いつか自分を愛せるように

『もしもし? この前はライブ来てくれてありがとうね』
「ううん全然。彼氏もすごく楽しんでて、よくスマホで曲聴いてるよ」
『ありがてえ……。彼氏さん一生拝むわ。にしてもめっちゃイケメンじゃなかった?』
 もう数年来になる友人と通話を楽しむ。彼女にはつい先日、誘われたライブで後家を会わせたばかりだ。
「うん、すごく格好いい……と思う。よくなんであんな素敵な男性が私を好きになってくれたんだろうって、不思議に思うくらい」
『ひゅーのーろけー!』
「違、惚気じゃなくて!」
 テンションの高い友人が通話越しでもにやにやとしているのがわかる。
『でもいいことじゃん? 貴方めちゃくちゃ愛されてるよ。彼氏大事にしな?』
「それは……うん、やっぱり、傍から見てもそう思う?」
『思う思う! もー貴方のこと大好きなの伝わってくるもん』
「……その、さ、今まで誰にも言ってこなかったんだけど……」
『うん? 何?』
 審神者はずっと心の奥に隠していた。ほの暗い気持ちを言葉にした。
「可愛いって言われるの、慣れない……というか、受け止めきれなくて」
『うわ、なんちゅう悩み』
「贅沢なのはわかるんだけど……その、私は自分に自信がないから、可愛いって言われて、嬉しい気持ちと一緒に『もっと可愛い子いるのに』って思っちゃうんだよね……」
『うーん……確かに貴方、卑屈なところあるからなあ……』
「……うん」
 もちろん彼に好かれるために、沢山努力はしている。髪の手入れも肌の手入れも、以前の倍時間をかけるようになった。服も加州や乱、京極からアドバイスを受けて素敵なものを着ていると思う。
「可愛くなろうとは思ってるけど……でも、世の中には美人な人もかわいい人もたくさんいて、なのにどうして私をそんなに可愛がってくれるんだろうって、思って……。彼氏の言葉が嘘だって思ってるわけじゃないの。ただ、素直に受け止められないっていうか、なんだろう、たまに心苦しさみたいなもの、が……」
 ふと、視界に影が落ちる。振り向くと、そこには仁王立ちをしている加州がいた。
「────」
 まずい、聞かれた。よりにもよって加州に。
『あれ? もしもしー?』
「……ごめん、呼ばれちゃったから切るね。また今度話そう?」
『ん、全然おっけー。じゃあね!』
 電話を切って、加州に向き合う。加州は無表情で、けれど確実に怒っているのがわかった。
「ちょっと主、そこに正座」
「……はい……」
 素直に正座をすると、加州は真正面に座った。
「まず、電話聞いちゃったのはごめん。そこは謝る」
「いや、それはいいんだけど……」
「で、なに? 可愛いって言葉を受け止めきれない?」
「はい……」
「自分に自信がないから?」
「……はい、そうです……」
「あのさあ……」
 加州は大きなため息を吐く。そして、びしっと審神者に指をさした。
「後家に惚れてからの主めちゃくちゃ頑張ってるじゃん! スキンケアもメイクも俺が教えたのしっかり守っておしゃれ頑張ってんの! そんな子が可愛くないわけないから!」
「う……」
「あとね、後家が可愛いって言ってんのは、主が好きだからなの! 男なんて惚れた女の子は可愛く見えるもんなの! わかった!?」
「…………」
 審神者は俯いて何も言えない。加州の言っていることはわかる。けれどどうしても、心の棘が抜けないのだ。
「……なんで、そんなに自信ないの?」
「……む、かし……告白した男の子に、その……」
「見た目馬鹿にされた?」
「『勉強ばっかのブスな地味女が告白とか』って……」
「……はあ?」
 後家に昔好きだった男の子に容姿を馬鹿にされたことは伝えたことがある。けれど、言われた言葉まで口にしたのは初めてだった。
「『女として終わってる』……そう言われたの」
 男の子の、哀れなものを見るような目が忘れられない。彼はその後、審神者が告白してきたことをクラス中に言いふらして笑い者にした。
「後家は、そんなやつの言葉を大事にするなって言ってくれたけど……でも私は、後家に可愛いって言われる度に、『嬉しいけど本当に私でいいのかな』って思っちゃう……。でも、後家が他の人のところに行くのは嫌で……本当、わがままで自分が嫌になるというか……」
 だって、あの男の子からしたら、自分は女として終わっていたのだ。
 俯く審神者に、加州が手を伸ばす。そして、審神者の頬をぱんっ! と両手で叩いた。
「ぶっ!?」
「最低野郎の言うことなんて、聞く必要ナシ!」
「か、加州」
「なんでそんな言葉信じるかなあ!? 後家が可哀想になってきた!」
 加州は本気で憤っているようだった。審神者の頬をむにむにと押して、言葉を投げる。
「いい? 主。主はまーったく正当性のないこと言われたの。そいつの言葉に正しさなんてひとかけらもない!」
「でも」
「でもじゃない! 最低野郎と後家、どっちが好き!?」
「ご、後家」
「じゃあ後家を信じなよ! 一回あんたに最低なこと言った野郎と、毎日あんたを愛してくれる後家、比べるまでもないだろ!?」
 加州はようやく頬を解放してくれた。そして、審神者の手を優しく握ってくれる。
「……愛されたい俺からしたら、あんたは羨ましいくらい愛されてるよ。だから、認めてあげなよ。自分のこと」
 自分を認める────そんなこと、考えたこともなかった。自分の価値は男の子に言葉を投げられた時に決まってしまったのだと、そう思っていたから。
「愛されていいんだよ、主」
「愛されて、いい……」
 その言葉が、ひどく胸に沁みた。加州は傷ついた小動物を見るような目でこちらを見ている。
「うん。俺も、本丸中の皆も、そう思ってるよ。でも多分、後家が一番そう思ってる」
「────」
 その言葉を聞いた時、目の奥から涙が零れた。もしかしたらずっと、審神者は誰かに愛されることを認めてほしかったのかもしれない。
「っ……」
 ぽたぽたと雫が畳に落ちる。加州の手をぎゅっと握り返すと、彼は優しく笑んだ。
「いいの、かな……」
「駄目なわけないじゃん。主は世界で一番可愛い恋する女の子だよ」
 加州は、審神者の肩に手を置いて慰めてくれる。
「あーもう、そんなに泣いたら可愛い顔ぐちゃぐちゃだよ?」
 涙を流し続けていると、誰かの足音が廊下に響いた。
「主ー! おやつ持ってきたよ!」
 部屋に入ってきた後家は、泣いている審神者と慰めている加州を見てぴたりと止まった。
「あ、やば」
「ご、け……」
「……なにがあったの?」
 後家の声がいつもより低い。涙を流している審神者をそっと抱き寄せて、あやすように背中を撫でた。
「言っとくけど俺が泣かせたわけじゃないからね。……いや、この場合どうなんだろ……」
「ご、後家……違うの、私が勝手に泣いただけで……」
「うん、でも主を慰めるのはボクの役目だから」
 後家は舌で審神者の涙を拭う。温かな感触が頬に触れて、わずかに身を捩らせた。
「何が悲しかったの? ボクにも話して?」
「か、悲しいっていうか、感極まってというか……」
「ほら主、そんなに愛されてるのに疑問に思う必要ないって」
「疑問? なんのこと?」
「主は自分が可愛いって言われるのが信じられないって話」
「っ、ちょっと加州!」
「え、主信じてなかったの? ボクいつもかわいいかわいいって言ってたのに?」
「それは、その……なんていうか、信じてないっていうか、受け止めきれてなかったというか……」
 本音をぽつりと口にすると、顎を掬われて唇を奪われた。
「んんーっ!?」
「うわあ、情熱的」
 審神者はばたばたと手足を動かしたが、後家に抱き締められて動けず、抵抗にもならなかった。
「主が自分に自信がないのは知ってたけど、ここまでだとは思わなかったなあ」
 後家は笑みを浮かべているが、瞳は笑っていない。いつもの動物が寄って来そうな笑みとは全く違った。
「お、怒ってる……?」
「ううん、ただまだ伝え足りなかったんだなって思っただけだよ。これから主のかわいいところは全部口に出すから、ちゃんと主も自分がかわいいって自覚してね」
「うーわー激重。主、ご愁傷様。俺もう邪魔者だから行くね」
「ま、待って加州、助けて」
「馬に蹴られたくないのー」
 加州は逃げるように部屋を去って行ってしまった。残されたのは審神者と後家だけ。
「じゃあ、主のかわいいところ全部言うね? まずは何でも一生懸命なところ、それに虫とホラーが苦手で案外泣き虫なところ、ボクがかわいいって言ったら照れちゃうところ、甘える時に一生懸命なところ、それに──」
「わかったから、言わなくていいから! もう許して!」
 審神者は顔を真っ赤にして後家の口を塞ごうとしたが、彼に手を取られてそれは叶わなかった。
「だめだよ、今までの分、しっかり聞いて?」
 耳元で囁かれた楽しそうな声に、審神者はくらりと気が遠くなって全身の力が抜ける感覚がした。
「正直、ボクも伝えきれてなかったからさ。主が自分のことかわいいって言えるようになるまで──ううん、なっても、ずーっとかわいいって言い続けるから」
「……卑屈で、ごめんなさい……」
 後家の愛情を受け止められないのは、どう考えても審神者が悪い。申し訳ないと思いながら頭を下げると、後家は審神者を優しく抱き締めた。
「いーよ。ボクの愛情は無限だから。むしろこれからが愛の戦士の本領発揮かな」
「私、もっと自分に自信持てるようにするから……」
「じゃあまずは、自分のいいところを知るところからだよね。主のいいところは──」
 後家は楽しそうに審神者の長所を次々に口にしてくれる。
 彼の優しさに溺れながら、審神者はほんの少し過去の傷が埋まった感覚を覚えた。
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