OLの徒然なる
名前変換
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距離が遠い、と彼は思った。
只今の状況の物質的な距離も、心理的な関係性の距離も、何もかもが。
たった三ヶ月程度の期間、顔を合わせていないだけだった。それなのに、こんなにも距離感は変わってしまうのかと。
「(違うな、俺が…)」
変化した原因は一つじゃないことは分かっている。ただ、その原因の中に確実に自分がしてしまったことがあるのを理解はしていた。
後悔してはいない、それでもこの距離は辛いものがあった。昔、自分に向けられた彼女の笑顔を思い出せば、尚辛く思えた。軽口を叩く在りし日が思い浮かぶ。
作戦室に向かう廊下を、風を切るように歩く二つの影は、離れていた。
根回しの良い唐沢が全くなんの準備もなく、事を進めている筈はなかった。唐沢の机の中から取り出されたのは、二枚の紙。書式が一体どういう体裁のものかは分からなかったが、右下に署名のあった各人の名前は、彼女の目にもはっきりと見えた。
彼が言うには、あの時のことは鬼怒田と根付は反省しており、大人げなかったと言っていたという。売り言葉に買い言葉、という訳でもないが、状況は切迫しており、彼らにも余裕がないことはあの場にいた者ならば誰でもわかることだった。
しかし、詰問を受けた本人は、そういう訳にもいかなかった。
名前の心には、二人の言葉は深く入り込み、彼女自身が耐えようもなく気にしていた部分を抉られたようなものだった。
霰もなく泣き出した名前の姿は、上司の唐沢にとってもなんとも言えない気持ちにさせるものがあった。憐憫の情があったのだろう。
それでも、その後も彼女は唐沢の側で仕事をすることを決断し、次の日からは通常通りに業務を始めていた。それが大人というもので、社会だということを、彼女なりに理解していたからであった。
その様子が、脆い部分を隠して、尚強がる名前が痛々しく思えた。
この書類をもらったからには、誰にも文句は言えない、城戸さんであろうとだ。
そう言って、二宮と名前の二人を唐沢は見送った。
無機質な廊下が続く。なんとも言えない距離が開いたままの二人は、特に会話もなかった。ただ、それは別にお互いがお互いを嫌いだからとか、感情的なものではない。
二宮は二宮で、名前に対して思うことがあったが、名前は名前で、だんだんと足取りが重くなっていく自分の体と余計なことを考え出す頭に、耐えきれなくなってきていた。
ふと、彼女の足は廊下の床に貼りついたまま動かなくなった。
すぐさま背後の人物の様子に気づいた二宮は、開いたままの距離から、彼女に向き直る。向き直った先の彼女は、いつも通りの彼女ではなくなっていた。
自分の爪先を見つめ、その両手は自分のジャケットの裾を掴んでいる。まるで掴んでいないと、自分を保っていられないと言わんばかりに。
その様子を見た二宮は躊躇うことなく、その距離を縮めた。その長い足が一歩進むごとに、彼女は言い様もなく不安になる。それは二宮に対する恐怖ではない。今から自分が向かい合うものに対しての恐怖だった。
距離はなくなり、二宮は無言で彼女の前に立つ。手を握るでも、優しい言葉をかけるでもなく、ただ立っていた。本人は名前のことを見つめていたが、うつむいている彼女にはそれも分からない。彼女の頭の中はどんどん浸食されていくだけだ。
「名字」
「…ごめん、少し待ってくれるかな…」
「今日じゃなくても良い、唐沢さんには話はつけてある」
「いや、今日にする。今日に、しなきゃ、また逃げるから」
「お前が逃げたところで、ただ捕まえに行くだけだ」
ぐっと胸が詰まる気持ちがした。
きっと二宮くんは、私が何から逃げたのか、分かっているのかもしれない。
ゆっくりと名前が顔を上げれば、いつもの無表情よりも少し眉が下がった彼の表情があった。尚更胸がつまったような気持ちがしたが、不明瞭だ。何に胸がつまっているんだろう。私が逃げたことに対してなのか、二宮の気持ちに対してなのか、未来の異変に気付けなかったことに対してなのか。
どれにしても彼女にとっては贖罪の気持ちでしかなかった。