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道は666通り
ROUTE 666 ―告白―
「す、好きなんだ! 俺と付き合って下さい!」
それはある夕暮れ時、道中の小さな旅宿でのこと。
いつもの旅道中、もう夕暮れも近いし、急ぎの旅ではない。それにたまたま小さな村を見つけたから、まだ日が暮れる前で少しばかり早いがチェックインすることになったのだ。
そして、この顛末である。
俺の前で顔を真っ赤にし、俯くジタンのつむじを見下ろしながら、その口から放たれた言葉の意味を考える。
「……はっ?」
少し考えて、俺が聞き間違えたのかと思い聞き返すと、ジタンは目尻をキッと吊り上げ、顔を上げた。
「な、何度も言わすなよ!
俺はサラマンダーが好きなんだ」
ジタンは一気に言い切ると、口を噤んで恥ずかしそうに顔を背けてしまった。
どうやら、単なる俺の聞き間違いではなかったらしい。しかし、そうなると問題発言であること極まりない。
俺は思わずジタンの額に手を当てた。すると、ジタンはその手をバシッと払いのけ、憤慨した様子で声を荒げる。
「熱なんかないよ!」
熱がないのであれば、こんな事を言い出した原因として思い当たることは、後一つしかない。
「……罰ゲームか何かか。こんな馬鹿げた事を命令するのはエーコあたりだな?」
てっきりそうだと思い込んだ俺は、自分達しかいない待合室の半開きになっている出入口の扉の影に目を凝らした。
しかし、扉の影に気配はない。俺はこういう職業だ、人の気配を察する能力には長けている。それなのに全く気配がしないということは、扉の向こう側には誰も覗き見ている人物はいないということだ。
思わず身を乗り出して、扉の向こうを凝視する俺の体をジタンは体当たりするような形で、その細い体で壁へと押し付けた。
「罰ゲームなんかじゃないってば! 大体、いま俺達以外は誰もいないじゃないか」
そういえば、そうだった。
ダガー、ビビ、エーコの三人は薬やら何やらの買い出しに行き、クイナはいつも通り「食べ物探しに行くアル!」と行って飛び出して行った。フライヤも一人で散歩に行くと言って、出て行ったではないか。
今この宿にいるのは、俺とジタンだけだ。ゲームをする相手がいないのだから、罰ゲームということは考えられない。それに先程ジタンの額に一瞬触れた際、熱はなかった。つまり、熱に浮かされた狂言というわけでもないのだ。
事の重大さに気付き、俺は愕然とした。
俺の表情で冗談ではない事が伝わったのを悟ったのか、ジタンはどこか熱っぽい視線で俺の顔を見上げながら口を開く。
「俺……本当にサラマンダーが好きなんだ。
抱きしめて欲しいし、キスしたいし、エッチだってしたい……」
ジタンの口から出たとんでもない言葉に、俺は動揺を隠し切れず、咄嗟にその口を自分の手で塞いでいた。
俺のその行動にジタンは目を見開いて、手の下で何やらモガモガと抗議をしはじめたが、それを聞いてやる気はない。
俺だって困惑してるのだ。
突然、チリンと微かな鈴の音が鳴り、待合室の外に気配が生まれる。
ダガーたちではないようだが、良い機会だ。
「……人が来る。移動するぞ」
隣の部屋の様子を窺いながら言うと、ジタンも人の気配に気付いたようで、口を塞がれたままコクンと頷いた。
「……で、なんで俺なんだ?」
二階の客室に上がり、ベッドに腰をかけると、俺はため息を吐き出しながらも問い掛けた。
確か、ジタンはまだ16そこいらだったはず。この年なら、憧れと恋心を勘違いしている可能性もなくはないと、階段を上がる最中に思い至ったのだ。
ただの勘違いならば、好きになった理由を聞き出しているうちに、きっとボロが出るはずだ。そうしたら、その間違いを訂正してやれば良い。
「俺はお前たちと行動を共にしてはいるが、仲間になったつもりはない。そんな俺に恋心抱いたなんて、どう考えてもおかしいだろ?
大体、俺もお前も男だぞ? 勘違いに決まってる」
いきなりバッサリ真っ向否定してやれば、思い違いなら大人しく引き下がるだろう。
俺の言葉にジタンは「うーん」と少し考えてから。
「……俺はね、今まで味方は仲間だって思ってたんだ。なのに、あんた仲間じゃないって言い切るじゃん?
じゃあ、なんで一緒にいるんだろうと思ったら……」
「おい、ちょっと待て。最初に一緒に来いと誘ったのは、お前だろうが」
思わず横槍を入れると、ジタンはニッと笑って見せて。
「うん、それも含めてさ。
普通いくら腕が立つとはいえ、自分の命を狙ってるような奴を仲間に誘わないよな。正直、自分でも理解しがたいんだよ」
言うとジタンはハハッと小さくと笑って、後頭部をくしゃっと掻いた。
「だから、なんでなんだろうって考えたんだ。考えて考えて、すっごい悩んだんだ。
で俺、サラマンダーのこと好きだってこと気付いたんだ」
……なんて出来の悪い頭をしているんだ、こいつは。思わず俺はため息を吐き出してしまう。
「なにが、考えた、だ。どう聞いても短絡的じゃねぇか!」
「ばっ……! 俺だって男が好きだなんて、本当は気付きたくなかったんだぞ!」
「……はっ?」
あれだけキッパリハッキリと告白しておいて、今更すぎる発言だ。思わず間の抜けた声が漏れ出てしまう。
しかしジタンは俺のその声には気付かなかったらしく、顔を真っ赤に染め上げて、視線を床に向けながら半ばヤケ気味に言葉を放つ。
「俺は女の子が大好きなんだ……でも! あんたと一緒にいると胸がキュンとなるし、一緒にいないとすげー淋しい……それに、庇ってくれた時は、嬉しすぎて頭おかしくなりそうになるんだよ……」
ジタンは一気に言い切ると、俺に向かって視線を上げた。熱っぽい潤んだ瞳で。
さすがに奴の中性的で美しい顔立ちで上目使いをされると、グラッと傾きそうになってしまうが、奴は男だ。一時の欲望で人生を棒に振るわけにはいかない。
俺はジタンの視線を避けるように顔を背けると、ため息を吐き出した。
「……わかった。冗談じゃないんだな」
あの女好きのジタンが男を好きになってしまったということを認めるには、相当な覚悟を伴ったことだろう。
「じゃあ!」
パッと瞳を輝かせて顔を寄せて来たジタンを、俺は左腕を突っぱねて阻止をする。
「待て、勘違いするな。
お前の気持ちが冗談ではないことはわかったが、俺はお前と付き合う気などない!」
キッパリと拒否するとジタンは「え~っ」とさも残念そうに声を漏らし、頬を膨らませて唇を突き出したブサイク面のまま、あっさりと身を引いた。
当たり前だ。男同士で色恋事なんぞ、俺は御免だ。気色悪いにもほどがある。
俺はジタンから視線を落とすと、軽く痛み出した頭を抱えて、ため息を吐き出した。しかし対象的に頭痛の原因であるジタンは、バッと勢い良くその場に立ち上がる。
てっきり失恋の痛みに耐え兼ねて、泣きながら部屋を飛び出して行くのかと思いきや、思わず見上げた先の面では、なぜかいつも通り自信満々の笑顔が浮かべられていた。
わけがわからず混乱する俺の前で、胸を反った仁王立ち姿のまま、ジタンは鼻先にビシッと人差し指を突き付けると。
「一回断られたくらいで俺が引き下がるかってーの!
ぜーったい、俺のこと好きにさせてみせるから、覚悟しろよ!」
まるで捨て台詞のように言い捨てると、ふんっと鼻を鳴らして、ジタンは部屋から出て行った。まるで負け犬の遠吠えのようだが、あの様子では自分に勝機があると思い込んでいるようだ。
思いっ切り乱暴に閉じられた扉は、蝶番いがイカれてしまったのか、しっかり閉まらずにキイキイと叫び声に似た音を上げながら、ふらふらと揺れる。
まるで小さな嵐だ。少しだけ笑えた。
ため息を吐き出し窓の外へと視線をやると、窓の外では真っ赤な夕焼けが山間に落ちて、宵闇に飲まれて行く所だった。
まるでこれからの俺の行く先をを暗示するかのような、その光景に少し怒りだけを覚える。
ジタンに落とされない自信はあるが、あの台風のような存在はきっとなりふり構わず迫ってくるのだろう。
これからの道中の苦労を考えると、この頭痛は治まりそうにない。
――to be continue.
☆お粗末さまでした☆
すみません、続きます……一応、五話完結予定です。