恋刀扱い
「次郎太刀、今ちょっといいかな」
次郎太刀の部屋の前で、声をかける。
「はいはーい、いいよーん」
上機嫌な返事が聞こえてきたので、障子を開ける。彼は手酌で酒を楽しんでいた。
「ごめんね、飲んでるところ」
「アタシが飲んでない時を狙う方が難しいさ! で、どうしたんだい?」
「一ヶ月後の遠征なんだけど、次郎太刀に隊長になってほしくて」
「いいけど……一月後って、ずいぶん先の予定を立てるんだねえ。急ぎの仕事でもないだろうに」
「……うん、まあ、ちょっと」
「どーせアンタのことだ、仕事して何かの気を紛らわせたいんだろ」
図星を食らって、肩が跳ねる。彼は嘘やごまかしを見抜くのが得意だ。
「何があったのか、次郎ちゃんに話してごらん」
「…………誰にも言わないって、内緒にしてくれる?」
「もっちろん」
彼の言葉を信用して、審神者は数時間前から胸につかえているものを口にする。
「三時間くらい前に……出陣してた部隊が帰ってきたんだ」
「ああ、確か南泉が隊長の。それがどーしたんだい?」
「……結構、激しい戦闘があったみたいで。何振りかは重傷で、手入れ部屋に運んだの」
「それの何が問題なのさ」
次郎太刀はわけがわからないという風に首を捻る。
「…………その、中に、後家がいて」
審神者の恋刀は、額を切られて顔が赤に染まっていた。あれを見た時の胸のざわめきがずっと残っている。
「なるほど、後家が心配で気を紛らわしたかったんだ」
「違うの、私……」
審神者はぎゅうと自分の服を掴む。後家の安否を心配した自分に気づいて、襲ってきたのは罪悪感だった。
「今まで何十回も、何百回も沢山の刀を手入れ部屋に入れてきたの。なのに……後家の時だけ、どうしようって、不安になったの」
審神者として、戦力である刀剣男士を特別扱いしてはいけないとわかっていたのに、後家を心配してしまった。手入れ部屋に入れれば、怪我はたちどころに治ると知っていながら。
「後家だけ特別扱いして、審神者として最低だって思って……そのこと、考えたくなくて」
「……はーあ、そういうことか。うん、アンタはやっぱり真面目すぎるね!」
次郎太刀は優しく背中を叩く。そして子どもをあやすように頭を撫でてきた。
「難しく考える必要なんてないんだ。アンタは後家を好きなだけ心配する権利があるよ」
「贔屓するのは、駄目でしょ……」
「あのね、いいかい主」
彼はゆっくりと、物語を聞かせるように言葉を紡ぐ。
「アンタは審神者である前に、ひとりの人間なんだよ。惚れた男の心配をして、なにが悪いってんだい」
「……次郎、太刀」
「もしそれを悪いって言うやつがいるんなら、アタシの前に連れてきな。次郎ちゃんがみっちり説教してやるさ」
審神者である前に、ひとりの人間。そんなことを思ってもいいのだろうか。後家だけを、特別扱いして許されるのだろうか。
「三時間前に手入れ部屋に入ったってことは、そろそろ終わる頃だろ? なら握り飯のひとつでも差し入れてやんな。手入れの後は腹が減るんだよ」
次郎太刀は審神者を後押しするように、とんと背中を叩く。
「部隊編成の話は長義あたりにでもしとくさ。ほら、行っておいで」
「……ありがとう!」
審神者は駆け足で厨に急ぐ。次郎太刀は娘を見つめるような目で、不器用な女の子を見送った。
「後家、いる?」
後家の部屋をたずねると、そこには怪我などしていなかったように回復した彼がいた。
「主! どーしたの?」
「あの、手入れの後はお腹空くって聞いたから、おにぎり作ってきたの」
「おにぎり!?」
後家はぱあっと顔を輝かせる。部屋に入って、彼の目の前におにぎりと茶を載せた盆を置いた。
「主が作ってくれたの?」
「うん、一応」
「いただきますっ!」
後家はふたつあるおにぎりのひとつを手にとって、がぶりと食らいついた。
「なにこれ! 煮卵入ってる!」
「厨に行ったら、燭台切がいて。煮卵分けてくれたの」
後家はあっという間におにぎりをひとつ食べ終わる。その食べっぷりは見ていて気持ちがよかった。
「こっちも煮卵?」
「ううん、それは肉味噌。同田貫が肉食って精つけろって分けてくれた」
「肉味噌かあ! ごはんによく合うよね!」
ふたつ目のおにぎりも、大きな口でどんどん食べられていく。正直審神者だけではここまで豪華な具にはならなかっただろう。後で燭台切と同田貫には改めて礼をしなければならない。
「おいしかったぁ、ごちそうさま!」
「怪我、もう大丈夫?」
「うん、だいじょーぶ! すっかり元気だよ」
「……そっか、よかった」
血塗れの彼を見た時は、本当に息が一瞬止まったくらい衝撃が走った。優しい彼を失うことが、こんなにも恐ろしいなんて思わなかった。
戦場に行かせておきながら怪我をしないでほしいなんて、勝手かもしれない。それでも、無傷で帰ってきてくれることを願わずにはいられないのだ。
「主のごはんが食べられるなんて、今日はいい日だなあ」
後家は心の底から嬉しそうに茶を啜る。こんなに喜ぶのなら、普段からもっと料理を振る舞うべきだっただろうか。
「……怪我したのに、いい日なの?」
「傷だらけは慣れてるからね。あれくらいへーきへーき」
審神者はそっと、後家の手に触れる。審神者よりずっと大きくて、刀を振るう強い手を。
「後家が平気でも……後家が怪我したら私は悲しいし、苦しい」
「……じゃあ、もっと強くなって無傷で帰って来れるように頑張るね。そんな顔しないで?」
後家は優しく審神者の前髪を掬って、額に口づけを落とす。
「だから今度怪我無しで帰って来れたら、ごほうびにまたおにぎり作って?」
「……わかった、何個でも作る」
後家のたくましい身体に縋る。彼は壊れ物を扱うように審神者を抱き締め返して、その温もりを分け与えてくれた。
次郎太刀の部屋の前で、声をかける。
「はいはーい、いいよーん」
上機嫌な返事が聞こえてきたので、障子を開ける。彼は手酌で酒を楽しんでいた。
「ごめんね、飲んでるところ」
「アタシが飲んでない時を狙う方が難しいさ! で、どうしたんだい?」
「一ヶ月後の遠征なんだけど、次郎太刀に隊長になってほしくて」
「いいけど……一月後って、ずいぶん先の予定を立てるんだねえ。急ぎの仕事でもないだろうに」
「……うん、まあ、ちょっと」
「どーせアンタのことだ、仕事して何かの気を紛らわせたいんだろ」
図星を食らって、肩が跳ねる。彼は嘘やごまかしを見抜くのが得意だ。
「何があったのか、次郎ちゃんに話してごらん」
「…………誰にも言わないって、内緒にしてくれる?」
「もっちろん」
彼の言葉を信用して、審神者は数時間前から胸につかえているものを口にする。
「三時間くらい前に……出陣してた部隊が帰ってきたんだ」
「ああ、確か南泉が隊長の。それがどーしたんだい?」
「……結構、激しい戦闘があったみたいで。何振りかは重傷で、手入れ部屋に運んだの」
「それの何が問題なのさ」
次郎太刀はわけがわからないという風に首を捻る。
「…………その、中に、後家がいて」
審神者の恋刀は、額を切られて顔が赤に染まっていた。あれを見た時の胸のざわめきがずっと残っている。
「なるほど、後家が心配で気を紛らわしたかったんだ」
「違うの、私……」
審神者はぎゅうと自分の服を掴む。後家の安否を心配した自分に気づいて、襲ってきたのは罪悪感だった。
「今まで何十回も、何百回も沢山の刀を手入れ部屋に入れてきたの。なのに……後家の時だけ、どうしようって、不安になったの」
審神者として、戦力である刀剣男士を特別扱いしてはいけないとわかっていたのに、後家を心配してしまった。手入れ部屋に入れれば、怪我はたちどころに治ると知っていながら。
「後家だけ特別扱いして、審神者として最低だって思って……そのこと、考えたくなくて」
「……はーあ、そういうことか。うん、アンタはやっぱり真面目すぎるね!」
次郎太刀は優しく背中を叩く。そして子どもをあやすように頭を撫でてきた。
「難しく考える必要なんてないんだ。アンタは後家を好きなだけ心配する権利があるよ」
「贔屓するのは、駄目でしょ……」
「あのね、いいかい主」
彼はゆっくりと、物語を聞かせるように言葉を紡ぐ。
「アンタは審神者である前に、ひとりの人間なんだよ。惚れた男の心配をして、なにが悪いってんだい」
「……次郎、太刀」
「もしそれを悪いって言うやつがいるんなら、アタシの前に連れてきな。次郎ちゃんがみっちり説教してやるさ」
審神者である前に、ひとりの人間。そんなことを思ってもいいのだろうか。後家だけを、特別扱いして許されるのだろうか。
「三時間前に手入れ部屋に入ったってことは、そろそろ終わる頃だろ? なら握り飯のひとつでも差し入れてやんな。手入れの後は腹が減るんだよ」
次郎太刀は審神者を後押しするように、とんと背中を叩く。
「部隊編成の話は長義あたりにでもしとくさ。ほら、行っておいで」
「……ありがとう!」
審神者は駆け足で厨に急ぐ。次郎太刀は娘を見つめるような目で、不器用な女の子を見送った。
「後家、いる?」
後家の部屋をたずねると、そこには怪我などしていなかったように回復した彼がいた。
「主! どーしたの?」
「あの、手入れの後はお腹空くって聞いたから、おにぎり作ってきたの」
「おにぎり!?」
後家はぱあっと顔を輝かせる。部屋に入って、彼の目の前におにぎりと茶を載せた盆を置いた。
「主が作ってくれたの?」
「うん、一応」
「いただきますっ!」
後家はふたつあるおにぎりのひとつを手にとって、がぶりと食らいついた。
「なにこれ! 煮卵入ってる!」
「厨に行ったら、燭台切がいて。煮卵分けてくれたの」
後家はあっという間におにぎりをひとつ食べ終わる。その食べっぷりは見ていて気持ちがよかった。
「こっちも煮卵?」
「ううん、それは肉味噌。同田貫が肉食って精つけろって分けてくれた」
「肉味噌かあ! ごはんによく合うよね!」
ふたつ目のおにぎりも、大きな口でどんどん食べられていく。正直審神者だけではここまで豪華な具にはならなかっただろう。後で燭台切と同田貫には改めて礼をしなければならない。
「おいしかったぁ、ごちそうさま!」
「怪我、もう大丈夫?」
「うん、だいじょーぶ! すっかり元気だよ」
「……そっか、よかった」
血塗れの彼を見た時は、本当に息が一瞬止まったくらい衝撃が走った。優しい彼を失うことが、こんなにも恐ろしいなんて思わなかった。
戦場に行かせておきながら怪我をしないでほしいなんて、勝手かもしれない。それでも、無傷で帰ってきてくれることを願わずにはいられないのだ。
「主のごはんが食べられるなんて、今日はいい日だなあ」
後家は心の底から嬉しそうに茶を啜る。こんなに喜ぶのなら、普段からもっと料理を振る舞うべきだっただろうか。
「……怪我したのに、いい日なの?」
「傷だらけは慣れてるからね。あれくらいへーきへーき」
審神者はそっと、後家の手に触れる。審神者よりずっと大きくて、刀を振るう強い手を。
「後家が平気でも……後家が怪我したら私は悲しいし、苦しい」
「……じゃあ、もっと強くなって無傷で帰って来れるように頑張るね。そんな顔しないで?」
後家は優しく審神者の前髪を掬って、額に口づけを落とす。
「だから今度怪我無しで帰って来れたら、ごほうびにまたおにぎり作って?」
「……わかった、何個でも作る」
後家のたくましい身体に縋る。彼は壊れ物を扱うように審神者を抱き締め返して、その温もりを分け与えてくれた。