OLの徒然なる
名前変換
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ぐっと引っ張られる腕と、そこまで速くはない足取りについていけていない縺れた足がそれを物語っている。
本当は、行きたくない、と。
それでも握られた手首は緩まないし、ぐんぐんと進んでいく。
「っ、二宮くん!ちょっ…待って、自分で行くから…」
「作戦室じゃない。外に出るぞ」
「…作戦室じゃないなら…」
どこへ、という言葉は口の中で止まった。曲がり角から出てきた人と、二宮がぶつかりそうになった驚きからである。ただ、その後も口を噤んでいたのはぶつかりそうになった驚きからではなく、ぶつかりそうになった対象が理由だった。
「おっと…そんなに急いで、どこへ行くんだ?二宮」
「…お疲れ様です、東さん。野暮用とやらで」
一瞬ぶつかるかと思ったが、どちらかというと東が角から誰かが来る、と音で察知していたよう。歩調を緩めていたらしく、ぶつかることはなかったが、どことなく険しい顔をした二宮と腕を引っ張られる名前を見たら、呼び止めずにはいられなかったらしい。
いつもの穏やかそうな顔は、少し訝しげに眉を潜めていた。
「…とりあえず、名前を掴む手を緩めてやれ。手の色がなくなってるぞ」
東が視線を落とした先の、二宮に掴まれていた彼女の手は、確かにいつもよりも色を失って白くなっている。それは、明らかに二宮が手首を強い力で掴んでいた所為だと分かる。返事はしなかったが、そのまま言われたとおりに自分の右手の力を緩める二宮だったが、手首は緩く掴んだままだ。
じんわり、と手のひらに血が巡ってくるような感覚がした。
東を見ればいいのか、二宮を見ればいいのか、悩む名前は自分の手のひらを見つめる。
東と会うのは、あの時以来だ。それ以降は麻雀もなかったし、今の現状になってから麻雀面子以外からの飲み会や食事の誘いは友人といえる人間としか行っていなかった。要するに、極力隊員との接触は避けていたから。
彼女自身は言いふらすつもりもないので、誰かに話はしなかったが、東は彼女にかけられた制約を知っていた。だからこそ、彼も彼で極力誘いはしなかった。事実として、麻雀やご飯などは他の隊員から誘われたものがすべてだった。
「お、疲れ様です、東さん…」
「お前も何やら大変なことになっているみたいだな」
潜めた眉をハの字に少し下げると、困ったように苦笑いをする。
事情をすぐに察したようだったが、それでも二宮が掴む彼女の手首は頂けない。そんな微妙な感情の中だったが、事情が事情だ、ここは自分が引かなくてはいけないだろう。
そういう分別の良さと、内部事情を良く知ってしまっていることが仇になっているな、と自分でも内心思う。
本当は、どこに行くのか等々を問い詰めてしまいたのだが。
彼女の表情を見れば、そんなことも言えなくなる。
今の名前の顔は昔の名前からは想像出来ないほど、情けない顔になってしまっている。
(鳩原の一件から、目に見えて名前の様子は変わった…)
こんなことになると分かっていたら、ずっと自分の手元に彼女を置いておくべきだった。つまらないたらればだとは分かっていながらも、そう思わずにはいられない。
一方の二宮は、彼女の手を引きながら自らのポケットのキーをかちゃかちゃと触っている。
先を急いでいるのだというサインかと思われる。
「…では、失礼します」
「優しくしろよ、昔からお前は名前への当たりが強い」
「、今はむしろ逆ですよ」
当て付けのつもりで、すれ違い様に出した言葉に返答はないと思っていたが、予想と反して返ってきた。
すっと横を通り過ぎる二宮の後ろを、先ほどよりも足取りが軽くなったように思える名前がついて行く。東と出会ったことによって、少し気が紛れたらしい。偶々通りがかったのも、名前にとっては運がよかったらしいな、と少し安心する気持ちと、あんな二人と出会したくなかったという複雑な感情が、廊下の角で立ちすくむ東の胸に渦巻いていた。
二宮が名前に優しくなったなんていうことは、東自身も十分分かっていた。二宮は名前を認め、名前も仲間として二宮を信頼していた。
そして、自分の隊へと引き抜いていったことがそれを物語っている。
二宮が、名前のことを良く評価し、自分に必要な存在だと理解したと。
(俺も、冷静ではいられなかった…ということだな)
通り過ぎるときの、名前の苦笑いが頭に浮かぶ。
ふぅ、と小さな溜息が人気のない廊下に漏れた。