誰よりも愛を知っている貴方は

 夜中、スマートフォンの通知音で目が覚める。恐る恐る見てみると、『いつものカラオケの前に今から来い』とメッセージが来ていた。
「…………」
 審神者は着替えて静かに部屋を出る。また、地獄の時間が始まる。
 身体はかたかたと震えている。自分の尊厳を全て奪われて、ただ耐えることしかできないなんて。
 誰もいない廊下で、思わず本音が零れた。
「誰か、助けて……」
「ぼくが助けるよ」
「っ!?」
 振り返ると、そこには亀甲がいた。瞳に悲しみをたたえて、審神者を静かに見つめている。
「ご主人様、やっぱり君は、望んで恋人と付き合っているんじゃないんだろう?」
「っ……」
 しまった、亀甲は勘がいい。バレてしまったら終わりだ。
「ぼくが思うに──きっと、ご主人様は脅迫されているんじゃないのかい」
「脅迫、なんて……」
 されていない、とは言えなかった。駄目だ、亀甲には全て見通されている。
「ご主人様、ぼくに全て話してほしい。あなたが助けてと言ってくれるなら、ぼくは地獄にだってあなたを救いに行くよ」
 亀甲は審神者の手を取って、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……!」
 その、言葉を。どれだけ望んでいただろう。今彼に縋って全てを話せば、きっと助けてくれる。
 けれど、でも。
『お前の汚いところ……お仲間に知られたくねえだろ?』
 審神者を縛る呪いの糸は、とても固くて。
「違う……違う! 私が望んでるの! あの人の傍にいたいの! 脅迫なんてされてない!」
「なら、どうしてあなたは泣いているんだい?」
「っ……!」
 嫌だ、嫌だ、嫌だ。こんな弱いところを亀甲に見られたくなかった。汚い過去も、弱さも、男に隷属するしかできない自分も、全部全部嫌いだ。
「うる、さいっ……! 亀甲には、関係ない!」
 彼の手を振り払って、玄関へ向かう。
「ご主人様!」
 審神者は、目の前に垂らされた蜘蛛の糸に縋ることができなかった。
「っ、ぁ、うぁ、うぁあああっ……!」
 涙を流しながら、現世へのゲートを通る。
 ──いや、嫌。亀甲、亀甲! お願い、私を助けて! 今すぐ地獄から連れ出して……!
 審神者は自分の心を殺して、地獄に落ちるしかなかった。
 
 
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