家族とずんだ餅
「寒い……」
この前秋が来たと思ったのに、もう冬がそこまで来ていると思えるくらいの寒さだ。審神者は部屋に戻って上着を着ようと歩き出した。
廊下を歩いていると、ぴゅうと寒い風が吹く。身体を震わせると、突然頭の中に怒号が響いた。
『この役立たずがっ!』
そう言われて、水をかけられた。暖房のついていない部屋に放り込まれて、元夫の機嫌が直るまで寒さに震えていた、あの日。
「っ……」
寒さがトリガーとなって、地獄の日々を思い出す。最近はフラッシュバックもほとんどなかったのに。薬を飲もうとしたが、手元の水筒は先程飲み干してしまった。
「は……はっ……」
とにかく部屋に。そう思うのに、身体が震えて動いてくれない。審神者はしゃがみこんで、震えが治まるを待つしかなかった。
「……おい」
振り返ると、そこには大倶利伽羅がいた。
「おお、くりから……」
「……何をしている」
「……ご、ごめんなさい、急に具合が悪くなってしまって……すぐどきますから……」
廊下の真ん中でしゃがみこんでいたら邪魔に決まっている。
「……薬は飲んだのか」
「え……?」
「いつも薬を持ち歩いているだろう」
「薬はあるんですが、お水を切らしてしまって……部屋に行こうとして……」
大倶利伽羅はひとつため息を吐くと、審神者の腕を取った。しっかりとした力に支えられて、ようやく立ち上がれる。
「行くぞ。掴まっていろ」
「あ、あの……」
大倶利伽羅は審神者を引っ張って歩き出す。普段積極的に審神者と関わろうとせずに、目線があってもすぐにそらされるくらいだった。こんな風に審神者に世話を焼いてくれたのは初めてかもしれない。
「着いたぞ。水はどこだ」
「あ、ええと、そこの冷蔵庫に……」
大倶利伽羅はコップに水を注いでずいと差し出してきた。それを受け取って、一緒に薬を飲む。
「ありがとうございます……じきに薬が効くと思います。迷惑をかけてしまってごめんなさい……」
「……具合の悪いあんたを放ったなんて知れたら、あいつがうるさい」
大倶利伽羅はそう言って、部屋を出ていってしまった。
「……ということがありまして、何かお礼をしたいんですが……」
その日の夕方、審神者はあったことを鶴丸に伝えた。
「ははは! 伽羅坊らしいな」
「その、大倶利伽羅とはちゃんとお話をしたこともなくて、嫌われているのかと思っていたんですが」
「いんや? 伽羅坊は誰に対してもそうだぜ。けどちゃんと優しいだろ?」
「はい。本当に助けられました。お礼、どうしたらいいでしょう?」
「うーん……そうだな、ずんだ餅を作るってのはどうだ?」
「ずんだ餅……ですか?」
「おう! 伽羅坊は政宗公の刀だからな。ずんだ餅は地元のおやつだ。きっと喜ぶぜ!」
鶴丸はきらきらと目を輝かせている。これは、大倶利伽羅の好物というよりは──。
「鶴丸が食べたいだけじゃないですよね……?」
「うぐっ、ま、まあいいだろう? 伽羅坊のソウルフードなのは変わりないんだから!」
「……ふふ、わかりました。なら作ってみます」
「なあ姫さん、多めに作って俺にもくれないか?」
「やっぱり食べたかったんですね?」
くすくすと笑うと、鶴丸はそっと審神者を抱き締めた。
次の日、審神者はミニキッチンで茹でて薄皮を取った枝豆をすり鉢に移した。
「ふう……こんなものですかね?」
砂糖と塩を混ぜて、力を入れてすり潰していく。これはなかなかの重労働だ。
「ふう、ふう……」
寒さを忘れるくらい懸命に潰すと、綺麗なずんだあんが出来上がった。それを餅に纏わせれば、ずんだ餅の完成だ。お茶を淹れて、ふたつのずんだ餅を盆に載せる。
大倶利伽羅の部屋に向かうと、彼は部屋の前で庭を眺めていた。
「大倶利伽羅」
「……何の用だ」
「昨日のお礼に、ずんだ餅を作ったんです。食べていただけませんか?」
「……」
隣に座って、彼の前にずんだ餅を置く。
「…………」
大倶利伽羅はずんだ餅をちらりと見て、突き匙を刺す。無言でずんだ餅を食べた彼を見て、審神者は小さく胸を撫で下ろした。
「……あいつには作ったのか?」
「あいつ……鶴丸ですか? ええ、作りましたよ。大倶利伽羅にあげるのならずんだ餅がいいと言ってくれたのは鶴丸なんです」
「……そうだろうな」
大倶利伽羅はずんだ餅を食べながら、審神者を見る。
「……あいつに、俺に惚気けるなと伝えろ」
「え、ええっ? 鶴丸、惚気けてるんですか……? ごめんなさい……」
審神者は顔を赤らめて俯く。鶴丸が大倶利伽羅に何を言っていたのか気になるところではあった。
「その、鶴丸は私のことをなんと……?」
「……『この世であれほど可憐な人はいない。花の精が降りてきたようだ』と」
「……!」
頬の熱がもっと赤くなる。そんな言葉を大倶利伽羅に言っていたなんて。
「……じゃあな」
大倶利伽羅は皿を持ってどこかへ行ってしまった。
「おっ、姫さん! 伽羅坊にずんだ餅渡せたか?」
後ろから、ちょうど会いたかった男がやってくる。審神者は彼に駆け寄った。
「鶴丸……貴方、大倶利伽羅に惚気けていたんですか?」
「ん? まあ、姫さんの可憐さは語りたくなるだろう?」
「……っ、もう……」
恥じらって縮こまる審神者に、鶴丸はやっぱり可愛いなと言って額に口づけを落とす。
彼の家族のような存在に後で謝ろうと思いながら、審神者はそっと鶴丸に寄り添った。
この前秋が来たと思ったのに、もう冬がそこまで来ていると思えるくらいの寒さだ。審神者は部屋に戻って上着を着ようと歩き出した。
廊下を歩いていると、ぴゅうと寒い風が吹く。身体を震わせると、突然頭の中に怒号が響いた。
『この役立たずがっ!』
そう言われて、水をかけられた。暖房のついていない部屋に放り込まれて、元夫の機嫌が直るまで寒さに震えていた、あの日。
「っ……」
寒さがトリガーとなって、地獄の日々を思い出す。最近はフラッシュバックもほとんどなかったのに。薬を飲もうとしたが、手元の水筒は先程飲み干してしまった。
「は……はっ……」
とにかく部屋に。そう思うのに、身体が震えて動いてくれない。審神者はしゃがみこんで、震えが治まるを待つしかなかった。
「……おい」
振り返ると、そこには大倶利伽羅がいた。
「おお、くりから……」
「……何をしている」
「……ご、ごめんなさい、急に具合が悪くなってしまって……すぐどきますから……」
廊下の真ん中でしゃがみこんでいたら邪魔に決まっている。
「……薬は飲んだのか」
「え……?」
「いつも薬を持ち歩いているだろう」
「薬はあるんですが、お水を切らしてしまって……部屋に行こうとして……」
大倶利伽羅はひとつため息を吐くと、審神者の腕を取った。しっかりとした力に支えられて、ようやく立ち上がれる。
「行くぞ。掴まっていろ」
「あ、あの……」
大倶利伽羅は審神者を引っ張って歩き出す。普段積極的に審神者と関わろうとせずに、目線があってもすぐにそらされるくらいだった。こんな風に審神者に世話を焼いてくれたのは初めてかもしれない。
「着いたぞ。水はどこだ」
「あ、ええと、そこの冷蔵庫に……」
大倶利伽羅はコップに水を注いでずいと差し出してきた。それを受け取って、一緒に薬を飲む。
「ありがとうございます……じきに薬が効くと思います。迷惑をかけてしまってごめんなさい……」
「……具合の悪いあんたを放ったなんて知れたら、あいつがうるさい」
大倶利伽羅はそう言って、部屋を出ていってしまった。
「……ということがありまして、何かお礼をしたいんですが……」
その日の夕方、審神者はあったことを鶴丸に伝えた。
「ははは! 伽羅坊らしいな」
「その、大倶利伽羅とはちゃんとお話をしたこともなくて、嫌われているのかと思っていたんですが」
「いんや? 伽羅坊は誰に対してもそうだぜ。けどちゃんと優しいだろ?」
「はい。本当に助けられました。お礼、どうしたらいいでしょう?」
「うーん……そうだな、ずんだ餅を作るってのはどうだ?」
「ずんだ餅……ですか?」
「おう! 伽羅坊は政宗公の刀だからな。ずんだ餅は地元のおやつだ。きっと喜ぶぜ!」
鶴丸はきらきらと目を輝かせている。これは、大倶利伽羅の好物というよりは──。
「鶴丸が食べたいだけじゃないですよね……?」
「うぐっ、ま、まあいいだろう? 伽羅坊のソウルフードなのは変わりないんだから!」
「……ふふ、わかりました。なら作ってみます」
「なあ姫さん、多めに作って俺にもくれないか?」
「やっぱり食べたかったんですね?」
くすくすと笑うと、鶴丸はそっと審神者を抱き締めた。
次の日、審神者はミニキッチンで茹でて薄皮を取った枝豆をすり鉢に移した。
「ふう……こんなものですかね?」
砂糖と塩を混ぜて、力を入れてすり潰していく。これはなかなかの重労働だ。
「ふう、ふう……」
寒さを忘れるくらい懸命に潰すと、綺麗なずんだあんが出来上がった。それを餅に纏わせれば、ずんだ餅の完成だ。お茶を淹れて、ふたつのずんだ餅を盆に載せる。
大倶利伽羅の部屋に向かうと、彼は部屋の前で庭を眺めていた。
「大倶利伽羅」
「……何の用だ」
「昨日のお礼に、ずんだ餅を作ったんです。食べていただけませんか?」
「……」
隣に座って、彼の前にずんだ餅を置く。
「…………」
大倶利伽羅はずんだ餅をちらりと見て、突き匙を刺す。無言でずんだ餅を食べた彼を見て、審神者は小さく胸を撫で下ろした。
「……あいつには作ったのか?」
「あいつ……鶴丸ですか? ええ、作りましたよ。大倶利伽羅にあげるのならずんだ餅がいいと言ってくれたのは鶴丸なんです」
「……そうだろうな」
大倶利伽羅はずんだ餅を食べながら、審神者を見る。
「……あいつに、俺に惚気けるなと伝えろ」
「え、ええっ? 鶴丸、惚気けてるんですか……? ごめんなさい……」
審神者は顔を赤らめて俯く。鶴丸が大倶利伽羅に何を言っていたのか気になるところではあった。
「その、鶴丸は私のことをなんと……?」
「……『この世であれほど可憐な人はいない。花の精が降りてきたようだ』と」
「……!」
頬の熱がもっと赤くなる。そんな言葉を大倶利伽羅に言っていたなんて。
「……じゃあな」
大倶利伽羅は皿を持ってどこかへ行ってしまった。
「おっ、姫さん! 伽羅坊にずんだ餅渡せたか?」
後ろから、ちょうど会いたかった男がやってくる。審神者は彼に駆け寄った。
「鶴丸……貴方、大倶利伽羅に惚気けていたんですか?」
「ん? まあ、姫さんの可憐さは語りたくなるだろう?」
「……っ、もう……」
恥じらって縮こまる審神者に、鶴丸はやっぱり可愛いなと言って額に口づけを落とす。
彼の家族のような存在に後で謝ろうと思いながら、審神者はそっと鶴丸に寄り添った。