百花学園の愉快な日常 ACT:1
ACT-5-2美術館にて、幕間
一階にあるカフェで一休みすると決めた一行は特に並ぶ事もなく席に案内されて腰を落ち着ける事が出来た。一二三はチャイ、みちかは砂糖たっぷりの珈琲。てこはブラックの珈琲。市古はジャスミンティー、假屋はミルク入りの珈琲、草司はガムシロップを一つ入れたアイスティーだ。
砂糖たっぷりのチャイを飲みながら一二三は誰にともなく呟いた。
「結局手紙の送り主には会えなかったなあ」
「誰だったんだろうね」
かすかな声でみちかが返す。
「ま、ひふみは始終あの絵を見とったからの、その差出人が自分の作品を見せたかったとしても無理じゃったのう」
てこがわはは、と笑うと一二三が「だってとても素敵だったから仕方ないでしょう」と反論した。
話を掴めない市古と假屋が何の話だ、と食いついてきたので草司が軽く説明する。
一二三に届いたラブレターの話を聞き、市古は目を輝かせた。
「何だいそれ素敵!いいねえ。少女漫画みたい、その相手の事応援するね。会えるといいねえ。ひふみも会ってみたいんだろう?」
「え、まあ、そうですね。会えるものならば」
「今時そんな純な子はいないから狙い目だよ」
意味ありげな表情にてこが牙を剥く。
「は!それだけでいいヤツだと判断されるなら、世の中ラブレターだらけじゃわい」
「というか、今の子たちはメールとかじゃないのかな」
草司がくすくすと笑い、市古はぐっと呻いた。その様子が面白くて、一二三は少し笑う。
「気になるといえばさ、僕は赤羽往哉の顔を知らないんだよね。芸術科の絵画んとこの担当と仲良いから紹介してもらえるかな」
ジャスミンティーで口を潤した市古がそう言うと、間髪入れずにてこが「無理じゃ」と返す。むっとした様子の市古が冷たい視線をてこに向ける。
「は?何の嫌がらせなんだい?」
「違うわい、お前は赤羽を知らんのか」
質問を質問で返すてこに対し、市古は眉間に皺を寄せたまま鼻を鳴らす。
「ないけど?だいたいうちみたいな巨大校で他学科の生徒と関わることなんて部活動以外にそうないでしょうが。それが例え生徒会長でもね。っていうか何で君は赤羽往哉を知っているわけ?」
詰め寄る市古を止めたのは意外にも假屋だった。
「赤羽君は戌神君、比嘉君の友人だ。関連性はある。私とて彼の事はあまり知らん。いや、芸術科の、彼の専攻する絵画担当の教諭でさえ、赤羽君の事は良く知らないだろう。……彼は特待生だ」
最後の言葉にピクリと市古は反応した。彼だけでなく草司もだった。
「特待生って、うちの学校にそんな制度あったんですか」
一二三が質問する。生徒ですら知らない制度にてこはごほん、と咳払いをする。
「特待生、名の通り特別待遇生徒じゃ。うちの学校では受ける生徒によって内容が変わる。例えばテストの成績が常に赤点ではあるがとある分野において優秀な結果を残せる者に対する学力テストの免除。家が貧しく授業料が払えない者への学費全額免除など、欠点を補う場合がほとんどでの。赤羽もそうじゃ。奴は一年のうち学校に来られる程体調の良い日は月に一、二度あるかないか。去年は入院もあって半年は学校に来ておらん。奴への待遇は出席日数の免除と学費の全額免除。代わりに月に一度、校内・外でのコンクールで優勝という馬鹿げた義務を果たし続けている化け物じゃ。実力だけはあるから生徒会長をやらされておるが、実質は名前だけのお飾りに近く、実務のほとんどはさっきの比企島がやっておる。……あいつが学校にいつ来るかなど、誰も知らん。本人すら明日の自分の容体がいいかなど分からんのだからのう」
ため息と共に呟く。
「だから、駄目なのじゃ。無理なのじゃ」
「……成る程。でも、一つ不可解だ。学校には来れないのに絵は描けるのかい?」
「赤羽は病床でも描くわい。例え死の間際だったとしても奴は絵筆を置かんじゃろうて。身体は弱くともちゃんと腕を持っとる。生徒会長の矜持はお前とて分かるじゃろう」
てこを睨みつけていた市古は一つため息を吐いてからジャスミンティーを一気に飲み干して、ウェイトレスを呼ぶ。
「ジャスミンティーおかわり、それと苺のタルト!ほら、奢ったげるからひふみとみちかも何か頼むといい。ここのケーキ美味しいから!」
え、と戸惑うみちかと、遠慮なく「ニューヨークチーズケーキ!」と叫ぶ一二三。自分も頼まなければならない空気を読んでみちかも小声で「じゃあ……ショートケーキ、を」と呟いた。
笑顔の素敵なウェイトレスは注文を繰り返して一礼をして去っていった。
「にしても、うちの学校に特待生制度があるなんて知りませんでした。ねえみちか」
静かに頷くみちかと、優しい笑顔を向けて口を開く草司。
「そうだね、一般生徒には知られていないだろうから。滅多に使われない制度だしね」
「わしらの世代にもいたのう。家が貧しすぎて授業料どころか生活費すらままならん奴が」
「いたねえ、入学式に制服も買えなくて中学の制服を着て出た奴がねえ」
てこと市古がにやにやしてとある人物を横目で見る。假屋だ。
「…….え、そうなんですか?」
きょとんとした顔で一二三が聞いた。假屋は耳まで真っ赤にして口を固く閉ざしている。その様子をはは、と笑ってから草司が助け船を出す。
「しかし今は自分の給料の半分を家に送っているくらいの親孝行者さ。俺たちの給料もそんなに多くないんだけどね」
「たまに月末になると草司に泣きついとるがのう」
ぷぷ、とてこが笑うと假屋の堪忍袋の緒が切れたようで、それでも教師としての意地か生徒二人に見えないところで、具体的には机の下で、思い切りてこの足を蹴飛ばした。
一階にあるカフェで一休みすると決めた一行は特に並ぶ事もなく席に案内されて腰を落ち着ける事が出来た。一二三はチャイ、みちかは砂糖たっぷりの珈琲。てこはブラックの珈琲。市古はジャスミンティー、假屋はミルク入りの珈琲、草司はガムシロップを一つ入れたアイスティーだ。
砂糖たっぷりのチャイを飲みながら一二三は誰にともなく呟いた。
「結局手紙の送り主には会えなかったなあ」
「誰だったんだろうね」
かすかな声でみちかが返す。
「ま、ひふみは始終あの絵を見とったからの、その差出人が自分の作品を見せたかったとしても無理じゃったのう」
てこがわはは、と笑うと一二三が「だってとても素敵だったから仕方ないでしょう」と反論した。
話を掴めない市古と假屋が何の話だ、と食いついてきたので草司が軽く説明する。
一二三に届いたラブレターの話を聞き、市古は目を輝かせた。
「何だいそれ素敵!いいねえ。少女漫画みたい、その相手の事応援するね。会えるといいねえ。ひふみも会ってみたいんだろう?」
「え、まあ、そうですね。会えるものならば」
「今時そんな純な子はいないから狙い目だよ」
意味ありげな表情にてこが牙を剥く。
「は!それだけでいいヤツだと判断されるなら、世の中ラブレターだらけじゃわい」
「というか、今の子たちはメールとかじゃないのかな」
草司がくすくすと笑い、市古はぐっと呻いた。その様子が面白くて、一二三は少し笑う。
「気になるといえばさ、僕は赤羽往哉の顔を知らないんだよね。芸術科の絵画んとこの担当と仲良いから紹介してもらえるかな」
ジャスミンティーで口を潤した市古がそう言うと、間髪入れずにてこが「無理じゃ」と返す。むっとした様子の市古が冷たい視線をてこに向ける。
「は?何の嫌がらせなんだい?」
「違うわい、お前は赤羽を知らんのか」
質問を質問で返すてこに対し、市古は眉間に皺を寄せたまま鼻を鳴らす。
「ないけど?だいたいうちみたいな巨大校で他学科の生徒と関わることなんて部活動以外にそうないでしょうが。それが例え生徒会長でもね。っていうか何で君は赤羽往哉を知っているわけ?」
詰め寄る市古を止めたのは意外にも假屋だった。
「赤羽君は戌神君、比嘉君の友人だ。関連性はある。私とて彼の事はあまり知らん。いや、芸術科の、彼の専攻する絵画担当の教諭でさえ、赤羽君の事は良く知らないだろう。……彼は特待生だ」
最後の言葉にピクリと市古は反応した。彼だけでなく草司もだった。
「特待生って、うちの学校にそんな制度あったんですか」
一二三が質問する。生徒ですら知らない制度にてこはごほん、と咳払いをする。
「特待生、名の通り特別待遇生徒じゃ。うちの学校では受ける生徒によって内容が変わる。例えばテストの成績が常に赤点ではあるがとある分野において優秀な結果を残せる者に対する学力テストの免除。家が貧しく授業料が払えない者への学費全額免除など、欠点を補う場合がほとんどでの。赤羽もそうじゃ。奴は一年のうち学校に来られる程体調の良い日は月に一、二度あるかないか。去年は入院もあって半年は学校に来ておらん。奴への待遇は出席日数の免除と学費の全額免除。代わりに月に一度、校内・外でのコンクールで優勝という馬鹿げた義務を果たし続けている化け物じゃ。実力だけはあるから生徒会長をやらされておるが、実質は名前だけのお飾りに近く、実務のほとんどはさっきの比企島がやっておる。……あいつが学校にいつ来るかなど、誰も知らん。本人すら明日の自分の容体がいいかなど分からんのだからのう」
ため息と共に呟く。
「だから、駄目なのじゃ。無理なのじゃ」
「……成る程。でも、一つ不可解だ。学校には来れないのに絵は描けるのかい?」
「赤羽は病床でも描くわい。例え死の間際だったとしても奴は絵筆を置かんじゃろうて。身体は弱くともちゃんと腕を持っとる。生徒会長の矜持はお前とて分かるじゃろう」
てこを睨みつけていた市古は一つため息を吐いてからジャスミンティーを一気に飲み干して、ウェイトレスを呼ぶ。
「ジャスミンティーおかわり、それと苺のタルト!ほら、奢ったげるからひふみとみちかも何か頼むといい。ここのケーキ美味しいから!」
え、と戸惑うみちかと、遠慮なく「ニューヨークチーズケーキ!」と叫ぶ一二三。自分も頼まなければならない空気を読んでみちかも小声で「じゃあ……ショートケーキ、を」と呟いた。
笑顔の素敵なウェイトレスは注文を繰り返して一礼をして去っていった。
「にしても、うちの学校に特待生制度があるなんて知りませんでした。ねえみちか」
静かに頷くみちかと、優しい笑顔を向けて口を開く草司。
「そうだね、一般生徒には知られていないだろうから。滅多に使われない制度だしね」
「わしらの世代にもいたのう。家が貧しすぎて授業料どころか生活費すらままならん奴が」
「いたねえ、入学式に制服も買えなくて中学の制服を着て出た奴がねえ」
てこと市古がにやにやしてとある人物を横目で見る。假屋だ。
「…….え、そうなんですか?」
きょとんとした顔で一二三が聞いた。假屋は耳まで真っ赤にして口を固く閉ざしている。その様子をはは、と笑ってから草司が助け船を出す。
「しかし今は自分の給料の半分を家に送っているくらいの親孝行者さ。俺たちの給料もそんなに多くないんだけどね」
「たまに月末になると草司に泣きついとるがのう」
ぷぷ、とてこが笑うと假屋の堪忍袋の緒が切れたようで、それでも教師としての意地か生徒二人に見えないところで、具体的には机の下で、思い切りてこの足を蹴飛ばした。