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厨番長童子切



暑い。たらりと汗が滴り落ちて、耕したばかりの土に吸い込まれていく。九月になったとはいえまだじっとりと夏の暑さは続いていて、首にかけていた手ぬぐいで垂れてきた汗をぬぐう。ふう、とひとつ息を吐いてクワに寄り掛かった。

「…………、」

正直に言うと、畑仕事は多分、苦手だ。それでもまだ頭数の少ない本丸で、わがままは言えない。それに”ここ”を活用しなくてはいけない、と覚悟を決めたのは自分なのだ。なら、弱音を吐かず、投げ出すわけにはいかない。
ぐい、ともう一度手ぬぐいで汗をぬぐって、休んでいた作業を再開する。ミーン、ミーンと、蝉の声が木霊していた。

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「今の本丸の財政状況は…こんな感じですね」

ぺらりと帳簿をめくりながら説明をしてくれたのは、勘定番長である堀川国広だった。その説明を受けて、童子切は表情を曇らせる。六月に運営を初めた本丸の家計は、今や火の車といって差し支えない状況だった。理由は明白。百鬼夜行。政府の開いた疑似戦闘フィールドである平安京、そのサーバーの維持に資金が必要であったからだ。そしてこの本丸——浜茄子の本丸は、本丸に備蓄していた小判の凡そ八割を割いて百鬼夜行を捌いていた。

「あと…」
「…まだ、何か…?」
「あ、えぇと主さんが、えぇと…手形?を買っていたなって…」
「…私財を、投じていたと」
「うん…」
「そうか……」

そこまでして、何故。「童子切安綱 剥落」を求めていたのだろう。以前聞いてみたが、会ってみたかったとそれしか答えてはくれなかった。……百鬼夜行は、八月になると発生する。そしてそのたびに、戦鬼という化け物から削ぎ落すたびに『わたし』の同位体は顕現すると聞いていた。だから、何故そこまで無理をして——…と、自分のせいで本丸の家計に痛手を負ったことに、内心申し訳なさが募る。
視線を落として少し暗い表情をしている童子切に、慌てたように堀川がフォローをいれる。

「あっ、でも、その。今は残りの部隊が遠征に行ってくれていますし、大丈夫ですよ。主さんと調整しましたし、ちょっと時間はかかるけど…心配しないでください」
「だが…そちらに戦力を取られて、戦線の開放が進んでいない…と、聞く。墨俣…?の突破が遅れているのだろう」
「それを言われちゃうと痛いなぁ…」

今現在、髭切や石切丸、へし切長谷部といったこの本丸でもトップクラスの戦力が遠征に出払ってしまっているのだ。なんでも、遠征に行くには下限練度というものが設定されているらしく。そしてその主戦力が抜けた本丸では、新たな戦場にくり出す事は難しい現状であった。
人数の少ない本丸においては、番長といえども兼業任務がかせられている。まだまだ練度が低く、顕現して日が浅い童子切は本来ならばもう少し人としての生活のサポート要員がつくはずだったが…童子切本人が、人の生活を送る事に馴染むのが早かったため、そこに掛けられたであろうコストも今や別の仕事をしているとなれば、忙しさは伝わるだろうか。

「……」

堀川との会話を終えて自室に戻る道すがら、考える。本丸の運営で手一杯の現状、あまり食事に金子はかけられない。だが審神者やみなの食事を作ると決意した手前、毎食米と味噌汁だけといったひもじい思いはさせたくない。自室の障子を閉めながら、文机に放り出してあった番長支給のタブレットの電源を付けて万屋のホームページを開く。(……何故か、タブレットの使い方も苦戦しなかったのだ)
ぼうっとそれを眺めていて…ある項目で目が留まった。

「うどんが…安い…」

この暑い時期だからか、そばや素麺といった麵の類がセール中のようであった。その中でも特に、冷凍のうどんが安い事に気が付く。購入制限はなし。しかもうどんに限らず、購入した食材を万屋に取りに行けばその分値引きをしてくれるとも書いてあった。

「……」

すっと立ち上がる。そして頭の中で本丸掲示板の札——今本丸にいるものの中で、手を貸せる余裕があるものをピックアップする。




今日のごはんは、おうどんだ。








どさり、と網籠一杯に摘んできたトマトやオクラを厨の入り口におろしながら、童子切は深く深く息を吐く。

——…疲れた


正直に言うと今もう汗を流して扇風機というものの前で眠ってしまいたい。そのくらい疲労に苛まれていたが、まだようやく下準備の準備が整ったくらいだ。このくらいで、弱音を吐くわけにはいかない。一度着替えのために自室に戻って内番着を新しいものに着替えると、たすき掛けをして身支度を整える。
そして厨へと赴くのだ。

籠に入ったオクラを流しの洗い桶の中に転がしてまずは水に浸す。軽くもみ洗いをして、オクラの産毛を擦り取ると、まな板の上に並べる。そして次はオクラのヘタを包丁ですとんと切り落とす作業だ。この時、ガクごと落としてしまえば時短になって楽なのだが、本丸内の畑で採れたてのオクラがよもや古くなって筋張っていようはずもない。そこで丁寧にヘタを落として、ガクを剥くのだ。……とはいえ、流石に疲れたので、丁寧にやるなら塩もみする工程を飛ばそうと思う。沸騰させた鍋に小さじ1杯ほどの塩を入れ、切ったオクラを鍋に入れていく。箸でひっくり返しながらまんべんなく火が通るように茹でていき、鮮やかな緑色になった頃合いでざるに上げる。それを流水で冷ましながら、鍋とざるの間を交互に動く。その繰り返し。
オクラがこんもりと積みあがる頃、最後の分を流水で冷ますと、軽く水を切ってキッチンペーパーで一本一本丁寧に水気を拭う。
これで、オクラの下ごしらえは終了だ。あとはこれを輪切りにする。とん、とん、と小気味よい音が心地よい。切ったオクラをボウルに移しながら、またもう一本、もう一本と刻んでいく。視界の端で西日がちかりと瞬いた。もうすぐ、遠征部隊も第一部隊も帰ってくるだろう。戦果と資材を携えて。そんな疲れた彼らを出迎えるのなら、食べやすいものがいいと思った。

「童子切さん!たっだいま~!」

ひょこりと厨の入り口に顔を見せたのは、お遣いを頼んだ秋田藤四郎であった。その後ろからひょこ…と、控えめに顔を覗かせるのは小夜左文字、そして、山姥切国広。お遣いを頼んだ三振りが帰って来たらしい。おかえり、とこちらも小さく答えた。

「うどん、冷凍庫にしまっておきますか?」
「あぁ……、夕餉の分だけだして、あとは冷凍庫でいい」
「わかりました!」

いそいそと袋いっぱいに詰め込んだ冷凍のうどんを冷凍庫に入れていく。その後ろ姿を見ていると、自分のすぐ隣でもふりとした青い髪が揺れ動いたのが見えた。

「それは……何…?」

隣に立った小夜が、興味津々といった様子で刻んだオクラを見つめていた。これは——と童子切が口を開いた。

「これを、刻んで。さっき買ってきてもらった納豆と混ぜる。茹でたうどんの上に乗せて、カットしたトマトと、卵を落として……スタミナそば、というものの、うどん版だ」
「それで、うどんなんだね」

よくよく気配を辿れば、後ろに控えている国広もまた声に出せていないが興味があったらしい。視線を感じる。必要な物だけ置いてうどんを仕舞い込んだらしい秋田もまた、そわそわとした気配をさせている。童子切は少し思案して、三振りにお願いをした。

「時間が、あるのなら…納豆を混ぜていてほしい。わたしは、うどんを茹でておく」
「はい!」
「うん、わかった」
「…ああ」

水を湛えた洗い桶の中に、ざるから移したトマトを浮かべながら大鍋の準備をする。火にかけ、ひとさじ塩を入れておき蓋をしてグラグラと沸騰するまで待つ間、洗ったトマトを六つにカットしていく。トマトを切りながら待っていると、ちょうど切り終わったくらいのタイミングで大鍋が沸騰した。蓋を開けるとむわりと湯気が厨を満たす。冷凍のうどんを包装から取り出すと、鍋の中にぽちゃんと投入する。その瞬間沸騰していたお湯が冷やされて静かになるが、これでいい。このまま静かに一分ほど待たなくては、無理にほぐそうとすると麺が切れてしまうのだ。
一分しっかり待って、菜箸でほぐしていく。ここからまた時間の勝負になる。今度は茹ですぎるとうどんがふやけて、美味しくなくなってしまうからだ。急いでほぐすと鍋からざるに移し、流水で洗っていく。少し、手が熱かった。うどんが冷えたらざるとボウルを重ねてもみ洗いし、うどんからぬめりをとっていく。そして最後に…と、冷凍庫から氷を幾つか持ってきてボウルの中に浮かべると、氷水とうどんを馴染ませて、しめる。そしてしめたうどんから水気を切る為にざるを軽く振れば、おしまい。
後ろの棚から器を人数分取り出して盛り付けると、あとはこの繰り返しだ。うどんをつるりと器に滑らせると、納豆を混ぜていた秋田がわぁ…!と目をきらきらと輝かせる。

「すごい、まっしろできれいですね!童子切さんみたいです!」
「え……」

自分の身なりを思わず見遣る。確かに先ほど着替えたから土汚れなどはなく、真っ白な出で立ちだが、うどんに例えられるとは思ってもいなかった。困惑しているが、秋田はニコニコとした笑顔でいるので、多分色からの連想だけだろう。深い意味はないと思うことにした。
うどんを鍋からざるに移し、また氷水でしめる作業をしようとしたところで、すっと手が前を遮る。布で表情が見えづらかったが、国広が制していた。

「やる」
「え」
「やる、俺が。…あんたはそっちをしてくれ。俺はできないから」

ちらりと布の奥、金のカーテンのさらに奥から翡翠の瞳がまっすぐこちらを見つめている。答えに窮していると、すっと指をさされた。国広は、童子切の手を指していた。

「あんた、手が赤い。…火傷しただろう。さっき氷水を触っていたから冷えたかもしれないが…痛むだろう」
「……え?」

そう言われてはじめて自分の手を見てみて、赤くなっていることに気が付いた。国広の言う通り、火傷だった。多分さっき熱い、と感じた時には火傷をしていたのだろう。自覚すると微かに痛む感覚に気付いていく。このくらいなら、平気だとそう答えたが、国広は頑固であった。しぶしぶ譲って、うどんを茹でる事に専念していく。
いつのまにか、小夜がオクラを茹でたうどんの上に盛り付ける作業をしてくれていた。その隣で秋田が混ぜた納豆をオクラの側に添え、国広がしめたうどんを器に盛り付けていく。外がにわかに騒がしくなった。部隊が帰還し始めたのだろう。ちらりと見上げた時計が刻んだ数字は、とっくに六を回っていた。うどんを盛り付け終えると、あらかじめカットしていたトマトを乗せる。たまごに関しては、半熟と生を選べるようにしておこうと思った。卵を茹でながら、その間に最後の仕上げをする。とはいえ、こちらも簡単だ。こだわるのならば椎茸から採った出汁でめんつゆを作るという選択肢もあるのだが、今回は時短と節約も兼ねているのでめんつゆだ。余っためんつゆは、今度煮物にでも使えばいい。業務用のめんつゆをとぷとぷとうどんの器に注いで、お好みでわさびも出しておく。ゆでた卵と生卵を準備して、小夜に運んでもらい、秋田と国広に頼んで器を食堂として使っている広間に持っていく。
軽く汗をぬぐった部隊から順に入ってきて、破顔した。

「おや…今日はうどんなんだね。美味しそうだ」

石切丸がほほ笑みながら席に着く。その隣でお腹を鳴らしている髭切と、僅かに桜を散らしている長谷部。出陣部隊も帰ってきて席に着いて、今日の夕餉を前に疲れた顔に花が咲く。
蜂須賀と共に仕事をしていた審神者が、最後に広間に入ってくるとわぁと声を上げた。

「今日はおうどんなんですね、童子切さん」
「ああ。……今、思ったのだが…あなたは、嫌いな物はなかったか…?」
「え。全然大丈夫ですよ。嫌いな物はないので…」
「そうか…それなら、いい」

ストンと席に腰を下ろして、審神者の号令を待つ。いただきます、という合図と共に響いたいただきます、という声。
氷水で冷やしてコシを保ったうどんは、冷凍ながらにもちもちと歯ごたえがあり、納豆とオクラのねばねばに絡んだめんつゆと共に口に含むとオクラのしゃきりとした食感が心地よいアクセントとなる。誰かがぱきりと割った卵を落とすのにならって卵を落として混ぜると、味がさらにまろやかになった。卵を割らず、わさびのきりりとした風味とめんつゆの味で楽しんでいるものもいる。つるりとなめらかなうどんはあっという間に器から姿を消して、器に残ったオクラと納豆、卵を前に少し物足りなさそうにしていた和泉守に、替え玉も茹でてあると一言声を掛けるとほんとか!?といいすぐさま席を立った。その隣ですっと席を立ったのが大倶利伽羅。彼も物足りなかったらしい。そうして何人かがおかわりをして行くのを、細めた瞳で見つめながら童子切はするりとうどんを啜る。もち、もちと食べていると。隣に座っていた小夜がそっと器を近づける。

「これ…」
「?」

す、と童子切の器に移して来たのは一切れのトマトだった。口の中にうどんを頬張っていたため、喋れずに首を傾げて問いかけると、あなたが一番頑張っていたから、と小夜は答える。それならば、と。小夜も手伝ってくれた。と口の中を片づけてから困ったように口を開くと、いいんだと小夜は突っぱねた。

「僕は、これで十分。飢える事はないよ、あなたのおかげで」
「だが…」
「食べて、ゆっくり休んで。後片付けくらい、僕たちに任せてよ」
「……、わかった」

そう言っていつも後片付けは変わってもらっている。曰く料理が出来ない分、片づけくらいはさせてくれとの事だったが、まだ慣れなくて落ち着かない。けれど、気を遣ってもらっているのだということは、わかった。ぎこちなく頷くと満足したように小夜は小さく微笑んだ。








リーン、リーンと虫の声が響く夜。小さく開けた障子から月光が射し込める部屋の中で、敷いた布団の上に眠っている刀が一振り。
ごろんと寝返りを打った童子切は、んん…と微かに寝言を呟いた。



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「——————…り、おい、童子切!」

はた、と顔を上げる。じりじりと暑い日差しの中に立ち尽くしていたらしい。きょろきょろ、と辺りを見回すとぽすり、と頭の上に何かをかぶせられた。

「全く。お前は何度言ったら覚えるんだ。外に出るときは帽子を被れ、長時間外に出るな!鋼の身であった頃とは違うのだぞ!」

はぁとため息をつく誰かは逆光に隠れて、わからなかった。赤い服を着ている事しか。しぱしぱと目を瞬かせていると、なんだと声をかけられる。

「どうした。この俺に見惚れでもしたか」
「…いや、そうではないが——…」
「そこは素直に見惚れたとでも言っておけ!…と、違う。そうではない。こい、童子切。今お前は非番だろう」

ぐい、と手を引かれて有無を言わさず連れていかれる。履物を脱いで縁側から上がって、とすとすと足音を立てながら向かった先は……厨だった。

「おい、連れて来たぞ」
「あぁ、いらっしゃい。童子切くん ・・

振り返ると小皿とお玉を片手に、鍋の前にいた燭台切がこちらを振り向いた。厨などに、何の用事が…?と首を傾げていると、燭台切から小皿を受け取った赤い誰かがん、と小皿を差し出してくる。目をまあるくしながらそれを受け取って、これは?と問いかけた。

「味見だ、飲め」
「味見……?」
「そうだ」

目の前の男と小皿に交互に目を向けながら、やがて小皿に視線を落とす。そしてそっと口を付けてこくりと飲み込むと、優しい醤油の味が胃の腑に広がった。

「……あたたかい」
「そうか」
「よかった、どんな風にあたたかいのかな?」
「え…?…………腹に、染みる感じがして……胸が、落ち着く……?」
「そうか、快だったんだな」

その答えにこくり、と頷く。男が自信ありげな様子で口角を上げて、そうだろうそうだろうと満足気に頷いた。

「よかったね、———さん」
「全くだ。———は今日の厨当番を張り切っていたからな」

ひょこり、と暖簾をくぐって顔を見せたのは緑色の髪の男だった。鶯丸!と男が声を上げる。そのまま赤い男と緑の男がやんややんやとじゃれているのを見つめていると、視線に気づいたのか赤い男が咳払いをして居住まいを正す。

「ともかく!……それは、『美味い』という感覚だ。『美味しい』ともいう」
「…『美味い』と、『美味しい』…?」
「ああ。俺たちは刀だが、人の身を有して顕現した。刀剣男士は最悪霊力さえあれば身体は持つが、本丸に巡る霊力を吸って育った野菜や、食物から霊力を補給するのも大事な事だ。それを忘れるなよ」
「……わかった…?」
「本当に分かっているのか?」

ふふ、と燭台切が笑う。頭をかいて童子切を見つめている赤い男と、そんな赤い男と童子切を面白そうに交互に見つめている緑の男と。




——————還りたい、と。ぎゅっと傷んだ胸の痛みを童子切は「悲しみ」だと知っていた。







まだ暗い中、起き上がった童子切は呆然としている。布団はまだ温かく、眠いと思考の端が溶けているのにどうしても、胸が苦しかった。

「……わたし、は…」


もう思い出せない夢の記憶。布団は温かいのに、隙間風の冷たさが心をも冷やすようだった。
ぽろりと零れた涙を知る者は、誰もいなかった。





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