Short.
名前
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「別れてほしいの」
そう、告げて彼女はオレの前から去った。
スマホのアラーム音が鳴る。浮上する意識に、ああ、いまのは夢かと息を吐く。とはいえ、最悪の夢だ。まさか、彼女から別れを告げられるなんて。夢だとしても見たくないし、考えたくもない。
まだ起きない頭を横に振り、まとわりつく眠気を強引に覚まそうとする。ベッドから起き上がり、スマホを手に取る。アラームの履歴と、新着メッセージ1件。
『今日、電話できる?』
いままさに別れを告げてきた彼女からの誘いだった。それにOKの返事を返して、オレはため息をついた。
オレの恋人は、OLとして働いている。たまに仕事の話を聞くが、仕事ができる人なんだなと思う。この前は、部署のリーダー格に任命され、後輩の指導係にも携わっていると言っていた。
いつも多忙そうな彼女とは、休みが合わない。合ったとしても、外で会えばそれだけスキャンダルに繋がる危険性は高く、なかなかデートに行くこともできない。前に一度、「一緒に暮らしませんか」と提案した時でさえ、「ジュンの負担には、なりたくないから」と断られた。
ならせめて、と。テレビ電話ならどうですかと言い出したのは、オレだ。電話なら時間さえ合わせれば、外で会えなくても彼女の顔を見て、声を聞くことが出来る。「それ、いいかもね」と彼女も笑って頷いてくれた。
まさかその電話のせいで、こんなことになるなんて思わなかったんすけど。
夢の中で彼女から別れを切り出されるのは、今日が初めてじゃない。原因は、わかっている。彼女にオレとは違う、オレが知らない男の影が見えることだ。
例えば……そう、この間の電話。
「そういえば。この間、宅配を頼んだんだけど」
いつも通り、楽しそうに話す彼女が、画面に映っている。
「ケーキセットが本当に美味しくて。苺のショートケーキもあったから、今度一緒に食べよう?」
「いいっすね、是非」
彼女につられて笑うオレは、内心気が気ではなかった。
――彼女の、後ろ。画面の端に映る洗濯物。ラックにかかったそれの中に、Tシャツとデニムのジーンズを見つけた。彼女は、Tシャツも、デニムも着ない。細身のブラウスやスカートが、彼女の好きな服装で。ましてやTシャツの方はかなり大きいサイズに見える。いくら、緩めの着こなしもあるとはいえ、大きすぎる。まるで、男物のような。
「……あの」
「どうしたの?」
ナッツを摘む彼女が首を傾げる。Tシャツのことを聞こうと話しかけたが、どう聞けばいい? まさか、直球で? いやいや、それで「実は」とかそんな話をされようものなら、オレは。
「……今日のネイル、似合ってます」
「本当!? ありがとう。今回のネイル、私も気に入っててね」
なにやってんだ、オレ。結局聞けなくて、誤魔化して彼女の爪を褒めて。いや、実際似合っている。紺色に彩られた爪を見ながら、彼女は心から嬉しそうに笑った。
……まあ、Tシャツやデニムなんて女性でも履きますし。ちょっといつもと違う格好したい時もありますよね。確実にでかすぎますけど。
とにかくこれだけじゃ、男がいるなんて断言できない。この時は、そうやって自分を無理矢理納得させた。今思えば、きちんと聞いておけばよかったと思っている。
例えば、彼女の香水が変わっていた。
出会った時から、フローラル系の香水を愛用していた彼女から爽やかな柑橘系の匂いがした。「久しぶりに、泊まりに来ない?」という誘いに乗って、家に来たはいいものの、隣に座る彼女から知らない香りがして、どうにも居心地が悪い。
「……香水、変えました?」
平然と。ただ純粋な疑問です、という風を装った。上手く取り繕えたかはわからないが。
「変えたよ。やっぱり分かる?」
苦手だったら、ごめんね。そう笑う彼女の言葉に少しだけ、ほんの少しだけ動揺した。いやいやいやいや。これもTシャツと同じだ。むしろ香水が変わる、という方が納得できる。女性だってさっぱりとした柑橘系の香りが好きという人はいるし、彼女がたまたま今までフローラル系のものを使っていただけだ。
「苦手じゃないっすよ。むしろ好きな方です」
「本当? よかった」
「どんなやつですか? 今使ってるやつが切れそうなんで……」
「あ、じゃあ持ってくるよ。名前、わからなくて……。ちょっと待ってて」
ソファから立ち上がり、彼女の姿が扉の向こうに消える。好きな方なんて嘘だ。今使ってるやつが切れそうなのも嘘。ただ、彼女が知らない香りを纏っているのが不安で仕方がないだけで。オレの知らないあの人がいるのが、どうしても認められないだけで。
どうせリボンとかがついた可愛らしいボトルを持ってくるだろう。彼女に対して、ぐつぐつと沸く心を抑えつけたオレに、あの人が持ってきたのは。
リボンなどついていない、シンプルなデザインの男物の香水だった。
遊びに出かけることも多くなった。
「今日、久々に友達と呑んだんだけど」
出会ってから、そこまで出かけることは多くなかった。確かに友達とランチに行っただとかは聞いていたけど。彼女の行動を全て制限するなんてそんなことはできない。だが、それでも滅多に遊びに行かなかった彼女が、ここ最近活動的になっているのが気になってしまう。オレの知らないところで、彼女が誰と会っているのか知りたい。
この前など、ついに「ごめんね、会社の飲み会が入ってて……」と電話を断られた。
『仕事の付き合いでね、仕方ないんだ、ごめんね』
スマホに映るメッセージには、更に彼女の謝罪が重ねられていた。アンタに謝らせたいわけじゃねえんですけど……。
あの人は、成人していて大人の付き合いがあるのは分かっている。それこそ飲み会なんて大人だからこそあるものだ。飲みニケーションなんて言葉もあるくらいだし、ましてやあの人は、職場での立場がある。付き合いで、というのもわかる。
ただ、それでも。
オレの知らないアンタがいるのは、耐えられない。
彼女の話の中に、男の名前が出てくるようになった。
「この間、たーくんと遊んだんだけどね」
「へえ……」
「水族館に行ったんだけど。たーくん、久しぶりだったみたいでね。すごくはしゃいじゃって」
この時間は、なんなんっすかねぇ……。楽しそうに『たーくん』とのデートの話を聞かされて。仮にも彼氏が目の前にいるのに、他の男の話をするなんて。
いつも通り、彼女は楽しそうに笑っていた。
「Edenの皆って、本当に格好良いよね」
そんな言葉にすら、過剰に反応してしまう。
ああ。もう本当に。こんなの、オレばっかりがあの人を好きみたいじゃないっすか。
その日は、久々に仕事が早く終わった。オレが乗る車は、オフィス街を抜け、ようとした。
「……え」
赤信号。止まった車の前を、一組の男女が歩いていく。その女性には酷く見覚えがある。あの人は。
仲良さげに歩く男女は、そのままオフィス街に埋もれていった。
瞬間、彼女に対してどうしようもない嫌悪感のようなものが込み上げてきた。オレの知らない彼女。オレの知らない男。
あの人は、一人でも生きていける。仕事だってできるし、生活には困らない。男に頼って生きていかなくても、自分一人で生きていける。
オレが、いなくても。
あの人となら結婚したいと思った。あの人と支えあって、これからずっと一緒に生きていくと思っていた。今は違くても、いつかは一緒に暮らして、そして。
なのに、彼女はどうやら違うらしい。
これまでに見えていた男の影が現実になって、ああ彼女にはオレじゃない好きな男がいて。
どうやって部屋まで戻ってきたのか分からない。ただベッドの上で、ぼうっとしていた。
確かにオレと付き合っている以上、外で会うのは難しいし、泊まりだって簡単にはできない。普通の恋人同士なら、なんてことはない事が、オレとなら難しくなる。
オフィス街で笑う彼女の隣に立つ男。あの人はやっぱり、普通の男がいいのか。
それが、オレにはどうしても許せなかった。彼女が他の男のものになるなんて考えたこともない。ここにきて、彼女への独占欲が強いことに気づく。心が狭いのはわかっている。それでも、オレはあの人を手放せないんです。
スマホを手に取り、メッセージアプリを開く。
『今日、電話できますか』
「ええ? 私に好きな人?」
そう言って、数回瞬きをした彼女はすぐに笑い始めた。声を上げて、腹を抱えて笑い出した彼女にこっちが面食らう。
「……何が面白いんですか」
「んー? そうだなあ……。私って愛されてるなあって」
「はあ?」
「あのね、ジュン」
あの子、後輩。
くすくすと笑う彼女は、いま、なんて言った?
「こう、はい?」
「そう。ほら、最近、指導係もやってるって言ったでしょ。彼が、その後輩。最近、仕事一緒だから、流れでお昼ご飯、食べたんだよね」
「あ、ああ……」
「その帰りを、見られちゃったんだね」
いつだかと同じようにナッツをつまむ彼女。
「じゃ、じゃあ、たーくんって誰ですか」
嫌な予感がする。その予感が、オレを焦らせる。
まさか。
「ああ。甥っ子。今年、7歳になるかな」
「こないだ干してたTシャツとデニムは」
声が震える。
「あれ? あれは、お父さんが置いてっちゃったの。そっか、言ってなかったっけ……。この間、親が泊まりに来てたんだよね」
焦燥感が、やがて確信へ変わっていく。
「こ、香水は。変えたって言ってましたよね」
もしかして。
「弟が要らないって言うから貰ったの。でも、あの匂い私あんまり好きじゃないんだよね……。柑橘系は好きだけど、自分がつけるのは違うというか」
「最近、出かけてたのは」
「会社の付き合いって言わなかったっけ?」
ああ、これは。
「全部オレの、勘違いっすか……」
息を吐く。安心感から、肩の力が抜ける。
「……もしかして、嫉妬した?」
無駄に画質がいい通話画面で、彼女が笑う。仕方ないなあ、と言いたげに目を細めて、彼女はワイングラスを傾けた。桜に色づいた液体が、彼女の唇を濡らし、その喉を通っていく。
「あのね、私にはキミだけなんだから」
こんなに好きなんだけどなあ。アルコールのせいか。いつもよりも甘えた声で、彼女は頬杖をついた。うすらと赤くなった顔が、意地悪く笑う。
「好きだよ、ジュン」
すごく、好き。
濡れた唇が、潤んだ瞳が、オレを誘う。
ああ、本当にもう。
「オレも好きですよ」
――彼女には、敵わない。
そう、告げて彼女はオレの前から去った。
スマホのアラーム音が鳴る。浮上する意識に、ああ、いまのは夢かと息を吐く。とはいえ、最悪の夢だ。まさか、彼女から別れを告げられるなんて。夢だとしても見たくないし、考えたくもない。
まだ起きない頭を横に振り、まとわりつく眠気を強引に覚まそうとする。ベッドから起き上がり、スマホを手に取る。アラームの履歴と、新着メッセージ1件。
『今日、電話できる?』
いままさに別れを告げてきた彼女からの誘いだった。それにOKの返事を返して、オレはため息をついた。
オレの恋人は、OLとして働いている。たまに仕事の話を聞くが、仕事ができる人なんだなと思う。この前は、部署のリーダー格に任命され、後輩の指導係にも携わっていると言っていた。
いつも多忙そうな彼女とは、休みが合わない。合ったとしても、外で会えばそれだけスキャンダルに繋がる危険性は高く、なかなかデートに行くこともできない。前に一度、「一緒に暮らしませんか」と提案した時でさえ、「ジュンの負担には、なりたくないから」と断られた。
ならせめて、と。テレビ電話ならどうですかと言い出したのは、オレだ。電話なら時間さえ合わせれば、外で会えなくても彼女の顔を見て、声を聞くことが出来る。「それ、いいかもね」と彼女も笑って頷いてくれた。
まさかその電話のせいで、こんなことになるなんて思わなかったんすけど。
夢の中で彼女から別れを切り出されるのは、今日が初めてじゃない。原因は、わかっている。彼女にオレとは違う、オレが知らない男の影が見えることだ。
例えば……そう、この間の電話。
「そういえば。この間、宅配を頼んだんだけど」
いつも通り、楽しそうに話す彼女が、画面に映っている。
「ケーキセットが本当に美味しくて。苺のショートケーキもあったから、今度一緒に食べよう?」
「いいっすね、是非」
彼女につられて笑うオレは、内心気が気ではなかった。
――彼女の、後ろ。画面の端に映る洗濯物。ラックにかかったそれの中に、Tシャツとデニムのジーンズを見つけた。彼女は、Tシャツも、デニムも着ない。細身のブラウスやスカートが、彼女の好きな服装で。ましてやTシャツの方はかなり大きいサイズに見える。いくら、緩めの着こなしもあるとはいえ、大きすぎる。まるで、男物のような。
「……あの」
「どうしたの?」
ナッツを摘む彼女が首を傾げる。Tシャツのことを聞こうと話しかけたが、どう聞けばいい? まさか、直球で? いやいや、それで「実は」とかそんな話をされようものなら、オレは。
「……今日のネイル、似合ってます」
「本当!? ありがとう。今回のネイル、私も気に入っててね」
なにやってんだ、オレ。結局聞けなくて、誤魔化して彼女の爪を褒めて。いや、実際似合っている。紺色に彩られた爪を見ながら、彼女は心から嬉しそうに笑った。
……まあ、Tシャツやデニムなんて女性でも履きますし。ちょっといつもと違う格好したい時もありますよね。確実にでかすぎますけど。
とにかくこれだけじゃ、男がいるなんて断言できない。この時は、そうやって自分を無理矢理納得させた。今思えば、きちんと聞いておけばよかったと思っている。
例えば、彼女の香水が変わっていた。
出会った時から、フローラル系の香水を愛用していた彼女から爽やかな柑橘系の匂いがした。「久しぶりに、泊まりに来ない?」という誘いに乗って、家に来たはいいものの、隣に座る彼女から知らない香りがして、どうにも居心地が悪い。
「……香水、変えました?」
平然と。ただ純粋な疑問です、という風を装った。上手く取り繕えたかはわからないが。
「変えたよ。やっぱり分かる?」
苦手だったら、ごめんね。そう笑う彼女の言葉に少しだけ、ほんの少しだけ動揺した。いやいやいやいや。これもTシャツと同じだ。むしろ香水が変わる、という方が納得できる。女性だってさっぱりとした柑橘系の香りが好きという人はいるし、彼女がたまたま今までフローラル系のものを使っていただけだ。
「苦手じゃないっすよ。むしろ好きな方です」
「本当? よかった」
「どんなやつですか? 今使ってるやつが切れそうなんで……」
「あ、じゃあ持ってくるよ。名前、わからなくて……。ちょっと待ってて」
ソファから立ち上がり、彼女の姿が扉の向こうに消える。好きな方なんて嘘だ。今使ってるやつが切れそうなのも嘘。ただ、彼女が知らない香りを纏っているのが不安で仕方がないだけで。オレの知らないあの人がいるのが、どうしても認められないだけで。
どうせリボンとかがついた可愛らしいボトルを持ってくるだろう。彼女に対して、ぐつぐつと沸く心を抑えつけたオレに、あの人が持ってきたのは。
リボンなどついていない、シンプルなデザインの男物の香水だった。
遊びに出かけることも多くなった。
「今日、久々に友達と呑んだんだけど」
出会ってから、そこまで出かけることは多くなかった。確かに友達とランチに行っただとかは聞いていたけど。彼女の行動を全て制限するなんてそんなことはできない。だが、それでも滅多に遊びに行かなかった彼女が、ここ最近活動的になっているのが気になってしまう。オレの知らないところで、彼女が誰と会っているのか知りたい。
この前など、ついに「ごめんね、会社の飲み会が入ってて……」と電話を断られた。
『仕事の付き合いでね、仕方ないんだ、ごめんね』
スマホに映るメッセージには、更に彼女の謝罪が重ねられていた。アンタに謝らせたいわけじゃねえんですけど……。
あの人は、成人していて大人の付き合いがあるのは分かっている。それこそ飲み会なんて大人だからこそあるものだ。飲みニケーションなんて言葉もあるくらいだし、ましてやあの人は、職場での立場がある。付き合いで、というのもわかる。
ただ、それでも。
オレの知らないアンタがいるのは、耐えられない。
彼女の話の中に、男の名前が出てくるようになった。
「この間、たーくんと遊んだんだけどね」
「へえ……」
「水族館に行ったんだけど。たーくん、久しぶりだったみたいでね。すごくはしゃいじゃって」
この時間は、なんなんっすかねぇ……。楽しそうに『たーくん』とのデートの話を聞かされて。仮にも彼氏が目の前にいるのに、他の男の話をするなんて。
いつも通り、彼女は楽しそうに笑っていた。
「Edenの皆って、本当に格好良いよね」
そんな言葉にすら、過剰に反応してしまう。
ああ。もう本当に。こんなの、オレばっかりがあの人を好きみたいじゃないっすか。
その日は、久々に仕事が早く終わった。オレが乗る車は、オフィス街を抜け、ようとした。
「……え」
赤信号。止まった車の前を、一組の男女が歩いていく。その女性には酷く見覚えがある。あの人は。
仲良さげに歩く男女は、そのままオフィス街に埋もれていった。
瞬間、彼女に対してどうしようもない嫌悪感のようなものが込み上げてきた。オレの知らない彼女。オレの知らない男。
あの人は、一人でも生きていける。仕事だってできるし、生活には困らない。男に頼って生きていかなくても、自分一人で生きていける。
オレが、いなくても。
あの人となら結婚したいと思った。あの人と支えあって、これからずっと一緒に生きていくと思っていた。今は違くても、いつかは一緒に暮らして、そして。
なのに、彼女はどうやら違うらしい。
これまでに見えていた男の影が現実になって、ああ彼女にはオレじゃない好きな男がいて。
どうやって部屋まで戻ってきたのか分からない。ただベッドの上で、ぼうっとしていた。
確かにオレと付き合っている以上、外で会うのは難しいし、泊まりだって簡単にはできない。普通の恋人同士なら、なんてことはない事が、オレとなら難しくなる。
オフィス街で笑う彼女の隣に立つ男。あの人はやっぱり、普通の男がいいのか。
それが、オレにはどうしても許せなかった。彼女が他の男のものになるなんて考えたこともない。ここにきて、彼女への独占欲が強いことに気づく。心が狭いのはわかっている。それでも、オレはあの人を手放せないんです。
スマホを手に取り、メッセージアプリを開く。
『今日、電話できますか』
「ええ? 私に好きな人?」
そう言って、数回瞬きをした彼女はすぐに笑い始めた。声を上げて、腹を抱えて笑い出した彼女にこっちが面食らう。
「……何が面白いんですか」
「んー? そうだなあ……。私って愛されてるなあって」
「はあ?」
「あのね、ジュン」
あの子、後輩。
くすくすと笑う彼女は、いま、なんて言った?
「こう、はい?」
「そう。ほら、最近、指導係もやってるって言ったでしょ。彼が、その後輩。最近、仕事一緒だから、流れでお昼ご飯、食べたんだよね」
「あ、ああ……」
「その帰りを、見られちゃったんだね」
いつだかと同じようにナッツをつまむ彼女。
「じゃ、じゃあ、たーくんって誰ですか」
嫌な予感がする。その予感が、オレを焦らせる。
まさか。
「ああ。甥っ子。今年、7歳になるかな」
「こないだ干してたTシャツとデニムは」
声が震える。
「あれ? あれは、お父さんが置いてっちゃったの。そっか、言ってなかったっけ……。この間、親が泊まりに来てたんだよね」
焦燥感が、やがて確信へ変わっていく。
「こ、香水は。変えたって言ってましたよね」
もしかして。
「弟が要らないって言うから貰ったの。でも、あの匂い私あんまり好きじゃないんだよね……。柑橘系は好きだけど、自分がつけるのは違うというか」
「最近、出かけてたのは」
「会社の付き合いって言わなかったっけ?」
ああ、これは。
「全部オレの、勘違いっすか……」
息を吐く。安心感から、肩の力が抜ける。
「……もしかして、嫉妬した?」
無駄に画質がいい通話画面で、彼女が笑う。仕方ないなあ、と言いたげに目を細めて、彼女はワイングラスを傾けた。桜に色づいた液体が、彼女の唇を濡らし、その喉を通っていく。
「あのね、私にはキミだけなんだから」
こんなに好きなんだけどなあ。アルコールのせいか。いつもよりも甘えた声で、彼女は頬杖をついた。うすらと赤くなった顔が、意地悪く笑う。
「好きだよ、ジュン」
すごく、好き。
濡れた唇が、潤んだ瞳が、オレを誘う。
ああ、本当にもう。
「オレも好きですよ」
――彼女には、敵わない。