いちゃいちゃするおはなし
君は陽だまりにあふれてる。
少し前まで満開だった桜もほとんど葉桜になり、やがて訪れる初夏を早くも思わせた。吹く風は初夏を運ぶようにややぬるく、しかし桜の香りをどこか残している。今はそんな春と夏のあいだの季節、五月半ば。時刻はゆっくりと日が傾き始めた十八時頃。
潜書を終え、補修を終え、僕は少しくたびれていた。休憩がてら何か読もうと思い小説が並んでいる書架へ出たが、めぼしい本が見当たらなかった。ため息をつきながら仕方なく書庫へ行くと、明かりがついている。どうやら先客がいるらしい。ここの書庫は一般利用者は立ち入り禁止だが、鍵は基本的にかかっていない。ノブに手をかけ、扉をそっと開けて確かめる。
…居た。閲覧席に向かい、出入口に背を向けて座っている…。あの後ろ姿は、司書さんだ。
「司書さ…」
話しかけようとして、少しためらう。調べ物をしているのか、頬杖を付いている。何か本でも読んでいるのだろうか…ん…?いや、何か様子が…頭がこくんこくんと揺れている…。
ああ、あれは居眠りをしているな。真面目に調べ物をしているなと思ったけれど。でも最近は忙しそうだったから、まあ居眠りくらいはしちゃうか。
まったく、司書さんも手間をかけさせてくれるよ…。そう思いながら、腰に巻いている着物をしゅるりとほどく。
ひとまず今は着物を背中にかけて、寝かせおいてあげよう。そうしたら、僕も書庫の閲覧席で本を読んでいよう。夕飯の時間になっても彼女が寝ていたら、そのとき起こせば良い。
早足で、だけど起こさないよう静かに彼女のもとへ近寄った。
司書さんの隣まで来てのぞき込む。手元には少し古めの難しそうな本が一冊。読んでいるうちに寝落ちしてしまったらしく、居眠りにしては随分と寝入っているようだった。普段は見せないその顔に、胸がきゅんと鳴いた。そして彼女に触れたいと思った。
だけど直接触れるのは何だか恥ずかしいし、女性である司書さんに対して失礼な気もする。さてどうしようかなと考えながら、僕は自分の手に持っている着物をちらっと見て…ああそうだこうしようと思いついた。
その思い付きを実行しようと、僕は司書さんの背中に着物をかける。そして、着物の上から彼女を抱きしめた。
背後から急に衝撃がきたせいか司書さんは驚いて目を覚ました。
「わっ、な、なに?だれ?」と上擦った声を上げて顔だけこちらに向けたけれど、見知った顔の相手だと分かったからか、すぐに安心したような笑顔になって僕の手の甲に自身の手を重ねてくれた。
それを見た僕は、彼女を抱きしめた腕にぎゅうと力を込める。
そのまま首筋に顔をうずめると、彼女の香りや温もりが胸いっぱいに広がる。
まるで陽だまりの中にいるようで。とても暖かくて、離したくない。
ああ、こうも簡単に心の疲れやもやもやが晴れていく。
そうか。僕は今日一日、ずっとこうしたかったんだ。
【了】
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