誰よりも愛を知っている貴方は

 その日、審神者は用があり新宿まで足を伸ばしていた。個人的な用事だったので、刀剣男士は伴をしていない。
「……おい、おいお前! ──だろ?」
 自分の名前を呼ばれて振り返る。そこには──素行の悪そうな男性が立っていた。
「てめぇは……」
 思わず口調が昔に戻る。こんな男と会いたくなかった。
「久しぶりだなあ、元気してたか?」
「…………私忙しいの、用がないなら帰るけど」
「そう言うなって〜。昔バイクで殺しあった仲だろ?」
「っ……!」
 審神者は昔──暴走族、いわゆるレディースの総長をしていた。男とはよく走りの勝負もしたし、殴り合いもした。
 だが、その過去は封印している。本丸の誰にも話したことがない。あの頃のことはできれば思い出したくなかった。
「なあ、今から付き合えよ。昔話しようぜ?」
「……嫌」
「おいおい、拒否権あると思ってんのかよ? 大事なお仲間にバレてもいいのか? 今、審神者やってんだろ?」
「どうして、それを……!」
「風の噂で聞いてなあ。まあ、バラされたくなかったら俺の言うこと聞けよ」
「っ……!」
 男は審神者の手を引っ張る。それを振り払って、拳を構えた。
「ふざけんじゃねぇ……!」
「おっとそんな真似していいのか〜? お仲間にも、政府にも過去がバレるぜ?」
「っ……!」
 男の下卑た笑いが、気持ち悪く映った。
「お前の汚いところ……お仲間に知られたくねえだろ? とりあえず──ホテル行こうぜ、なあ?」
 そこからの記憶は曖昧で──審神者は自分が地獄に落ちる音を聞いた。

「…………」
 ふらふらと本丸の廊下を歩く。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
 男は審神者を蹂躙し、嘲笑った。
『俺が呼び出したらいつでも来い』
 そう命令され──おぞましい行為をされた。逃げられないようにと、写真まで撮られた。
 ──誰か、誰か、助けて……。
 でも、誰にも言えない。男にされたことも、自分の過去も。言ってしまったら、今まで築き上げてきたものを全て失うことになる。
「やあ、ご主人様!」
「……き、こう……」
 いつものように笑顔で話しかけてきた彼は、審神者を見るなり真剣な表情になった。
「……なにか、あったのかい?」
「え……」
「とても顔色が悪いし、震えている。まるで何かに怯えているみたいだ」
「っ、違う、なにも……なにも、されてない……」
「……なにか、されたんだね」
 亀甲は寂しそうな顔をして、審神者の手を握った。
「ぼくはあなたを傷つけたりしない。……大丈夫だから、何があったか教えてくれないかな」
 その温もりは、さっきまで審神者を殺していた体温とは違くて、優しくて。
「は……離してっ!」
 審神者は与えられた優しさに、縋ることができなかった。
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