文司書
やさしさのぬくもり。
冬。夜中。変な時間に目が覚めた。自分の体温をわけた布団が心地よい。このまま再び眠りに落ちても良かったが、起きたのならお手洗いにでも行っておこうと思って、枕元の明かりをつけて半纏を羽織り部屋を出た。
扉を開けた先の廊下は暗く、冷えた空気が支配していた。昼間は太陽の光が差し込んで暖かな場所だが、今は。人の気配が感じられず静かだ。聞こえてくるのは風が窓を叩く音だけ。目の前には暗闇。まるでこの世には自分しか存在していないかのよう。
昼間とは同じ場所とは思えないな、早いところ行ってしまおうとスタスタと早足で歩いていると、廊下の隅で誰かがうずくまっているのが見えた。一瞬、驚いて心臓がドキッと大きく跳ね上がった。誰だろうと思って恐る恐る近寄ってみる。
…小林さんだ。
いったいどうしたんです、こんなところで。寒いでしょうと聞いても震えているだけ。寒くて震えているのか。怯えているようにも見える。どちらにしても、このままにしておくわけにはいかない。着ていた半纏を脱いで小林さんの肩に被せると、自分の部屋まで連れて行った。
***
「ふー」
小林さんを自分のベッドへ運んで一息つく。背が高いから連れてくるのが少し…結構大変だった。ベッドへちらりと目をやると、小林さんの震えはすっかり止まっている。ベッドの横にしゃがみこんで見ると、すうすうと寝息を立てている。なんとか落ち着いてくれたみたいでホッとした。
さて。わたしはこれからどうしようか。一緒の布団で寝るのもなんだか悪いし。と、言うより…異性の人に添い寝なんて、純粋に緊張してしまう。かといって床で寝たら、時期的に風邪をひく。
…そうだ、今夜はこのまま何か本を読もう。確か手付かずの本が部屋の書棚にたくさんあったはず。なんだか目も冴えてきた。よし、早速コーヒーでも淹れて来よう。
そう思って立ち上がろうとした。が、右手あたりに違和感がある。見ると、服の袖口を小林さんの指が掴んでいた。
「あっ」
思わず声を立ててしまった。空いている左手で慌ててくちを抑える。…うん、起こしてない、良かった。と、胸をなでおろした。
小林さんのことは…わたしは学が浅くて詳しく知らないけれど、小林さんが転生する前にひどい拷問を受けていたこと、裏切られたこと…は、資料を読んで知っていた。わたしが想像しているものよりもきっと何倍も、つらくて、こわくて、痛かった。
そんなことを考えているうちに、わたしはこの人を一人にしておきたくない気持ちになった。
「…失礼…します……」
小さくそう言って、小林さんの指を袖からそっとほどく。そして起こしてしまわないように布団の中に潜り込んで、隣に横になる。右手を伸ばして、抱きしめるようにして髪を撫でた。ゆるく撫でた髪は柔らかくて、自分と同じ匂いを纏わせていたのを覚えている。頬に触れると、今、生きている暖かさを感じた。
「大丈夫ですよ、何も怖くないです。寒くもないです…から…」
呟いて、頬から背中に手を移動させる。子どもをあやすように背中をぽんぽんと叩いているうちに、わたしの思考はだんだんと無意識の世界へ傾いていった。
***
冬。朝。目が覚めたら俺は布団の中で司書に抱きしめられていた。司書は隣で気持ちよさそうに寝ている。なぜこのようなことになっているのか、俺にはわからない。確か…夜中に悪夢を見て、それから逃げるように起きたのは覚えている。だがそれ以降の出来事はよく覚えていない。何か暖かなものに包まれたこと以外は…。
…そうか、あのとき包まれた暖かなものは。
きちんと閉めきれていないカーテンの隙間から、太陽の欠片がこぼれる。冬の光がこんなに優しいものだなんて知らなかった。朝食の時間にはきっとまだ早い。それに、今のこの心地良さを手放すのは少し勿体ない。ぼんやりとした頭でそんなことを考えながら、柔らかな朝日の中で隣のぬくもりに再び意識を預けることにした。
【了】
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