リゼロ
小さな幸せをなんて道端の石コロと同じぐらい、そこら中に転がっている。だが、あるのが当たり前過ぎて今さら目に入らないのさ。
『なんでもない日』
「ロズワール様、備蓄が減ってきたので午後から買い出しに行こうと思います」
ロズワール邸の朝の恒例行事である住人全員が一同に会しての朝食の席でラムが話を切り出した。
「おや? いつもより早いねーぇ。良いとも、買い出し用の資金を用立てよう。後で執務室に取りにおいで」
「はい、ありがとうございます」
僅か数秒で朝食を平らげ、暇を持て余して聞き耳を立てていたガーフィールは二人の話に割って入る。
「ラムが行くのかァ?」
「ええ、そうよ」
答えはしたが、ラムの視線はロズワールに釘付けだ。だがそれでも構わないのか、それが当たり前で気にしていないのか、ガーフィールは自身の胸の拳を当てて言葉を続ける。
「じゃあァ、この俺様が荷物持ちに付いて行ってやるぜ!」
「いいえ、ガーフはうるさいからいらないわ。バルス、付いて来なさい」
「ええ~! なんで俺? ガーフィールのやつ、めっちゃショゲてんじゃん!」
ベアトリスの口の回りに付いていたパンくずを取っていたスバルは、急に名指しされ振り返る。
斜め前には先程とは打って変わり、真っ白に燃え尽きた彼のボクサーのように両肩を落としたガーフィールの姿があり、その姿は同じ男として、あまりにも不憫で視線を外しがたいものがあった。
「バルス、付いて来なさい」
しかしラムには少しも容赦というものがなく、そんなガーフィールを視界に入れつつもピシャリと言い放つ。
「わかったよ、言い出したら聞かねぇからな姉様は」
「スバルが行くのなら、ベティーも付いて行ってやるのよ」
「ベアトリス様は邪魔……いえ、ベアトリス様のお手を煩わせるわけには参りませんので、お屋敷でお待ち下っていて結構です」
「むきぃぃぃ! お前、今思いっきり邪魔って行ったかしら!?」
怒りに駆られてラムに飛び掛かろうと椅子を蹴ったベアトリスを、スバルは空中でワシッと抱えて留めると自身の膝の上へと座らせた。そして、その金糸のような髪を優しく撫でる。
「まぁまぁまぁまぁ、お土産に甘いもんでも買ってきてやるから、今日のところは大人しくお留守番しようぜ、ベア子♡」
「ス、スバルがそう言うなら大人しくしといてやるのよ……うにゃぁぁぁ、にゃにこれぇテクニシャンかしらぁぁぁ♡」
スバル手が髪から顎へと移動すると、頬を膨らませていたベアトリスの口から、うって変わって猫のように甘えた声が漏れる。
「決まりね。じゃあオットー、竜車の用意をしなさい」
「ええええ!? それってつまり僕にも同行しろってことですよねぇぇ!?」
「聞こえなかったのかしら?」
「わかりましたよぉぉぉ!」
取り付く島もないラムの様子に、すっかり虐げられることにも仕事を押し付けられることにも慣れてしまったオットーは反論などしても無駄だと悟り、やけくそ気味に返事を返す。その屋敷中に響き渡るようなオットーの悲痛な叫び声に、食堂にはどっと笑い声が溢れ出した。
ロズワール邸のなんでもない日。
1/1ページ