いちゃいちゃするおはなし
そっと、指先だけ。
「司書、居るか」
司書室のドアをコンコンと叩く。返事がない。再度叩いてみたが、やはり返事がない。
入るぞー、と一声かけてドアを開けると、机に突っ伏して寝ている司書がいた。なるほど、返事がないわけだ。
今月は特別な調査任務もあり、俺たち文士はもちろん司書もことさら忙しかった。
さらに月末作業なども重なって、彼女の忙しさは火を見るよりも明らかだった。疲れがたまっているのだろう。
加えて司書の作業椅子は日差しが背中に当たる場所にある。
季節は春。特に今日はぽかぽかとして暖かな陽気だ。その穏やかな太陽も、彼女を眠りに誘った要因だったのかもしれない。
疲れた体に、優しく暖かな日差し。ついうとうとと居眠りしてしまうのも無理がない。
俺は机の横まで静かに歩いて、司書の寝顔をのぞき込む。とろけるような顔で、幸せそうに寝ている。なあ、今見てる夢の中に俺はいるのかい…などと思いながら、司書の頭にぽんと右手を置いてゆっくり撫でる。撫でながら、柔らかな髪を指に絡ませる。指の間をするりと通る感覚が何とも気持ち良い。そんなふうにゆるやかに髪を撫でていると、閉じられていた司書の瞳がうっすらと開いた。
「…ん……ぼくすい、せんせ…?」
「おっと…悪い、起こしたか」
「んん…っ」
どうやらまだ寝ぼけているらしい。司書はとろんとした瞳で俺を見つめる。妙に色っぽさを残すようなその視線にどきりとして、俺は思わず視線を逸らした。そして誤魔化すように言う。
「え、と…その、いつも頑張ってるなよあ。だが無理はするなよ」
「ふぁい…」
ああ、こりゃ聞いていないな。司書の意識は半分…八割がた夢の向こうだ。仕方ない。俺は羽織を司書にかけてやろうと、髪からすっと手を離そうとした。
「まって…せんせいのて、きもちいい…もっと…なでて…」
すると司書が恥ずかしそうに、だけど嬉しそうな声で言った。そして花のようにほころんだ笑顔を一瞬見せて、完全に夢の向こうへ落ちていった。
それを見て自分も顔がゆるんだ。いや、ゆるんだと言うより…。左手で思わず自分の口元を押えた。そうでもしないと、この気持ちを抑えきれそうになかったからだ。
「おめえさんよ、ちょっと無防備なんじゃないか」
髪を撫でながら小さく呟いた俺の声は、春の日差しの中へ消えていった。
【了】