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ネヴァ

「ねぇ、賢太郎。明日ともにお線香あげてもらってもいい?」

 部屋に入ってからそのまま自分のベッドに寝転んだ春人が枕に顔をうずめたまま云った。

「あぁ」

 勉強机に、ベッド、小さな本棚に、ハンガーラック・・・。春人の部屋はごく一般家庭の子供部屋のようだった。
 しかし、この部屋の時間はきっと部屋の主が旅立ってから止まったままだったのだろう。ハンガーに掛かっている見たことのない学生服や床に転がっていた型遅れのスポーツバッグがそれを物語っていた。この部屋の有様から春人がどれだけ長い時間家に帰って来ることができなかったのか、そしてあの心優しい中年夫婦がどれだけ春人の帰りを待ち望んでいたのかが手に取るようにわかった。階下からテレビの音にまじって春人の両親の笑い声が遠く聞こえる。

「きっと、ともも喜ぶよ。」

春人は相変わらず枕に顔をうずめたままだ。俺は彼の寝転がっているベッドに腰掛けた。木組みのベッドが少し軋む。

「このベッドね。元は2段ベッドだったんだよ。昔はこの上にもう1つベッドがあったんだ。・・・、こんな話、せっかく賢太郎が来てくれたのにすることじゃないね。」

 ごめんね、とやっと枕から顔をあげて俺を見た春人が困ったように微笑む。俺は彼の髪を梳いて深呼吸する。覚悟が必要だった。

「春人、今日はくだらない話をしよう。お前の弟や、清史郎・・・」

 春人は大きく目を見開くと、悪戯をする子供のように片方の口角だけあげてニヤリと笑う。

「鉄平や、茅のお話・・・?それだときっと一晩じゃできないね」

「あぁ、とても一晩じゃできないな」

 声を立てて春人が笑う。俺も笑った。あの時とは違う。俺達はもう俺達の胸を痛ませる名前が俺達を傷つけるだけでないことを知っていた。そして重いものを一人で持ち続ける必要がないことも知っている。

「まずお前の弟の武勇伝をしてくれ。明日、線香をやるときまでにお前の弟のことをもっと知りたい」

 揺れたカーテンの向こうから白い点となっている星々が見えた。明日はきっと綺麗な朝日が見られるだろう。
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