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文司書


お相手の文豪に♡♡しよと言われた
独司書



「なあ、エッチしようぜ」
「……水素が何ですって?」‬
「何で元素記号だよ」‬
「だってアルケミストですから。たまにはそれらしい回答もしますよ」

俺と司書は付き合ってしばらく経つ。そろそろもっと深い仲になってもいいだろうと思い、吐露した夜の誘いは軽く流された。時刻は夜も深まってきた二十三時頃。明日は閉館日だし、机を覗き込んで見たら仕事だってほぼ終わってる。ちょうどいいじゃないか。

「あーあ、今夜も寂しく一人寝かあ」
「ま、わたしの喘ぎ声、下品ですからね。たぶん途中で萎えますよ」
「え?」
それを聞いて、何かがはじけた気がした。気がつけば俺は司書の肩を掴んで、体を椅子ごと自分のほうへ向けさせていた。
「え…なに」
「…誰がそんなこと言ったんだ。あんた、男を知ってんのか」
「はい?」
素っ頓狂な声を上げて俺を見る。だけど、すぐに目を逸らし顔を伏せる。
「なっ何でそんなとこに食いつくんです…別に良いじゃないですか」‬
「いーや、良くないね」‬
肩を掴んでいる両手に力が入り、グッと指先を食い込ませる。俺以外の男が、俺の知らないこいつに触れたのかと思うと抑えきれなかった。

「…肩…痛いです…」
「ちゃんと答えたら離してやる」
「…っ」
「……答えないってことは…俺の他に男が」
司書はそれを聞いて、今まで伏せていた顔をガバッと上げて俺を見た。溢れそうなくらい涙が溜まっている瞳を見て、思わずビクッとした。
「それは違います!…わ、わたし、男の人は……まだ、知りません、し…これから先、独歩さん以外を…知るつもりだって…」
そう話す声は震えていて、今にも消えてしまいそうだった。消えるか消えないかの境界線の声のまま、司書は続ける。
「こ、声のことは……つ…つまり……その…ひ……ひとりで、した、ことが…ある、だけ……ほ、ほんとに、誰かから、聞いたとかじゃ……」
「…!あっ…あー……そーいう…?」
「女の口から、こんなこと言わせないでくださいっ!馬鹿っ」
司書は耳まで真っ赤にしている。瞳から大粒の涙がぽろぽろと流れた。これはまずいことをしたと思った。自分の勘違いで恋人を問い詰めて、恥をかかせて、そのうえ泣かせて…これって最低じゃないか?

俺は肩から手を離し、司書の体をぐいっと抱き寄せる。そして許しを乞う言葉をいくつも並べた。
「すまない。悪かった。謝るから…」
「…わたしも、変に誤解させるようなことして、ごめんなさい…でも」
「…でも…?」
「…別の男がいるって、言われてしまったのが…ショック大きくて…」
「…う…それは……本当、悪かっ」
言い終える前に、司書の人差し指が俺の唇を触れる。そして涙で濡れてきらきらした瞳で俺を見つめ、割り込むようにして続けた。
「だ、…だから…わたしは独歩さんしか見てないってこと…知ってほしい、です…今から…」
「…そうだな…それ、俺も知りたい」
言って、俺は司書の額に口付けをひとつ落とす。すると司書は花がほころぶような笑顔を見せた。
俺は司書の腰に手をまわして、彼女を司書室から連れ出すかように自室と向かった。


【了】
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