OLの徒然なる
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既に夜の帷が下りかけていた。外の風景がそれを知らせると共に、微かに感じている空腹もそれを知らせている。ソファから起き上がらずに、ちらっと別の机に腰掛けてまじまじと本を読んでいる様子を目に納めると、夜ご飯どうしようかしら―と思案し始めた。
家に帰って食べるのもいいけど、外食したいような気分もある…、こういう風に迷うのはあまりないことなのだが、ソファに身を預けたままだと思考も固まらないらしい。
そんな風に考えていると、作戦室のドアの前に誰かが来ていると、知らせる音が耳に入った。防衛任務の隊ならまだしも、基本的には夜まで残るのは集まって遊んでいる隊員たちか、ランク戦間近の隊員たちがほとんどの筈。自分の作戦室を尋ねてくると思しき人間の中に、それらに該当する人間はいるにはいるが、最近はその相手にもフラれっぱなしだ。
本を読んでいた双葉が、本をそっと閉じて机に置くと、ドアの方まで行ってくれた。おそらく自分に動く気が無いことを察してくれたのだろう。なんて優秀なのかしら、と内心思うばかりだ。自分の手料理は何でも美味しいと言ってくれるし。
「二宮さん、どうしたんですか?」
暫くして双葉の応答の声が聞こえると同時に、少し驚いて、微睡んでいた意識が現実に帰ってきた。軽く頭をおさえて、凭れていたソファから身を起こして身体を前のめりにすれば、ドアの隙間が少し見えた。私服だが、二宮くんと分かる。あの私服は何回か見た覚えがあるし、作戦室を訪ねてくる人間としては適合している。
「双葉、入ってもらっていいわよ~」
おそらく自分の許可を取りに来るであろう彼女の行動を先読みして遠くから呼びかけると、二宮くんと双葉が入ってくる気配がした。
いつものような不遜な態度や表情をした二宮くんが入ってきたが、なんとなく様子が違うように見える。まず、こんな時間に一人で自分の作戦室を訪ねてくること自体が異様ではある気もするけど。犬飼くんや辻くんを連れているなら訳も分かるが、一人、この時間というのは少し可笑しい。
「…私、先に帰ります。隊長たちはごゆっくりしていってください」
まぁ、こんな時間に二宮くんが来れば双葉も可笑しいと思うのは当然。空気を察した双葉は、机に置いていた本を忘れずに鞄に突っ込むと、あっさりとドアから出て行った。彼女なりの目上の人に対する気遣いだろう。ましてや彼と自分は勝手知ったる仲な訳だ。特に双葉が同席する必要も無い。
「突っ立ってないで座ったらどう?」
独活の大木とまでは言わないにしろ、ソファに腰も掛けずに突っ立っている180センチを超える男は少し邪魔くさい。促してみると、ぼすっという音と一緒に深く沈みこんだ。
こちらを向いているその顔の表情は読みにくいように見えるはず、知り合い程度なら。
しかし、流石に少し付き合っていると微妙な差分が分かるようにはなってくる。今は、落ち込んでいるだろう。
「それで?もしかしてご飯でも作って欲しくてきたの?」
「お前の恐怖の料理は食わない」
「冗談を真に受ける男は好かれないわよ」
少し表情が強張った。ムカついたというよりは、図星を突かれたような顔に感じる。
大体二宮くんが私を訪ねる時の話題は共通している。名字ちゃんの話か、ご飯の誘いか、トリガーの開発関係か。ご飯に関しては隊員を連れていないということは可能性として低い。別に二人でご飯を食べに行かないわけではないけれど、わざわざ作戦室に来てまで誘うような人間ではない。よって、名字ちゃんの関係ということは確定ね。
この男が感傷に浸っているような顔をしているときはそれに決まっている。案外、というよりも分かり易すぎて笑ってしまうくらいだ。
「まぁ、意地悪はこれくらいにしておくわ。私、最近は名字ちゃんとあんまり会えてないわよ、ここ2ヶ月くらいは」
「それは知ってる」
「知ってて訪ねてくるって性格悪いわね、二宮くん」
「知ってるから、今度名前のことをドライブにでも誘ってやれ」
「…もしかして、名字ちゃんとドライブに行ったの?」
こういう時に二宮くんの言葉からついて出てくるのは、核心に迫る事柄。いつもならドライブにーなんて言いもしない癖に、言ってくるのは具体的な事をしたから。で、その事柄の中で、何かあったからというのが相場。
いつも見抜かれて最後には言う羽目になるのだから、さっさと言って欲しいとは思う。ある意味これも通過儀礼的なものだとでも思っているのかしら。
「…行った。そうしたら、アイツの彼氏と会った」
「あら、修羅場じゃない!それで、二宮くんはどうしたの?」
そんな面白いことになっていたなんて思いも寄らなかった私は、自分が想像していたよりも興奮した声をあげてしまった。二宮くんの表情に動きはなかったのは、おそらくこういうを反応を予想していたから。何度も恋バナを振っていたら、私の反応にも慣れるでしょうねぇ。本人は恋バナと思っていないところが実はミソなのだけど。
ただ、その後の話を聞くと、この時表情が変わらなかったのは、彼が思っていたよりも思い悩んでいたからだと知る。
「え…既婚者だったの…?」
肯定も否定もしない彼の反応は、要するに肯定を意味している。正直、開いた口がふさがらないほど吃驚。いつもドライブの時には、名字ちゃんから嬉々として語ることはなかったけれども、私がしつこく聞けば少し照れくさそうに話してくれていたその相手が、まさか既婚だったなんて。ふと、彼の部屋は男性の割にこざっぱりとしているのだ―と語ってくれた彼女の言葉が蘇る。合点した、その所謂元彼は、単身赴任していたんだと。
その場に居合わせる二宮くんも悪運が強い、というかなんというか。
「…でも、私はよかったわ。そんな男、更に長く付き合っていたらもっと酷いことになっていたに決まってる」
「そういう台詞は、アイツに言ってやれ」
「言ってやれ、じゃなくて。言ってくれ、の間違いでしょ?」
名字ちゃんの元彼の状況証拠に合点がいくのと同時に、今日こんな時間に彼が私を訪ねた理由もわかった。分かり難いようで、やはり分かり易い男だ。案外一途だし、私からした犬のようにも見える。今は差し詰め、傷心の飼い主を慰める大型犬という感じかしら。
「ほんと、二宮くん名字ちゃんのこと好きねぇ…。邪魔者も退場したんだし、ライバルが動く前にさっさと奪っちゃえば?」
膝に肘を置き、頬杖をつきながら前屈みの姿勢で目の前の男を見てみるが、何故か眉間に皺が寄っている。その表情のまま、長い足を組み替えている。
「…ライバル?」
は?と思わず言ってしまった口。眼前で真面目に悩んでいる二宮くんの表情に、思い切り間抜けな顔を晒してしまった。まさか、東さんのことに気付いていないとは思っていなかったので、それは驚くに決まっている。特に名字ちゃんのことを好きで、よく見ているなら知っていて当然だと思っていたから。だって、人間誰しも誰かを好きになったらその人の周辺関係に目を張り巡らすものでしょう?この人と仲が良いのか、とか、アイツはライバルかも、なんて。
二宮くんに東さんの話、した覚えがあったのだけれど、と頭を捻ってみるが、それは間違いだった、とすぐに気付いた。
(東さんに二宮くんのこと、面白半分で言ったんだっけ…)
多少、二宮くんのことを哀れに思ってしまった。自分の所為なのだけど、まさか自分のことで内心ではあるけれど二宮くんに謝ることがあるなんてね。言葉には絶対出さないけど。とりあえず、目の前で少し戸惑っている哀れな二宮くんに、東さん、と一言だけ言ってあげた。
今までに無いほど目を見開いた彼の顔は、正直に、正直に言って笑いを堪えられないほどの面白さだった。
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