日光一文字が霊力異常で狼さんになっちゃった話(健全ルート)
心地よい朝寝のまどろみのなか、審神者は枕に顔を擦り寄せた。
寒い夜の間、審神者をぬくめてくれた抱き枕――すなわち巨躯の黒狼――は艷やかに長い毛足にふわふわもこもこの柔毛を備え、それはそれはあたたかくやわらかく脳みそがとろけるほどの甘美な触り心地と抱き心地であったのに、審神者の頬に感じたのはすべすべとして固く熱い感触だった。
狼はこんな、肉と骨を感じさせる触り心地だったろうか。
「…ぅ、ん……?」
寝ぼけ目も開かぬまま、あの狼のやわらかな獣毛を求めて審神者の指が抱き枕の上を彷徨う。ぺとぺとすりすりと指を這わせて探すのに、手近なところには見つからない。審神者は寝ぼけたまま、すんすんと鼻を働かせる。
日光の匂いがする。
ならば近くにいるはずなのに、どんなに手を伸ばしても狼には行き当たらない。どこまで触れても、あるのは肌の熱ばかりでやわくあたたかなぬくもりはどこにもない。
「うん?」
肌の熱?
ぱちりと目が覚める。己が撫で回していたものの正体を知る。
男の……日光の裸体。
審神者は、ヒトのかたちに戻った日光の胸を枕に眠っていたのだ。
やっちまった。気分はほぼ事後だ。彼女は清い身ゆえ事後など知らないが事後だ。いや、事後というより事故だ。一夜の過ちだ。彼女が喉を攣らせて息を詰まらせながら手を引っ込め、目を見開いたまま動けなくなる。身を離そうとすると腕が伸びてきて審神者の頭を犬でも撫でるみたいにくしゃくしゃと可愛がった。無論日光である。わずかばかり意趣返しを感じるのは審神者の気のせいか。
彼女ががちがちと首を上げると、日光は常と変わらぬ涼しい貌で審神者を見ていた。今起きたという様子ではない。ずっと起きていて審神者が獣を探すのを見ていたのだ。
「よく眠れたようだな」
冬の朝に似つかわしい冴えた声だった。紫の目ばかりは面白いものを見たと楽しんでいたがこのときの審神者にそれを見分ける余裕はない。悲鳴を上げてもんどり打ちながら布団から転がり出て冷たい畳に額をついて土下座し、大慌てでぬいぐるみの棚の隣の箪笥から日光のお泊り着替セット一式を持ってきて献上し、もう一度額ずいて悲痛ささえ感じる声で詫びた。
「すごいきもちいいもふもふでした‼」
が、動転してモフ欲の表明に終わる。たまらず日光が笑いを堪える気配を察し、やっと言い間違いに気づく。更に慌てて言い直す。
「すみません! あったかかったです!」
墓穴が増える。
今度こそ日光は堪えずに小さく笑った。この女は本当に危なっかしくて突拍子がなくて目が離せない。わずかの悪意もなく楽しくてならないというふうに笑われて、審神者は身が焼けそうだった。
昨夜己が日光の体のどこにどう触れていたか。耳裏、顎の下、首、胸、背筋、腰、脚の付け根。
(しっぽの付け根なんて……お尻……!)
狼は日光だとわかっていたのに、獣毛の魅力に負けて、モフ欲のままに日光のもふもふの肢体を思う存分モフりしだいた。ヒトのかたちの日光を前にすると、なんであれほど大胆に撫で回せたのか審神者自身でもわからない。跪いたまま消えてしまいたい気分だった。
布団の横で土下座して動けなくなった審神者に、やはり日光はおかしみがこらえきれなくてほのかに眦を緩めてしまう。そして彼女の頭に手を伸べて、怯えた小犬を宥めるような手つきでゆるゆると撫でてやった。
「頭を上げてくれ」
審神者は身を固くするばかり。
「……将が兵にひれ伏すな」
日光が、困ったような諫めるような声で求めてやっと、審神者はおもてを上げた。見上げる先には布団から上体を起こした日光がいる。着替えを差し出した直後なのだから当然とはいえ、あらわな肌と、雄々しい肢体。
……もう一度、審神者は昨夜の己の所業を振り返った。視線で日光のからだをなぞる。
日光の下半身はまだ布団のなかにあるが……耳裏、顎の下、首、胸鎖骨、腰、足の付け根と、尾骶骨に至る部分。それらに、己はほしいまま触れたのだ。己の指が、あの日光のすべらかな肌を這ったのだ。意識すると赫と頬が焼けた。すぐにでも顔を伏せてしまいたいのに、日光の指がそれを許さない。
日光の右掌は審神者の左頬を包んで、そのまま指先で彼女の耳裏をさりさりと掻いた。明らかに、昨夜の愛撫を意図した動き。審神者の心臓はうるさく飛び跳ね、頬までを焼いていた火は耳にまで立ち上っていた。日光の指がやさしいから、怒っているのでもからかっているのでもないと知れたことが一層の火で審神者を焼いた。
言われなくたって、指でわかる。わかってしまうほどには、審神者はずっと、日光を追ってきた。その指から惜しみなく伝わる情を肌と肌で受けて審神者は身動きもできないでいる。逃げるなどとんでもない。動いてしまうのが惜しかった。ずっとこのままあいされていたかった。
逃げずに日光の指を受け入れる審神者の目は、うっとりと甘く潤んだ。慕情で満たされた瞳で見つめられて、日光は己の腹が、胸が、あたたかなもので充満するのを感じる。
己に触れられて喜び、己に触れたいと願うこの女が、このおんなあるじが、己の婚約者。
やがてつがいになる相手。
(早く欲しい)
もはや朝である。昨日は霊力異常ゆえに文字通り朝から晩まで肌身離れず時間をともにしたが、本来ならばそうはいかぬ。日があるうちは、審神者は日光だけの女ではない。この本丸の刀すべての主である。婚姻の約を結んでいるとはいえ、昨夜の、ただの犬畜生と女のように近く、濃く触れ合うことは、いまだ日光一文字には許されていない――彼自身が許していない。
それでもやはり、甘い慕情で見上げられて、日光にも欲が出た。身を屈めて審神者のかんばせに寄る。彼女が静かに目を閉ざしたのもいとおしい。唇を、という欲も日光のうちになくはなかったが、閨でのくちづけは頬まで、唇と唇を合わせることはしない、という自らが立てた約束を、彼は律儀に守った。
犬どうしがするように、鼻先だけで軽く触れ合う。審神者が目をひらく。微笑みあう。朝を始める。
「おはよう、主」
(こんどこそおしまい)
寒い夜の間、審神者をぬくめてくれた抱き枕――すなわち巨躯の黒狼――は艷やかに長い毛足にふわふわもこもこの柔毛を備え、それはそれはあたたかくやわらかく脳みそがとろけるほどの甘美な触り心地と抱き心地であったのに、審神者の頬に感じたのはすべすべとして固く熱い感触だった。
狼はこんな、肉と骨を感じさせる触り心地だったろうか。
「…ぅ、ん……?」
寝ぼけ目も開かぬまま、あの狼のやわらかな獣毛を求めて審神者の指が抱き枕の上を彷徨う。ぺとぺとすりすりと指を這わせて探すのに、手近なところには見つからない。審神者は寝ぼけたまま、すんすんと鼻を働かせる。
日光の匂いがする。
ならば近くにいるはずなのに、どんなに手を伸ばしても狼には行き当たらない。どこまで触れても、あるのは肌の熱ばかりでやわくあたたかなぬくもりはどこにもない。
「うん?」
肌の熱?
ぱちりと目が覚める。己が撫で回していたものの正体を知る。
男の……日光の裸体。
審神者は、ヒトのかたちに戻った日光の胸を枕に眠っていたのだ。
やっちまった。気分はほぼ事後だ。彼女は清い身ゆえ事後など知らないが事後だ。いや、事後というより事故だ。一夜の過ちだ。彼女が喉を攣らせて息を詰まらせながら手を引っ込め、目を見開いたまま動けなくなる。身を離そうとすると腕が伸びてきて審神者の頭を犬でも撫でるみたいにくしゃくしゃと可愛がった。無論日光である。わずかばかり意趣返しを感じるのは審神者の気のせいか。
彼女ががちがちと首を上げると、日光は常と変わらぬ涼しい貌で審神者を見ていた。今起きたという様子ではない。ずっと起きていて審神者が獣を探すのを見ていたのだ。
「よく眠れたようだな」
冬の朝に似つかわしい冴えた声だった。紫の目ばかりは面白いものを見たと楽しんでいたがこのときの審神者にそれを見分ける余裕はない。悲鳴を上げてもんどり打ちながら布団から転がり出て冷たい畳に額をついて土下座し、大慌てでぬいぐるみの棚の隣の箪笥から日光のお泊り着替セット一式を持ってきて献上し、もう一度額ずいて悲痛ささえ感じる声で詫びた。
「すごいきもちいいもふもふでした‼」
が、動転してモフ欲の表明に終わる。たまらず日光が笑いを堪える気配を察し、やっと言い間違いに気づく。更に慌てて言い直す。
「すみません! あったかかったです!」
墓穴が増える。
今度こそ日光は堪えずに小さく笑った。この女は本当に危なっかしくて突拍子がなくて目が離せない。わずかの悪意もなく楽しくてならないというふうに笑われて、審神者は身が焼けそうだった。
昨夜己が日光の体のどこにどう触れていたか。耳裏、顎の下、首、胸、背筋、腰、脚の付け根。
(しっぽの付け根なんて……お尻……!)
狼は日光だとわかっていたのに、獣毛の魅力に負けて、モフ欲のままに日光のもふもふの肢体を思う存分モフりしだいた。ヒトのかたちの日光を前にすると、なんであれほど大胆に撫で回せたのか審神者自身でもわからない。跪いたまま消えてしまいたい気分だった。
布団の横で土下座して動けなくなった審神者に、やはり日光はおかしみがこらえきれなくてほのかに眦を緩めてしまう。そして彼女の頭に手を伸べて、怯えた小犬を宥めるような手つきでゆるゆると撫でてやった。
「頭を上げてくれ」
審神者は身を固くするばかり。
「……将が兵にひれ伏すな」
日光が、困ったような諫めるような声で求めてやっと、審神者はおもてを上げた。見上げる先には布団から上体を起こした日光がいる。着替えを差し出した直後なのだから当然とはいえ、あらわな肌と、雄々しい肢体。
……もう一度、審神者は昨夜の己の所業を振り返った。視線で日光のからだをなぞる。
日光の下半身はまだ布団のなかにあるが……耳裏、顎の下、首、胸鎖骨、腰、足の付け根と、尾骶骨に至る部分。それらに、己はほしいまま触れたのだ。己の指が、あの日光のすべらかな肌を這ったのだ。意識すると赫と頬が焼けた。すぐにでも顔を伏せてしまいたいのに、日光の指がそれを許さない。
日光の右掌は審神者の左頬を包んで、そのまま指先で彼女の耳裏をさりさりと掻いた。明らかに、昨夜の愛撫を意図した動き。審神者の心臓はうるさく飛び跳ね、頬までを焼いていた火は耳にまで立ち上っていた。日光の指がやさしいから、怒っているのでもからかっているのでもないと知れたことが一層の火で審神者を焼いた。
言われなくたって、指でわかる。わかってしまうほどには、審神者はずっと、日光を追ってきた。その指から惜しみなく伝わる情を肌と肌で受けて審神者は身動きもできないでいる。逃げるなどとんでもない。動いてしまうのが惜しかった。ずっとこのままあいされていたかった。
逃げずに日光の指を受け入れる審神者の目は、うっとりと甘く潤んだ。慕情で満たされた瞳で見つめられて、日光は己の腹が、胸が、あたたかなもので充満するのを感じる。
己に触れられて喜び、己に触れたいと願うこの女が、このおんなあるじが、己の婚約者。
やがてつがいになる相手。
(早く欲しい)
もはや朝である。昨日は霊力異常ゆえに文字通り朝から晩まで肌身離れず時間をともにしたが、本来ならばそうはいかぬ。日があるうちは、審神者は日光だけの女ではない。この本丸の刀すべての主である。婚姻の約を結んでいるとはいえ、昨夜の、ただの犬畜生と女のように近く、濃く触れ合うことは、いまだ日光一文字には許されていない――彼自身が許していない。
それでもやはり、甘い慕情で見上げられて、日光にも欲が出た。身を屈めて審神者のかんばせに寄る。彼女が静かに目を閉ざしたのもいとおしい。唇を、という欲も日光のうちになくはなかったが、閨でのくちづけは頬まで、唇と唇を合わせることはしない、という自らが立てた約束を、彼は律儀に守った。
犬どうしがするように、鼻先だけで軽く触れ合う。審神者が目をひらく。微笑みあう。朝を始める。
「おはよう、主」
(こんどこそおしまい)
