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文司書


司書の瓶詰め。


三月。春先とは言えまだ冷える。外では風が吹き荒れており、部屋のガタガタと窓が音を立てて震えていた。そんな夜。

俺は枕元の机の上に置いてある球瓶を覗き込んだ。
そこには瓶の中には桜餅のクッションを抱きしめて眠っている少女がいた。
「ふ…よく寝てやがる」
俺は目を細めて少女を眺める。
この少女は、まごうことなきこの図書館の司書だ。手のひらほどの大きさだがちゃんと生きている。
なぜこんなことになっているのか。
あれはそう、いつものように…

…いつものように、朝になって司書室へ行くと誰も居なかった。普段この時間はまだ居るはずだが…まあ先に食堂へ行ったのだろうと部屋を出ようとしたらどこからか「待って、独歩さん、行かないで」と司書の声が聞こえた。驚いて、慌てて振り返った…が、姿はない。おかしいと思い、俺も「司書、どこにいる」と呼んだ。きょろきょろとあたりを見回しているうちに足首に妙な違和感を覚えた。何だ、とズボンの裾をめくるとそこに手のひらに乗れるほどの大きさになった司書がしがみついていた。このとき気持ちを正直に言うと、心臓が止まりそうなくらい驚いた。
俺の手の上に拾いあげ、どうしたと聞いたが原因は不明とのこと。起きたら小さくなっていたらしい。ベッドから降りるのにも苦労したし怖かった、いま自分の身に起きていることが何もわからないと、話してるうちにはらはらと涙を流し始めたのを覚えている。
そのとき、邪な考えが頭をよぎった。
「…大丈夫だ、俺が何とかする。ひとまず今は…原因がわかるまで隠れていろ」
俺はそう言うと、司書を自室へ連れてきて、そしてそっと瓶の中に入れた。…

…と言うのが数日前の話。
最初のうち、司書はそれこそ「迷惑じゃないですか」「原因がわからないままだったら」と不安がっていた。
俺は司書の不安を和らげるために、まず何も置いてない瓶の殺風景さを取り除こうと散り終わることのない桜の木を植えた。次に本棚と机をあげた。寝づらいだろうと、さらに白い絨毯と桜餅を模したクッションも入れた。退屈しないように旅雑誌も作ってやった。
だんだん充実していく瓶の中。そして「大丈夫だ」と声をかけるうちに司書の不安は薄れていったらしい、今はなかなか快適に過ごしているようだ。それはぐっすり眠っている姿からも見てわかる。
どんな形であれ、司書を俺だけのものにすることができたのだ。このまま元に戻らなくても構わない…そんなことを考えながら瓶の中の司書の寝顔を見つめる。俺の中の独占欲が満足気に笑った気がした。


【了】
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