誰よりも愛を知っている貴方は

「〜〜っの、変態っ!」
 審神者は渾身の力を込めて、亀甲の頬に拳を叩き込む。
「ありがとうございます!」
 ああ、またやってしまった。手を出したら亀甲が喜ぶだけなのに。
 審神者は考えるより先に手が出てしまうタイプだ。普段はそうならないよう、必死に自分を律しているのに。
 亀甲の前だと我慢がきかず、つい殴ってしまう。まるであの頃に戻ったみたいだ。
「ああっ……ご主人様の容赦ない一撃っ……脳髄にまで届いたよっ……」
 亀甲は廊下でびくびくと震えながら悦に浸っている。
「少しは変態行動どうにかしなさい!」
「ふふ……それは、魚に水の中で泳ぐなと言っているようなものさ」
「ドヤ顔で言うことじゃないでしょ!」
 亀甲はひとつ悦楽のため息を吐いて起き上がる。
「それにしても──ご主人様の拳のキレは本当に素晴らしい。何かスポーツでもしていたのかい? 例えば拳闘──ボクシングとか」
 そう言われてぎくりと焦る。しまった、『あの過去』は誰にも知られたくないのに。
「さ、さあどうだろ?」
「ぼくの考察なら、もう少し荒々しいというか、実戦向きな気もするのだけど……でも、敵を殺すためのものでもない。あくまでも戦闘不能にするためのような……」
 どうしてパンチひとつそこまでわかるのだ。これ以上喋ったらボロが出るかもしれない。
「わ、私のことはどうでもいいから!」
「そんなことはないよ。ぼくはご主人様のことならなんでも知りたいんだ。大切なひとだからね」
「え……」
 大切なひと、なんて。そんな風に言われたら期待をしてしまう。そう例えば、亀甲が審神者に男女の情を持っているのではないか、とか。
「お互いのことを知るのはSMに必要不可欠だからね! ただ殴るだけじゃない、信頼関係の元に成立するコミュニケーションなのさ!」
 前言撤回。この男は多分そういうことは考えてない。勝手に期待しただけだが、乙女心をからかわれた気がして怒りが湧く。
 そして、気がついたら自分の身体は動いていて。
 審神者の拳は、正確に亀甲の右頬を捉えていた。

「……私、なんであんなのが好きなの…………」
 座っている加州に泣きつく。亀甲が自分を恋愛対象として見てくれる未来がどんなに頑張っても見えない。
「で、殴られた亀甲は?」
「廊下でびくびくしてたら邪魔だよなって思ってたら、御手杵が部屋に連れて行ってやるって担いでいった……」
「……いや、俺もあいつとは長いからさ、いいところはもちろん知ってるけど……本当になんで好きなの?」
「……前に、さ。政府に一緒に行った時に、色々噂されちゃって」
「噂?」
「私が結構前に担当者泣かせたことあったでしょ。それで、女鬼ってあだ名がついちゃって他の審神者に怖がられて……」
「あー、あれね」
 以前、担当者があまりにも無礼だったので指摘したところ、泣かれた。その噂が肥大化して、『担当者を退職にまで追い込んだ鬼』と流布されてしまったのだ。
「その時に、亀甲が……」
『ご主人様、どうか胸を張って、まっすぐ歩いて。あなたはなにも悪いことをしていないのだから、堂々と』
『亀甲……』
『あなたのことをなにも知らない人の言葉なんて、跳ね除けていいんだよ。あなたがどれだけ素敵な素晴らしい女の子か、ぼくたちが一番よく知っている』
 そう、優しい笑顔で言われて。心細かった審神者にはあたたかい光のように思えて。
「……主、チョロくない?」
「言わないで! 自分でも自覚してるからぁ……!」
「とりあえず、さ。頑張ってアプローチ続けなよ。亀甲だって主のこと特別だとは思ってるんだし、いけるいける」
「うー……本当かなあ……」
 初期刀は審神者の頭を撫でながら、まるで兄のように微笑んだ。
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