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FF






 どれを選んでも迷うばかりで






 ROUTE 666.




 その日は、ツイてなかったんだ。


 ゴオォォォッ!!
 大地を揺るがすほどの雄叫びが上がると、周囲の大気が帯電を始める。バリバリと音を立てながら土や草が帯電して宙に浮き上がり、辺りを漂う稲妻が産毛を焦がして皮膚を焼く。

「クソッ……!」
 喰らったら、マズイ。
 勝算など何も考えないまま、駆け出して一撃を喰らわせたが、ドラゴンの硬い鱗相手では、かすり傷を負わせるのが限界だ。
 鋼のような皮膚と鋼が打ち合い、キィンと甲高い金属音が上がる。
 反射的に後ろへ飛び退り、五メートル以上ある巨体を見上げるが、ドラゴンの頭上で集結をはじめた雷電球には何の影響もきたしていない。
 なんとかして中断させなければ。あれをまともに喰らっては全滅しかねない。

「フライヤ、レーゼの風!
 ビビ、ブリザガ!
 サラマンダー、今すぐ下がれ!」
 後衛からジタンが指示を飛ばすと皆、指示に従い行動に移る。
 俺が後衛へ下がると同時に、フライヤの魔法が発動した。
 フライヤのレーゼの風によって、白い光の粒が風に運ばれ辺りに漂い、焦げた皮膚が少しずつ癒されていく。

 あの硬い鱗には刃物は通用しない。ならば頼るべきはビビの黒魔法だが、上位の魔法となると詠唱に時間がかかる。つまり、ある程度の時間を稼がなければならないというわけだ。
 だが、いくら長期戦に備えて防御を固めたとしても、あの電撃が直撃したら、とても無事ではいられない。
 ジタンの作戦が間違っているとは思わない。現在持ちうる全ての策の中で、合理的で唯一勝ち目のある策だと言えよう。
 回復・召喚魔法の使えるダガーかエーコ、もしくは攻撃・回復・防御の全てを満遍なく賄える青魔法の使い手クイナがいたならば、もう少し曲面も違っていただろうが、それ以前にレベルが違い過ぎるのだ。

 ここはあの電撃を撃たすまでの時間稼ぎ、いや撃たさないために、奴の集中力を途切れさせなければ。
 俺はジタンの指示を待たずに飛び出す。
「サラマンダー!」
 後衛からジタンの呼び声がかかるが、そんなものは関係ない。全滅するぐらいなら、俺一人が犠牲になった方がマシだろう。

 胸元に飛び込んで来る俺に気付き、ドラゴンの左腕が振り下ろされる。当たれば強烈だが、この体躯だ、動きは緩慢。身を前に倒して一撃をやり過ごし、その勢いのままドラゴンの体皮で唯一の弱点である喉元に切り込んだ。

 ギギギィッ!
 金属と金属が擦れ合う不快な音が響き、ドシュッと皮膚が裂けて血が迸る。しかし同時にパキンッと渇いた音を立てて、俺のクローが根元から砕け散った。
 クソッ、あともう少し深く食い込んでいれば一撃必殺も可能だったのだが。
 舌打ちをしつつ、ドラゴンの腹を蹴って後退を試みる。獲物がないのでは、俺は接近戦では用無しだ。
 チッ……あのクロー、リンドブルムで手に入れた上物だったんだかな。

 グルォォオォォッ!
 痛みと憤りにドラゴンが天に向かって怒声を上げる。それで集中を乱したか、ドラゴンの頭上で集結していた雷電球は爆ぜ割れて霧散した。
 これで全滅の危機はなくなった、あとはビビのブリザガが発動するのを待つのみだ。
 三メートルほど後退し、後方で詠唱を続けるビビへと視線を向ける。

 魔術を発動させるための理屈なんぞ詳しく知らないが、なんでも元素とやらに語りかけ契約を交わすことで力を借り受けるらしい。その借り受ける力が大きければ大きいほど詠唱に時間がかかる。
 しかし詠唱中のビビは、ほとんどトランス状態に近い。恐らく今は、何も見えも聞こえもしていないだろう。
 つまり、唱え始めたら発動するまで動けない。誰かが盾となって守ってやらなくてはならないわけだ。

「サラマンダー!」
 刺すようなフライヤの悲鳴に意識を戻せば、猛り狂ったドラゴンが俺に向かって突進をしてくるところだった。
 振り払われた左腕の一撃はフライヤの槍に射貫かれ、俺に届く直前で地に落ちる。続けて放たれた右腕をその場を離れてやり過ごす。
「サラマンダー、下がれ!」
 ビビの護衛に回っていたジタンが、隊列を変更しようと前へと飛び出して来る。
 まあ、ここいらが潮時だろう。接近戦の出来ないモンクなど、いるだけ無駄だ。
 俺がジタンの指示に従い、大人しく後列に下がろうとした瞬間、ドラゴンが激しい咆哮を上げた。

 その凄まじいまでの声量はビリビリと空気を震わせ、体が音の振動に打ち付けられる。竜騎士のフライヤも、この衝撃波のような咆哮には手も足も出ないらしく、その軽い体を吹き飛ばされまいと足を踏み締めて堪えている。
 しかし最前列にいた俺はたまったもんじゃない。吹き飛ばされるどころか、まるで重力が二倍になったかのような圧迫に骨が軋む音を上げる。
 咆哮が終わるより先に、ドラゴンが右腕を振り上げた。俺に向かって振り下ろされるのはわかっている。わかってはいるのだが、体が硬直したままでは、それを避ける術はない。
 クソッ……ただ毒吐き、巨大な影がゆっくりと体を包んで行くのを、俺は見上げているしか出来なかった。

 次の瞬間、襲って来た腹部への強烈な衝撃に俺の体は吹っ飛ばされていた。
 視界ではドラゴンの姿が急速に遠ざかり、その後は体が回転しているらしく、空と大地がごちゃまぜになる。しかし、それでも俺は意識を失わなかったどころか、瞳を閉じることもしなかった。
 いやに痛みが少なかったのだ、受け身を取ることも出来なかったというのに。不可解に感じながらも、体にかかる回転と速度が落ちたことに気づき、腕と足で地面を捕らえ、勢いを殺す。

 地面に随分と長いラインを引きながら、ようやく体が停止する。咄嗟に自分の体を確認するが、なぜか傷がない。あるのは吹っ飛ばされてる間に出来た軽い切り傷と擦り傷だけだ。何が起こったのか、戦況を確認しようと目線を上げたその先で、俺は嫌なモノを視界に捉えてしまった。

 俺から三メートルほど離れた場所に、血溜まりが出来ていた。真っ赤に染まりつつある大地のその中央に、小柄な体が横たわっている。いつもは落ち着きなく、右に左に無意味に動き回っている尻尾ですらも、今ばかりはだらりと力無く地に落ちている。
「ジタンッ!!」
 思わず我を忘れ、駆け出していた。滑り込むように駆け寄り、その傍らで膝を付き血溜まりの中から弛緩した体を掬い上げる。

 瞳孔は開き、半開きの口腔からは血液が流れ出ている。顔色も蒼白だが、その胸は僅かに上下し、細かく震えている――まだ生きているッ!
 俺は自らの衣服を破ると、ジタンの肩口から脇腹にかけて斜めに走る三本の爪痕に押し付ける。まだ生きてはいるが、このまま出血し続ければ、まず命はないだろう。

 少しでも傷口の再生を、そう思いフライヤを呼び寄せようと視線を上げたところで、ビビの黒魔法が完成した。
「……Идите за мной……Идите за мной……」
 ビビの口から聞き慣れない不可思議な言葉が流れ出ると、ドラゴンを中心とした辺り一面に強烈な冷気が漂い出した。
 ドラゴンと俺との距離は十メートル近くあるというのに、俺が膝をついた辺りの草地に霜が降り、吐き出す息は白く染まる。

 ドラゴンに視線を戻すと、すでに奴の足元は氷によって地面に縫い止められていた。
 ドラゴンは身を捩り、羽を広げ飛び立とうと試みるが、薄氷が剥がれ落ちるより体が凍り付いて行くスピードの方が遥かに早く、瞬きの間にはその羽さえ氷に閉ざされてしまう。すると、さすがに命の危機を感じたのか、ドラゴンの口から短い唸り声が何度も漏れはじめる。

 次の瞬間、俺は叫んでいた。
「フライヤ、飛べ!!」
 こちらに駆け寄ろうとしていたフライヤだったが、俺の放った言葉の意味を瞬時に理解してくれたらしく、キッと目つきを変えドラゴンに向き直ると、その長い両足を折り、地面に伏せんばかりに身を縮める。そして大地を蹴って空へと飛び立つと、その姿は一瞬で霧と雲の彼方へと消えてしまった。

「Ледниковый период!」
 目深に被ったつばひろ帽子の下でビビの目が大きく見開かれる。その口から原子をも従わせる力ある言葉が流れ出ると、それに呼応してより強い冷気が場を支配する。
 ビビが杖を振り上げるのに同期して、腰ほどの高さの氷塊が、ドラゴンの体をぐるりと囲むようにように次々と地表に突き出して来る。
 その中央ではブリザードが吹き荒れ、とうとう喉まで氷に飲まれて、ドラゴンは全く身動きの出来なくなっていた。

 その次の瞬間、鼓膜に痛みが生ずるほどの甲高い音が響き、激しい閃光の後にはドラゴンの体は天を突く巨大な氷柱の中に閉じ込められていた。

 そこでようやくトランス状態から脱したビビが、現在の状況を把握しようと辺りをキョロキョロと見回し、血溜まりの中の俺とジタンを見つけて悲鳴を上げる。しかし、俺は転びながらも駆け寄ってくるビビを無視して空を見つめていた。
 徐々に迫る圧迫感。その姿を視界に捉えようと、分厚い雲と濃い霧との向こうに意識を集中させる。
 キラリと星のような瞬きが視界を掠めた瞬間、ドォンと音を立て大気が揺れる。まるで隕石のように降り注いだフライヤの槍が氷付けにされたドラゴンの体を脳天から足元まで貫くと、地面に突き刺さり大地までをも震わせた。
 一拍遅れて、投擲したフライヤ自身が重力を感じさせずにふわりとドラゴンの頭上に着地する。そして今度はドラゴンの鼻先を蹴り宙に舞うと、その衝撃でバキバキとドラゴンを覆う分厚い氷の層にヒビが走る。
 フライヤが大地に着地したその瞬間、ドラゴンであった塊は細かい無数の氷の破片となり、霧散した。
 白く凍てつく冷気の中、キラキラと舞うダイヤモンドダストを纏い自らの獲物を引き抜き奮うフライヤのその姿は、まさに竜騎士の頂点に輝く女なのだと実感させられた。


※ここまで書いたけど、飽きた。気が向いたら書き足します。



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