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刀剣乱舞


全部冬のせいにしよう。


睦月某日。朝。
起床し、俺はいつものように障子を開けた。
空は青く澄み渡り晴れているが、目の前に見える庭は薄く雪化粧をまとっていた。
そう言えば昨夜は冷え込みが強く雪が降るだろうと、主がもといた時代から持ってきた『てれび』とやらが言っていた。
ほう、と吐き出す息は白い。太陽の光に反射してきらきらと輝き、冬の静けさの中へ溶けていく。
今日も寒くなるのかと独りごちて障子を閉じた。そして着替えを済ますと、広間へ向かった。
***
「大包平、おはよう」
「ああ、歌仙か。おはよう」
厨房に入ると歌仙と燭台切を中心に、数人の男士が朝食の支度をしていた。土鍋からはパチパチと泡がはじけるような音が聞こえ、味噌汁と鮭のいい匂いがする。
何か手伝うことはあるかと聞くと、燭台切が答えた。
「実はね、主がまだなんだ。悪いんだけど起こしてきてくれるかな。朝ごはんもそろそろ出来るから」
朝寝坊なんて格好良くないよね、とでも付け加えたさそうな、困ったような顔をしている。
その後ろで歌仙が、まぁ布団から出難いのはわかるけどねとボヤいていた。
「全く、仕方のない主だな…。わかった。行ってくる」
俺は大きくため息を付いて言った。そして主の部屋へ向かうことにした。背にした厨房からは、ごめんねーよろしく頼むよー、と聞こえた。
朝の空気に冷やされた廊下を踏みしめる。
足音が冬の中に薄く消えていった。
***
主の部屋の前に着いて、障子を開ける。
するとまず目に飛び込んできたのは大量の本だ。主の部屋は本だらけだ。書棚にはもちろん、そのへんに散らかっている本もあれば、机の上に積んである本もたくさんある。
そう言えば、初めて会ったときに読書が好きだと言っていたか。主は暇を見つけては何かしら読んでいた。本の虫というやつだ。
床に落ちている本を一冊拾い上げ、ぱらぱらと頁をめくる。あまりの字数に頭がくらりとした。どうやら俺に読書は向かないようだ。
まあ好きなことがあるのはいいことだ。収集癖があるのも別に構わない。…が、せめて片付けはしてほしいと思う。何せ足場があまりない。
俺は散らかってる本を部屋の隅へと持って行き、何冊かごとに積み上げて置いた。とても丁寧とは言えない扱いだが、散らかり放題よりは幾分かマシだろう。
そして主が寝ている布団にそっと近付いた。
主は布団の中ですうすうと寝息を立てて寝ている。枕元の電気スタンドは明かりが点きっぱなしだ。そして主の手元には『蓼食う虫』と書かれた本が置いてある。読んでる途中で寝落ちしたらしい。ぐっすり寝入ってる様子を見ると、簡単に起きそうにない。
それにしても、随分と気持ち良さそうだ。俺は主の寝顔をじっと覗き込んだ。無防備で幸せそうな顔を見ていると、胸のあたりがそわそわした。自分でもよくわからない感情に襲われる。
何故だ。燭台切に頼まれたことが、ゆらゆらと揺らめいて、煙のように頭の中から消えてゆく…。

「…迎えにきたら冷えちまったぜ。なあ、お前の体温を少し分けてくれよ」
聞こえているはずないだろうが、俺はそう呟いて主の隣に潜り込んだ。すると主は少し身動ぎし、苦しそうな声を出した。
「ん…っ…大包、平……」
「…!」
不意に発せられた寝言に、不覚にもどきりと心臓が高鳴る。こいつ、俺の夢を見ているのか…?…どんな夢かはわからんが、なかなか可愛らしいところもあるじゃないか。
「…大、包平…が…サンドイッチ、に…なっちゃった……食べたい…でも……」

……前言を撤回する。
食い意地の張っているやつめ。何をどうしたら俺がサンドイッチになるんだ。しかも寝ながら少し泣いている。主の夢の中で俺はサンドイッチになり、主を泣かせたのか。意味が全くわからん。なんて夢を見ているんだ、こいつは。俺は主の頬を軽くつねってやった。
「おい、やめろ。食うな」
「んんー」
「……ふっ…ひどい顔だな…」
こうやって主に触れていると、体温だけではなく、別のぽかぽかとしたものが自分の中に流れ込んでくる。自然と頬が緩む。とても心地が良い。もっと欲しくなる。求めるように、布団の中で主の体をぐいと抱き寄せた。そうだな、離してやる必要はないだろう。
俺は瞼を閉じ、穏やかな眠りの中へ身と意識を預けた。

十数分後。
あまりに遅いからと様子を見に来た歌仙に、俺と主は叩き起こされた。
そして二人揃って正座させられたのは言うまでもない。
・・・・・
「大包平、君ね…主を起こしに行ったと思ったら…ミイラ取りがミイラになってどうするんだい」
「すまん、魔が差した」
「……何でわたしも正座させられてるんでしょうか」
「元はと言えば主が起きないからだ」
「そうだぞ、反省しろ」
「大包平は何でちょっと偉そうなの?」
長引いた歌仙の説教により、俺たちの朝食の時間は大幅に遅れた。
温め直してもらった朝食を食べていると、お前は本当に仕方のない奴だなぁと鶯丸に言われたが、不思議と悪い気はしなかった。


【了】
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