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サンホラ






 吐く息は白く、流れる血は赤く。
 信じられるものは真っ赤な嘘、信じられないものは真っ白な真実。





 Quelqu'un vous appelle.





 はぁ、はぁ、はぁ……痛む喉で呼吸をしながら、緩やかな丘を登る。
 行く宛てなど、あるわけではない。満月に照らされた暗い道なき道を、ただひたすら歩いて行く――そう、死に場所を求めて。
 散々嗤って叫んだ結果、喉を傷つけたらしい。息をするのも苦しくて。だが、その痛みが遠退く意識を現実へと引き戻す。この足はまだ地面に着いているのだと、狂った頭に理解をさせる。

 歩くたびに流れ落ちていた血も、もう乾いてしまった。全身を血に染めても、それが真実だとは思えない。手に握ったままの突剣に張り付いた生乾きの血だけが、今や復讐を果たしたことを認識できる唯一の証だ。

 不意に俺は足を止めた。もう何時間も永遠と歩き続けているというのに、一切疲れを感じていない。頭がイカレたか、そんな感覚も失ったのか――いや、そんなものとっくの昔に捨てたはずだろ。喜びも悲しみも、あらゆる感情をあの日に捨て去った。あるのは一つ、怒り。それだけだ。
 顔にかかるホワイトゴールドの髪を払い、夜空に浮かぶ満月を見上げる。まるで幻のような青い月は俺を呼び寄せているかのようだ。
 ――ああ、そうだ。死に場所はあそこにしよう。



 町から離れた小高い丘からは、辺りを一望できた。今はポツポツと灯る町の明かりが見えるのみだが夕暮れ時にでも訪れれば、さぞかし美しい絶景が見えることだろう。それを証明するかのように丘には小さなアトリエが建てられていた。しかし現在は使われていないらしく、荒れた姿のまま捨て置かれている。
 そのアトリエを通り過ぎ、丘の頂上へと向かう。

 丘の頂上には彫像が立っていた。こんな人気のない丘の上に、似つかわしくない白い天使の彫像。大きさも二メートルはあるだろう力作だ。
 翼を広げ今にも飛び立とうとする後ろ姿に、最初こそ目を奪われてしまったが、こんな人の目のない所にこんな作品を作る意味がわからない。芸術品なんて、人に見られてこそ価値のあるものだろうに。
 町を守る守護像のつもりで作ったのかも知れないが、それにしては扱いがぞんざいだ。誰も手入れに来ていないのだろう、花も手向けられていなければ、雨風に晒され薄汚れてしまっている。
 まぁ、俺の墓標には丁度良いだろう。薄汚れて忘れられた天使様とは、むしろお誂え向きだ。
 彫像に近づき、手を触れる。冷え切った彫像の顔がどんなものか見てやろうと、そのまま彫像の正面に回り込み、その顔を見上げて――絶句した。


 見上げた先にあったのは、俺の顔だった。


 優しく柔和に微笑んでこそいるが、目も鼻も唇も全てのパーツがこの顔と寸分の狂いなく、目の前にある。まるで鏡を見ているかのような瓜二つさに寒気すら感じた。
 嘲笑ってやろうと思っていたはずが、開いたままの唇が塞がらない。足が自分の体を支えられなくなり、膝が折れてしまう。

「――はッ、はは、はははははは……ッ!!」
 あれだけ笑ったはずなのに、無意識に唇から笑い声が溢れ出す。何が楽しくて笑っているのかなんて、自分にだってわからなかった。喉が掠れて音にならない、酸素がなくなり意識が朦朧とする。それでも笑みは止まらなかった。
 どんな運命の悪戯か、死に場所に選んだ丘の上には自分そっくりの天使の彫像。運命の皮肉としか思えない。


 俺はこんなにも汚れているのに。
 そう認識した途端、笑みが消えた。そうだ、笑えない、冗談だ。


「……シエル、これは罰かな。君を救えなかった、君と一緒に散れなかった俺を君は責めているんだろう。
 あの男を殺しても、君は許してはくれないんだろう……」
 弛緩しきった体で、彫像を見上げる。いつの間にか手放していた黒ずんだ剣を手に取り、切っ先を自らの喉に宛がう。
「――君の元へ、いま行くよ」
 切っ先が喉に食い込む。肉が切れていく感触が、柄を握る手の平に伝わる。
「……Au revoir」
 両の頬に熱いモノが流れていくのを感じながら、なぜか彫像に別れを告げた。噴き出した血が夜空に舞い上がり、天使の彫像を真っ赤に染め上げてゆく――その姿を視界に焼き付けて、俺の意識は闇へと堕ちた。



 後に残るは血塗れた天使の彫像。やがて赤は黒ずみ、白の彫像を黒く塗り変えるだろう。まるで俺が生きた証を、そこに残すかのように。










・END・




 ☆お粗末さまでした☆


 マンガでは彫像の顔はシエルでしたけど、そこは息子の像を作るべきだろうと思ったもので。
 でも個人的にサンは発狂した末、どっかの片隅で笑いながら自殺してると思うのですよ。ロマンなんかない感じで。

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