幸せの輪


「これがドーナツ?」
「そうだよ。この中から好きなの選んで」
 現世に用事があった審神者と後家は、帰り道に有名なドーナツショップに寄った。後家はまだドーナツを食べたことがないので、ショーケースに並んでいるドーナツたちを物珍しそうに見つめている。
「うーん……どれもおいしそうで選べない……」
「いっぱいあって悩むよね。じゃあ、クリームが入ってるのとチョコのやつならどっちがいい?」
 悩んでいる彼に助け船を出す。審神者は子どものころによく両親に連れてきてもらったから、王道な種類は覚えていた。
「チョコ……かなあ……」
「チョコが生地に練り込まれてるやつとチョコがかかってるやつなら、どっちがいい?」
「生地に入ってるやつ! 食べてみたい!」
「じゃあここらへんだね。これは普通のチョコ、こっちはチョコがかかってるやつで、これはココナツがトッピングされてて、こっちは甘くした卵黄の粒がトッピングされてるよ」
「うーん……じゃあ、この黄色いの!」
「これね、わかった」
 審神者は卵黄の粒がトッピングされたドーナツをひとつショーケースから取り出した。自分用にはいちごチョコが乗ったカスタードクリームを挟んであるものを選ぶ。飲み物はロイヤルミルクティーのアイスをふたつ頼む。
 会計は後家が財布を出す前に、電子決済をした。一緒に出掛ける度に彼に奢らせるのは気が引ける。
「……ボクが払うのに」
「たまには私に奢らせてよ。いつも後家に奢らせてたら、一緒に出掛けるの申し訳なくなるでしょ」
 まだ少し不満げな後家にいいから席取って、と指示を出す。彼はふたりがけの席に頬を膨らませながら座った。
 審神者は席に座り、おてふきを後家に手渡す。
「もう、私が払っただけで拗ねないでよ」
「だって、デートの時は絶対払わせちゃだめって教わったのに」
「誰から?」
「長船のみんな」
「……何を教えてるのよ…………」
 確かに長船の面子なら言いそうなことだ。彼らはなんというか、紳士であることを大切にする刀たちという印象がある。
「ほら、ドーナツ食べようよ」
「……はぁい。いただきます」
 後家は納得していないという表情のまま、ドーナツにかぶりついた。
「ん!」
 瞬間、彼の瞳の光が輝く。
「主! これおいしい!」
「ぷっ」
 さっきの不満げな表情はどこに行ってしまったのだろう。ドーナツを頬張る姿は子どものようだ。
「あははっ、そんなにおいしかったの?」
「だってめちゃくちゃ甘いよ!」
「そんなに喜んでもらえるなら、連れてきてよかった」
 審神者もストロベリーのドーナツをひと口食む。いちごの甘酸っぱさとカスタードクリームのまろやかな甘みが舌の上で踊った。
「うん、おいしい。こっちもひと口食べる?」
「えっ」
 後家は興味津々、という顔になり、けれど困ったような表情を浮かべた。
「どうしたの?」
「ボク、ひと口でかいから主の分なくなっちゃうよ……」
「ぷっ!」
 なんて可愛らしい悩みだろう。どこまでも優しい彼に、思わず笑いが零れる。
「いいよ、なくなったらまたおかわりすればいいんだから。今日は後家の初めてのドーナツ体験なんだし、好きなだけ食べて」
「……ほんとう?」
「本当だよ、ほらどうぞ」
 ドーナツを差し出すと、彼は本当に大きなひと口でそれを食べた。
「ん! こっちもおいしい!」
「よかった」
「じゃあ主もこっち食べて! ほら!」
 後家が差し出してくれたドーナツをぱくりと食べる。卵黄の甘さとチョコレート生地のそれは、素朴ながらほっとするおいしさだった。
「うん、おいしい」
「主ひと口ちっちゃいよ! もっと食べて!」
「いいよ、大丈夫だから」
 審神者のことを考えてばかりの後家を見つめて、ふっと笑みを浮かべる。ドーナツを食べ終わって、後家はまだ食べ足りなかったようで二個目を買うと言い出した。
「ねえ、長船のみんなにおみやげで買っていっていいかな? あと、おつうにも」
「うん。きっと喜ぶよ。でもケンカにならないように種類を選ばないとね。ネットでも種類見れるから、決めてから並ぼうか」
 審神者は公式ホームページのメニューを後家に見せる。
「いっぱいあって悩むなあ」
「王道はこれとこれかな。あと抹茶味は買っておいた方がいいかも」
「じゃあこれと……あ、ボクが食べるやつ決めてなかった。次はクリーム系がいいなあ」
「カスタードと生クリームがあるけど、どっちがいい?」
「うわー! そんなの一生決まらない!」
 真剣にドーナツを選ぶ後家を見ていると、愛おしさが胸のうちから溢れてくる。きっと幸せとはこういうものなのだ。
 テーブルに置かれた手を、そっと握られる。後家は秘密を打ち明けるように、ひそりと小声で呟いた。
「ねえ主。デート、楽しいね」
「……うん、楽しい」
 審神者は彼の大きな手を握り返して、甘い香りが漂う空間で頬を緩ませた。
1/1ページ
スキ