好会じゃが新入生が一人入ってきたぞ。これで春の遠足はわしを含めて7人で行けるの」
「え、ほんとですか!五人、とうとう五人の大台ですね。しかもあの皆神山に登れるとは。登山冥利に尽きるものです」
「ああ。わしに、農業科教諭の草司、工業科三年夜須、工業科二年澤山、普通科三年坂道、そしてお前。最高の布陣じゃのう。生徒がようやく五人、やっとじゃ」
登山同好会は江角てこ、そして農業科教諭草刈草司の二人で作り上げたものだ。全くもって一般受けしないのと、行動の地味さ故かマンモス校たるこの学校でも中々人が集まらず人気な部からはどんどん日陰に追いやられる、影の薄い同好会。
この学校は多種多様な学科・専攻、そして多大なる生徒数から必然的にかなりの数にのぼる部活と同好会が存在している。この学校で、同好会が部活に成る為の条件とは『部員五名以上で一年以上の活動をする』こと、そして『成果を明確に見せる』ことだ。部活にする為の権限は『統括生徒会』のみが持っているため、いかにてこや草司が苦心しても弱小たる登山同好会を部活とする事は出来ないし、堂々と宣伝することは出来ない。勧誘掲示板の優先順位は、当然の如く正規たる部活動が上なのだから。
「そういう訳での、近いうちに新人を紹介する。まあ、楽しみにしておれ」
「りょーかいでっす。……おや、待ち人来たれりですよ」
てこの後ろから毎日見合わせる顔を発見し、手を振る。
「潤!」
一二三は同学年の弟を見つめた。
自分と良く似た猫っ毛だというのに、自分はがさつさや粗暴さといったキツい印象を強調させるのに対し、彼はとてもやわらかい印象を人に与える。例えるならふんわりとした綿菓子か。とても羨ましい限りなのに、潤一はあまり好きではないようだった。
「ごめんひふみ、遅くなって……あれ?でこ先生は何でいるんですか?」
「でこじゃないわい、ハゲとらんわい」
そう言いながらてこは手に持っていたファイルをぱらぱらとめくり、一枚のプリントを取り出した。
「今度の医療科生徒会議についてのプリントを、戌神から渡されたんじゃ。全く、教師をパシリにする生徒とは、世も末じゃて」
ぴらりと潤一の目の前にプリントをかざす。戌神という名を聞いて、潤一は奪い取るかのようにプリントをひったくった。
「……相変わらず、どうしてあんな輩がこうも人気なのか不思議でならん。のうひふみ、学園七不思議の七つ目はそれで良いと思わんか?」
「はは、駄目ですよ。七つ目は分からないのがミステリーなんですから。……戌神、聖さんでしたっけ?うちの統括生徒会長。医療科の生徒会長で、一年からずっと会長職に就いている異例にして最高の指導者。彼によって校内整備が行き届いている学校生活が送れていて、あとあの保健室の医療制度を提案し、実行したのもあの人だっけ」
一二三が覚えている事を口にして最後潤一に問うように締めくくったが、潤一は物凄い形相で同い年の姉を見る。
「それだけじゃないよひふみ!いい?戌神さんはね、『生徒上の校内におけふ全ての権限』を持っているんだ。風紀委員の権利の増加とそれにおける職権濫用の可能性を鑑みた新たな校・罰則規定の追加。テスト中の不正防止の為の常駐教員二名制度。掃除の効率化を考えた新用具の発注と浸透。授業での必要性を存分に教員に語って聞かせ、遂には理事会を動かした全教室へのテレビとエアコンの設置。更には医療科のテキスト代を浮かせる為に行った、全教科書のフルデジタル化。ほら、俺も持ってるノートみたいな電子端末。あれの中に分厚い教科書十数冊に関連資料数十冊入ってる。そのお陰で毎日重たい思いして通学しないですんでる。教科書兼ノート、外国でも使われてるし日本でも塾とかでは使われてるアイテムを初めて学校に採用させたんだ。そして何と、あの食堂の大人気メニュー、三色エビ天カレーうどんの考案者!」
「え?それって美味しい?美味しいの?三色って何が?」
「それに、医療科なんてものをこの『高等学校』に作ったのも、奴じゃな。だから医療科も創立三年目じゃ」
それまで静かに聞いていたてこも話に加わる。
「戌神の台詞をそのまま言うと『日本の医療は異常だ。それは、動物医療に関しても、ましてや自分達が受ける医療も、看護も、全て。正しい事を、腐った事が普通となる前に、学ばねばならない。僕達が変えるのだ、僕達は、立ち上がるのだ』……と、言うて今の三年医療科の面々を集めて来たんじゃ」
呆れたように、若いってのは良いのう、と呟くてこ。あなたも若いでしょうにと一二三は小さく返す。
「ひふみ、俺もその時の戌神さんを知ってる。だから翌年ここを受験するって言ったんだ。……まあ専攻は違うけれど。でもね、少なからず今、この学園に居る生徒は誰しも彼を意識してる。ひふみみたいな方が珍しいよ」
ふうん、と一二三は呟く。
「そんな凄い人だったんだね」
話ひと段落したところでてこはファイルを脇に抱えて、
「じゃ、わしは他の奴らにもプリントを渡してこにゃいかんのでな。またな、大饗姉弟」
ひらひらと片手を振って去っていった。そして潤一は一二三の向かいの席に座った。

「そうだ、潤。私は今度同好会で皆神山に登るんだ。青春だろ?」
プリントを熟読しながら適当に返事をする潤一。
「で、だ。お前も私も二年生に進級した訳だけれども、お前は一向に部活に入らないね。青春はどこへ行ったんだい?登山同好会に入りたいかい?」
そう言って一二三はすっかり冷めたミルクティーに口をつけた。
大饗潤一。今年度から医療科の生徒会入りを果たし、二年ながらも副生徒会長の地位に就いたエリート。
この学園はとある大手企業によって作られた、多種多様な学科を揃える巨大校。
普通科、医療科、工業科、商業科、音楽科、体育科、農業科、家政科、芸術科、芸能科、神学科、経済科から成る12の学科と、そこから数多く細分化された専攻。特に音楽科に至っては30ものクラスが設けられ、その数とはは別にダンス分類もある。それぞれ少人数クラスの為、音楽科の倍率は一番高い。そして、上質。各分野で高名な先生方が教鞭をとる。
学科ごとに設立されている生徒会のメンバーは、この学校の特徴でもある『完全なる実力主義』に基づいて、成績優秀者から成っている。
潤一は二年生であるにも関わらず、三年で構成される事がほとんどな生徒会に籍を置き、副会長として真面目に、そして前任以上の働きを見せ、教員からもウケが良い。次期生徒会長は確実と言われている。
「だって、面倒だもの。登山同好会にも入らないよ。僕は、帰る。読書してたりゲームしている方が好き。平日の、ひふみと一緒にいるときが、一番すき」
登山同好会は主に土日に活動している為、平日の早朝や放課後に何かしたりするわけでもない。一二三はほとんど潤一と一緒に帰り、二人でゲームしていたりDVDを観たりする。
口を尖らせて言う双子の弟に、一二三は苦笑した。
姉と一緒が、お揃いが好きな弟は、こと学校においてのみ何もかも違う。
一二三は普通科 、進学系列普通理数コース。普通科は受験の際文系理系に分けて行われる。入学時から既に分けられており、その中で進学か就職のクラスに分かれる。
進学クラスにおいて、入学より一年、各コースから優秀者十名が選ばれ『特進コース』というものに移される。名の通り、進学のために今まで以上にレベルの高い授業か受けられるのだ。ここの卒業者は全員が全員有名大学へと進んでいる。
文系理系の各々のコースも、選ばれなかったとはいえ、それでも偏差値は他の高校よりも高く、ここの学歴ラベルというだけでもこの不況の中で引く手数多だ。
一方、潤一はというと、医療科の医師系列医学コース。将来医学部に入り、医者となるものが集うところ。医療科はどの学部よりも学ぶ量が多い。まだ若い学部ではあるがこの難関授業を修了すれば確実に将来優秀な医療従事者になると期待されている。 医療科発足はとても最近で、 今年が三年目だ。今の三年生が一期生。三年生の進路に、今後の医療科の未来がかかっていると言える。医科大学もこの医療科の動きから目が離せない。一人でも優秀な学生が欲しいのだ。卒業後、その大学の名を広めてくれる歩く広告塔が。
「……全く、お前ならインターハイも夢ではないというのに」
「別に良いって。体育科でもないのに出て、高校生達の夢を潰したくないもの。この学校へトロフィーを持ち帰る役目は彼等に任せておけばいいよ」
暗に自分が出ていれば確実に取れると言っている。軽く、いやかなりの自信家だ。
一二三はそんな弟を見てため息を一つ。
こんな感じだから彼には友人が極端に少ないのだろうか。近づき難いと思われているらしく、ちょっとやそっとじゃ友人は増えそうにもないと過去から分かっている。先生や先輩達からは可愛がられているのだが……。一二三は姉としてどうしてやるべきか悩む。
「あ……あ、あの、ひふみ……」
そこに、微かな聞こえるか聞こえないかくらいの声で一二三に声がかかった。
一二三の友人、早乙女みちかだ。
「お、みちか。座りなよ」
「あ、ありがとう」
とてもとても控えめに、一二三の隣の席に座る。
「……珍しいね、みちかがカフェテリアに来るなんて」
と、潤一が声をかける。みちかは一二三の友人で、潤一にとっても数少ない友人と言える人物だった。
「あ……うん。ひふみと潤くんが、ここにいるって聞いて」
彼女は普通科の特進コースだが、一年の時一二三と同じ理数系コースでクラスメイトだった。その時に性格はまるで正反対だったが、気の置けない友達となった。
優しく、穏やかで争いを好まず、しかし自己主張に欠ける。だが、それでいて普通科の生徒会長を務めていた。
各生徒会長、副会長という立場は他の生徒会メンバーと比べて少し特殊で、その学科のあらゆる専攻の中で一番優れている者が代々受け継ぐ地位だ。拒否権はなく、人徳も関係ない。大体は三年生で構成される生徒会だが、稀にみちかのような専門家が現れる。その分野で最も力を発揮できる、自分の全力のベクトルを特定の事のみに向けることが出来る人物。
みちかは数学において、この学校……教員も含めて、彼女に勝るものはいないと言われる。それ程の才。今や彼女は数学の授業だけは有名大学から特別講師を呼んだり、海外の講師からネットで授業を受けている。
そんな彼女も潤一同様周りから浮いている。友人は少ない。引っ込み思案で人見知りな性格もあってか、中々みちかは自分から喋れない。
そんな困った二人に囲まれる一二三は、日々コースや学科の違う二人に友人を作らせようと頭を悩ませている。
勿論、自分自身は交友関係に満足出来ているのは言うまでもない。
「あ……の、ひふみ、今日授業が終わった、ら……統括生徒会議が行われるんだけど」
「おや、という事は初めての統括生徒会だね、みちか。ちゃんと意見は言うんだよ」
紅茶に口を付けてみちかを見る。みちかは不安を前面に出していた。微かに震えている。よくある事ではあるが。
「ひふみ、みちかはちゃんと普通科代表として行けるだろうか?」
と、潤一が普通科でもないのに心配してくれる。潤一は、一二三とみちかしか女生徒とは喋らない。心配するのも二人だけだ。そして一二三が答える。
「大丈夫、みちかは言いたい事は何とか頑張って言える子だから」
そう、だね。と潤一は頷くとそこで彼の携帯が鳴った。メールのようで、それを見た潤一は慌てて席を立つ。
「ごめんひふみ、みちか。急な呼び出しがきた」
「いいよ、行っておいで」
ごめん、と謝りながら慌てて走って行く潤一を見送り、みちかは口を開いた。
「あ……ひふみ、私、ね、……ちゃんと、出来るか不安で……見たことない人ばかり来るし、あの……戌神先輩も、いらっしゃるし」
どんどん顔色が悪くなるみちか。いつもなら保健室に連れて行って休ませるレベルだ。
「戌神?気にするなよ。わたしはついさっきまで深く知らなかったくらいだ。気負うな、気兼ねるな。気にしている事を気取られるな。大丈夫、みちかはみちかでいればいい」
机に肘をついて両手の指を組ませて目を閉じる。
「みちか、わたしが君と出会った時君の言った台詞を今でも確かに覚えているよ。みちかが入学式の挨拶を行ったものだから妬まれてトイレで虐められかけていた時だ。わたしはトイレの個室の中で本を読んでいて遭遇したのだけれど。三人の女生徒相手に君は決して強く言えた訳ではないけれど、それでも、わたしが君と友達になりたいと思った台詞」
思い出してくすりと笑う。
「『私はそれでも何も捨てない』……みちか、わたしの最高の友人。君は強い意志を持っている。それさえあればわたしの前でも全生徒の前でも、戌神先輩の前でも変わりなく話せるだろうよ。君は、強い」
まるで暗示をかけているかのようで、実際みちかに少しでも自信を持たせてあげるにはここまで言わなければならないといけないのは一年の付き合いで分かっている。
「……うん、頑張る、よ」
小さな声で決意を示すが、はっきり言って頼りない。それでも、それが満足かのように一二三は嬉しそうに微笑んだ。
「にしても統括生徒会ね。あまり詳しく知らないんだよね。誰がそうなのかも知らないし」
一二三は頭の後ろで両手を組みながら椅子の背もたれにもたれかかった。
その時だ、思いがけない声がかかったのは。

「はァ?統括生徒会のメンバーすら禄に知らないとか頭沸いてんのか」
眉間に皺を寄せた男が一二三の方を見た。隣のテーブルから急にかけられた声に一二三もみちかも驚いてそちらを見る。
カフェテリアでのどかな休息というには余りにも不穏な空気を醸し出す男は神学科のカトリックコースの白い僧服のような制服に身を包んでいる。繊細な金の刺繍が日に光っていた。その眼光の鋭さ、眉間に皺の寄った不機嫌そうな顔、神学生というよりもマフィア候補生という方が似合うのではないだろうか。
そしてもう一人、その男と同席しているのは神学科仏教コースの生徒と分かる袈裟に似た制服を着ている。こちらは真逆に穏やかな人柄と優しそうな顔と柔らかな空気を纏う男だった。
笑いを噛み殺しているように見える袈裟の生徒はそれを誤魔化すように咳払いを一つし、制服の袖を口元に当てた。
「どう過ごして来たらそうも無知でいられるんだ?今後の参考にさせてくれ」
僧服の生徒は更に皮肉を重ねるが、当の一二三は気にした風もなく朗らかな笑顔を向ける。
「そうだね、学業以外は登山活動と、もっぱら友好関係の構築に重きを置いていたよ。いきなり人の会話に入ってくるどこぞの誰かさんもそうした方がいいんじゃないの?」
絶対に友人が少なそうな、気難しく人から距離を置かれやすそうな相手に皮肉で返す。するともう堪え切れなくなった袈裟の生徒がとうとう吹き出した。
それを睨んで制し、机の上の拳を握りしめて口の端を歪ませる僧服の生徒。決して笑っているのではなくこれは後で覚えとけよ、の意だ。
「だいたい、今までの学校行事でさんざっぱら顔を見てきたはずだろ?」
「いや毎年更新される顔と名前を、関係もないのに一々覚えていられないよ」
「でもあんさん、戌神君の事もろくに知らなかったそうやないですの。聞こえてしまいましたえ」
袈裟の生徒が面白そうに目を細めて笑いかけると一二三は苦笑して肯定する。
「いやあ、はは」
そこで一二三は先程から全く話さなくなったみちかを思って見やると、青い顔で何かを言いたそうに口を開いては閉じるを繰り返していた。
「ん?みちか、どうかした?」
「あ、えっと、ひふみ……この人は」
か細い声が聞こえたのか、僧服の生徒はくつくつと悪人のように笑う。
「早乙女みちか、流石にまあ知っているか。互いに二人しかない二年の生徒会長だものな」
「えっ!?貴方も生徒会長なの?神学科の?そんな悪人ヅラで神のことなんて信じてなさそうなのに?」
思ったままを口にした一二三の袖を小さく引っ張るみちかと、今にも掴みかかってきそうな僧服の生徒だったが、それよりも袈裟の生徒の割れんばかりの大爆笑に場の空気が少し柔らかくなる。
「おい、女郎花おみなえし
「は、は!すんません、つい」
涙を滲ませてまだ笑いが込み上げて止まらない彼を放置して、僧服の生徒は一二三に向き直って名乗る。
「神学科生徒会長、キリスト教系列カトリックコース二年、逆蔵さかくら皇逹こうたつだ。こっちの笑い死にそうなのが仏教系列密教コース二年の女郎花おみなえしとおる、こんなんでも神学科副生徒会長だ」
笑い声の合間によろしくなあ、と聞こえた。
「普通科進学系列普通理数系コース、登山同好会所属の大饗一二三。苗字だと弟と一緒にいる事が多くてややこしいから名前で呼んでね。よろしく」
軽く会釈をすると皇逹はふん、と顎を上げて偉そうに見下ろす。
「登山同好会……っていやあ工業科生徒会長がいただろ」
「ああヤっさん、同好会会長してるよ」
あくまでもそれ以外の肩書には興味がない、といった態度の一二三に皇逹は深く溜息を吐いた。
「チッ……うちの学校に十二の学科があるのは知ってるよな?」
不機嫌さを隠さずに皇逹がそう聞くと一二三はこくりと頷く。
皇逹は机に片肘をついて手のひらに顎を乗せる。その様は尋問を開始するマフィアのようだった。
「その生徒会長達十二人で構成されるのが統括生徒会。統括生徒会長を除く他十一人は上下関係なく同列だ。俺や普通科生徒会長の早乙女みちかのように二年生でもな」
「へえ、十二人か……まるで円卓の騎士だねえ」
そう言うと女郎花はくつくつと喉の奥で笑い、皇逹も呆れた顔を見せる。
「お前は本当に知らないんだな。統括生徒会の卓は円卓だ」
「えっマジでそうなの?」
「同好会で夜須から聞いて……ってそうか、あいつは会議室以外じゃ喋らねえか。他には芸能科の生徒会長役重やくしげ雪飛せつひはあらゆる演劇大賞総ナメにしている演劇界の寵児。今はこの学園の演劇部にしか所属していないが幾多もの大御所劇団から熱烈に誘いを受けているらしいぜ。
後は、芸術科生徒会長赤羽あかばね往哉ゆきやは病気がちでもっぱら副会長の比企島ひきしま満が代理として権限を委託されている。渡せる範囲内でだがな。赤羽雪哉は五歳から絵画コンクールで金賞しか取ってないっていう噂だがまあ本当だろうな。副会長の比企島満も日本画の著名な作家の子供で小さい頃から頭角を現していた秀才だ。日本画コースだが彫刻コースの授業も受けていてそちらの評価も高い。
商業科生徒会長百合園ゆりぞの合歓ねむ全国簿記検定一位で既に幾つかの有名銀行からスカウトを受けている。電卓だけじゃなく算盤も一級、書道やボールペン習字も嗜み事務員としてどこも欲しがる逸材だな。
農業科生徒会長木立こだち樹梨じゅりは樹木医補の資格を持ってるが奴は農業科全ての科目においてオール10。林業関係者の中では既に知名度が高いという。
体育科生徒会美津野みずの泉水いずみはこの間のオリンピックに出場を果たした水の申し子。飛び込みにおいて日本で勝てるものはもうおらず、高校卒業後は留学、もしくは海外のチームに入ると言っている。まあトップレベルのアスリートでもマイナー競技には厳しいからな、日本は。しかしマイナーとはいえオリンピック種目なんだから日本ももっと盛り上げるべきだと言っていたか。その為に将来を使いたいと言う稀有な馬鹿だ。
家政科生徒会長吾妻あづま唯はバイトで幾つかの著名人のハウスキーパーもこなしている。家事一般だけに留まらず、家の管理、財政管理、使用人の采配、あいつが家の事で出来ない事はないから、男に生まれていたら『家令』になれただろうな。
経済科生徒会長蘭澤あららぎさわ揺蘭ようらん、あの蘭澤コンチェルンの御曹司。ゆくゆくは自社の社長だとか会長職に就くのが決められている生粋のボンボンだ。まあ成績は常にトップ、顔が良いのもあってか、金持ちの子弟や令嬢の多いプライドが高層ビルぐらいの奴等ばかりの学科をよく纏めているな。
音楽科生徒会長の比嘉陽助は戌神と懇意にしている。よく一緒にいるな。沖縄出身で琉球太鼓を選択しているが打楽器で出来ないものはないという。これで全員だ」
「へえー、流石だねえ」
「ほとんどの生徒が知っている内容だ。勿論、ほとんど以外がお前だけだがな」
駄目押しのように付け加えると女郎花はくどいなあ、と笑った。
「で、この心が金魚の心臓くらいしかあらへんのが我らが神学科生徒会長の逆蔵皇逹くんですわ」
「よくそんな狭量でなれたね」
「心の広さは関係ないみたいですわあ」
「じゃあ言うんじゃねえよ!」
「こんなのでもラテン語ペラペラの座学全科目一位の男なんですよ」
「うわ超絶意外」
と、旧知の仲のように軽口を叩き合う三人だったが、みちかだけは会話に入る事が出来ずひたすら机を見つめて俯いていた。
いつもすぐに人と仲良くなれる一二三の特技が、凄く羨ましかった。自分には出来ない事で、自分から友人を作りにいくなんて夢のまた夢だ。友人と呼べるものは一二三と潤一だけで、確かにそれで充分なのだけれど、自分のこのコミュニケーション能力のなさは、将来的にとても苦労するのだろう。それが、みちかには億劫だった。
「ま、これからは多少なりと頭に入れておけ。会長職はそれなりのカリスマ性を持つ奴等ばかりだ。ある日突然背中を刺されても知らんぞ」
「ご忠告と有意義な時間をありがとう、逆蔵くん。女郎花くん」
そう会話を切り上げる一二三と、トレーを持って立ち上がる神学科の二人。ひらひらと手を振る一二三に対して鼻を鳴らして背を向ける皇逹と笑顔で会釈をする女郎花。
「意外と親切で、賑やかなひとたちだったね。ごめんね、知らない人と長話して」
「ううん、私のせいでひふみが他の人と交流しなくなるのはいけないから。いいの」
みちかは優しいなあ、と呟く一二三を、とても眩しそうにみちかは見つめた。
「そろそろ行こうか」
「う、うん」
そう言って二人は席から立ち上がった。
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