刀剣乱舞
2人で〇〇をしないと出られない部屋。
【大包平ととある女審神者は、嫌いな食べ物を食べないと出られない部屋に閉じ込められました。】
***
「おい、起きろ」
「んんーーぅ…お母さん…あと五分…」
「誰がお母さんだ。起きろ!」
「はっ…!…大包平…おはよう…」
「おはよう。ようやく起きたな」
ある日、目がさめると、大包平がいた。
わたしの部屋は一人部屋だし、刀剣男士たちも基本的に一人一部屋だ。だから目がさめた時に誰かがいるというのは久しぶりだった。むくりと起き上がって寝ぼけ眼でぼけーっとしていると大包平が深刻な顔をして話しかけてきた。
「さて、寝起きなところ悪いが…聞いてくれ。…俺たちは妙な部屋に閉じ込められてしまったみたいだ」
「え…まじか…」
それを聞いて一瞬にして目が覚めた。そういえばここはわたしの部屋ではないし、もちろん大包平の部屋でもない。周りを見れば窓もない。あるのは扉と、その前に置かれた二つの箱だけ。寝ているあいだに、どこかもわからない場所に連れてこられ、あまつさえ閉じ込められていたとは。驚きを隠せないわたしを見て大包平は、ふーと大きく息を吐いて続ける。
「残念だがまじだ。気が付いたら俺もここに…。あの扉を開けるにはどうやらこの紙に書いてある条件を満たす必要があるらしい。誰がこんなふざけた真似を…!」
「…!」
わたしは一瞬ギクリとした。これは最近よく聞く『セックスしないと出られない部屋』というやつなのでは。何てことだ。まさか我が身に起こるとは思ってなかった。…まあ…わたしは大包平と…するのは構わない。と、言うかむしろ願ったり叶ったりなのだけど。大包平はわたしを抱くなんてたぶん嫌だろうなぁ。どうしよう、困った…。わたしが軽くうつむいてそんなことを考えていると大包平が、ほら見てみろ、と条件の書いてある紙を見せてきた。
紙を覗き込むようにして見ると、
“嫌いなものを食べないとこの部屋から出られないよ!扉の前の箱に二人の嫌いなものそれぞれ用意しておいたから頑張って食べて!”
と、書いてあった。
「なにこれ」
わたしは拍子抜けしたというか、なんだか安心したような、少し残念なような気持ちになった。
「ぐずぐずしていても仕方がない。さっさと食ってここを出るぞ」
「う、うん。そうだね、本丸でみんなも待ってるだろうし…あー…騒ぎになってないといいけど」
扉へ向かい、前にある箱の一つを開ける。開けた箱の中には、梅干しが一つ入っていた。独特な匂いが鼻腔をくすぐり、無意識に唾液が出る。わたしは頭を抱えた。
「ううーー…」
「お前、梅干し嫌いなのか」
「うん…まあ食わず嫌いで…今まで生きてきた中でずっと避けてきて…本丸に来てから初めて食べたんだ…」
「梅干しの何がそこまで…まあそれはいい。でも食べられたんだろう」
「それが光忠特製梅干しだったんだ。それ以来、光忠が漬けた梅干しなら食べられるようになったけど…市販のは…」
「最初にそんな美味いの食ったら、それ以外のものが食えなくなることくらい…」
「だって…食わず嫌いなんて格好悪いよ!僕が美味しくアレンジしたから!って言われて…作ってもらった冷やし梅茶漬け…控えめに言って最高だった」
「なんだそれ、美味そうだな」
光忠の美味い料理と漬物の話が思いのほか長引きそうだったので、梅干し談義はこのへんにしようと区切る。そして残ったもう一つの箱に手を伸ばす。
「さてさて…大包平の嫌いなものは何かしらー」
「こ…この俺に嫌いなものなど…ない」
ぱかっと箱を開けると、椎茸が入っていた。しかもご丁寧に焼いてあった。ふわっと醤油の香ばしい匂いが漂う。
「…椎茸」
「…」
「…焼いてある」
「……」
「…椎茸嫌いなんだ」
「…き…嫌いじゃない……噛んで飲み込むのにちょっと苦労するだけだ…」
「大包平…それを嫌いって言うんだよ…!」
「ぐっ…」
箱の前でお互い無言でのまま硬直してしまった。手を伸ばす気配すらない。いつまでも手を付けないままでは、ここから出ることはできない。
「そっそうだ!」
わたしは名案を思いついたとばかりに手を打つ。
「いっそお互いに食べさせ合おう!」
「は?」
「ずっと手を付けままじゃ何も進まないじゃない。あーんしてって差し出されれば…きっと食べられる…はず!」
「いやっお前何を言って…俺は自分で…」
わたしは大包平が言葉を言い終えるのを待たずに備え付けの箸で椎茸を掴んだ。そして大包平の前に出す。
「ほらっ大包平、あーんして」
「…く……早くしろよ…」
大包平は目を瞑ってくちを開けた。その顔に不覚にもどきっとした。やましい気持ちが少し湧いたが、ぶんぶんと頭を振ってそれを取り払う。そっと椎茸を舌の上に運ぶと、ぺろっと食べてしまった。
「なんだ…簡単に食べられたじゃないの…」
「だから自分で……味は悪くなかった。良い椎茸だったんだな」
「まあ何にせよ苦手なものが一つ克服できたってことにしておこうよ」
「そうだな。…さて、次はお前の番だぞ。ほら、くちを開けろ」
大包平は箸で梅干しをつまむと、差し出してきた。思わず、ううっと声を上げてひるんでしまった。
「え?そんなに?そんなにか?」
「だ、だって…」
わたしはじりじりと大包平から距離を取るようにして後ずさる。
「だからと言って逃げるんじゃない」
「に、逃げてないし…ただ…覚悟を決めかねているだけ…あ」
後ずさっていくとドンっと何かにぶつかった。後ろを見ると、壁だ。追い詰められてしまった。
「さあ…もう逃げられんぞ……あーんしろ」
「お、大包平…顔が怖いよ…わ、わかった、わかったから…覚悟を決めるよ…」
わたしは目をぎゅっと硬く閉じてくちを開けた。舌に梅干しが乗せられた瞬間、じわりとあの味が広がる。酸っぱい。やはり苦手な味だ。涙がにじんできた。
「んぅ…おいしくないぃ……」
「…それはさすがに作った人に失礼だぞ…頑張って飲み込め」
「う……む、り…」
「…まったく…仕方のないやつだな…」
斜め上から声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、唇に何かに柔らかいものが触れた。恐る恐る目を開けると、大包平の顔が目の前にある。
「…!!」
わたしはびっくりして、梅干しを種ごとごくんと飲み込んでしまった。飲み込んだのを確認したのか、大包平はわたしから唇を離す。そしてふっと笑って言った。
「光忠特製の梅干し以外も食べられたじゃないか」
「あ…うん…そうだね…」
するとガチャリと鍵の開く音がして、ほら行くぞと大包平はわたしの手を引いた。わたしはぼーっとした頭のまま、大包平に連れられてこの部屋をあとにした。
【了】