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JOJO夢


リゾット・ネエロの優しい束縛


突然ですが、背丈が二メートル近くある大男さんに監禁されています。…ううん、監禁とまではいかないかも。手足を拘束されているわけじゃないし。何だっけ、こういうの…ああそう、軟禁。軟禁されています。まあ外出は禁じられているし、携帯やパソコンなどは取り上げられていて外部との連絡手段は完全に絶たれているので、閉じ込められていることに変わりはありません。規制かけて構わないし変なこと呟かないから、せめて携帯だけでも返してくれないかな…。くそう、SNSがやりたい。フォロワーのみんな今なにしてるかなあ。

ああ、なぜこんなことになっているのかと言うのはですね、遡ることあれは…ええといつだったかな。お酒を飲んだから…確か金曜日の帰り道、何週間か前の。友人と別れて、ほろ酔い気分で歩いていると、後ろから「まったく、そんなに無防備な姿勢で出歩くのはいけないな」と低い声が聞こえてきたかと思えば、いきなり車に詰め込まれてーー今に至る、と言ったところです。何故わたしが狙われたのか?それは自分が一番わかりません。大金持ちのご令嬢というわけでも、誰もが振り向く美女というわけでもない、どこにでもいる普通の成人済み一般人女性ですので。単純にこの人の好みだったから…とも思いましたが…いやいや、冷静になってみなさいな、こんな「世界抱きました」みたいなお顔をした人がいったいわたしのどこを気に入ったのか、益々わからないでしょう…ということで、その線は即却下しました。

「世界を抱きました」みたいなお顔といいましたが、それは今の印象で。連れて来られた当初はもう怖くてですね…三十センチ以上あると思われる身長差は前にすると巨大な壁のようで、「隙をついて逃げる」なんて選択肢は捨てざるを得ませんでした。それに何より、鋭く光る黒と赤の瞳が何よりも怖かったのです。秘密ですけど。そんな瞳に見つめられて家の中に案内されたときは直感的に「…犯されるか殺されるかのどちらかでは…あるいは犯されてから殺されるやつでは?」と思い、両親に心の中で先立つ不幸をお許しくださいとさようならの挨拶を告げたものです。けれどもそんな恐怖と心配は思い過ごしだったようで。大男さんはわたしに乱暴を振るうような素振りはまるでありませんでした。むしろ家事は全部やってくれるし、わたしの好きな物作ってくれるし、退屈しないように小説や漫画などの本まで買ってきてくれたり。それにどれだけ寝てても怒らないし。有難いのですが、ここまで尽くされてしまうとさすがに申し訳なさを覚えるもので。「何かやることありますか」とおどおど聞いてみたりしたけれど、大男さんは「ただここに居てくれればいい」「君の顔を見られるだけで俺は満足だ」などと言うものですから、不覚にも胸が高鳴ったりもしました。その見た目からは想像できないくらい優しくて紳士的で、何でもしてくれる人。だけど「お外に出たい」と言うお願いに対する答えはいつまでも「駄目だ」の一点張りでした。

ただまあ、その…何と言いますか、時の流れというものはすごいもので、今やもうこの状況にもだいぶ慣れたのです。実際慣れちゃいけないんでしょうけど…。少々自堕落が過ぎていますが快適に暮らせているので、これはこれでいいかなって思えるようになりました。それでも、ふとお外に行きたくなるときってあるんですね。「明日は絶好の行楽日和です」なんて言ってるニュースを見たあととか。テレビの中の風景を見ながらぽつり「お散歩したいなあ」と呟きました。完全に独り言、無意識の発言でした。すると大男さんがため息混じりに「仕方ないな…いいぞ」と言ったのです。わたしはその発言に驚きを隠せませんでした。「いま、何と?」と聞き返してしまうほどに。だって、どうせ駄目だと断られるとばかり思っていたものですから。目を丸くして見つめるわたしに「だから、散歩へ出てもいいと言ったんだ」と言って手を差し伸べ、そのまま玄関まで連れてってくれました。扉を開けてもらって、その向こう側にあったのはーー季節の植物が彩る景色や青く輝く美しい空ではなく、ただの暗闇でした。このまま外に出れば、一瞬で吸い込まれてしまいそうな真っ暗闇。ああ、怖くてたまらない。足がすくんで立っていられなくなって、思わずその場にしゃがみ込んでしまいました。膝を抱えて怯えるわたしを大男さんはそっと抱き締めてくれました。「怖い、怖い」とかたかた震える手で大男さんの腕にしがみつくと「ああ、そうだな。外は怖いな」と言って優しく頭を撫でてくれました。その手のひらの暖かさにひどく安心したのを覚えています。そのままわたしを落ち着かせながら「散歩はどうする?やめておくか?」と問いかけてきたので、わたしは小さく頷きました。すると大男さんは「わかった」とだけ言うと玄関の扉を閉め、わたしを部屋へと連れていきました。あれほど「お外に出たい、お散歩したい」などと言ってたのに、ああ、なんて身勝手なんでしょう。申し訳なさが臨界点を超えたのか、涙がこぼれてしまいました。大男さんは、はらはらと涙を流すわたしを見て驚いた顔をしました。

「どうした、なぜ泣いている」
「だって、わたし…こんな、わがまま…自分勝手…ごめんなさい」
「…お前が悪いことはひとつも無い。気にするな」

ふっと笑顔を見せると、大きな手で涙をぬぐってくれました。そうしてふわりとわたしを抱きしめて「今日は疲れただろう、そろそろ寝るか」と言って、寝室へ連れていきました。
ーーこの人はどうしてこんなに優しくしてくれるんだろう…自分で自分に聞いた問いの答えなど、出す余裕はありませんでした。


…これは、大男さんの腕の中で、なかなか寝付けずにぼんやりと考えていたことなのですが。そういえばこの家の中は、どこもずっと明かりが消えることがなかったなと。昼間でも部屋は電気が点いていて、夕方の時間帯になるとカーテンを閉め切って明かりを一段階あげたり、寝室は大きめの間接照明があたりを照らしていました。…それは今も。そうです、わたしは真っ暗闇に触れる機会が長いこと無かったのです。この人の手によって、眠っていた恐怖遺伝子が目を覚ましてしまったのではないか。もしかしたら、この人は最初からそのつもりで……。ぶるりと小さく身震いをすると、それに反応するかのようにわたしを抱き締めている腕にぐっとちからが込められました。「ひっ」と声を上げるのを抑えて、恐る恐る顔を上げると、そこには夜の闇より深く暗い黒曜石の瞳がわたしを見つめていました。まるで「これで逃げられないな」と言わんばかりの瞳で。目は口ほどに物を言うとは、このことでしょうか。
ああ、なるほど、わたしは完全にこの人から逃れる術をすでに失ってしまったのですね。


(了)
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