OLの徒然なる
名前変換
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少し控えめに笑った、例えるなら春に出会った白詰草の花のような、そんな笑顔。
隊の作戦室の机でお菓子を頬張りながら、女子二人は談笑をしている。
それは大学の講義の話や、講師の先生の愚痴、恋愛の話…本当に平和な話ばかりだ。
彼女たちが話す内容は基本的に作戦室にいても、戦術的な話ではなくそんな年頃の女子らしい話だ。
机の中央で所謂パーティ開きをされたスナック菓子が口へ進むペースも話の盛り上がりと共に早くなっていく。
たまにお菓子の成分表示部分に書いてあるカロリーを見ては、げっ!という顔をしたり、本当に平和で幸せだった。
無性に胸に痞えるような、とても後味の悪い小説の後の読後感に近いそれは、名前の寝起きを悪くした。
起きてすぐに感じたのが、そんな感覚ではベッドからすぐさま起き上がる気にもなりはしない。枕の横ではスマートフォンの、朝を知らせるアラームが鳴り続けている。
きっと、最近は暇だからだ、と思った。
いつもなら遅くても必ず返信を返してくれる彼が、最近返してこなかったり。
唐沢さんのプレゼン準備も一段落して、雑務ばかりだったし。
言い訳はいくらでも思いつくことができる。体が慣れたように五月蠅いアラームを止めると、気怠そうに起き上がる彼女の姿は酷く重たげだ。
まるで睡眠を全くとれていない、徹夜明けの仕事人のよう。
「(…準備しよ…)」
自分が何を思おうが、何を感じ、どんな気分で過ごそうが、一日はまたやってくるのだ。彼女の関係なぞお構いなしに。
そんなことは名前も十分頭では理解していたが、それでも体がワンテンポ遅れて動くのは感情のある人間であれば致し方ないことだ。
誰も、彼女を責められはしないだろう。
夢見が悪かったことを置いておいても、連絡の途絶えた恋人の存在は彼女の胸に痼りを残していた。
仕事が忙しくないのも、そういうことを考えてしまう理由の一つだろう。空っぽな脳味噌には余計な情報がだんだんとわき出てくる。
暇は嫌いだ。だからこそ、名前の指先はまた綺麗になっている。
彼女の暇つぶしは、とりあえず手先を動かすことなのだ。
だからこそ、仕事が欲しいと思い、上司に甲斐甲斐しく何かやることはありませんか、と聞いてはみるものの、笑顔で今はないかなと返されてしまう。
唐沢自身、仕事は作ろうと思えばいくらでも作れる状況ではあった。プレゼン準備だけでなく、自分の経費の清算やレシートの整理、いらなくなった資料の処分、その他諸々。
しかし、それを名前に頼んで欲しいと言われても、頼みはしなかった。彼女にとってはそれは喜ばしいことではなかったが、彼なりに相手のことを慮った結果のことだった。
ここ最近の名前は、明らかに働き過ぎな気がしていた。
そして、暇を嫌うように予定をいれて動いていたことも、唐沢が知ることだった。
だからこそ、今は確かめたかった。彼女にとって、今すべきことは何かを。
手持ち無沙汰な名前がやることはないがマウスをくるくると動かし始めた頃だった。
こんこんっというノックが二回鳴り響く。
来客はたまにあるが、大体は部長クラスの人たちがほとんどだ。金策の話と、こういう方向性でプロモーションするからここをプッシュしてほしい、とか。
でも大体は部屋のホワイトボードに予定が書いてある。しかし、本日のホワイトボードは夜の時間まで空白だ。
それをチラッと目の端で確認した名前は、誰だろうと思いながらも立ち上がり、部屋の扉を押した。
「久しぶりだな」
「…に、のみやくん」
彼女の開けた扉の先には、スーツを来た長身の男性が立っていた。名前の目がその人物の顔を見上げる前に、その立ち姿からすぐに分かってしまった。その黒いスーツが、ただのスーツではなく、今まで自分が着ていた、良く見慣れたスーツだったからこそ。
だからこそ、名前はその相手と目線は合わせなかった。
困惑と驚きの混じった彼女の顔を見たその長身の男性ー二宮 匡貴ーは、特に表情は変えずに、目線の合わない顔を見つめている。
その視線に気づいていない訳ではない名前だが、今視線を合わせたくないという感情の方が勝った。
「名前ちゃん、二宮くんに入ってもらっていいよ」
「え、いや…でも二宮くんは別に、部長に用事がある訳じゃないんじゃ…」
「いや、俺が呼んだんだ」
あまり動じることのない名前だが、この時ばかりは思い切り狼狽えていた。
いきなりの二宮の来訪には勿論、それを呼んだのが唐沢だということも困惑を増させる要因だった。
上司から言われたこともあり、通常の来客と同じように扉を開けきって中へ招き入れはする。その動作にはいつものようななめらかさはなく、少しぎこちなく見えた。
一方の二宮は招き入れられるとすっと中へ入り、唐沢の前へと歩を進める。
「お茶は、いかが致しますか?」
「いや、いい。名前ちゃんにも今から仕事があるからね」
座ろうともしない二宮に、彼女もお茶はいらないだろうと思いながらもとりあえず、と思い尋ねてみれば、予想外の「仕事」という単語。
それは二宮と関連のあることなのだろうか、来訪のタイミングからはそう勘繰る他ない。
「前から二宮くんから相談を受けていてね。隊の作戦室の整理について」
「!」
「名前のものもまだ残っている上に、他の隊員が破棄していいか困る物もある。それについてのことだ」
彼女の脳裏に、今日見た夢がフラッシュバックした。何かの予知夢だったのだろうか。久しく顔も合わせていなかった二宮に会ったのも、その二宮が作戦室を掃除するというのも。
彼女の顔は強張っていった。
「それについて、名前ちゃんの手を借りたいとのことだったんだ」
「っでも!…私はもう隊自体に近づくことを、許されてはいません…」
鬼怒田さんと根付さんの承認が必要なはずです、と語気を強めた彼女の声が、少し悲しげに震えて聞こえたのは気のせいではないはずだ。
唐沢はそんな様子の彼女を見て、内心哀れむと同時に、乗り越える必要のある問題だと、今までの自分の認識を改めた。