その他
そこに愛がなかったとしても
Luna teeter
「……そうか、残念だ」
マルクトを象徴する青と白を基調とした室内で、その部屋の主であるピオニー九世陛下はその整った顔を歪めた。
滝が流れ落ちる窓辺に佇む姿は、まるで神の手を持つとされる画家が命をかけて描き上げた渾身の絵画のように美しい。
部屋の中は珍しく片付けられていた。
ガイがブウサギたちを散歩に連れ出している間に、メイドたちが急いで片付けたらしい。
だが長くは続かないだろう。ブウサギたちが帰って来れば、またすぐに汚くなるに決まってる。
「これでも告白するのに、勇気振り絞ったんだがなぁ」
口元を僅かに吊り上げて、後頭部を軽く掻きながら陛下は小さくため息を吐く。
「すみません、陛下。陛下のお気持ちはありがたいのですが、俺は……俺はジェイドが好きなんです」
今は国王と一介の軍人という間柄とはいえ、幼なじみの親友同士だ、俺たちの関係も伝わっているだろうと思い正直に口にすると、やはり陛下は知っていたのか少しも表情を変えなかった。
しかしただ、一言――
「そこに愛がなかったとしてもか?」
「え……っ?」
思わず問い返してしまうと、陛下は何も言わずに窓辺から離れ、俺の目の前で足を止めた。
そして酷く淋しげな顔をする。
「別にジェイドを諦めさせようとしてるんじゃない。だが……あいつは愛を知らない。人を心から愛せない。
お前が不幸にならないか、心配なんだ……」
「……ありがとう、ございます。でも、俺の拙い告白にジェイドは応えてくれたから……それだけで幸せなんです」
俺の言葉に陛下は憐れむように目を細める。
金色の長い睫毛に縁取られた奥の瞳は、まるで海のようなターコイズブルー。その瞳は少しも揺らぎはしない。どんな時でも溢れ出る自信に満ちている。
「そうか……なら良い。
だが辛くなったら、いつでも俺の所に来い。この両腕はお前を抱き締めるために、いつまでも空けておく」
あぁ、そういえば俺はこの人が苦手だったんだ。ふと、そんなことを思い出していた。
この満ち溢れる強い自信が、レプリカで自分を持たない俺を酷く惨めな存在に思わせたから。
でも今は、もう視線を逸らすことはない。
俺は真っ直ぐに陛下の目を見上げながら、心からの感謝の気持ちを口にする。
「ありがとうございます」
そして深く頭を下げた後、陛下の私室を後にした。
「失礼しまーす。ブウサギたちの散歩終わりました。相変わらず、ルークは元気で困りますよー」
軽口を叩きながら、自室に入って来たガイラルディアをただ一瞥する。
ガイラルディアにはルークが来ていたことは伝えていない。もしルークとジェイドの関係をこいつが知れば、ガイラルディアはジェイドを殺してでもルークを連れてマルクトを去って行くだろう。
させてなるものか、そうなどさせてなるものかッ!
「ガイラルディア、俺はこれから議会がある。引き続き、ブウサギたちの世話を頼んだぞ」
「えぇ~ッ!」
不満の声を漏らす雑用係の横を通り過ぎた際に、「こんなことならバチカルにいた方が楽だったかな……」などと漏らす小さな呟きが聞こえて来た。
それはそうだろう、ガイラルディア。お前はルークを愛している。お前の人生の軸はルークにあると言っても過言ではない。
マルクトに戻り爵位を返されたとはいえ、こんなところで雑用をしているくらいなら、肩身が狭くともルークのいるバチカルの屋敷の使用人でいた方が幸せだったろう。
などと胸中で思いながらも、ガイラルディアの言葉を無視をして部屋を出た。
作戦会議室へ向かって、宮殿内の長い廊下を足早に駆け抜ける。
気を抜くと、口元に笑みが漏れてしまう。出そうになる笑い声を喉の奥に飲み込もうとするが、堪え切れずに零れてしまう。
ルークが俺のモノになる日もそう遠くない。
今は耐えられたとしても、いずれはエスカレートするジェイドの仕打ちに、ルークは耐え切れずに俺に泣き付いて来るだろう。
ジェイドからルークを救えるのは、俺だけだからな。
あいつも多少の執着をルークに感じてはいるのだろうが、相手が俺と分かれば取り返す気も起こさないだろう。
さすがのジェイドも俺には頭が上がらない。もちろん手も出せない。
それにルークが逃げ出した時に必ず俺の元に来るようにと、色々と仕掛けもしておいた。
後はただ、待つだけだ。
ボロボロになって、泣きながら逃げ出してくるルークを受け止めてやるのは、この俺だ。
そのままルークを腕の中に囲ってしまおう。大事に大事に触れて、そして――
ああ、その日が待ち遠しい。
沸き上がる狂喜は、もう抑えられそうになかった。
・END・
☆お粗末さまでした☆
・予定してた以上に、陛下が腹黒くなってしまった……。
ジェイドがルークにナニをしちゃうのかは、皆様の想像にお任せします☆
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