風邪とあたたかさ

「けほ、けほっ……」
「姫さん、何か欲しいものないか?」
「大丈夫ですよ、ありがとう……」
 とある冬の日、審神者は風邪を引いてしまった。鶴丸は審神者の体調不良にいち早く気づいて、薬研を呼んでくれた。
 今は自室で横になっているのだが、熱が高くて苦しい。
 額に置かれた鶴丸の手が、冷たくて気持ちがいい。
「主、うどんを持ってきたけど食べられるかい?」
 部屋に燭台切が入って来て、うどんを置く。
「ああ……喉が痛いので、うどんは本当にありがたいです……。多分、食べられると思います……けほっ」
 審神者は起き上がって、うどんを受け取る。うどんは上に焼いた肉がのっていてとてもおいしそうだった。
 ひと口すすって、ふうと息を吐く。
「おいしい……けほ、けほっ」
「よかった、ゆっくり食べてね」
「ごめんなさい、今日私ごはんのお当番だったのに……」
「何言ってるんだ姫さん。本丸にどれだけ刀がいると思ってる? こういう時は助け合いだろ」
「そうだよ主。今はゆっくり休むのが仕事だよ」
「ありがとうございます……」
 審神者はゆっくりとうどんを食べる。全て食べ終わると、燭台切は器を持って去っていった。
「よし、食べたなら次は薬だな。これとこれと……」
「鶴丸……」
「ん?」
「迷惑かけて、ごめ……」
「姫さん待った。俺は迷惑だなんて少しも思ってないぜ。むしろ姫さんを構い倒せるいい機会だ。とことん甘えてくれ」
「でも……」
「こういう時は、ありがとうって言われた方が嬉しいもんだぜ?」
 鶴丸の微笑みに、審神者の肩の力がふっと抜ける。
「そう……ですね。ありがとうございます、鶴丸」
 笑みを浮かべると、鶴丸は顔を近づける。審神者はとっさに、手のひらで彼を制した。
「キスは、駄目ですよ? 移っちゃうので……」
「なっ!? なんでだ姫さん、いいだろう!?」
「駄目です。治ったらしましょう?」
「だ、だがなあ……」
 鶴丸は目に見えてしょんぼりと落ち込む。これでは鶴というより、犬のようだ。
「少しの我慢です、ね?」
「……わかった……」
 鶴丸は納得いかない、という顔で引き下がる。その悔しそうな顔に、思わずぷっと吹き出してしまった。
「さ、姫さん、薬を飲もうぜ」
「ええ」
 彼の献身に、審神者は静かに笑みを零した。

 広い家のソファで横になっている。薬を飲んだのに熱が治まらない。もうそろそろ夫が帰ってくるのに、まだ夕飯を作れていない。
『帰ったぞ! 出迎えもないのか、まったく!』
 夫の怒鳴り声が響いて、女は重い身体を引きずって玄関に向かった。
『げほ、げほっ……おかえり、なさいっ……』
『……なんだお前、風邪でも引いたのか?』
『はい……すみません、お夕飯を準備できてなくて……』
『あぁ!?』
 がん、と夫に蹴りを入れられる。肩に痛みが走った。
『この役立たず!』
『ご、ごめんなさ……』
『喋るなっ! 俺に風邪が移ったらどうするんだ!』
 夫の暴力は止まらない。女は身体を縮こまらせて、必死に暴力に耐えた。
『来い!』
 彼は女を引きずって、倉庫として使っている部屋に入れて、鍵をかける。
『俺に移さないように、そこにいろ!』
『待って、あなたっ……!』
 この部屋には冷房もないし、寝具だってない。女は荷物にかかっていた布を身体に巻いて、がくがくと身体を震わせた。
 夫の機嫌がよくなるまで、耐えなければ。
『っ、っ……』
 このまま、死んでしまえたら楽になるのだろうか。祖母に会えるのだろうか。
 そんなことを考えて、ただひたすら苦しさに耐えた。

「っ────!」
 目が覚めると、そこには天井と、自分心配そうにのぞき込む加州と安定の姿があった。
「主、大丈夫? うなされたけど……」
「加州、安定……ええ、大丈夫ですよ……ありがとう……」
「水飲める? ゆっくりだよ」
 安定が差し出してくれた水をゆっくりと飲む。
「ふう……昔、風邪を引いたときの夢を見たんです」
「昔……って、結婚してた頃の?」
「はい。身体がだるくて夕飯を作れなくて、暴力を振るわれて……倉庫みたいなところに閉じ込められて、一晩を明かしたんです」
「……ねえ、やっぱ主の元旦那、斬っちゃ駄目?」
「すぐに斬ってくるよ?」
「だ、大丈夫ですよ。今は皆がいてくれますし……」
「ま、そっか。じゃあ安定、よろしく」
「うん、任された!」
 安定は立ち上がって、どこかへと行ってしまったと思ったらすぐに戻ってきた。後ろに、鶴丸を連れて。
「姫さんを抱き締めていいって本当か!?」
「鶴丸!?」
「怖い夢見たんだって。ぎゅーってしてあげて」
「おう、任せろ!」
「鶴丸、駄目ですよ! 風邪が移ってしまいます……!」
「そんなこと構わないさ」
 鶴丸は審神者に近寄って、ぎゅうと身体を抱き締めた。
「怖かったな。もう大丈夫だからな」
「鶴丸……」
 彼の体温が、恋しくなかったと言えば噓になる。審神者は鶴丸の背中に手を回して、ぎゅうと縋りついた。
「嫌な、夢でした……」
「そうか、そうか……。食べたいものはあるか? ゼリーとか、プリンとか」
「大丈夫です。全て……全て、満たされています」
 鶴丸がいて、心配してくれる皆がいて。あたたかくて、優しくて。審神者はこれ以上ないくらい幸せだ。
「私は、今とっても幸せですから……」
「……そうか、なら、よかった」
 鶴丸は審神者の額に、ひとつ口づけを落とした。
「もう、駄目と言ったのに……」
「口じゃないからいいだろ? 許してくれ」
 鶴丸はいたずらっ子の顔をして、にやりと笑う。
「あなたって刀は……」
 でもそんなところが大好きなのだ。審神者は敵わないと思いながら、鶴丸に身を委ねた。
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