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著作の一部を詠唱して文豪を召喚する司書


本の中を生きるあなたに会うための言霊
--石川啄木



椅子に座らせ後手に拘束した、身動きの取れない司書を取りかこみ、見下してせせら笑う。
せせら笑うは、反政府を掲げ、帝國図書館を突如襲撃してきた奴ら。
追い詰められる気分はどうだい。こうなっちゃ特務司書のあんたも御仕舞だ。ざまあねえな、この思想主義者が。
耳を塞ぎたくなるような罵倒。嘲弄の嵐。

「こいつの目の前で図書館に火を放ち、その後、皆の前で殺すのはどうだ」
「ああ、それはいい」

どんなに罵声を浴びせられようと今まで表情ひとつ変えなかった司書だが、それを聞いた途端に眉をひそめた。一人がすかさずそれに気付き、吐き捨てるように言う。

「何だその目は。憎らしいったらない。まあその頭を地につけ許しを乞うのなら、お前の命だけは助けてやっても良いだろう」

お前が愛してやまない蔵書は、どのみち残らず灰にするがなと付け加えて。
そして数分間の沈黙。それを破ったのは司書が放った言葉。その言の葉は彼らにぎりぎり聞こえる程度の声量だった。しかし燃えるような怒りが込められた声で紡がれていた。

「…いたく錆びし、ピストル出でぬ…砂山の」

それを聞いた奴らは一瞬目を丸くする。しかしすぐにまた嘲笑し、口々に囃し立てた。
我々に対する恨み言のひとつでも出てくるかと思いきや、いやはやまさか辞世の句とは。随分と諦めの早いやつ。もう少し抵抗してくれると思ったが。つまらねえ女だ。そうだな、それじゃあお望み通りあの世へ送ってやろう。
リーダー格の男が懐からナイフを取り出し、右手に握った。左腕を伸ばして司書の頬に触れ、自分のほうへと顔を向けさせる。憎しみと哀れみを込めながら、いやらしい手付きで頬を撫ぜる。ああ、愚かしい特務司書とやら、貴様の命もこれまでだ。目だけでそう言いながら、ギラリと光るナイフのエッジを見せつける。そしてそれを高く振り上げ、彼女の喉元へ突き立てようとした

--瞬間、司書の後ろから一冊の本が現れた。その本はひとりでに開き、風もないのに頁がぱらぱらとめくられていく。まるで生きているようだ。そしてある頁で止まると魔法陣が飛び出し、あたりは眩い光に包まれた。

司書を手にかけようとしていた男は、衝撃に体を跳ね返されて、尻から勢いよく床に倒れ込む。取り囲んでいた奴らも同様に、バランスを崩して後ろへ転んだ。
ナイフはすでに男の手を離れ、床の上を滑って行った。

何だこの光は!何が起こっている!くそっ、あの女の力か!あの女、此の期に及んで何をした!早く殺せ!殺してしまえ!あの変な本も破り棄てろ!
男が、部下らしき男らに怒号をあげて命令する。部下の男たちが司書へと向かうよりも早く

「…砂を指もて、掘りてありしに」

満月に似た瞳と、金色の中にところどころ赤色が混じった髪を持つ若い男が一人、流れるように詠いながら現れた。それに続くように銃声が四発。
反政府を掲げる男たちが最期に見たのは、光の中で銃を構える青年の、怒りと軽蔑に満ち溢れた瞳だった。

「先生、来ていただきありがとうございます」
「ったく、もっと早く呼べよ」
「へへ…すみません。実は…声も出せないくらい、怖くて…」
「お前…」
「…まあ奴らが馬鹿なこと言ってくれたおかげで吹っ切れましたけど」
「はぁ…逞しくて何よりだぜ」

彼はいささか不満気に、けれどホッとしたような思いを含んだ声でそう言うと、司書の拘束を解いて手を差し伸べた。

(引用元:『一握の砂』/石川啄木)


【了】
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