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ほう、と息を吐く。3月に入ったとはいえ、夜はまだ肌寒い。駅を出た瞬間、寒さが私を包み込む。
(マフラー、巻いてくればよかった)
気温がプラスになってしばらく経つが、まだまだライトアウターは手放せない。それでもマフラーはもういいかと思って、着けてこなかった。正直、後悔している。しかも今日はブーツすら履いてきていない。ストッキングをすり抜け、冷気が足を刺す。早く家に帰ろう。自然と、私の足は早くなった。
――prrrr,prrrr
肩から提げた鞄の中で、スマホが震えた。なんだろうか、まさか会社から呼び出し? いや、でも今日はさほどミスもしていないし。家の最寄り駅まで来てしまったから、ここから会社へのUターンだけは避けたいのだけど。
少しだけ憂鬱な気分を抱えて、スマホを手に取る。画面に映し出された名前は、恋人の名前だった。予想外の相手に電話を繋ぐ。
「もしもし?」
『オレです、ジュンです』
「うん、お疲れ様」
『お疲れ様っす。……いま、どこに居ます?』
「駅だけど。なにかあった?」
瞬間、電話の向こう側の声が少しだけ離れた。離れる間際、『駅……』とつぶやく声がした。
『見つけました』
「え?」
電話の向こう側より、もっと近く。愛しい彼の声が聞こえた。振り向くと、そこにはしっかりとマフラーを巻いて、コーチジャケットを羽織ったジュンが軽く右手を上げている。突然の登場に思わず固まってしまう。その間に、彼が距離を詰めて私の前に立った。――今日も相変わらず格好いいな、なんてぼうっと見上げる。
「この時間かと思って迎え来たんですけど……タイミング、ドンピシャでしたね」
「今日、仕事って」
「早めに終わりました。いつも、ここの駅使ってるって言ってたし。それに」
そこで言葉を区切って、ジュンは自分が巻いていた黒いマフラーを私にかける。
「ちょっと」
「アンタのことだから、薄着で出かけたんじゃないかと思いました。案の定っすね」
手馴れたように私の首にマフラーを回して、前で軽く結わえた。彼の熱が私にも移って、ほわりと温かくなる。
「……風邪、引いちゃうから」
「そこまでヤワじゃないんで。それに、アンタに風邪をひかれる方が困ります」
「スーパーアイドルに風邪をひかれるのも、困るんだけどな」
「大好きな彼女に風邪ひかれんのも困りますけどねぇ」
不意打ちの惚気にまたしても固まってしまう。これ以上、意地になってもどうせ事は変わらない。彼は意外と頑固だ。ここはありがたくマフラーを借りておこう。それに、ここは外。しかも駅前。人の出入りが激しい場所で、まさかスキャンダルを起こすわけにもいかない。早めに家に向かうのが最適解だろう。
「ウチ、寄ってくでしょ?」
「……そのつもりでしたけど、いいんですか?」
「迎え、来てくれたんでしょう。じゃあ家までエスコートしてくれるのかと思ったんだけど?」
「オレも最初からそう思ってました」
くすくす、と笑ってジュンは自然に私の手を取った。
「うっわ、手も冷たくなってますよぉ……女性なんだから、あんまり体冷やさないでくださいね」
「……漣ジュン、そういうとこあるよね」
「はあ?」
私の手が、指先がジュンの指先と絡み合う。悪戯に関節同士を擦り合わせるものだから、擽ったくて仕方ない。
「ほら、さっさと行こう。誰に見られてるかわからないし」
「はいはい」
「……明日休みだから、泊まってく?」
「今日は随分、サービス精神旺盛っすね」
「泊まりたくないなら、いいけど」
「泊まっていきます。……あ、着替えありましたっけ」
「この間置いてったやつならあった気がする」
2人並んで、手を繋いで歩いていく。私の体温が、ジュンに伝わって、彼の体温が私に伝わる。お互いの温度が混じり合いながら、ひそりと言葉を交わして、私たちは駅を離れた。
(マフラー、巻いてくればよかった)
気温がプラスになってしばらく経つが、まだまだライトアウターは手放せない。それでもマフラーはもういいかと思って、着けてこなかった。正直、後悔している。しかも今日はブーツすら履いてきていない。ストッキングをすり抜け、冷気が足を刺す。早く家に帰ろう。自然と、私の足は早くなった。
――prrrr,prrrr
肩から提げた鞄の中で、スマホが震えた。なんだろうか、まさか会社から呼び出し? いや、でも今日はさほどミスもしていないし。家の最寄り駅まで来てしまったから、ここから会社へのUターンだけは避けたいのだけど。
少しだけ憂鬱な気分を抱えて、スマホを手に取る。画面に映し出された名前は、恋人の名前だった。予想外の相手に電話を繋ぐ。
「もしもし?」
『オレです、ジュンです』
「うん、お疲れ様」
『お疲れ様っす。……いま、どこに居ます?』
「駅だけど。なにかあった?」
瞬間、電話の向こう側の声が少しだけ離れた。離れる間際、『駅……』とつぶやく声がした。
『見つけました』
「え?」
電話の向こう側より、もっと近く。愛しい彼の声が聞こえた。振り向くと、そこにはしっかりとマフラーを巻いて、コーチジャケットを羽織ったジュンが軽く右手を上げている。突然の登場に思わず固まってしまう。その間に、彼が距離を詰めて私の前に立った。――今日も相変わらず格好いいな、なんてぼうっと見上げる。
「この時間かと思って迎え来たんですけど……タイミング、ドンピシャでしたね」
「今日、仕事って」
「早めに終わりました。いつも、ここの駅使ってるって言ってたし。それに」
そこで言葉を区切って、ジュンは自分が巻いていた黒いマフラーを私にかける。
「ちょっと」
「アンタのことだから、薄着で出かけたんじゃないかと思いました。案の定っすね」
手馴れたように私の首にマフラーを回して、前で軽く結わえた。彼の熱が私にも移って、ほわりと温かくなる。
「……風邪、引いちゃうから」
「そこまでヤワじゃないんで。それに、アンタに風邪をひかれる方が困ります」
「スーパーアイドルに風邪をひかれるのも、困るんだけどな」
「大好きな彼女に風邪ひかれんのも困りますけどねぇ」
不意打ちの惚気にまたしても固まってしまう。これ以上、意地になってもどうせ事は変わらない。彼は意外と頑固だ。ここはありがたくマフラーを借りておこう。それに、ここは外。しかも駅前。人の出入りが激しい場所で、まさかスキャンダルを起こすわけにもいかない。早めに家に向かうのが最適解だろう。
「ウチ、寄ってくでしょ?」
「……そのつもりでしたけど、いいんですか?」
「迎え、来てくれたんでしょう。じゃあ家までエスコートしてくれるのかと思ったんだけど?」
「オレも最初からそう思ってました」
くすくす、と笑ってジュンは自然に私の手を取った。
「うっわ、手も冷たくなってますよぉ……女性なんだから、あんまり体冷やさないでくださいね」
「……漣ジュン、そういうとこあるよね」
「はあ?」
私の手が、指先がジュンの指先と絡み合う。悪戯に関節同士を擦り合わせるものだから、擽ったくて仕方ない。
「ほら、さっさと行こう。誰に見られてるかわからないし」
「はいはい」
「……明日休みだから、泊まってく?」
「今日は随分、サービス精神旺盛っすね」
「泊まりたくないなら、いいけど」
「泊まっていきます。……あ、着替えありましたっけ」
「この間置いてったやつならあった気がする」
2人並んで、手を繋いで歩いていく。私の体温が、ジュンに伝わって、彼の体温が私に伝わる。お互いの温度が混じり合いながら、ひそりと言葉を交わして、私たちは駅を離れた。