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0話

「キャプテン!島が見えたよ!」
ベポの声に、ローは船内から顔を出した。空は快晴。風も穏やかで心地いい。波も静かで上陸の障害はない。絶好の上陸日和と言っていい。それなのになぜか、落ち着かなかった。

ーいい拾い物でもあればいいが……

「よし、上陸だ」
ローの指示に従いクルー達は上陸の準備を進める。小さな島のようだったが、島の外周はほとんどが森で囲まれていて内部の様子はうかがえない。深い緑が何かを隠したがっているかの様だった。
「キャプテン、これどこから上陸しよう…」
「あ、あそこ。空いてるんじゃないか?」
シャチが指差した先には木の桟橋がかけられているだけの寂れた港と船着場があった。港に人の気配はない。木板も海水で腐りかけており、手入れはされていないことがうかがえる。
「うーん、船を停めるには狭すぎるよ」
「もう少し向こうなら停められそうだぞ」
ハートの海賊団は港から船を少し離して停泊させた。足を下ろした海水は予想よりも冷たく気持ち良さとは程遠かった。濡れた足で軋む船着場の先には整えられた土の道が続いていた。晴天と柔らかな風が、先程とは違う重く生温い空気を運んでくる。不気味なほどの静けさと共に。
「人の気配がないっすね…」
「あれ、建物じゃねぇか?」
ペンギンが指差す先には木造家屋が立ち並ぶ村があった。正確には、かつて村であったもの。
「でもこれは……」
「なんだこれ…」
家屋は全て焼け落ちていたのだ。辺りにはまだ焦げ臭い匂いも漂っている。それに混じる不快な匂いは人が焼けたモノだろうと分かった。
「酷ぇな…襲われたのか…?」
「全滅か。物資の補給は期待できないな…」
ペンギンは焼けた死体を調べ始める。他のクルーもそれぞれ村を探索したが、全て燃え尽きていた。ローは村の奥、大通りの正面にある一番大きな建物を見つけた。その建物へ足を向けた時、村の傍の木の根元に人が倒れているのを見つけた。まだ成人とはいえないあどけなさの残る少女だった。近寄るとまだ息をしていることがわかる。
「おい!シャチ!ちょっと来い!」
ローが少女の首筋に指を添えると、脈を打っているのがわかる。呼びかけにも目を覚まさず、細かい外傷はある。それでも命に別状はなさそうだ。少女の服は汚れてはいるものの、上等な生地のように見えた。
「なんすか、船長。あっ!その子もしかして生き残って…?!」
「あぁ。一旦船に戻るぞ。全員に伝えろ」
「アイアイ!」
ローは少女を抱え上げると船へと引き返した。ふわり、この場には似つかわしくない甘い香りが漂った。


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少女を処置室のベッドに寝かせる。黒く長い髪が柔らかく枕の上を滑った。いくつかの装飾品をベッド脇のテーブルに置く。脈や呼吸は弱いものの安定している。脱水、衰弱が激しかったため点滴を用意。点滴の針を入れるため、少女の服の袖を捲る。現れた少女の右前腕部内側には血の滲んだ包帯が巻かれていた。怪我の具合を見て包帯も変えようと汚れた包帯を外すと、白い肌には赤い線がいくつもあった。
ローの眉間にシワが寄る。


「偶然のもんじゃねぇな……自傷か…暴行か…」


処置を済ませ、ベッドで眠っている少女の寝息だけの静かな部屋に、コンコンとノックの音が響いた。


「入れ」

「失礼します、船長」


部屋に入ったペンギンはクリップボードを手にしている。


「あの村人達なんですが、調べてみたところ、大半が焼死ではなく失血死でした」


ローは続けろというように足を組み直す。


「全員殺された後に、村に火をつけられたんじゃないかと」


ローは眠っている少女に目を向ける。


「こいつに事情を聞く必要がありそうだな」




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目がさめるとベッドの上だった。ここがどこなのか、いつなのかも分からなかったが、
あぁ、生きているんだ。
円形の窓からは月が見えた。




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その夜、輸液を交換するためにローは処置室に入った。少女はベッドに座り、窓から月を見上げていた。黒い髪が流れる月影の背中は、どこか現実感のない絵の様だった。

「起きたか。点滴換えるぞ」

少女は素直に応じる。ローは淡々と輸液を繋ぎかえる。少女はか細い声で言った。

「……あの…助けていただいて、ありがとうございます…」

少女は目を合わせようとはしなかった。どこか遠くを見る様な目で、足元に目落としている。

「名前は」

「悠といいます」

「あの村で何があった。お前以外は全滅。しかも皆殺しの後に村ごと燃やす徹底ぶりだ。あの村には何かあるのか?」

「……私の……せいだと思います……」
悠は目線を足元に向け、それ以上何も答えない。

「じゃあこの腕の傷はなんだ」

ローは悠の右腕を掴んだ。腕を掴まれたことに一瞬ビクッと身を固めたが、悠から言葉は聞けなかった。ローは悠の手を離し、ベッドの横の椅子に座る。

「外傷はソレ以外には見当たらないが、自覚するところはあるか?」

「いえ…特には」

「……」

互いに腹の探り合いのような奇妙な沈黙が降りる。躊躇いながらも、悠は小さく口を開いた。
「あの、ここは…どこですか…?貴方はどこのお医者様なのですか…?」
「俺は医者だが海賊だ。ここは俺達の船の中だ。」
「海賊……船…ということは、ここは海の上なのですか…?」
「あぁ。お前もあそこにいる理由はないだろう」
「そう…ですね……少しの間、お世話になります」
ローは席を立つ。
「今日はもう寝ろ。明日には飯も食えるだろ」
ローが扉を閉める寸前、月明かりを背に金の目が光って見えた。
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