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厨番長童子切



しん、と冷え切った空気が肌を刺す。それから逃れるように布団に潜り込もうとして、じわりじわりと意識が浮上していく。うっすらを開けた瞳は紅く縁どられた中に、一粒落とされた真珠の色。

————…今は、何時だろう……。眠い目をしぱしぱと瞬かせながら、枕元に置いてあった時計を見る。五時。ちょうど、起きる時間だった。のそのそと布団から這い出し、寝間着の上に薄手の上着を羽織る。若干冷え性の気があるらしく、これがない時は寒くて寒くて、水に触るとその冷たさが辛かったのだが、これのおかげで寒さに震える事は減った。

明け方とはいえ、外はまだ暗いままだ。十一月ともなれば、日がだんだんと短くなっていて、六時でもまだ真っ暗だった。それでも、この時間に起きる理由があった。
障子を開け、音を立てぬよう隠蔽を最大に駆使して縁側を歩いていく。向かう先は———…厨だ。



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彼の朝は、早い。厨に辿り着くとまず、業務用冷蔵庫——人数が多いので、もっと大きな特注品だ——の野菜室を開ける。中には先日、暇な時に芯を繰り抜いてキッチンペーパーを詰めた、まだみずみずしいレタスが沢山ポリ袋に入っていた。今日は、これを使おう。幾つか丸ごと取り出して、流しに置く。そして大きなボウルに並々と水を入れると、キッチンペーパーを外して一先ずぷかぷかと浮かべておいた。これは、後で来る手伝いの刀に任せよう。
さてレタスを使うのなら献立は……と考え、手軽さを重視しモーニングプレートにしようと思い至った。となれば、卵とベーコン、もしくはハムだ。人数分あるか在庫を確認…する前に、フライパンを三つほどコンロの上に並べて少し油を敷いておく。そして火をつけると、油が馴染むようにくるりとひとつ回した。
改めて、カウント作業に戻る。ひとつ・ふたつ・みっつ……口に出しながら作業スペースに並べていく。きちんと全員分あるのを確認すると、小さく結ばれていた口元がふっと和らいだ。これで足りなかったら自分の分を…と、差し出すのは簡単だが、それをすると審神者は悲しそうな顔をするのだ。数か月前ならいざ知らず、今それをすると多分他の刀にも叱られる、というのは自覚していた。

卵とベーコンを並べると、次は…と後ろの棚を振り返る。丸ごと一斤の食パンが七つほど並んでいた。若干心もとない数ではあるが、何も食パンに限る事はない。ロールパンの在庫はまだあるのを確認したので、選んでもらうのもいいだろう。とりあえず、6枚切を想定して食パンを専用のナイフで切っていく。

かち、こちと壁掛け時計が時を刻む音だけが静寂に響いている中で、遠くからとす、とすと足音が鳴っているのにふと気づいた。

くるり。振り向くと厨の入り口でおはよう、と蜂蜜を煮つめた飴玉のような目が細められる。

「……燭台切、か。おはよう」
「おはよう、童子切くん。相変わらず朝早いねぇ」
「童子切さん、おっはよー!」
「おはよう、旦那」

燭台切と呼ばれた男の後ろから、小柄な影がひょこりと二つ顔を出す。乱、薬研…おはよう、とぽつりと返すと、薬研は早速腕まくりをして流しの前に立つ。

「おっ、今日は洋風か。こりゃいい、俺っちは何すればいいんだ?」
「そこの…レタスを、千切ってくれ」
「分かった。盛り付けは——…」
「まだ、出していない。…乱、プレートを出してくれ」
「はーい!ボクにお・ま・か・せ♡」
「よろしく頼むよ。僕は何をすればいいのかな?」
「卵焼きを…」
「ハムエッグかな?卵を割って、ベーコンと一緒に…だったよね。味付けは?」
「塩と、胡椒でいい」
「オーケー。任せてくれ」

厨が途端に少し、狭くなる。薬研がちみちみと千切るレタスの水切りを乱が行い、プレートに盛り付けていく。その向かいで燭台切がフライパンを卵とベーコンを焼いていく。
童子切、と呼ばれた刀は、その隣で、フライパン二つを担当していた。
モーニングプレートは手軽だが、大人数の食事……それも出来たてを出したいとなれば話は別だ。焼きすぎては温める段階で焦げてしまうし、かといって完成させてしまうと出すタイミングで冷めきってしまう。だから、下焼きとして全員分を軽く焼いておくのだ。こうすることで、料理を提供する直前にもう一度短時間だけ火を入れ直すだけで、完成した料理を出すことができる。これは、ピザの焼き方を調べた際に本で学んだやり方だった。
各々が持場で、担当した作業を繰り返す。最後の卵とベーコンを燭台切に託し、童子切は切っておいた食パンをトースターに入れていく。そしてタイマーを回すと、ぶぅん…と音を立ててトースターが動き出す。

「なぁ、旦那。ミニトマト余ってなかったか?」
「……わからない。野菜室を、見てくれ」
「ボク見てくるよ。……あっ、あるよ!薬研」
「お、そいつはいい。人数分、あるか?」
「えっとね~……うん、あるよ。これも洗って乗せちゃう?童子切さん」
「ああ」
「はーい!」

かち、こちと、壁掛け時計が時を刻む。時計の針はくるりと一周し、気が付けば六時四十分を指していた。早起きの刀なら、もうそろそろ起きて集まりだす頃だろう。燭台切、と童子切が声を掛けた。

「焼いてくれ。もう、頃合だから」
「オーケー。そっちは?」
「温める。…今の内に、飲み物の準備を、しなくては…」
「お。俺っちも手伝うぜ」


かたかた、と人数分の、色とりどりの食器を並べる。こだわりがなくグラスでも湯呑でも牛乳を飲む者、自前の食器を持っている者、朝はお茶派の者…人数分注ぐのは大変なので、そこはセルフサービスだ。

「おはよう。皆。今日もありがとう」

ひょこり、顔を覗かせたのは蜂須賀だった。

「おはよう、おや…これはこれは。美しい食卓だね」

次に顔を出した歌仙がにこりと優しく微笑む。

「…おはよう」

朝から布を被った山姥切が、小さく声をかける。

「おはよー、うわすごい。おいしそ!」

櫛をしっかり入れてきた加州が、そのきれいな顔を破顔させる。

「おはよう。おお、美味しそうやにゃあ」

加州に続いて厨を除いた陸奥守の目がキラキラと輝く。
おはよう、と一言挨拶をして広間に集まり始める刀たち。時計の針は、七時を指していた。
童子切くん、燭台切が声をかける。

「はい、全部焼けたよ。盛り付けておくね」
「ああ…」
「なら盛り付け終わった奴から俺たちにくれ、旦那。もう席についとけよ。後は任せてくれ」
「いや、まだ、片づけが……」
「そーそー。朝いっちばん早く起きてるんだから、ゆっくりしてよ」
「……わかった」

そこまで言われてしまっては、押し切られるしかない。いつもここは口で負けてしまうのだ。
しぶしぶといった様子で定位置の席に着くと、間もなくことりと目の前の食卓にプレートが乗る。つやつや、ほかほかのベーコンと目玉焼きがメインの顔をする横で、みずみずしいレタスとミニトマトが彩りを与えている。目玉焼きとベーコンの油をちょっと吸った、小麦色にこんがりと日焼けした食パンが二枚行儀よく並んでいて、くぅ、とお腹が鳴った。
朝から動いていたから、やはり、腹が空く。

次々に厨から届くプレートにわぁと喜色をたたえた声が響く。この瞬間は、すきだった。
お腹の鳴る音があちこちから聞こえるようだが、まだ誰も手を付けない。厨の連中が席に着くまで、そして、彼らが慕うあの人が来るまで、待つのだ。

「おっはよーございまーす!」

元気な声で遅くにやって来た、最後の一振りが広間に顔を出す。今剣、この本丸の初鍛刀の短刀だった。そして朝食を見るやわぁっとトマトのように真っ赤な瞳を輝かせる。

「おいしそうですね!あるじさま!」

今剣が後ろを振り返り、にこりと破顔する。その今剣の後ろから、ふああ…とひとつ欠伸をしながら起きてきた、女性。

「おはよう、ございます…みなさん」

ほや、と笑顔を浮かべる顔はまだまだ幼さが残っている。しかし、以前を知る身としては大分顔色も雰囲気も柔らかくなった。それに、胸が温かくなった。

「おはようございます、童子切さん。今日も朝ごはん、ありがとうございます」
「…ああ」

審神者である彼女——浜茄子ハマナスが上座に着く。厨に立っていた三振りもまた、最後に残っていた自分のプレートを手に席へとついた。

「それじゃあみなさん、いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」

まっさきにミニトマトを頬張る者。こんがりと焼けたトーストにジャムやバター、蜂蜜など思い思いの味を乗せて楽しむ者、ベーコンと卵焼き、レタスをパンにはさんでホットサンドを作る者。思い思いの食べ方をし始める刀たちだったが、決まってみんな、こう口にしてくれるのだ。



——おいしい!…と

それを聞くのが一等好きで、ふわりと誉桜が舞い落ちる。少し恥ずかしくて、うれしくて、疲れたけれどやっぱりこれを言ってくれるから、たのしいのだ。
ぱくり、とトーストのままのパンを口にする。口の中に広がる優しい甘さに、ほっとした。


これは、とある本丸の、とある厨番長が綴るやさしい味の物語。




童子切安綱 剥落は厨番長である。







〇童子切安綱 剥落(主人公)

童子切安綱 剥落。先の百鬼夜行の折に顕現した個体。他の剥落同様に”童子切”の逸話は剥がれ落ち、記憶も碌にない個体だったが——…?
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