東
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「なに!?東さんが解説!?」
塀の向こう側から太刀川の間抜けな声が聞こえてきた。
防衛任務中に何ごちゃごちゃ話してるんだか、と思っていたけど、間抜けボイスから聞こえてきたワードは、聞き逃せない。
走って太刀川の方へと向かうと、手で顎を押さえて神妙な顔を作った太刀川と、えー…と口を開けたままの出水くんがいた。
「太刀川!今のアンタの馬鹿でかい声がこっちまで聞こえたんだけどっ!」
「おうよ、俺はそれを狙った馬鹿でかい声で言った」
「そうだったの!まぁ、アンタの思惑はどうでもいいんだけど!」
「どうでもいいとかさらっと酷いこと言いますよね、名前さん」
正直、ヒゲモジャ男には興味ないんだからしょうがない。出水くんの哀れみのツッコミも受け流し、太刀川に向かって拳を突き出した。
目の端に居る出水くんは?を浮かべている。確かに何か軽く会話をした後、いきなりなんじゃいと思うわ。でもきっと目の前のこいつには伝わるはずだ。
目の前の太刀川は、にたりと笑った後、目を輝かせて同じように拳を突き出してきた。
お互いの拳同士がゴツッとぶつかる。やはり太刀川はわかっていたようね。流石私と同レベルのアホの子。
「目的は一緒ってことだな」
「当たり前じゃない、同士よ」
「…俺、ちょっとあっちの方行ってもいいっすか?」
困惑というよりはもういっそ清々しいほどの引きっぷりの出水くんは私たちから距離を置いて、どこかへと行ってしまった。申し訳ないとは思うし、彼の中の私の好感度はよくわからないけど下がっただろう。逆に目の前のヒゲモジャ男の好感度はきっと爆上がりだ。いらないけど。
太刀川はキラッとこちらに笑みを浮かべてきたのに対し、私はふっと笑ってみせる。別に少女漫画的な意味合いの笑みではない。どちらかというと、下卑た笑みに近いだろう。
「んふふっ!!!やりましたね、太刀川くん!」
「うんうん、やりましたね名前ちゃん」
「ちゃんはキモいから止めて」
「ひどくね?」
もう心はウキウキのワクワクです。浮かれすぎて心のウキウキで空飛んじゃいそうな勢いってくらい。私の手の中におさまっているデータは、武富ちゃんのところから強奪、もとい頼み込んで借りてきた代物だ。この手のひらサイズのデータには、私にとって欠かせないものが入っている。というかライフワーク。人生。
太刀川はあくまでもこれを手に入れる為の共闘相手でしかない。悪いが利用させてもらってるぜ。いろいろ手伝ってもらうときも勿論あるけど。持ちつ持たれつってやつよね。
流石にコレを持ち帰るのは気が引けるからシュミレーション室で聞こうかな~と思っていると、横を並んで歩いている太刀川の手がにゅっと伸びてきた。
「ん?なによ?」
「俺が押し入ってもらってきたんだから俺が先だろ?」
「…いやいやいや、私がどんだけこれの為に防衛任務奮闘したと思ってるのよ、モジャ」
「元々俺が教えた情報からコレのこと知ったんだから多少は譲歩しろよ、猫被り女」
「あぁっ?!何、やろうっていうの?言っとくけどこれ、私的なやり合いじゃないから規定違反にならないわよ」
今にも取りそうな勢いで太刀川が手を出してきたもんだから、手のひらをぐっと握りしめて死守する。危ないやつだと思って廊下の端っこの方に距離を取ると、正直いつでも換装できるように構える。コイツは冗談かと思っているかもだが、東さんデータの奪い合いは私的じゃないから、私の中では公的だから。やるっていうんならやるぞ。
文字通り私が毛を逆立たて太刀川を威嚇すると、太刀川はそれも面白いかもなと脳天気なことを言っている。別にお前を楽しませる為に東さんデータを持っているわけではない。
「大体ね、どこが猫被りしてるっていうのよ!モジャ!」
「そういうとこだよ、そういうとこ!東さん目当てになると気が狂うところに決まってんだろ!」
「正気だわ!!逃がしてくれないっていうならねぇ・・・「はいはい、ストップしようか」」
・・・ん?なんか、明らかに太刀川のじゃないような声、というか私がよくヘッドフォンで聞いているような声が後ろからするんだけど。
そう思って太刀川の顔を今一度見上げると、なんかすごく面白いって顔してる。さっきよりもそんな感じ。
「こんなところで喧嘩するのは良くないだろ。誰かに見つかったらどうするつもりだったんだ」
「あははー、もうすでに東さんに見つかっちゃいましたけどねー」
あ ず ま さ ん …確定じゃないの!!!流石に二回も喋ったら私でもわかります。ああ、振り向きたくない…。
けど、ここで振り向かずにそのまま廊下を走り去っていったらたぶん死ぬ気で太刀川が追い掛けてくる。データ欲しくて。それにあまりにも不自然すぎる、挨拶もしないで東さん無視して逃げるとか。
がちがちになった身体で後ろを振り返ると、想像していたけど遙かに心臓に悪い東さんがいた。あ~、ちょっと疲れて草臥れてる感じが最高にイイです。
「お、おお疲れ様です!!」
「あぁ、お疲れ様。仲が良いのは良いことだが、それは御法度だろう」
「あぁぁ、あのこれは、その、間違って…」
「やろうっての?って言ってきたのはどこのどいつでしたかね~?」
後で絶対にぶっ殺す!!!いや、今この視線でぶっ殺すってくらい睨み付けたけど、アイツ今は面白すぎて全然気付いてない。こんな顔東さんに見られたら困るから思いっきり太刀川の方向いてるけど、これ不自然だよね。てか東さんに換装しようとしてるの見られたの本当にショックすぎるからもう今すぐ帰りたい。
「あ、じゃあ、私はもう急いで帰らないと…」
「いやいや、待てよ。それ返せよ」
「返せよも何もお前のもんじゃねぇだろ!!」
極力小さい声で太刀川に伝えるけど、もう一刻も早くここから逃れたい。こんなぼさぼさの格好見られたくない。東さんの視線が痛すぎる。正直、心が大渋滞過ぎて可笑しくなりそうだ。
「それ、俺の音声データだろ?」
「!!!! いやいやいや!!そんな、ち、違います!これは…」
「そうなんですよ~、主から借りてまして」
「モジャ!!!」
「(モジャ?)お前らの会話、声が大きかったから筒抜けだぞ。俺しかいなかったから良かったが」
東さんがいたことが一番問題です。なんでいるのとか色々思うことはあるけど、そんなことよりこの隙に乗じて太刀川が私の手を掴んでデータを取ろうとしてくる。ほんとに止めろって、マジで。空気読んでくれ。後で飲み物奢るから。
てかバレてるとかほんと恥ずかしい。今までほぼ東さんと会話したことないのに、東さんのデータ借りて聞こうとしてるとかヤバい女過ぎるじゃん。もういっそ、太刀川に渡して逃げた方がいいのでは?その決断をした方がなんとかなりそうな気がする。
そう思ってぱっと手を離して、太刀川にデータを押しつけた。
「わかった!太刀川が聞きたかったんだもんね!うん、じゃあ私は帰る!!」
「ちょっと待て、名字。俺の解説聞きたいなら、解説し直してもいいぞ?」
「…は?」
「映像流しながら、解説してもいいってことだ」
「お、いいなぁー名前。めっちゃうらやましいわ~」
…どういうこと?何故、私と縁もゆかりもない東さんが私とログを見るって話になっているの?ホワイ?
私は正直太刀川のいうことを肯定するようで嫌だけど、頭可笑しいくらい東さん厨よ?
あまりにもこじらせすぎて話せないとかはもちろんだし、近すぎると死ぬから色々教えてもらってないし、教えてもらってる最中に嫉妬し出すっていう理由から東さんの弟子たちには教えてもらってないよ?だって羨ましすぎるじゃん、東さんから直接教えてもらえるとか。逆に東さん関連じゃない人から教えてもらうのめっちゃ大変だったよ。忍田さんとかに直接頼み込みにいったりしたよ。
「おい、どこいってんだ」
「…これ夢であってほしいんだけど、夢じゃないの?たぶんこのまま行くと死ぬんだけど」
「俺とログデータ見るのそんなに嫌だったか?」
「いやいやいや、滅相もないです!!!!光栄です!!」
「なら行こうか。いや、俺名字には嫌われていると思っていたからよかったよ」
「きききき嫌いなわけないじゃないですか!!!」
好き過ぎるくらい好きですが!!!言わないけど!
でも無駄に避けていたのがまさか東さんに嫌われているという気持ちを抱かせてしまっていたなんて。でも待って、華麗にさらっと行こうかって言わなかった?
「やったな、名前!楽しんでこいよ!あ、東さん今度暇があったら俺にも直接解説してー」
「いや、お前は勝手にログ漁ってくれ」
「扱い違いすぎませんかー?」
太刀川が、だんだん遠くなっていく。東さんに後ろから貼りつかれたように立たれている私は、このまま逃げるということも出来ない。ここで逃げたら絶対に東さん私に嫌われているって思う。嫌いなわけじゃなくて好きすぎて拗らせてるんですよ…分かって欲しい。
「時間はあるから名字が納得いくまで付き合えるぞ」
思い切りじゃないその笑顔が眩しすぎます。てか私のことは苗字で呼んでくれるんですね、今更ながら初めて知りました。
なんでいきなりこんなイベントが起こってしまったのかは本当にわからないけど、東さんの背中が俺についてこいって感じなのはすごく伝わってくる。きっと東さんの弟子たちはこんな感じを皆経験してるんだろうか。少し体感出来て嬉しい。そう思って刷り込みされたひよこのように後ろについて行く。
「あの、東さんはなんでこんな、私に付き合ってくださるんでしょうか…?」
「なんかすごくかしこまった言い方するな。毎回俺の解説の時、レコーダーつけて録音してる子がいたら気になるだろう?」
もっとヤバいことバレてたー!!!!そう、私は東さん解説のときは基本欠かさず見てるし、自分で録音してる。バレないように袖口に隠したり色々小細工していたのに、何故…。今日みたいに見れなかったときは、太刀川と一緒に強奪してるけど、基本的に努力は惜しまない。頭が可笑しいほうの努力だけど。
「明日は俺も院に出るのが遅いし、みっちり付き合えるからな」
今の時刻も相まって、大変申し訳ないのですが、すごく変な意味に聞こえている。今、夜だし、廊下に誰も居ないし、どこに向かってるのか分からないけど。
もしかしてこれってヤバい?だって、なんか東さんの手、腰を押さえているような、気のせい?
夢に決まってるよね、うん。てか気のせいだよ、たぶん自分の腰に今何かついてるんだわ、きっと。
…ん?てかちょっと待って、さっき嫌われてると思ってたって言ってましたけど、私がレコーダーで録音してたのは知ってて…、なんか、矛盾?が生じているような気が…。
そう思ってちらっと東さんのご尊顔を見上げると、なんか優しくこちらを見下ろしてくださっていた。
その口元の笑みが、なんか少し怪しく見えたのは、気のせいだろうか。
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