OLの徒然なる
名前変換
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隊の作戦室の応接部分に備え付けらたソファに腰掛ける東の表情は、端から見ていた隊員には伺いしれなかった。
深く腰掛けたソファで、背を凭れるではなく、まるで作戦を練っているときのように、膝の上に肘を置き、組まれた手で自らの顎を支えている。
視点はやや斜め下で、何もないテーブルの表面を眺めている―ように彼らには見えた。
「…東さん、一体どうしたんだ?」
「…いや、さっきまでいた摩子さんにも聞いたけど、最初からこんな感じだったらしい…」
「摩子さんはちなみにどこへ…?」
「自分用のお菓子がなくなったって、買い物に行った」
こちらの男子たちよりも、オペレーターの女子の方が随分肝が据わっているらしい。一目見たときは驚いたが、寡黙な隊長のことだ、何か考えているのだろう、程度に思って足りない物を買いに行ったという。そんな女子に置いて行かれた男たちは、只ならぬ隊長の様子をこそこそする必要もないのに壁の向こう側からのぞき見るようにしている。
この時もいつも通りの東なら、何やってるんだと軽く笑いながらツッコんでくれるのだが、何もしてはくれない。むしろ、自分たちがこんなことをやっている状態に気付いてすらいない、というのは通常の東ならあるまじきことだ。
そんな彼らの意中の東は、先程の廊下での邂逅を思い出していた。
すれ違った彼ら―二宮と名前の様子を見た東は、彼女の接触禁止が解かれたことをすぐに察した。直接、その旨を彼女や禁止を出した張本人から聞いたわけではなかったが、沢村から聞いてはいた。沢村も決して口が軽いという訳ではなかったが、事情を知っている東に多少なりとも名前のことをフォローしてもらいたい、という親切心があったのだろう。そういう意味でも、沢村にとって東は頼りになる男ではあった。
実際、それを聞いた東が直接的に彼女に働きかけたかというと、そういう訳ではなかったが、諏訪や冬島、太刀川などに麻雀を提案しては面子に名前を加えてもらったりという間接的な働きかけはした。それを彼女が察していなくても、東のその思い遣りは好意からくるものに他ならない。
ただ、その好意からの思い遣りには限界があることは理解もしていた。
鳩原とは関係の深い人間で、名前とも関係があって、鳩原の犯した事を知っていたとしても、東は当事者たり得なかった。当事者ではないからこそ、根本的な解決に導いてやることはできないのだ。
自分が彼女を、そういった泥の沼の中から救い出す存在になろうと、そんな傲慢なことは彼に思い描くことは出来なかった。
それでも、自分の思いと行いに気付いて欲しいと、そう思うことは、通常通りの自分ではないと本人が一番自覚している。
(―我ながら嵌まってるな、色々と)
そこまで彼女に執着していると、自分でも気付いていなかったのだ。ゆるゆると近付き、徐々に存在を残していければ良いと思っていた。
だが妙に焦り、逸る気持ちが生まれた訳も、東自身で把握はしている。把握はしているが、こういうのは相手もあることだ。しかも、相手とは、名前だけではない。
二宮が名前に想いを告げた、というのは加古から聞いたことだった。加古と二宮がどういう話の展開で、この話題になったのかについても気にはなったが、当時は驚きで聞くことも忘れていた。二宮の気持ちが名前に向いていたことに対する驚きではない。二宮がそういう行動を起こしたことへの驚きだった。
(せめて、二宮が名前の手を…引いてなければな)
そう、結局は安っぽい嫉妬だ。思考を有耶無耶にして、複雑化しようとしても、答えは単純なものだ。自分が出来なかったことを、やってのけてしまう彼に、嫉妬している、それだけだ。
東隊を抜けて、二宮の立ち上げる隊に行くという報告を受けた時もそうだった。
名前のキャリア的には新しい隊で新しいことをやる、下から上り詰めるそういう経験も大事だ。しかし、それはあくまでも『先輩』としての意見であって、個人のそれではなかった。
その時、きっと上手く彼女を言いくるめる言葉もすぐに考えられた筈だったし、彼女の意志を覆すこともそう難しくもなかったろう。
だが、感情を押し殺して出せる筈の言葉が、その時は全くといって出てこなかったのだ。
暗く、重みのある感情が心の臓からゆっくりと沁みだしてくるような感覚を覚え始めた頃、甲高い電子音が東の鼓膜を貫いた。
視点の定まらなかった瞳に意識が戻りだし、ズボンの左ポケットに入っていた携帯電話の振動を止めた。
このアラームは、自分が時間厳守の為に設定していたものだ。要するに、隊の作戦会議の開始時刻5分前を知らせてくれている。
ふぅ、と一息吐き、顔を上げると、ちょうど人見が買い物袋を提げて扉を開けていた。
覗き見るようにしてそれを確認していた小荒井と奥寺は、東とは違う、ほっとしたような息を漏らす。逆に、その様子を見ていた人見は、ずっとこの状態だったのか、と三者を見て多少呆れているようにも見える。
もうこの時間なら全員揃っているだろう、と思い辺りを見回せば予想通り、隊員二名も後ろの方に一塊になっている。その様子から、自分の集中の深さに苦笑しかない。
気を取り直してソファから立ち上がり、じゃあ作戦について話し合おうかと呼びかけた。