現十二番隊の元鬼殺隊は

ぷぅ、風船のように膨らませた携帯用義骸(浦原さんから受け取ったものだ)の中に潜り込み、ぐっぐっと手のひらを握る仕草をして動作を確認する。

「おー、見える。やっぱ霊力がないと見えなくて不便だな」
「そうだな……しかし、ここはどこなんだ…」

がさり、と草を掻き分けながら石田が愚痴を吐く。血気術にかかった三人は、見覚えのない山の中に気づけば転がっていたのだ。そして、そこで霊力を無くした一護にとって勇慈が見えないと気づき、携帯用義骸の中に潜り込んで今に至る、という状況だ。
ぷすり。ポーチの中から取り出した内魄固定剤ソーマフィクサーを注射した後、一度彼岸花が手元にあるか念じてみる。しかし

「……やはり、置いてきてしまったな」

手元に馴染みの霊力が集まる気配は一向になく。どうやら、かなり遠くに飛ばされた事だけはわかった。

「ともかく。この山の中で無暗に歩き回るのは危険だ。まずは水源を探そう」
「げっ、マジか野宿か……」

石田と一護の弁にこくりと頷き返し、適当に拾った丈夫そうな木の枝を代わりに腰に佩く。そのまま適当に草むらを薙ぎ払いながら下へ下へと下山する。水源を探すためだ。後ろの二人もまた危なげなくついてきており、一瞥だけして視線を戻した。そして神経を研ぎ澄ませ、水の流れる音がないか辿ってゆく。幸い、川が見つかるのは間もなくの事であった。川辺に拠点を構えるべく、若い竹を折り青々とした葉を毟り、簡易的なテントを拵えてゆく。その間の無言に耐えかねた一護がなぁ、と口を開いた。

「勇慈、お前。さっきアレの事を虚じゃなくて”鬼”って言っていたよな。…鬼ってなんだ?昔話の鬼でいいのか?」

ぴたり、と勇慈の動きが止まる。ちら、と一護へと向けられた視線はなんというか、迷いの色を宿していた。口が開いたり閉まったりを繰り返しているので、説明が難しいのだろう。意を決したように、勇慈が声を発した。

「……これは、マユリにしか話していない事だ。俺はそもそも、この世界の人間じゃない」
「…ん??」
「この世界の…どういう事だ?」

一護と石田が同時に首を傾げる。そうなるのも無理はない、と勇慈は続ける。

「俺は元の世界…鬼の蔓延る世界で一度目の生を受けた。そして、そこで死んだ。その魂魄がどういう訳か、尸魂界に流れ着き、二度目の生を死神として受けた。……記憶を残したまま。俺にとっては、二度目の人生なんだ」
「ん……?いや、待ってくれ。死神って確か人間だったころの記憶はないって浦原さんが言ってた気がするぜ?どうして勇慈には記憶があるんだ?」
「俺にもわからない……わからないが、俺にとっては経験した事なんだ。そして、鬼というものは——…」

だからこそ、混乱した。生きた鬼がこの世界に現れるなど。だが、自分という存在を鑑みると、二つの世界は何らかの条件下で隣接し、繋がる事があるのだろう。そう仮説を立てるしかない現状でもあった。

「……ひとまず、分からない事を追究しても時間の無駄だ。日も傾き始めている。今日は休んで、明日食料を探そう」

石田の言葉に二人は頷く。がさがさと草を編んで作ったベッドは普段のベッドに比べて地面の固さが伝わり、寝心地は悪い。だが遭難している身の上である。これ以上のわがままも言えまい。ひとまず横になって、朝を迎えるべく三人は身体を休める事にした。


————————————


—————————


——————


———


事が起きたのはほう、ほうとフクロウが鳴く丑三つ時も過ぎた頃合であった。がさり、と遠くで草むらをかきわける足跡が聞こえた。その音にいち早く目を覚ましたのは勇慈であった。素早く静かに座して構え、じっと気配を伺う。獣か、あるいは……懸念した最悪の可能性も想定にいれつつ、手にした木の棒を静かに握る。
がさり、と草むらから現れたそれを見て、あぁ、とため息を吐いた。

「ひぃ、ふぅ、みぃ……なんだ男かよ。男は筋張ってて固ェし顎が疲れるんだよなァ。食いではあるんだがよ」

粗末な着物から覗く鋭い爪、ニタリと笑って剝き出しになる牙。そして、紅く鋭い瞳孔。鬼だった。のしのしと歩みより、未だ横になっている一護に近寄る。そうしていよいよにんまりと笑うと、右腕を大きく振り上げた。

「まァ、腹は空いているからちょうどいい。コイツら喰って女でも探しにいくかァ」

そしてそのまま腕を振り下ろした。一護の身体に爪が触れる。その直前、鬼の手が光に遮られてガチンと鳴る。

「んな…?!」
「縛道の八 斥。縛道の四 這縄」

光の玉が爪を阻み、続けて燻る煙のように這い寄る光縄が鬼を縛り上げる。そして、その身体が樹の枝に引っ掛けて持ち上げられる形で釣り上げられた。

「なっ……てめェ!なんだこの術は!?離せ!!」
「悪いが、そういう訳にはいかない」

一護の隣で寝たふりをしたまま期を伺い、そのまま縛道に掛けた勇慈がさらりと答える。むくり、と一護が、そして石田も起き上がる。

「寝たままでいろっていうから寝てたけどよ……これが、鬼か?」
「……気色悪いな。本当に」

滅却師の弓を携えた石田が、縛り上げられた鬼へと矢を向けながら油断なく警戒をみせる。一護もまた辺りの気配を伺い警戒を見せるが、それに勇慈は大丈夫のはずだ、と答える。鬼は、記憶と相違なければ基本的に単独行動をする習性があるからの発言だった。

「で、こいつどーすんだよ。今斬魄刀ないんだぞ」
「………このまま、朝日で焼き殺すほかない。……殺すしかない、か…。滅却師の術も恐らくは効かないだろう。鬼は、日輪刀で首を刎ねられるか日光で焼き殺す以外に殺す手段がない」
「そーかよ……ちょっとだけ後味悪いな」
「てめェら…!好き勝手言いやがって!こんな事してタダで済むと…がぁっ!」
「うるさいよ、君」

石田の矢が這縄を避けて鬼の両膝を撃ち抜いた。それに悲鳴を上げて鬼が縮こまる。じくじくと肉が盛り上がり、再生していくのを見て一護が顔をしかめる。しかし鬼には先ほどまでの威勢は最早無かった。鬼の顔に浮かんでいるのは、未知への恐怖であった。

「さっきからなんだ…!?なんだよコレ!!てめェら、鬼なのか!?人間がこんな術使えるはずがねェ!!」
「失礼な奴だ。人間に決まっている。…最も、僕たちもお前たちの事は碌に知らないけど」
「俺は——」
「人間じゃない、っていちいち言わなくてもいいぜ。それに、今は実質人間みたいなもんだろ」
「む、そうか…」

とりあえずコレどうする?術の維持の為に俺が寝ずの番をする。お前たちは少し休め。いや君が今一番消耗しているだろう…とはいえ、この術を解くわけにもいかないから明日休んでもらうためにも僕たちは休んでおくべきだ。大丈夫か?疲れてないか?
やいのやいの、吊るした鬼を前に話し出す三人。
その三人の頭上を、カァ、と烏が一鳴きした。ぱ、と勇慈が空を見上げる。

「————どうやら、朝まで持久戦をせずに済みそうだ」
「え?」
「——…ひぃ、ひぃ、ぶ、無事ですかぁ~!」

ばたばたばた、死神の瞬歩ほど静かではない地を踏みしめ駆け寄る音。そして人好きのする大きな安否を確かめる声。明らかな人の気配。ただ、がさがさと草むらを掻き分けて現れた顔に、勇慈は目をまあるくする羽目になった。

「……村田?」
「エ!?冨岡!?なんで柱がここに」
「いや、俺は義勇じゃない」
「エッ」

沈黙。

「……エッ!!?義勇じゃないなら…勇…慈、まさか、勇慈なのか……?」

こくり。勇慈が頷いた。

「いやいやいや、勇慈なわけがない。義勇だろ脅かすなよ同期だからってお茶目さんか~??」
「下町で鬼に身ぐるみを剝がされてあられもない格好にさせられたお前に、羽織りを貸した覚えがあると言ってもか」
「いやその節はどうもお世話に………エッ、なんで知ってんの。エッ……?」
「すまない。混乱しているだろう。だが俺は正真正銘、冨岡勇慈だ」
「………エーーーーーーーーッ!!?」

村田の耳をつんざくような甲高い悲鳴が木霊する。カァ、と一鳴きした烏がばさりを翼を羽ばたかせ、どこかへと飛んで行った。







村田隊員の齎した報告は、電撃のような速さで柱へと伝わった。それがそのまま、半年に一度の柱合会議を緊急で執り行う事となるほど。
冨岡勇慈の生存確認。ならびに、見慣れない衣装を着た冨岡の同行者の任意同行。それが、今回の柱合会議の本題である。

「お館様のお成りです」

襖が開き、産屋敷ひなき・および、産屋敷にちかがお館様の手を取り歩み出す。

勇慈は跪き、こうべを垂れたまま座している。その隣を挟むように、一護、そして石田、、一護の隣に村田が落ち着かない様子で同じように跪き、一人分の隙間を開けて柱たちが跪いている。一人、端に座す見た事のある・・・・・・羽織のものだけ、そわそわとした様子でちら、と端を見つめていた。

「お早う、みんな。今日もとてもいい天気だね。日差しが煌々と差し込んで、気持ちいい」

ふぅわりと心地よい響きが場を満たす。初めてそれを受ける一護と石田は少しだけぽかんとし、思わず顔を上げて、はっと気づくと再び顔を下げる。爛れた皮膚が顔の左半分を覆って、片方の目しか見えていないように見える若い青年と目があったからだ。

「…お館様におかれましても、ご壮健で何よりです。ますますのご多幸をお祈り申し上げます」

じゃりじゃりと数珠を鳴らしながら、柱の筆頭たる悲鳴嶼行冥がお館様に挨拶を述べる。それにうん、とほほ笑みと共に頷きを返し、ありがとう、行冥と一声かける。

「そして……よく戻ってきてくれたね、勇慈。おかえり」
「……はっ」

こうべを垂れたまま、勇慈は静かに答える。

「恐れながら、この男が正真正銘、本物の冨岡勇慈なら何故生きている・・・・・・・のでしょうか」

風柱・不死川実弥が口を開く。それは柱、そしてお館様————産屋敷耀哉も知らぬところの話であった。つまり風柱は警戒しているのだ。三か月・・・前に、日輪刀と破れた衣、そして血だまりと共に絶命報告のされていた隊士が生きていたのだから。それは、鬼の間者となり生き延びたのではないかという、疑念。
こくり、と耀哉は一つ頷いて、村田隊士の方へと視線を向ける。

「それを解き明かすには勇慈に話してもらわなくちゃいけない。けれど、最初に見つけたのは君だったね。話してくれないかい?」
「は、はひっ!」

村田は耀哉のまなざしを受けて、語りだす。昨晩の事。鎹烏の導きに従い、鬼の元へと向かった事。そこで鬼を不可思議な縄で吊るしている三人に出会った事。三人とも見慣れない異国風の服を着ていた事。鬼の事を認知しており、鬼の弱点も知っているうえに、勇慈と村田しか知らないはずのエピソードを語った事。以上の事から、勇慈本人であると判断した事。
ふむ、と耀哉は頬に手を添えて思案する様子を見せているが、実弥は不可思議な術、の件で眉間に皺を寄せ眦を釣り上げた。

「んだよ……不可思議な術だぁ?そんなの、血鬼術以外のナニモンでもねェだろうがよォ!」
「ひぃっ!」
「実弥、下の子を驚かせてはいけないよ。それに、鬼であるならば日向に出られないのだから、勇慈は鬼ではないよ」
「……」

黙したまま顔を伏せている勇慈に向かって、チッと内心吐き捨てる。気に食わない顔と同じ顔が、もしかしたら鬼殺隊を脅かす存在かもしれない。得体のしれないものに対する嫌悪感と、それすなわち鬼であるという=で繋がる図式、そしてお館様への敬愛が故の忠心が実弥のざわめく心を刺激していた。

「勇慈、話してくれないかい」

耀哉がそうっと背を優しく押すように諭す。この声は魔性だ。抗いがたく、そしてふわふわと心地よい。なんと話してよいものか。この話題を説明するのはこれで三度目だが、三度目の今回は声に従ったせいかするりと口から滑り出した。

「……まずは、誤解を先に解きたく思います。俺は、一度死にました。それは事実です」

ひゅ、と息を吸う音がした。耀哉は視線だけで、続けておくれと促す。

「俺は、死した後、尸魂界という場所に行きつきました。地獄とは異なる、魂魄がたどり着く死後の世界です。そこで俺は…死神として、第二の生を歩んでいます」
「死神だぁ?オイオイど派手だなァ!え?なんだ、なら今のお前は神様ってことか?」

音柱・宇随天元が口を挟む。それに否と答えた。

「違う。死神とは、護廷十三隊に所属する者を指す。そして死神とは、整や虚といった魂魄の魂葬を仕事とするものの事だ」
「整?虚だぁ?」
「例えるなら、悪霊となった人の魂を成仏させるのが仕事、という事だ」
「んだよ思ったより地味~な仕事じゃねぇか……。で、どこまでが作り話だ?」
「全て真実だ。今から見せる。……君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ。焦熱と争乱 海隔て逆巻き 南へと歩を進めよ————破道の三十一 赤火砲」

手のひらを上へと向けながら、破道の詠唱を紡ぐ。流し込む霊圧を絞り、出力を抑えたそれは、一護がいつか見た恋次の赤火砲のような小さな灯となって顕現する。

「ッ!?」

実弥、天元、そして行冥の三人が僅かに身構える。心情が元より勇慈寄りであったカナエと義勇の二人は、目を見開いて素直に驚いていた。

「……これは、死神の扱う鬼道という術だ。攻撃の為の破道、防御や拘束を行うための縛道。村田が見たのは、鬼を捕縛するための縛道の一種だ」
「それで鬼じゃねェっていう方が無理筋だろうよォ!おい、てめェヒトの皮を被っているのか?それとも、鬼の血でも流れてんのかァ?」
「さっきから言わせておけば鬼だのなんだの……勇慈が鬼な訳ないだろうが!!」

ここで、我慢の限界を迎えた一護が吼える。あ゛ぁ?!と実弥が凄むのに怯む事もなく、てめぇの目は節穴かよ!と吼え続ける。

「勇慈が鬼だったら!同じ鬼を縛って吊るすか!?俺達を食い殺さないでいたのはなんでだよ!護るためだろうが!なんでそこを見ないんだよ!」
「うるせぇ!部外者は黙ってろ!!」
「部外者な訳ないだろ!勇慈は俺達の仲間だ!仲間が好き勝手言われてんのに黙っていられるかよ!!」


「二人とも、そこまでだよ」


リン、と響く声にヒートアップしていた二人が我に返る。しぃ、と耀哉は静寂を促す仕草をする。途端、かぁっと頬に赤が指し、稚拙なふるまいをしてしまった事を実弥が恥じ入る。

「実弥、子供たちの事を考えてくれてありがとう。優しい子だね。一護…だったね。君も、勇慈の事を庇ってくれてありがとう」
「……おう」

ぶっきらぼうにそれだけ返すと、キッと横から刺すような視線が飛んできたが、黙って堪える。

「……それで、僕たちの身の潔白は証明できたのでしょうか?」

石田が話の軌道を修正するように閉ざしていた口を開いた。そうだね、と耀哉は考えを巡らせる。

「そうだね。勇慈は鬼ではない事は証明できる。けれど、鬼の手先ではないとは証明できない」
「!」
「だから、提案をさせておくれ」
「提案…ですか?」

勇慈が首を僅かに傾げる。それを見て少しだけにこり、とほほ笑むと、視線で入るように促す。柱合会議の場に、隠が参上した。勇慈の前に跪き、その手から、掲げるように、恭しく布を添えて差し出されたものは

「……日輪刀…」
「そう、君の刀だよ。勇慈。死神として研鑽を積んだ君が再び、鬼殺の手助けをしてくれるのなら心強い。彼らも寄る辺を得られる。どうかな?その死神の刃を、今一度貸してはくれないかな?」
「………」

「オイ、どうなんだよ冨岡ァ」

実弥が焦れたように凄む。しかし勇慈は表情一つ変えず、それどころか思い悩むように顔を伏せる。

「……恐れながら、率直に申し上げさせていただきます。これは、いささか、卑怯です」
「卑怯だぁ!?オイオイオイ、化けの皮が剥がれたな、やっぱりてめェは鬼の手先か!?」
「待って、不死川くん。言わせてあげて」

実弥が刀を抜き放とうとするのを、隣のカナエがそうっと制す。その柔らかくも芯の通った声と手に、一瞬実弥が目を見開いて怯む。

「死神は…魂魄を尸魂界に導く事を使命とします」
「うん」
「その死神の掟…生者に関わらぬ事、霊法にて、指定外の生者を殺すのはご法度です」
「そうなんだ。勇慈は、護廷十三隊を大事に思っているんだね」
「はい、今の私の、居場所です。……ですが、今は人を護らなくてはいけない。俺のせいで、巻き込んでしまった人を」

「掟は俺に生者を殺すなと言う。だが貴方は、鬼を滅して二人を護れと言う。俺は……」
「なんだ、それなら、簡単じゃないか」

ばっ、と石田へと視線が集まる。かちゃり、と眼鏡を直しながら勇慈に確認するように問いかけた。

「冨岡、君は死神の掟で生者の命を奪う事に抵抗がある。それであっているかい?」
「……だが、鬼は鬼だ。俺が割り切ればいいだけの話だ。虚のように」
「落ち着け。僕の話はまだ途中だろ」

そもそも勇慈は混乱しているのだろう。話がめちゃくちゃだった。護廷の忠義とお館様への恩義の間で揺れて、既知の顔に出会って、死ぬ前の世界にたどり着いて。そのうえ、巻き込んでしまった罪悪感と護らなくてはという使命感でぐちゃぐちゃで。
その点、一護と石田は単純明快である。別の世界にたどり着いた。それだけなのだから。そしてそれは、尸魂界や虚圏ですでに経験済だった。

「なら、俺が鬼殺の剣技を覚えてお前の代わりに戦えばいいってことだろ?」
「なっ……!?」
「その点には僕も同意だ。黒崎ならやる。最終的に首を刎ねるだけなら、黒崎にでも出来る。それに、滅却師の弓が本当に効かないのか試してみればいいだろう」
「ハッ!言うねェ餓鬼ども!ど派手で気に入ったぜ!」

勇慈が絶句するのを他所に、派手好きの天元は年端もいかない戦いを知らなそうな子供の啖呵に気に入った風を見せる。

「……無茶だ!鬼は、お前たちが想像している以上に恐ろしいんだ。悪辣非道で、人を餌にしか見ていない。お前たちが死んでしまったら——!」
「大丈夫だ。死なねぇよ」

一護のまっすぐな瞳が、勇慈を貫く。しばらく日常に溶け込んでいて、見ていなかった、尸魂界で駆けつけてくれた時の強い瞳のままだった。ニッ、と勝気な太陽がほほ笑む。

「必ず、全員で帰るぞ。だいじょーぶだって。今までだって、どうにかしてきただろ?」
 
こくり、と石田もまた力強くうなずく。ほぞを噛んで、静かに俯く。これまで何度己の未熟さを恥じ入っただろうか。護るべき人に、護ると言われるなど。しかも、掟に囚われて仲間を見失うなど。

「(……軟弱千万)」

覚悟を決める。そして、目の前の刀をしかと握りしめて受け取る。久しぶりの日輪刀の重みは、斬魄刀と変わらず馴染みのあるものであった。

「お受けします…。冨岡勇慈、ただいまより鬼殺隊に復帰致します」
「……ありがとう、勇慈。君は本当に——」
「ただし」

お館様の言葉を遮るという不敬を働きながら、天上の人を見上げるように座したお館様を見つめる。

「今の私は護廷十三隊 十二番隊 技術開発局 第四席。冨岡勇慈。死神代行・黒崎一護と滅却師・石田雨竜を仲間とする者。帰るべき場所へ帰るまでの間のみ、この刃を鬼殺の為に振るう事を誓います」
「……うん、いいよ。君は君のやりたいように、やるといい」

耀哉は微笑みで以ってそれを返す。ぱん、と軽く一つ開手を打つと、義勇、と沈黙を保っていた弟の名を呼ぶ。

「彼らを迎え入れる準備をしておあげ。義勇。水屋敷に招くといい。せっかくの兄弟水入らずなのだから」
「……御意」

柱合会議はこれにて解散。みな、各々身体を休めるといい。そうお開きの音頭を取られ一人、また一人と屋敷を後にする。そしてお館様も退出した後に残ったのは、勇慈、一護、石田、そして、義勇。死覇装か隊服かの違いだけで、瓜二つの顔が並んでいるさまにおぉ、と。おっかなびっくり終わったのかを伺っていた一護が素直に声を出す。

「お前双子だったんだな……え、どっちが兄貴なんだ?」
「兄さんだ」
「ありがとな。そのセリフのおかげで勇慈が兄貴だってわかったけど、端的すぎねぇか??」

スン、無の表情に戻った義勇に対して勇慈の方はまだ若干目に光がある。こちらを気遣わしげに伺う色が乗っている。この双子を見間違う事はないだろう、と石田は心の中で思っていた。義勇がくるりと背を向けて歩き出す。ついてこい、という意味らしい。そう勇慈が翻訳してくれた。わかりづれぇ……と思わず呟きながら、屋敷から外に出る。そして、屋敷から外に出たタイミングで、控えていた隠達が再び現れた。

「失礼します。これから、水屋敷までお運びいたしますので、目隠しと耳栓をお願いします」
「分かった」

こくり、義勇も頷きで肯定の意を示す。そして手慣れた様子で耳栓と目隠しをすると、隠におぶさる形となった。この手法は、鬼殺隊の頭たる産屋敷耀哉を護るために、屋敷の位置を誰もが把握せぬように努めるためのものであった。その為、一人が現在地から目的地まで運ぶのではなく、まるで飛脚のように繋いで人を運ぶのである。
風のように走る隠の背に揺られながら、勇慈はこれからの事を考えていた。






水屋敷は、大正の世においてはそれはそれは大層立派な屋敷であった。玉砂利の敷かれた庭園は手入れが行き届いており、庭木に止まった春告鳥がホーホケキョ、とさえずりを上げている。そこへ鹿威しがことん、と相槌を打ちながら、清らかな水の音とのハーモニーを奏でている。
その音で目を覚ました一護は、うんと背すじを伸ばした。ここは与えられた客室であり、それは一人一部屋あてがわれてもまだ部屋が余っているほどに屋敷は広い。眠たい目を擦りながらなんとか起き上がると、名残惜しそうにふかふかのお日様の香りがする布団を畳み始める。正直、ここにダイブしたらもうひと眠りしてしまえそうだ。だが、くぅ、と鳴る腹が空腹を主張をしてくる。一護は立派な男子高校生なのだ。少し寝乱れたパジャマ代わりの寝巻を整えながら、透ける太陽の光に誘われるように、障子を一息に開ける。目に飛び込んでくる鮮やかな新緑と、玉砂利の白。新鮮な山林の空気を胸いっぱいに吸い込むと、肺の中の空気が入れ替わるようだった。
すん、とその中に仄かに食欲をそそる美味しそうな香りが混じっている事に気が付いた。もう誰かが起きているらしい。ふらふら、とそちらへ向かって歩き出すと、これまた春告鳥の名を関した廊下がキュッキュッと声を上げる。
ちら、と隣の部屋、そしてもう隣の部屋も見てみたが、石田も勇慈もすっかり起きているようだった。畳まれた布団は部屋の隅の方に揃えられており、人の気配がなくなって久しい。
いよいよ厨にたどり着くと、やはり、そこには石田の姿があった。割烹着に身を包み、小皿にとった出汁の味見をしているらしかった。

「おう、おはよう」
「おはよう。随分よく寝ていたようだな」
「悪いかよ、疲れてたんだよ」

ひょい、と覗き込むとくつくつと静かに煮立っている味噌汁の鍋が目に入った。その横には今から盛り付けに使うであろう空の小鉢やお椀が重ねられており、さらにその横にはお櫃に入ったほかほかの白米が日の光に当たっててら、と光っていた。

「おー…すげぇ…」
「それほどでも。流石にIHとかはないし、火で料理するのに最初は苦戦したけど、慣れてしまえば大して難しくないぞ」
「そうなのか?」
「ああ。……ここで君の手伝える事はもうないぞ。それより、冨岡たちを呼んできてくれ」
「ん、どこにいるんだ?」
「道場だってさ。三十分前に弟さんが帰ってきて、朝稽古に誘われたから出て行ったんだ」
「へぇ……わかった。道場だな」

それなら、昨日屋敷を一通り案内されたから覚えている。厨から一旦出て、廊下なりにまっすぐ進んで左に曲がった突き当りだ。その割には、あまり音がしなかったような……?とつらつら思いながらキュッキュッと廊下を歩いて道場までたどり着くと、戸は閉まったままだった。こん、こん、とノックをしてがらりと戸を開ける。

「おーい、朝飯出来たってよ」

と、いう一護の声が呼び水となったのかそれまで静かに構えていた二人が踏み込む。がんっ、と木刀の打ちあう甲高い音が響き、鍔迫り合いから弾いて足払いをかける。それを跳躍して躱し、水流を描いた車輪と打ち潮の剣技が相打ちする。とん、とん、と軽やかに着地し波打つ水の軌跡を描いた剣が凪に吸いこまれ、凪から波紋が一つ広がるのを同じ波紋が打ち消し合う。さながら、鏡写しの応酬であった。
その剣技の美しさにぽかんとして。続けてはっとする。

「おい、朝飯出来てるってよ!聞こえてんのか?」
「聞こえている。すまない」

たた、と足踏みをして距離をとると、二人とも木刀を下げる。ふう、と一息ついて、木刀を軽く払う仕草をすると一護の方に向き直る。二人そろって同じような間で同じように見つめるものだから、本当に鏡のようであった。


————————————


—————————


——————


———


ぱりっと焼かれ、ほどよく塩のきいた鮭とさっぱりとしたおろし大根、ほかほかとした湯気の立ち上る出汁の効いた味噌汁。はらりと鰹節のかかったほうれん草のお浸しは、ほどよくしゃきしゃきとした食感が残っており、これまた絶品である。そして、白米とちょこんと乗せられた、梅。この梅がまた疲れた身体には優しい。程よい甘さと酸味の効いたそれは、白米の椀を山盛りでお代わりしてもまだ食べられるほどに美味しかった。

それらをぺろりと平らげ、後片付けを行った後。一護と石田はそろって、水屋敷からほど近い山の頂にいた。

「今から、この山を下りてもらう。…二時間待つ。二時間待って下山できなければ、二人に全集中の呼吸を教える事はない。大人しく、屋敷にいてくれ」
「…はぁ!?ちょっと待てよ、俺たちも戦うって言ったろ!」
「こちらには四番隊のような回道を使っての治療もない。自然治癒しかないんだ。腹に孔が空いたら、終わりの世界だ」
「……」
「だから、俺は、お前たちが死なないよう全力で鍛え上げる。必ず、お前たちと共に生きて帰る。……二人なら、出来ると信じている」

跳躍し、木の枝に飛び移るとそのまま忍びのように身軽な動きで枝から枝へと移っていく。一護と石田は思わずといった様子でそれを見送り、その一瞬ののちに我に返って、山を下りだす。無数に罠の仕掛けられた山を突破し、目的地たる水屋敷まで下山する。死なせたくない、死んでほしくない、出来ると信じている。その想いは受け取った。ならこちらも、それに応えるだけである。

一護と石田が下山を始めて十分後。勇慈は山を下り終えていた。とん、と木から降り立つとさくさくと草を踏みしめながら、水屋敷の門扉まで歩む。そこにとん、と背中を預け、腕を組んで目を瞑った。日の光は真上よりも少し東の方から降り注ぎ、小鳥のさえずりと梢の揺らぎが時折静寂を彩る。その音にしばらく身を預けていると、足音がもう一つ近づいてくるのも感じ捉えられた。
ぎぃ、と扉が開けられて、ひょこりと黒い跳ねた髪が顔を覗かせる。

「……兄さん」

目を開けてちら、と横を見る。弟の義勇がこちらを見ていた。その顔はまるで迷子のようで、こちらの様子を伺ってちらちらと視線があったりあわなかったりする。ふ、と笑って、こっちへおいでと一声かけると、ぱと一瞬喜色を浮かべ、そうっと近くの壁に背を預ける。距離は、人ひとり分の間。まるで、人見知りの猫のような距離感に、また少しだけ、胸中にじんわりとしたものが広がった。義勇だ。俺の、弟。生きている。それが嬉しかった。
しかし喜びに静かに満ちていた勇慈の内面とは裏腹に、義勇の心の内は静かな悲しみに沈んでいた。

「兄さん……」
「…どうした」
「……死んだのか」
「……、そうだな」
「なんで、いるんだ」
「これは、義骸という死神が現世に滞在する時に用いる、特殊な依代だ。これから抜け出てしまえば、霊力を持つ石田以外の目には映らない」
「三か月経った」
「俺は、百年ほど経っている」
「……!」

ずる、と腰を落とす。何となく、悲しかった。兄がそんな嘘をつくはずもないから、百年というのは真実なのだろう。もう兄とは違う生き物なのだと思うと、悲しかった。ぽす、と頭の上に手が置かれる。見上げると、少し笑った兄がそこにいた。柔らかく髪を撫で梳きながら、それに目を細めていると、兄が口を開いた。

「……この百年」
「?」
「一時たりとも、お前たちを忘れた事はない。……あまり、褒められた動機ではないが、現世のお前たちに会いたくて、死神になったんだ。俺は」
「! ……そうなのか?」
「そうだ。最も…世界そのものが違ったから、目論見は外れたのだが」
「…そうか」
「……お館様には感謝している。だが今の俺は、十二番隊の四席だ。俺は俺の成すべき事の為に、いつかは帰らなくてはいけない。それがたとえ、明日の事でも」
「……帰れるのか?」
「必ず。俺の友人ならやり遂げる」

確信をもって答える兄の顔に、また少し俯いてしまった。この時が永遠であればいいのに。水柱に相応しいのは、兄の方なのに。
顔を出した低い自己肯定感を埋めるように、わしわしと強く撫でられる。

「これは、言えると思っていなかったから黙っていたんだが……」
「?」
「水柱就任、おめでとう。義勇、流石俺の弟だ」
「……っ…」

その言葉は、せめて、生きている時に聞きたかった。

肩を少し振るわせてさらに俯いてしまった弟を宥めるように、ぽん、ぽんと軽く叩いてやる。繊細で優しくて、刀を抜くのも手合わせするのもあまり好きではない子だ。傷つけただろう。その傷が癒え切らない間に自分が現れて、混乱しているだろう。そして、いつか帰るその時にまた傷つけてしまうだろう。なら、今はめいいっぱい優しい思い出で埋めておきたい。別れる時に、義勇が少しでも前を向けるように。今度はちゃんとさよならを告げて。
すっかりだんまりになってしまった義勇を励ますように、そうだ、と話題を変える。

「義勇。そうだ。弟弟子の調子はどうだ?」
「……え?」
「ほら、前に鏡で話してくれた…炭治郎だったか。あの子の事をよっぽど気に入っていたようだった。調子は、どうだ?」
「……炭治郎?」
「うん」
「……誰だ?」
「……えっ?」

ピシリと固まる。まさか、いやでも浦原さんの発明品で垣間見た時義勇は確かに”炭治郎”なる子の事を言及していた。あまりにも当たり前のように語るから、てっきりあれは真実かとばかり思っていたのだが、まさか————?

「—————…ッシャァアアアア!終わったぞ!!!」

がさがさがさ、どさりばたり。木の葉を引っ付けた太陽が転がるように現れる。その後ろから、これまた眼鏡を木の葉で着飾った少しだけ茶色い泥を引っ付けた石田がひょこり、と顔を見せる。

「おう勇慈!クリアしたぞどうだ!!これで修行つけてくれんだろ!」
「……あ、あぁ…」
「全く……少しは手加減をしてもいいんじゃないか。削った竹を仕込んだ落とし穴を見つけた時は肝が冷えるかと思ったんだからな」

とにかく修行の前に泥を落とさせてくれ、と言っている石田は知らない。その山を今後何十往復させられることも。罠に手心が加えられていた事も。まだ。





ほう、ほうとフクロウが鳴く夜。今日の巡回任務はカナエと一緒だった。鎹烏を持たない関係で必ず誰かとツーマンセルを組んで臨む任務は、最初の数週間ほどは平隊士とも組んでいた。だが、百年に及ぶ鍛錬によって勇慈の技量が鬼殺隊時代より高くなったため、平隊士の足と腕ではついて行けなくなった事。隊士時代から相性が良く実力もある二人と組む方が効率が上がる事。以上の事から、最近は専ら水柱・花柱のどちらかと組んでいる。
にこにこ、と機嫌よく楽しげに笑っているカナエが並走している。

「最近、あの子たちはどう?」
「……まずまずだ、まだ巡回に回すには実力は足りない。だが、身体は出来ているから、あとは呼吸さえ出来れば一先ず即死はしないだろう」
「ふふ、そうなのね」

にこにこ、とカナエが笑っている。楽しげに、機嫌よく。なんでこんなに楽しそうに笑っているのだろう、と表情か、もしくは声に出たのだろうか。カナエが口を開いてくれた。

「勇慈くん、昔より表情が柔らかくなっているのよ。たくさん喋ってくれるし、よっぽどあの子たちの事が大切なのね、って思ったら、少し嬉しくて」
「嬉しい…?」

とん、と木から木へと飛び移りながら首を傾げる。

「私ね、貴方が殺されて、悔しかった。刀と羽織しか残らなくて、それ以外は血だまりしかなくって。義勇くんもひどく悲しんでいた。きっと、私が殺されたらしのぶは同じくらい悲しむでしょうから、自分を見ているようで辛かった」
「……」
「けれど、今貴方は生きている。死神として。たとえ世界が違っても、生きて、寂しい思いをせず、仲間に囲まれて。寂しいまま死なせてしまった貴方だから、誰かに囲まれているのは嬉しく感じるわ」
「……そうか」
「貴方は今、別の役目を負っている。そして、それは鬼殺隊と同じくらい大事な役目。応援しているわ、何処にいても、時を超えても、貴方は私の一番の友達で、兄姉仲間だもの」
「……カナエ、ありがとう」


——————


———


同時刻。水屋敷の裏手にある山の中で一護と石田は吼えていた。

「う、うぉおおおおお!!」

足元にあった縄に引っかかったかと思うと、ぶちりと何かが千切れる音がした。急には止まれない石田の直撃を背に受けながらなんとか踏みとどまると、鼻のすれすれをビュンと目の前を刃物が通過していく。

「あっっぶねェ!!オイ石田急にぶつかるな!」
「僕だって気を付けているんだ!大体なんで僕まで呼吸術の訓練をしているんだ!?」

今更である。死神代行と滅却師であるとはいえ、地のスペックは人間であるため、両名の生存率を上げるために修行は呼吸術習得を目的とした一護のみならず、石田にも、と勇慈が敢行したのである。

ぎゃんぎゃん、と騒ぎながら言い争いをしていると、がたん、と後ろから何か音が鳴る。ギ・ギ・ギ…と二人が後ろを振り向くと、大岩が転がってくるではないか。

「う、うわあああああ!」

脱兎のごとく駆け出す。その足元はぬかるんでいて、滑りそうになった一護の手を石田がつかんで何とか持ちこたえ、大急ぎで山道を駆け降りる。

「こ、これ本当に呼吸の習得に必要なのか!?勇慈ーーーー!」

どうやら呼吸術の前の段階、基礎体力向上の修行はまだしばらく続く模様である。





大正コソコソ噂話


各柱から見た勇慈の印象

岩柱・悲鳴嶼行冥→カナエの友人。カナエと喋るのが楽しいらしい。弟よりは喋るのが上手い。
風柱・不死川実弥→腹が立つ。元だろうがなんだろうが、鬼殺隊士なら鬼を殺してナンボだろうと怒っていた。
花柱・胡蝶カナエ→友達。たとえ死んだ人とはいえ、もう一度会えてうれしい。
水柱・冨岡義勇 →兄。尊敬する兄。好き。焼き鮭美味しかった。
音柱・宇髄天元 →死”神”と聞いてド派手だと期待していたら思っていた以上に地味だった。でも鬼道は派手で好き。


7/8ページ
スキ