現十二番隊の元鬼殺隊は
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「……っ、ハァッ、ハァッ……!」
「大したものだ。その傷で、そして私の霊圧を受けて未だ立っていられようとは……良く耐えている、そう賞賛すべきだ」
「くっ…!」
ちら、と後ろへ視線を僅かにやる。彼女たちは逃げ切れただろうか。途中思わぬ乱入が入ったが、力の抜けきった彼女たちを逃がすのに、成人男性の力を借りることが出来るのはありがたい。しかし……
「彼女が気になるか?」
「、っ」
「そう焦ることもない。ギンは面白い男だ。それに、昔なじみのようだからね。今頃、彼女とゆっくり話をしているだろう」
「……」
「さて、私の方も焦る事はないのだがね。……黒崎一護が来る前に、一人ずつ、贄の見栄えを整える仕事もあることだ。」
す、と刀を向けながら悠然と話す。
「君は死神でもあるが、黒崎一護と共に行動した仲間でもあったね。それに、先の破面の戦いにも二度参加している。……君もまた贄には相応しい。彼らを護るというのなら、まずは君を贄としようか」
「……心外だ。そう簡単に、行かせはしない!」
呼吸を用い、藍染へと斬りかかる。しかし不可視の障壁に阻まれて、やはり刃が藍染の元へ届かない。藍染が軽く腕を払う、その動作で再び吹き飛ばされた。藍染の一挙手一投足、それを振るわれるたびに街に増え続ける瓦礫の山に強かに背中を打ち付け、ひゅっ、と呼吸が一瞬止まる。
頭を打ってしまったせいで、視界がちかちかと瞬く。歯を噛みしめて、何とか正気を保つとすぐに藍染の方へと意識を向ける。
「そんなところに、私はいないよ」
ふわり、と目の前に藍染が瓦礫の上に降り立つ。そうして柔らかく右手を取られる。まるで立ち上がるために手を差し伸べるかのように、しかし
ぶちり、
「おや……死神とは、ここまで脆かったのか」
ぽい、どさり。彼岸花を握り締めたままのちぎられた右腕が、無造作に放り出される。それを認識て遅れてようやく、右腕の喪失という激痛に絶叫を上げた。
「あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!」
肩口を抑えながら、不格好で必死な回復の呼吸を試みる。か細い呼吸を繰り返し、脂汗を滲ませている勇慈の姿を、憐れんだ目で見つめていた。そして鏡花水月の峰で勇慈の顎を持ち上げると、視線を絡ませながら神はうっそりとほほ笑んだ。
「痛かったね。それはすまない……だが、その痛みももう間もなく終わる」
「……まだ、だ!」
懐に忍ばせていた短刀を抜き放ち、鏡花水月を振り払う。そして瞬歩を用いて距離を取り、残された左手で構える。
「あまり動かない方がいい。死期を早めるぞ」
「……構わない。死ぬのなら……お前に、ここで倒してから死ぬ」
あと四半刻、耐えきるか、ここで藍染を封印するか。いずれにしても、やるだけだ。
ぜぇぜぇと荒い呼吸を吐きながら短刀を構える。四半刻前に受けた通信の内容を、思い出していた。
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もう何体目か、数えるのをやめた為忘れてしまったが虚を斬り捨てながら、勇慈はインカム型伝令神機に耳を傾けていた。隊長たちが、やられた。そして今、浦原さんと夜一さん、そして黒崎一心までも。状況は、非常に芳しくない。
『ッザザ……すみませんねェ……、そっちに、藍染が行きました。もう間もなく、空座町が戦場になる……』
「喋ってはダメだ、傷が開く」
『今喋らないで何時喋るんスか……どーいうワケか、断界の中に拘突がいないらしいんですよ。…で、ここからが本題っス』
かなり深い傷を負ったらしい浦原が、息を整えながら二の句を続ける。
『断界の中で修行する…現世側で言うところの、一時間。断界の中での、二〇〇〇時間。一時間、一時間だけ…藍染の足止めをお願いします』
「俺に課された使命は、封印だ」
『封印出来ると思ってるんスか?アレを』
「……」
それに即座に是と答える事は出来なかった。隊長格が束でかかって、浦原喜助と四楓院夜一、そして黒崎一心ですら勝てない相手に、自分ひとりで立ち向かって叶うなどと言えるはずもなかった。だが
「……一護一人で戦わせる訳には、いかない」
『……!』
「黒崎一護なら、勝てるかもしれない。だが、黒崎一護一人を犠牲にするわけには、いかない」
『冨岡サン……』
「誰かの犠牲の元に藍染を倒せるのなら、俺はやる。…足止めの件、引き受けた」
ぷちりと通信を切る。そして回線をオープン回線へとつなぎ直し、すぅ、と一つ大きく息を吸い込んだ。
『————聞け!空座町守護の任に当たっている全死神に告ぐ!!藍染惣右介の尸魂界侵攻が確認された。到着予測時刻は半刻後!空座町の外まで退避しろ!』
ザワ、と俄かに回線が騒がしくなる。声を張り上げて、指示を飛ばす。
『通信技術研究科のみんなは、霊圧を探知次第データを送ってくれ。戦闘可能領域を割り出して、そこで藍染と交戦に入る』
『一人で戦う気か?!無茶だ、やめろ、勇慈!!』
『元より、万が一の際は人柱になれと命を受けている』
『だが!』
『頼む。やらせてくれ』
『……っ…』
つまり、見捨てて生き残れと言ったのだ。自分が相手の立場なら、激高したであろうセリフを。酷い事を言ってしまったという罪悪感が僅かにあるが、今ここで命を燃やさねば尸魂界にも現世にも未来はない。
黒崎一護が藍染を討滅するのが先か、俺が藍染を封印するのが先か。もしくは、どちらも間に合わず王鍵の創生を許してしまうか。そのいずれかしか未来はない。
『……俺は行く。ナビは頼んだ』
ぴ、ぴ。と宙に展開した簡易モニターに送られてきた、藍染到着予測座標をチェックしながら通話を切る。すでに断界を超えたらしい。拾われた霊圧と地図の座標を照らし合わせる限り、空座町南区側から藍染が来る。今いるのは西区だ。瞬歩を使って走り出す。途中、巻き込まれる可能性のある現世人員が居ないかもチェックを入れる。そこで、気づいた。
『(動く霊圧がある……?まさか、)』
走りながらモニターを動かしていたら、か弱く小さな霊圧が探知に引っかかっていた。しかも、それが動いている。まさか、起きているのか。一体だれが、と、南区からその霊圧の元へと足を向ける先を変えた。
そしてそう間もなく、その正体が分かった。
「…!? 有沢、浅野…?」
トン、と家屋の屋根に降り立ちながら目を見開く。有沢と浅野が、意識のない小川と本匠を背負って歩いていた。二人を安全圏へ避難させねば、その想いで迷わず降り立つとうぉっ!?と浅野が声をあげた。
「有沢、浅野。二人とも、ここはあぶな…」
「冨岡!?冨岡お前、起きてたのか!?てゆーかそのカッコなんだ、時代劇か!?」
「時代劇…いや、違う。二人とも、俺の話を」
「よかったぁ~~~!マジ皆寝ちゃっててさぁ!ていうか街がなんか変なんだけど、あ、そうだ。一護!一護知らないか!?」
「一護なら今修行中で……いや、違う。そうじゃない。ここは危険だ。行くぞ」
「冨岡お前そんなキャラだっけ!?あでも、事情なんか知ってんのかさては…?」
「浅野!冨岡が困ってんでしょ!」
「いってぇ!!」
げし、と有沢の鋭い蹴りが浅野の脛を穿つ。ガッ、と鈍い音がした。浅野も悲鳴を上げながら、しかし本匠を背負っている手前何とか膝をつくのを堪えたようだが、あれは痛そうだ。おろ……と冨岡の背後に汗が飛んでいるような気がする。おろおろしながら二人を見る冨岡の方へ有沢が向き直って、促した。
「で?どこに行けばいいの?特になければ学校行くけど」
「あ……その、学校でいい。学校まで逃げていてくれ。俺は———…!」
ざわり、と総毛だつ。有沢と浅野もまた、重い霊圧に顔色を変えて怯える。藍染の気配だ。馬鹿な、いつの間にこんなに接近を許したと焦りながら、二人を背に抜刀する。初めて見る刀に、浅野がヒッと悲鳴を上げた。
重たく、粘度のある何かに纏わりつかれているような重圧に汗が流れる。ちら、と後ろへ視線を向けると、有沢が膝をついたところだった。通りをゆったりと、優雅に。藍染とギンが、歩を進めてだんだんと近づいてくる。
「……大したものだ。私がここまで近づいても、存在を保っていられるとは」
藍染が有沢たちへと賞賛を零した。背に庇いながら刀を構えていると、藍染が軽く腕を右へと払った。
「っ!?」
突然、不可視の腕に殴られたように吹き飛ばされる。ガシャァアン!と強かに背を打ち付けてその勢いを受け止めたコンクリートが瓦礫と化す。がらがらと崩れ落ちて、有沢たちの目の前で冨岡が生き埋めになってしまった。
「冨岡ぁ!!」
「大丈夫、この程度で死にはしない。彼は、死神だからね」
「しに…がみ……?」
す、と静かに鏡花水月の切っ先を跪いた有沢へと向ける。
「黒崎一護は必ずここに現れるだろう……新たなる力を携えて。だが、私はその力をより完璧へと近づけたい。君たちの死は、そのための助けとなるだろう」
は、は、と息が浅くなる。頭の中を死が埋め尽くし、身体がこわばる。だが、この極限の状況だからこそ生きる為にこの選択がとれた。
「……逃げて、浅野!!」
「っ! え…」
「早くしろよ、あんたがここに居てなんかできんのかよ!?」
「……っ———くそ!!」
浅野が路地へと走り出す。有沢はそれに安堵して、そして、あ…と気づいた。
「(みちるを、おろさなきゃ。にがさなきゃ。でも、身体が動かない。どうしよう)」
スローモーションのように藍染の歩みが映る。焦りとプレッシャーに押しつぶされて、意識を保てている事すら常人には奇跡であった。
「(だめだ、もう)」
その時、ドン!と爆発が藍染を襲う。
「お困りの用だね?ガァ~~~~~ル……そういうときは、ヒーローを呼ぶものだ」
ドン 有沢の後ろに、人影が現れる。
「スピリィッツ!ア~…オールウェイッ!ウィズ!イィィイユーーーー!!!」
ドン、とポーズを決めて現れたのは、いつぞやのうさん臭い霊媒師こと、ドン・観音寺であった。ギンも、有沢も、そして藍染すらも、その思いがけない人物の登場に注目する。
「お待たせしましたよ視聴者のみなさん!あなたのドン・観音寺!みんなのドン・観音寺が帰ってきましたよ~~!!!」
「……何者だ?君は」
「ムゥッ!?この私を知らぬとは無知なボーイだ!さてはTVはあまり見ないのかね!?なら遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!私こそ———」
「何しにきたのよ、ドン・観音寺」
「NOォオオオオオ!!!」
びゅん!と瞬歩かと言わんばかりの速度で有沢へ駆け寄る。
「今から私がスペシャルなな名乗りを上げようとしていたというのにっ!鬼かねガールは!?」
「悪い事言わないから、帰んなよ。あんたが出来るコトなんか何もないんだから」
「いぃや!あるとも!!困っているガールを置いてどこへ行くというのだね!?……うっ」
ぞ、と重霊圧にドン・観音寺の顔色が変わる。重たい空気を搔き分けるように、背後にした藍染へと向き直ると、藍染が薄く微笑みを浮かべていた。
「そろそろ……私の霊圧にも耐えられなくなってきた頃、か。いや、むしろよくぞ耐えたというべきか」
かたかたと震えるステッキを藍染に向けながら、ドン・観音寺が有沢を庇うようにまっすぐに立つ。
「ドン・観音寺!逃げなって!あんたじゃあどうにもならないんだから!!」
「——……逃げる?それは、このヒーローに向かって言っているのかね?」
「……無知なガールだ。一つ、教えておこう」
絶対的な力を持つ藍染に向かい合いながらも、顔の見えないであろう有沢に向けてドン・観音寺は微笑む。
「戦いから逃げるヒーローを、子供たちはヒーローとは呼ばないのだよ」
ドン・観音寺がステッキを握る手に力を籠める。そして、藍染へ向けて猛進する。子供たちを守る。そのためだけに
「観音寺!!」
「止すんだ。人間如きが私に触れれば、存在を失うぞ」
「それで、ガールを守れるのなら!」
観音寺のステッキが、藍染の纏う霊圧に触れようとした。そして、そのステッキを、遮る手があった。
「…っ、な…」
そ、とステッキを下ろす手がある。二人の間に割り込んだ影がある。金糸を躍らせた影が。
「……ほう」
「(……乱菊…!)」
藍染とギンが僅かに反応を示す。肩で息をして、最低限塞がれた傷と熱に苦しみながら、乱菊がそこに立っている。
「な……なんだね、ガールは!?危険だ、ここはガールのような子が来る場所じゃあない!下がっているのだ!」
「……逃げなさい」
「……エッ」
はぁ、と苦し気な息を吐きながら、乱菊は言葉を紡ぎ続ける。
「あの二人はあたしが食い止める。だから、あんた達はさっさと逃げろおって言ってるの」
「……なっ…何を言っているのだガール!?このドン・観音寺が今——」
「あぁもううるっさいわね!!」
「ごちゃごちゃ言ってないで、その子たち担いでさっさと逃げなさいよ!!何!?そのヘンな帽子とヒゲ燃いてグラサンもがれて誰だかわかんなくされたいの!?」
ガッと観音寺のツラをひっつかみながら乱菊が声を荒げる。そのあまりの剣幕に観音寺がヒィッ!と悲鳴を上げる。
「アッ……アンダスタン!アブソリュートリイィアンダスタンッッ!!ここはガールに任せよう!さぁ逃げるぞガール!だが危なくなったらヒーローを呼ぶのだぞ、助けてドーン!!」
ドーン!と口にした瞬間観音寺の顔に空き缶がクリティカル&ダイレクトヒットする。アウチッ!と悲鳴を上げる観音寺。怒る乱菊。静観する藍染とギン。そして瓦礫から顔を出したはいいが、突然のコントに出るタイミングを実は逃していた勇慈。
カオスの様相であった。走り去る観音寺を見送った乱菊が、ふらり、とたたらを踏んだ。
「……はっ、松本!」
がらがら、と瓦礫から飛び出して瞬歩を使い乱菊の元へと駆け寄る。有沢や観音寺が逃げた事で、張っていた虚勢が剥がれたのだろう、倒れる前に滑り込んで肩で支えると、視線のかちあった乱菊が冨岡…と口にした。
「悪いわね。ありがと…」
「無理をするな、お前も、逃げろ」
「そうもいかないわよ。まだ、やらなくちゃいけない事があるのよ……!」
「…やらなくちゃいけない事、とは。今の人間たちを逃がすことかな?それとも、王鍵の創生を阻止する事かな? まぁ……いずれにしても、誤りだが」
「藍染…!」
「藍染隊長、すいません。昔の知り合いが。ボク、アッチに連れて行きますわ」
ここでようやく、口を閉ざしたまま藍染に追従していたギンが口を開く。ふ、と笑みを浮かべながら藍染がギンへと視線を向ける。
「なに。構わないよ。時間ならあるんだ。そこでゆっくり話すといい」
「お邪魔でしょう」
「そんな事はない」
ふ、とギンが瞬歩を使う。
「っ、ギン!!」
「松本!」
ギンが勇慈の元から乱菊を引きはがす。そしてそのまま、乱菊を攫うように空座町の奥へと走り去っていく。
「やれやれ……相変わらず、面白い子だ」
つー…と、汗が垂れていく。彼岸花を油断なく構え直し、きっ、と睨みつける勇慈を他所に、藍染がくく、と面白そうに笑った。
「では、私たちで遊ぶとしよう。楽しませてくれ」
だんっ、と吹き飛ばされた身体が跳ねて壁に激突する。肺の中の空気が押し出され、ヒュッと喉が鳴った。どさりとうつ伏せに倒れ込み、荒く息をする。
「は…は……ぁ…」
ごほ、と血を吐き出す。おそらく肋骨が折れている。残された左腕で身体を起こそうとして、どさりと崩れ落ちた。
「そろそろ、鼠捕りに移りたいのだがな」
こつ、こつ、と。靴を鳴らしながら藍染が歩む。立ち上がれないまま、ちら、と藍染を見上げた。
「終いにしよう。君はよくやった。その命で、黒崎一護の助けとなってくれ」
首筋に鏡花水月が添えられる。
結局、俺は何も成せなかった。課された使命も、約束も。何もかも中途半端だ。一度ならず、二度までも。
無力に苛まれ、再びの絶望に浸りながら、目を伏せる。その時だった。地面が揺れたのは。
「う、おぉおおおお!お早う!土鯰!!」
地面が隆起する。藍染と自分を分かつように盛り上がった地面と、その隆起に飲まれて宙へと放り出された身体を、誰かが受け止める。
「無事か!?」
「ぉ…まえ、は…」
血でゴロゴロとなる肺を動かしながら言葉を紡ぐ。安全圏に退避せよ、と命じたはずなのに、死神がそこにいた。
「アフさん!」
「おうよ!!」
そしてその、”アフさん”と呼ばれた死神が誰かに自分を押し付ける。力の抜けた身体で、誰かを見上げると、そこに居たのは浅野だった。馬鹿な、と目を見開く。
「な…ぜ。逃げろと、言われたはずだ‥! ゴホッ」
「ばっかやろうお前死にかけてるのに何言ってんだよ!?」
そうでなくても腕!腕無いぞオマエ!?なんで生きてるんだ!??オマエが一番死にかけじゃん!!と耳元で大声を出される。正直腑に響く。だが大声で騒いでくれているおかげで、意識を保てている節はあった。
「こちらから出向く手間が省けたな。…さて、鬼事はここまでだ」
藍染が一歩、また一歩と距離を詰める。震える手で土鯰を構えるアフさん、もとい、本名 車谷善之助 は震えていた。だがしかし、この場で今戦えるのは己しかいない!
「う、うぉおおおおお!!」
円月輪を振りかぶる。そして藍染へと突進をする。
「いくぞ土鯰…!岩鯰昇破 !」
「君に用はない」
ぶん、と鏡花水月を振りかぶろうとした。その前に、土鯰が地面を叩くのが先であった。藍染の足元が炸裂し、尸魂界に来て初めて、藍染が体勢を崩す。有象無象と斬り捨てた善之助の一撃に、ほう、と珍し気に瞳を瞬かせた。
「まだだ!喰らえ!」
そのまま手甲のように構えた円月輪で拳を振りかぶる。だがその一撃は、体勢を崩したままの藍染の鏡花水月に、いとも容易く阻まれた。
「君では私には勝てない……が、逃げずに立ち向かうその姿勢。その精神。誇るといい」
そして、今度こそ無造作に振るわれた鏡花水月の衝撃波に吹き飛ばされ、善之助の身体が地面を跳ねるように転がる。建物のガラスに跳ねた身体が直撃し、ガラスの割れる甲高い音と壁にぶつかった鈍い音、そして善之助のうめき声が上がった。
「アフさん!!」
「…!」
ぱらぱら、と土埃が舞う。善之助は頭を打ったのか、うー…や、あー……といった朧気な声しかあげられていない。
「そこで眠っているといい。眠っている間に、全てが終わる。……さて、今度こそ終わりだ。君たちを殺して、王鍵の創生に執りかかる」
「ただいま戻りました。藍染隊長」
ふぅわり、と影が舞い降りる。ギンだった。
「……戻ったか。彼女は?」
「殺しました」
ヒュ、と浅野の喉が鳴る。そうか……と藍染が目を伏せる。
「確かに、霊圧が消えている。驚いたな、君はもう少し彼女に情があると思っていたものだが」
「情?そないなもの、あらしまへんよ。……最初お会いした時、言いましたやろ?」
「僕は蛇や。肌は冷い、情 はない、舌先で獲物捜して這い回って、気に入った奴を丸呑みにする……そういう生き物や。そう、言うたやないですか」
藍染の鏡花水月に手を添えながら、ギンは続ける。
「ええやないですか。あの子ら殺して、王鍵の創生に執りかかる。なら、殺すんはボクがやります。……もう飽きてもうたでしょう?鼠捕りも。せやったら、残りはボクがやりますわ」
「ギン…」
ザン
「!」
「…な、」
藍染の死角、ギンの羽織の影から、神殺槍が藍染を貫いた。勇慈も、浅野も目を見開いて突然の展開に動揺する中、藍染だけはまるで、ついに来たかと受け入れている表情であった。
「鏡花水月の能力から逃れる唯一の手段……それは、完全催眠の発動前から刀に触れておくこと」
神殺槍を戻しながら、蛇の舌先が藍染という獲物に狙いを定めるように、口がゆるりと弧を描く。
「その一言を聞きだすのに……何十年かかった事やら……。護廷十三隊の誰一人、それを知るもんはおらへんのに、みぃんな藍染隊長を殺せる気でおるもんやから、見とってはらはらしましたわ」
「藍染隊長を殺せるんは、ボクだけやのに」
「ふ……知っていたさ。君の狙いなど、知った上で私は君を連れていた。君が、私の命をどう狙うのか、興味があったからだ」
ど、と血があふれ出す。それを抑え俯きながら、藍染が笑った。昏い瞳がギンの描いた弧を捉える。
「ギン、この程度で私を殺せると思っていたのか?」
「思うてません。思うてませんけど……見えます?ここ、欠けてんの」
そっと刃をずらし、神殺槍に生じた刃こぼれをギンが藍染へと見せつける。それが何か——と、藍染が口を開く前に、ギンが藍染の空いた胸の孔を指さした。
「それ、藍染隊長の中に置いてきました」
「何……?」
「ボクの卍解の能力、昔、お伝えしましたね。……すんません、あれ、嘘言いました。」
「言うたほど長く延びません。言うたほど迅く延びません。ただ、延び縮みする時一瞬だけ塵になります。そして、[[rb:刃の内側に > ・・・・・]]細胞を溶かし崩す猛毒があります」
それは、蛇の毒。
「ギン……!」
「解ってもろたみたいですね。今、胸を貫いてから戻す時、一欠だけ塵にせんと藍染隊長の心臓の中に残してきたんです。……喋るんやったら、早うした方がええですよ」
「ギン!!」
「まぁ、早うしても」
「死ぬもんは死ぬんやけど」
—————死 せ、神殺槍
「ギン…貴様……!!」
「胸に孔が空いて死ぬんや。本望ですやろ」
崩壊。胸に孔が空く。崩玉をギンが抉りだす。ギンが姿を消し、藍染が倒れ伏す。その瞬間
「う゛お゛お゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛お゛お゛!!!」
「っまずい…浅野!!」
藍染が吼える。その直前、勇慈が瞬歩で浅野と共に無理やり離脱する。
一方のギンもまた、崩玉の異変に動揺していた。
「なんや……これは…っ、終わりやないのか…!?」
「私の勝ちだ、ギン。崩玉は……私の中になくとも、すでに私のものだ」
勇慈が浅野を物陰に隠す。その時、ザン……と、何かねばついたものを斬る音がした。
振り向く。そこで見たものは、藍染がギンを袈裟斬りにしていた姿だった。
手が延びる。崩玉を再び抉りだそうと。その手を藍染がとった。まるで、倒れるものに手を差し伸べるかのように。
ぶちり、音がした。腕が千切られた。音がした。藍染の刀が、ギンを貫いていた。
「————進化には、恐怖が必要だ。今のままでは、すぐにでも滅び、消え失せてしまうという恐怖が」
「ありがとう、ギン。君のおかげで、私は、ついに死神も虚も超越した存在となったのだ」
「……お礼を言うのんは、早うあらしまへんか」
がしっ、と。ギンが藍染の刀を強く強く握りしめる。
「貴様…!?」
「冨岡ァ!!刺せ!!!ボクごと!!!」
ギンが声を吼える。目と目が交差する。そこにギンの覚悟を感じ取った。そして己に再び恥じ入る。そうだ、まだ、終わってなどいない!!
ヒュウウ、と深く深く息を吸い込む。
「う、ぉぉおおおお!!!」
「っ!」
右腕を刀ごと押さえつけられた藍染が、左手で勇慈を払おうとする。放たれた破道が肩を抉り、髪を散らす。それでも、勇慈は止まらなかった。
「水の呼吸 漆ノ型…!」
「貴様ァ!」
「————雫波紋突き!!!」
キィン! と、甲高い音が響き渡る。崩玉と、短刀が迫り合っている。——押し負ける。
「諦めろ…私は世界の在り方を、変えねばならないのだ!!」
「ぐ……っ…くっ…!」
ギリギリ、と刃と玉が擦れあう音がする。藍染の気迫に押し負けそうになる。
・・・・・・いつだって、自分は肝心な時に負け続けてきた。負け続けてきた自分の、弱気な部分が鎌首をもたげる。それを象徴するかのように、短刀に僅かな刃こぼれが生じた。
やはり、俺じゃあだめなのか。そう、心が折れそうになった時、優しい笑みと苦々しい顔が、背中を押した。
————俺は……水柱じゃない。水柱に相応しかったのは、兄さんの方だ
だが……もう少しだけ、頑張ってみる
「っ、!」
かぁっと頬が熱くなる。……すまない、義勇。と、俺を信じて凪を託してくれたへ詫びる。いつだって、恥ずかしくない兄でありたかったのに、また心が負けそうになっていた。弱い己に反吐が出る。それに、約束したじゃあないか、護廷の為に、今度こそこの命を燃やすのだと!いつだって、誰かのためにこの心は奮起する!
「あ、あ゛ぁ゛あ゛あ゛!!」
柄を握る左手に万力の力が宿る。ヒュウヒュウ、唸る吐息は嵐のように音を立てる。馬鹿な、と、藍染が呟いた。
「なんだ…貴様……なんだ…その痣 は!?」
心臓が暴れるように早鐘を打つ。血管の一つ一つが沸騰したように熱くなる。それに呼応するように、ズズ、と、頬に流水の痣が浮かび上がった。穿て、穿て、今ここでやるんだ!
ズ、と刃が通った。藍染の胸に、刃が届いた。ダン!と踏み込みをして刃をより一層喰い込ませる。
「なっ!?」
「……、縛道の九十九!”禁”!!」
藍染と勇慈、そしてギンの身体を縛り上げるかのように黒い帯が纏わりつき、楔が打ち込まれる。
「き、さまァアアアアア!!」
「縛道の九十九!第二番 ”卍禁”!!」
「初曲・止繃 !弐曲・百連閂 !!」
布が帯の上から絡みつき、その上から楔がさらに打ち込まれ、固定されてゆく。視界が白に埋め尽くされゆく中、最後の詠唱を唱える。
「終曲・卍禁太封!!」
石柱が召喚され、天から墜ちる。短刀の柄にぴしり、と罅が入るほど強く強く握りしめながら、相打ちになっても、ここで倒す。その最期の意地で縛り続けた。しかし
「う、オォオオオオオ!!!!!」
ドン!と、封が破れる。羽化する蝶のように、羽が広がる。千切れた布の隙間から垣間見た藍染の最後のあがきに、なん……だと……と、声が漏れた。
「君たちは、本当によくやった。よくぞ、私をここまで追い詰めた」
神が羽化する。伸びきった羽から迸った閃光が、卍禁太封の石柱を切り刻んだ。衝撃波が巻き起こる。”禁”が、解かれた。
「——————……」
吹き飛ばされた身体が二つ、宙を舞う。
「(……あぁ…)」
これでも、足りなかったのか。
「(すまない、二人とも……)」
そのまま自由落下して、地面に強かに身体を打ち付ける。それで、おしまい。そう思っていた。その身体を受け止める者が現れるまでは。
どさり、と受け止められる。ゆるゆる、と、微かに目を開けてみてみれば、そこに居たのは——
「……いち、ご……?」
ついに、断界から出でた黒崎一護が、そこにいた。
「……ありがとな、勇慈。後は、任せてくれ」
任せても、いいのだろうか。だけど、すまない。もう、立てそうにない。
ふっ、と。意識が闇に落ちていった。
ピッ……ピッ……
無機質な音が響く、薬品の匂いがする。かちゃり、かちゃりと隣で音がする…気がする。誰だろう。
暗い視界が、さらに暗くなる。影が落ちているような感じだ。誰か、そこにいるのだろうか。
しばらくすると影は退いて、かちゃかちゃと音と共に遠ざかる。また、静かになった。
ピッ……ピッ……
と、無機質な子守歌を聞きながら。また意識が落ちていった。
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次に目を開けた時、眩しさに目がつぶれそうになったのは仕方がないと思う。真っ白な天井と、湿った吐息。ピッ……ピッ……と、無機質な音を立てる機械と、ぽたり、ぽたりと落ちる点滴の音。茫然とした様子で天井を眺めていると、がらり、と音がした。視線だけそちらに向けてみる。
「あ」
ひょこ、と顔を出したのはリンとネムだった。ぼんやりとした視線が、確かに二人を捉える。はわわわわ……とリンが慌てた声を上げる。
「たっ……たいちょぉ~~~~!勇慈が起きましたぁああああ~~~~!」
バタバタドシャッ……バタバタバタ………と、転んだような音を交えながら文字通り リンが飛んでゆく。微かに呼吸をしながら、残るネムの方をちら、とみると、点滴を交換してくれていた。
「ねむ……」
声は想像以上にかすれて、拙いものになっていた。少し驚いていると、どうしましたか?とネムが顔を向けてくれる。
「ここ、は……」
「技術開発局の、第二集中治療室です。あの戦いから二か月、勇慈は昏睡状態のままここで治療を受け続けていました」
「に…っ、う」
「大声を上げてはいけません。傷に響きます」
「傷……、は?」
身体に響く鈍痛に呻いて、無意識に[[rb:右腕 > ・・]]でベッドシーツを握り締める。そこではたと気づいた、自分の腕は、藍染に千切り飛ばされていたはずだ。
「マユリ様です」
「は…」
「その腕は、マユリ様が処置しました。床についていたのでいくらか筋力は落ちたかと思いますが……神経回路の接続には、問題ないかと思います」
そう言うと優しく手をとって、やんわりと感触を確かめるように触って、握ってを繰りかえしてくれる。右腕には抜糸後もなく、きれいな腕のままだった。
やさしく握られるまま、ネムの両手のひらの感触を享受する。
「……藍染は、どうなった?」
「藍染惣右介は浦原喜助の封印術によって封印されました。その過程で、黒崎一護が死神の力を失っています」
「……な!? ぅ、ごほっ」
「動いてはいけません、勇慈」
はぁ、と酸素マスクの中に息を吐き出しながら、痛む全身に顔を歪める。
「……ネム、マユリを呼んできてくれ。経過報告と、リハビリの日程を相談したい」
「はい、勇慈」
手のひらが離れる。するりと病室を後にして、残されたのは勇慈一人になった。
「………」
まるで連結の鈍い義骸のように、ぎこちなく動く右手を持ち上げる。そうしてそのまま、ぽすり、目元を隠すように腕の力を抜いた。
「………俺は…」
無力だ。ぽつりと響いたそのセリフは誰に聞かれることもなく、宙に溶けていった。
————————————
—————————
——————
———
さらにそれから、一月後。勇慈は空座第一高等学校に登校していた。教室の扉をガラリと開けて、[[rb:いつものように > ・・・・・・・]]おはよう、と一護に声をかける。
「おう、おはよう。勇慈」
「……勇慈?」
「……今日の俺は、本体の方だ」
「!? な、起きたのか!?」
教室の一角で大声を上げた一護に、なんだなんだとクラスメイトが顔を向ける。その中には、井上や茶渡の姿もあった。
「ちょ、ちょっと来い!」
「あっ、黒崎くん!HRはじまっちゃうよぉ~!」
「悪い井上、上手い事言っといてくれ!」
——————
———
「——…記憶のバックアップ、義魂に託していたここ三か月分の現世の生活状況の接続と、リハビリがある程度済んだから出てきた、という訳だ」
「てことは、お前まだ怪我人かよ……」
「問題はない。虚に遅れを取るほどでもない」
校舎の屋上で二人が語らう。はー……と、大きなため息を吐きながら一護が手すりにもたれかかる。
「今日体育あんの知ってんのかよ……怪我が悪化する事だけはするなよ」
「そうなのか?気を付ける」
「時間割確認して来いよ」
「学校は初めてなんだ。許せ」
ぽつり、ぽつりと二言三言言葉を交わす。校庭を見下ろしながら切り込んだのは、勇慈の方だった。
「一護……死神の力を、失ったと聞いた」
「…聞いてたのかよ」
「目が覚めて真っ先に確認して、知った。藍染と相打ちして、消失したと」
「……後悔はしてねェよ。それに、16年憧れ続けていた”見えない”生活をようやく手に入れたんだ。……って、そうだ。なんでお前まだふつーに学校に通ってるんだ?」
「重霊地たる空座町で、大規模な戦闘行為が行われた。霊脈に異常が生じていないか、虚の出現速度、平均霊圧の濃度……技術開発局で管理すべき項目が多々ある。俺は、観測員として数年は、滞在する予定だ」
「お、おう……忙しいんだな。身体壊すなよ」
「気を付ける」
キーンコーンカーンコーン……予鈴が鳴った。あっ、やべ、そろそろ行かなきゃ。と一護が口にする。
「戻るぞ勇慈、一限目は数学だ。遅れるなよ!」
「あぁ」
ぱたぱた、と一護が屋上から駆け降りていく。その背を勇慈はじっと、見つめていた。
「……馬鹿者が」
————16年憧れ続けていた”見えない”生活をようやく手に入れたんだ
本心でそう言っているのなら、そんな寂しい顔をせずとも良かった。俺が俺である事を知って安堵するという事は、未練があるという事だ。
だが、もとはと言えば俺がしくじらなければ一護は、死神の力を失わずとも済んだのだ。
なら、俺に出来る事は——……
夜、義骸を脱ぎ捨てた勇慈は浦原商店を訪れていた。そして、奇妙だなと感じた。もうとっぷり日は暮れている時間なのに、シャッターが空いている。おかしいな?と思いつつも、とん、とんとガラス戸をノックをする。
「っとと、はぁ~い!……アッ、冨岡サンじゃあないっスか!もう怪我はよろしいんで?」
「ああ。……今時間はあるか?」
「エッ!?えぇーと……あるにはあるんですが先客がいてェ…」
「誰だ?」
「朽木サンっスよ。朽木ルキアサン」
「なら構わない。上がってもいいか?」
「エッ!いやぁ~……後日に回しちゃァもらえませんかね?」
「何故だ」
「それがぁ……」
「隠し事か。安心しろ、俺も隠し事だ」
「エッ、」
「上がるぞ」
「エッ、ちょ、冨岡サ~ン!」
す、と草履を脱いで居間の方へと上がる。がらり、と戸を開けると、ちゃぶ台の前で腰を下ろしていたルキアと目があった。
「勇慈!声はこちらにも聞こえていたが……回復したのだな」
「ああ……そうか、もう副隊長だったか。おめでとうございます。朽木副隊長」
「止してくれ、共に戦った仲間ではないか」
和やかに会話が進んでいくが、浦原としてはあちゃー…といった心境である。なんせ、勇慈にはあの涅マユリの監視用の菌が付着している。今話している企み事を話すにしては、非常に、マズい。
「それで、話があるんだが……浦原さん?」
「あっ、あぁー……すみませんね。で、なんですって?」
えぇいままよと浦原も卓につく。どうにか上手い事ごまかすしかない、ルキアにそう目くばせをして。だから次に飛び込んできた言葉は想定外も想定外だったのだ。
「黒崎一護が、死神の力を失ったのを確認した。俺は、あれに力を取り戻させたい。力を貸してくれ」
「……エッ!?」
「やはり、駄目か……?」
「エッ、いやぁ……エェー……?」
「勇慈……!やはり、お前も同じことを考えていたのだな!」
「俺も……という事は、朽木、お前もか?」
浦原が帽子の奥で目をまんまるにして二の句を継げないでいる。それはまさに、ルキアと相談していた内容だったのだ。涅マユリ経由で山本総隊長に報告されないように、と隠蔽しようとしていた。感激のあまり、ぽろりと口を滑らせたルキアによって、隠蔽工作は秒で潰えたのだが。
「あぁ~……もうどうにでもなれって事っスね…。朽木サンの言う通り、今まさに話していた内容がそれなんスよ。黒崎サンに死神の力を取り戻させる。その研究は、始めています」
「浦原さん…!」
「で……だ。冨岡サン。なんとかうまい事涅隊長を言いくるめてくれませんかね?あの人はアレで公の人なんで、バレたら間違いなく総隊長に報告が行くんスよ……」
……一理ある、と冨岡が考えるように顎に手を当てる仕草をする。
「……それより、良い手がある」
「え、なんスか」
「マユリを抱き込め。アイツもこの件に巻き込むんだ」
「……はぁ!?いやいやいや、無理っスよ!あの涅隊長ですよ!?転界結柱の共同研究ですら渋い顔されたのに———…」
「確かに、死神の力の譲渡は重罪だ。それは、朽木が身を以て証明している」
浦原の言葉を遮り、勇慈が言葉を紡ぐ。
「だが、マユリが厭うのは護廷の務めを阻む者。それと、浦原さん。あなた自身だ」
「酷くないっスか!??」
「事実だ。だからこそ、浦原喜助一人の手に余る案件であるのなら、マユリの力を借りるべきだ」
ふ、と挑発するように細い笑みを浮かべながら、堂々と宣言する。
「浦原喜助に成せない事でも、涅マユリなら成せる。俺の友人は、そういう男だ。そうだろう、マユリ」
『……随分な物言いをするじゃあないかネ。ん?何かね、四席の分際で、隊長の私に護廷の掟を破れと言っているのかネ?』
ザザ、とインカムからマユリの声が飛び出てきて、ルキアの肩がぴょんっと跳ねる。浦原はあちゃー…という顔をして、バレるのが早い…と頭を抱えていた。
「いい研究になる。複数人の霊力を束ね、拒絶反応を起こさないように対象に注ぎ込む。霊圧霊力の統合運用試験にも役立つ」
『リスクが高いヨ。そんなもの、局でいくらでも試験できる』
「隊長格の霊圧収束はやれないだろう」
『その点については認めるがネ。その為に掟を破れというのが馬鹿馬鹿しいというものだヨ。そんな頭もなくしてしまったのかネ?』
「マユリ」
『なんだネ』
「お前、このまま放置していたら浦原喜助ならやるぞ。どんな隠蔽をしてでも、黒崎一護に霊力回復の研究を成し遂げるぞ」
『………』
「その前に、一枚噛みたくないか?都合のいい被検体と実験結果も手に入る。何より、浦原さんだけで成せない研究も、お前がいれば成せる。俺は、そう信じている」
『………』
「拗ねるな、マユリ」
『拗ねてなどいないヨ!!』
「そうか。なら、だめか?どこが嫌なんだ」
『嫌とは誰も……ハァ~~~……』
沈黙。ごくり、と浦原とルキアが生唾を飲み込む音と、凪いだ勇慈の顔。そして局で頭を抱えているマユリの四者が沈黙に浸っていた。
『……共同研究には、私の銘も刻むからな』
「!」
『浦原喜助一人の成果になどさせるものか。浦原、聞いているんだろう。今あるデータを寄こせ。今から送る通信網なら検閲に引っかからない。さっさとするんだヨ!』
ぶちり、とインカムが雑に切られる。しん……と静まり返り、ちら…と浦原が勇慈を伺うように顔を向ける。
「えぇーと……とりあえず、準備してきますね?」
「あぁ、頼む」
「お二方…よろしくお願いします…!」
「えぇ、ちょっと想定外の展開になったっスけど……もう少し、時間をください。必ず完成させてみます」
その浦原の言葉に勇慈とルキア、二人は強くうなずいた。
—————————
——————
———
「……っ、ハァッ、ハァッ……!」
「大したものだ。その傷で、そして私の霊圧を受けて未だ立っていられようとは……良く耐えている、そう賞賛すべきだ」
「くっ…!」
ちら、と後ろへ視線を僅かにやる。彼女たちは逃げ切れただろうか。途中思わぬ乱入が入ったが、力の抜けきった彼女たちを逃がすのに、成人男性の力を借りることが出来るのはありがたい。しかし……
「彼女が気になるか?」
「、っ」
「そう焦ることもない。ギンは面白い男だ。それに、昔なじみのようだからね。今頃、彼女とゆっくり話をしているだろう」
「……」
「さて、私の方も焦る事はないのだがね。……黒崎一護が来る前に、一人ずつ、贄の見栄えを整える仕事もあることだ。」
す、と刀を向けながら悠然と話す。
「君は死神でもあるが、黒崎一護と共に行動した仲間でもあったね。それに、先の破面の戦いにも二度参加している。……君もまた贄には相応しい。彼らを護るというのなら、まずは君を贄としようか」
「……心外だ。そう簡単に、行かせはしない!」
呼吸を用い、藍染へと斬りかかる。しかし不可視の障壁に阻まれて、やはり刃が藍染の元へ届かない。藍染が軽く腕を払う、その動作で再び吹き飛ばされた。藍染の一挙手一投足、それを振るわれるたびに街に増え続ける瓦礫の山に強かに背中を打ち付け、ひゅっ、と呼吸が一瞬止まる。
頭を打ってしまったせいで、視界がちかちかと瞬く。歯を噛みしめて、何とか正気を保つとすぐに藍染の方へと意識を向ける。
「そんなところに、私はいないよ」
ふわり、と目の前に藍染が瓦礫の上に降り立つ。そうして柔らかく右手を取られる。まるで立ち上がるために手を差し伸べるかのように、しかし
ぶちり、
「おや……死神とは、ここまで脆かったのか」
ぽい、どさり。彼岸花を握り締めたままのちぎられた右腕が、無造作に放り出される。それを認識て遅れてようやく、右腕の喪失という激痛に絶叫を上げた。
「あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!」
肩口を抑えながら、不格好で必死な回復の呼吸を試みる。か細い呼吸を繰り返し、脂汗を滲ませている勇慈の姿を、憐れんだ目で見つめていた。そして鏡花水月の峰で勇慈の顎を持ち上げると、視線を絡ませながら神はうっそりとほほ笑んだ。
「痛かったね。それはすまない……だが、その痛みももう間もなく終わる」
「……まだ、だ!」
懐に忍ばせていた短刀を抜き放ち、鏡花水月を振り払う。そして瞬歩を用いて距離を取り、残された左手で構える。
「あまり動かない方がいい。死期を早めるぞ」
「……構わない。死ぬのなら……お前に、ここで倒してから死ぬ」
あと四半刻、耐えきるか、ここで藍染を封印するか。いずれにしても、やるだけだ。
ぜぇぜぇと荒い呼吸を吐きながら短刀を構える。四半刻前に受けた通信の内容を、思い出していた。
———————————
—————————
——————
———
もう何体目か、数えるのをやめた為忘れてしまったが虚を斬り捨てながら、勇慈はインカム型伝令神機に耳を傾けていた。隊長たちが、やられた。そして今、浦原さんと夜一さん、そして黒崎一心までも。状況は、非常に芳しくない。
『ッザザ……すみませんねェ……、そっちに、藍染が行きました。もう間もなく、空座町が戦場になる……』
「喋ってはダメだ、傷が開く」
『今喋らないで何時喋るんスか……どーいうワケか、断界の中に拘突がいないらしいんですよ。…で、ここからが本題っス』
かなり深い傷を負ったらしい浦原が、息を整えながら二の句を続ける。
『断界の中で修行する…現世側で言うところの、一時間。断界の中での、二〇〇〇時間。一時間、一時間だけ…藍染の足止めをお願いします』
「俺に課された使命は、封印だ」
『封印出来ると思ってるんスか?アレを』
「……」
それに即座に是と答える事は出来なかった。隊長格が束でかかって、浦原喜助と四楓院夜一、そして黒崎一心ですら勝てない相手に、自分ひとりで立ち向かって叶うなどと言えるはずもなかった。だが
「……一護一人で戦わせる訳には、いかない」
『……!』
「黒崎一護なら、勝てるかもしれない。だが、黒崎一護一人を犠牲にするわけには、いかない」
『冨岡サン……』
「誰かの犠牲の元に藍染を倒せるのなら、俺はやる。…足止めの件、引き受けた」
ぷちりと通信を切る。そして回線をオープン回線へとつなぎ直し、すぅ、と一つ大きく息を吸い込んだ。
『————聞け!空座町守護の任に当たっている全死神に告ぐ!!藍染惣右介の尸魂界侵攻が確認された。到着予測時刻は半刻後!空座町の外まで退避しろ!』
ザワ、と俄かに回線が騒がしくなる。声を張り上げて、指示を飛ばす。
『通信技術研究科のみんなは、霊圧を探知次第データを送ってくれ。戦闘可能領域を割り出して、そこで藍染と交戦に入る』
『一人で戦う気か?!無茶だ、やめろ、勇慈!!』
『元より、万が一の際は人柱になれと命を受けている』
『だが!』
『頼む。やらせてくれ』
『……っ…』
つまり、見捨てて生き残れと言ったのだ。自分が相手の立場なら、激高したであろうセリフを。酷い事を言ってしまったという罪悪感が僅かにあるが、今ここで命を燃やさねば尸魂界にも現世にも未来はない。
黒崎一護が藍染を討滅するのが先か、俺が藍染を封印するのが先か。もしくは、どちらも間に合わず王鍵の創生を許してしまうか。そのいずれかしか未来はない。
『……俺は行く。ナビは頼んだ』
ぴ、ぴ。と宙に展開した簡易モニターに送られてきた、藍染到着予測座標をチェックしながら通話を切る。すでに断界を超えたらしい。拾われた霊圧と地図の座標を照らし合わせる限り、空座町南区側から藍染が来る。今いるのは西区だ。瞬歩を使って走り出す。途中、巻き込まれる可能性のある現世人員が居ないかもチェックを入れる。そこで、気づいた。
『(動く霊圧がある……?まさか、)』
走りながらモニターを動かしていたら、か弱く小さな霊圧が探知に引っかかっていた。しかも、それが動いている。まさか、起きているのか。一体だれが、と、南区からその霊圧の元へと足を向ける先を変えた。
そしてそう間もなく、その正体が分かった。
「…!? 有沢、浅野…?」
トン、と家屋の屋根に降り立ちながら目を見開く。有沢と浅野が、意識のない小川と本匠を背負って歩いていた。二人を安全圏へ避難させねば、その想いで迷わず降り立つとうぉっ!?と浅野が声をあげた。
「有沢、浅野。二人とも、ここはあぶな…」
「冨岡!?冨岡お前、起きてたのか!?てゆーかそのカッコなんだ、時代劇か!?」
「時代劇…いや、違う。二人とも、俺の話を」
「よかったぁ~~~!マジ皆寝ちゃっててさぁ!ていうか街がなんか変なんだけど、あ、そうだ。一護!一護知らないか!?」
「一護なら今修行中で……いや、違う。そうじゃない。ここは危険だ。行くぞ」
「冨岡お前そんなキャラだっけ!?あでも、事情なんか知ってんのかさては…?」
「浅野!冨岡が困ってんでしょ!」
「いってぇ!!」
げし、と有沢の鋭い蹴りが浅野の脛を穿つ。ガッ、と鈍い音がした。浅野も悲鳴を上げながら、しかし本匠を背負っている手前何とか膝をつくのを堪えたようだが、あれは痛そうだ。おろ……と冨岡の背後に汗が飛んでいるような気がする。おろおろしながら二人を見る冨岡の方へ有沢が向き直って、促した。
「で?どこに行けばいいの?特になければ学校行くけど」
「あ……その、学校でいい。学校まで逃げていてくれ。俺は———…!」
ざわり、と総毛だつ。有沢と浅野もまた、重い霊圧に顔色を変えて怯える。藍染の気配だ。馬鹿な、いつの間にこんなに接近を許したと焦りながら、二人を背に抜刀する。初めて見る刀に、浅野がヒッと悲鳴を上げた。
重たく、粘度のある何かに纏わりつかれているような重圧に汗が流れる。ちら、と後ろへ視線を向けると、有沢が膝をついたところだった。通りをゆったりと、優雅に。藍染とギンが、歩を進めてだんだんと近づいてくる。
「……大したものだ。私がここまで近づいても、存在を保っていられるとは」
藍染が有沢たちへと賞賛を零した。背に庇いながら刀を構えていると、藍染が軽く腕を右へと払った。
「っ!?」
突然、不可視の腕に殴られたように吹き飛ばされる。ガシャァアン!と強かに背を打ち付けてその勢いを受け止めたコンクリートが瓦礫と化す。がらがらと崩れ落ちて、有沢たちの目の前で冨岡が生き埋めになってしまった。
「冨岡ぁ!!」
「大丈夫、この程度で死にはしない。彼は、死神だからね」
「しに…がみ……?」
す、と静かに鏡花水月の切っ先を跪いた有沢へと向ける。
「黒崎一護は必ずここに現れるだろう……新たなる力を携えて。だが、私はその力をより完璧へと近づけたい。君たちの死は、そのための助けとなるだろう」
は、は、と息が浅くなる。頭の中を死が埋め尽くし、身体がこわばる。だが、この極限の状況だからこそ生きる為にこの選択がとれた。
「……逃げて、浅野!!」
「っ! え…」
「早くしろよ、あんたがここに居てなんかできんのかよ!?」
「……っ———くそ!!」
浅野が路地へと走り出す。有沢はそれに安堵して、そして、あ…と気づいた。
「(みちるを、おろさなきゃ。にがさなきゃ。でも、身体が動かない。どうしよう)」
スローモーションのように藍染の歩みが映る。焦りとプレッシャーに押しつぶされて、意識を保てている事すら常人には奇跡であった。
「(だめだ、もう)」
その時、ドン!と爆発が藍染を襲う。
「お困りの用だね?ガァ~~~~~ル……そういうときは、ヒーローを呼ぶものだ」
ドン 有沢の後ろに、人影が現れる。
「スピリィッツ!ア~…オールウェイッ!ウィズ!イィィイユーーーー!!!」
ドン、とポーズを決めて現れたのは、いつぞやのうさん臭い霊媒師こと、ドン・観音寺であった。ギンも、有沢も、そして藍染すらも、その思いがけない人物の登場に注目する。
「お待たせしましたよ視聴者のみなさん!あなたのドン・観音寺!みんなのドン・観音寺が帰ってきましたよ~~!!!」
「……何者だ?君は」
「ムゥッ!?この私を知らぬとは無知なボーイだ!さてはTVはあまり見ないのかね!?なら遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!私こそ———」
「何しにきたのよ、ドン・観音寺」
「NOォオオオオオ!!!」
びゅん!と瞬歩かと言わんばかりの速度で有沢へ駆け寄る。
「今から私がスペシャルなな名乗りを上げようとしていたというのにっ!鬼かねガールは!?」
「悪い事言わないから、帰んなよ。あんたが出来るコトなんか何もないんだから」
「いぃや!あるとも!!困っているガールを置いてどこへ行くというのだね!?……うっ」
ぞ、と重霊圧にドン・観音寺の顔色が変わる。重たい空気を搔き分けるように、背後にした藍染へと向き直ると、藍染が薄く微笑みを浮かべていた。
「そろそろ……私の霊圧にも耐えられなくなってきた頃、か。いや、むしろよくぞ耐えたというべきか」
かたかたと震えるステッキを藍染に向けながら、ドン・観音寺が有沢を庇うようにまっすぐに立つ。
「ドン・観音寺!逃げなって!あんたじゃあどうにもならないんだから!!」
「——……逃げる?それは、このヒーローに向かって言っているのかね?」
「……無知なガールだ。一つ、教えておこう」
絶対的な力を持つ藍染に向かい合いながらも、顔の見えないであろう有沢に向けてドン・観音寺は微笑む。
「戦いから逃げるヒーローを、子供たちはヒーローとは呼ばないのだよ」
ドン・観音寺がステッキを握る手に力を籠める。そして、藍染へ向けて猛進する。子供たちを守る。そのためだけに
「観音寺!!」
「止すんだ。人間如きが私に触れれば、存在を失うぞ」
「それで、ガールを守れるのなら!」
観音寺のステッキが、藍染の纏う霊圧に触れようとした。そして、そのステッキを、遮る手があった。
「…っ、な…」
そ、とステッキを下ろす手がある。二人の間に割り込んだ影がある。金糸を躍らせた影が。
「……ほう」
「(……乱菊…!)」
藍染とギンが僅かに反応を示す。肩で息をして、最低限塞がれた傷と熱に苦しみながら、乱菊がそこに立っている。
「な……なんだね、ガールは!?危険だ、ここはガールのような子が来る場所じゃあない!下がっているのだ!」
「……逃げなさい」
「……エッ」
はぁ、と苦し気な息を吐きながら、乱菊は言葉を紡ぎ続ける。
「あの二人はあたしが食い止める。だから、あんた達はさっさと逃げろおって言ってるの」
「……なっ…何を言っているのだガール!?このドン・観音寺が今——」
「あぁもううるっさいわね!!」
「ごちゃごちゃ言ってないで、その子たち担いでさっさと逃げなさいよ!!何!?そのヘンな帽子とヒゲ燃いてグラサンもがれて誰だかわかんなくされたいの!?」
ガッと観音寺のツラをひっつかみながら乱菊が声を荒げる。そのあまりの剣幕に観音寺がヒィッ!と悲鳴を上げる。
「アッ……アンダスタン!アブソリュートリイィアンダスタンッッ!!ここはガールに任せよう!さぁ逃げるぞガール!だが危なくなったらヒーローを呼ぶのだぞ、助けてドーン!!」
ドーン!と口にした瞬間観音寺の顔に空き缶がクリティカル&ダイレクトヒットする。アウチッ!と悲鳴を上げる観音寺。怒る乱菊。静観する藍染とギン。そして瓦礫から顔を出したはいいが、突然のコントに出るタイミングを実は逃していた勇慈。
カオスの様相であった。走り去る観音寺を見送った乱菊が、ふらり、とたたらを踏んだ。
「……はっ、松本!」
がらがら、と瓦礫から飛び出して瞬歩を使い乱菊の元へと駆け寄る。有沢や観音寺が逃げた事で、張っていた虚勢が剥がれたのだろう、倒れる前に滑り込んで肩で支えると、視線のかちあった乱菊が冨岡…と口にした。
「悪いわね。ありがと…」
「無理をするな、お前も、逃げろ」
「そうもいかないわよ。まだ、やらなくちゃいけない事があるのよ……!」
「…やらなくちゃいけない事、とは。今の人間たちを逃がすことかな?それとも、王鍵の創生を阻止する事かな? まぁ……いずれにしても、誤りだが」
「藍染…!」
「藍染隊長、すいません。昔の知り合いが。ボク、アッチに連れて行きますわ」
ここでようやく、口を閉ざしたまま藍染に追従していたギンが口を開く。ふ、と笑みを浮かべながら藍染がギンへと視線を向ける。
「なに。構わないよ。時間ならあるんだ。そこでゆっくり話すといい」
「お邪魔でしょう」
「そんな事はない」
ふ、とギンが瞬歩を使う。
「っ、ギン!!」
「松本!」
ギンが勇慈の元から乱菊を引きはがす。そしてそのまま、乱菊を攫うように空座町の奥へと走り去っていく。
「やれやれ……相変わらず、面白い子だ」
つー…と、汗が垂れていく。彼岸花を油断なく構え直し、きっ、と睨みつける勇慈を他所に、藍染がくく、と面白そうに笑った。
「では、私たちで遊ぶとしよう。楽しませてくれ」
だんっ、と吹き飛ばされた身体が跳ねて壁に激突する。肺の中の空気が押し出され、ヒュッと喉が鳴った。どさりとうつ伏せに倒れ込み、荒く息をする。
「は…は……ぁ…」
ごほ、と血を吐き出す。おそらく肋骨が折れている。残された左腕で身体を起こそうとして、どさりと崩れ落ちた。
「そろそろ、鼠捕りに移りたいのだがな」
こつ、こつ、と。靴を鳴らしながら藍染が歩む。立ち上がれないまま、ちら、と藍染を見上げた。
「終いにしよう。君はよくやった。その命で、黒崎一護の助けとなってくれ」
首筋に鏡花水月が添えられる。
結局、俺は何も成せなかった。課された使命も、約束も。何もかも中途半端だ。一度ならず、二度までも。
無力に苛まれ、再びの絶望に浸りながら、目を伏せる。その時だった。地面が揺れたのは。
「う、おぉおおおお!お早う!土鯰!!」
地面が隆起する。藍染と自分を分かつように盛り上がった地面と、その隆起に飲まれて宙へと放り出された身体を、誰かが受け止める。
「無事か!?」
「ぉ…まえ、は…」
血でゴロゴロとなる肺を動かしながら言葉を紡ぐ。安全圏に退避せよ、と命じたはずなのに、死神がそこにいた。
「アフさん!」
「おうよ!!」
そしてその、”アフさん”と呼ばれた死神が誰かに自分を押し付ける。力の抜けた身体で、誰かを見上げると、そこに居たのは浅野だった。馬鹿な、と目を見開く。
「な…ぜ。逃げろと、言われたはずだ‥! ゴホッ」
「ばっかやろうお前死にかけてるのに何言ってんだよ!?」
そうでなくても腕!腕無いぞオマエ!?なんで生きてるんだ!??オマエが一番死にかけじゃん!!と耳元で大声を出される。正直腑に響く。だが大声で騒いでくれているおかげで、意識を保てている節はあった。
「こちらから出向く手間が省けたな。…さて、鬼事はここまでだ」
藍染が一歩、また一歩と距離を詰める。震える手で土鯰を構えるアフさん、もとい、本名 車谷善之助 は震えていた。だがしかし、この場で今戦えるのは己しかいない!
「う、うぉおおおおお!!」
円月輪を振りかぶる。そして藍染へと突進をする。
「いくぞ土鯰…!
「君に用はない」
ぶん、と鏡花水月を振りかぶろうとした。その前に、土鯰が地面を叩くのが先であった。藍染の足元が炸裂し、尸魂界に来て初めて、藍染が体勢を崩す。有象無象と斬り捨てた善之助の一撃に、ほう、と珍し気に瞳を瞬かせた。
「まだだ!喰らえ!」
そのまま手甲のように構えた円月輪で拳を振りかぶる。だがその一撃は、体勢を崩したままの藍染の鏡花水月に、いとも容易く阻まれた。
「君では私には勝てない……が、逃げずに立ち向かうその姿勢。その精神。誇るといい」
そして、今度こそ無造作に振るわれた鏡花水月の衝撃波に吹き飛ばされ、善之助の身体が地面を跳ねるように転がる。建物のガラスに跳ねた身体が直撃し、ガラスの割れる甲高い音と壁にぶつかった鈍い音、そして善之助のうめき声が上がった。
「アフさん!!」
「…!」
ぱらぱら、と土埃が舞う。善之助は頭を打ったのか、うー…や、あー……といった朧気な声しかあげられていない。
「そこで眠っているといい。眠っている間に、全てが終わる。……さて、今度こそ終わりだ。君たちを殺して、王鍵の創生に執りかかる」
「ただいま戻りました。藍染隊長」
ふぅわり、と影が舞い降りる。ギンだった。
「……戻ったか。彼女は?」
「殺しました」
ヒュ、と浅野の喉が鳴る。そうか……と藍染が目を伏せる。
「確かに、霊圧が消えている。驚いたな、君はもう少し彼女に情があると思っていたものだが」
「情?そないなもの、あらしまへんよ。……最初お会いした時、言いましたやろ?」
「僕は蛇や。肌は冷い、
藍染の鏡花水月に手を添えながら、ギンは続ける。
「ええやないですか。あの子ら殺して、王鍵の創生に執りかかる。なら、殺すんはボクがやります。……もう飽きてもうたでしょう?鼠捕りも。せやったら、残りはボクがやりますわ」
「ギン…」
ザン
「!」
「…な、」
藍染の死角、ギンの羽織の影から、神殺槍が藍染を貫いた。勇慈も、浅野も目を見開いて突然の展開に動揺する中、藍染だけはまるで、ついに来たかと受け入れている表情であった。
「鏡花水月の能力から逃れる唯一の手段……それは、完全催眠の発動前から刀に触れておくこと」
神殺槍を戻しながら、蛇の舌先が藍染という獲物に狙いを定めるように、口がゆるりと弧を描く。
「その一言を聞きだすのに……何十年かかった事やら……。護廷十三隊の誰一人、それを知るもんはおらへんのに、みぃんな藍染隊長を殺せる気でおるもんやから、見とってはらはらしましたわ」
「藍染隊長を殺せるんは、ボクだけやのに」
「ふ……知っていたさ。君の狙いなど、知った上で私は君を連れていた。君が、私の命をどう狙うのか、興味があったからだ」
ど、と血があふれ出す。それを抑え俯きながら、藍染が笑った。昏い瞳がギンの描いた弧を捉える。
「ギン、この程度で私を殺せると思っていたのか?」
「思うてません。思うてませんけど……見えます?ここ、欠けてんの」
そっと刃をずらし、神殺槍に生じた刃こぼれをギンが藍染へと見せつける。それが何か——と、藍染が口を開く前に、ギンが藍染の空いた胸の孔を指さした。
「それ、藍染隊長の中に置いてきました」
「何……?」
「ボクの卍解の能力、昔、お伝えしましたね。……すんません、あれ、嘘言いました。」
「言うたほど長く延びません。言うたほど迅く延びません。ただ、延び縮みする時一瞬だけ塵になります。そして、[[rb:刃の内側に > ・・・・・]]細胞を溶かし崩す猛毒があります」
それは、蛇の毒。
「ギン……!」
「解ってもろたみたいですね。今、胸を貫いてから戻す時、一欠だけ塵にせんと藍染隊長の心臓の中に残してきたんです。……喋るんやったら、早うした方がええですよ」
「ギン!!」
「まぁ、早うしても」
「死ぬもんは死ぬんやけど」
—————
「ギン…貴様……!!」
「胸に孔が空いて死ぬんや。本望ですやろ」
崩壊。胸に孔が空く。崩玉をギンが抉りだす。ギンが姿を消し、藍染が倒れ伏す。その瞬間
「う゛お゛お゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛お゛お゛!!!」
「っまずい…浅野!!」
藍染が吼える。その直前、勇慈が瞬歩で浅野と共に無理やり離脱する。
一方のギンもまた、崩玉の異変に動揺していた。
「なんや……これは…っ、終わりやないのか…!?」
「私の勝ちだ、ギン。崩玉は……私の中になくとも、すでに私のものだ」
勇慈が浅野を物陰に隠す。その時、ザン……と、何かねばついたものを斬る音がした。
振り向く。そこで見たものは、藍染がギンを袈裟斬りにしていた姿だった。
手が延びる。崩玉を再び抉りだそうと。その手を藍染がとった。まるで、倒れるものに手を差し伸べるかのように。
ぶちり、音がした。腕が千切られた。音がした。藍染の刀が、ギンを貫いていた。
「————進化には、恐怖が必要だ。今のままでは、すぐにでも滅び、消え失せてしまうという恐怖が」
「ありがとう、ギン。君のおかげで、私は、ついに死神も虚も超越した存在となったのだ」
「……お礼を言うのんは、早うあらしまへんか」
がしっ、と。ギンが藍染の刀を強く強く握りしめる。
「貴様…!?」
「冨岡ァ!!刺せ!!!ボクごと!!!」
ギンが声を吼える。目と目が交差する。そこにギンの覚悟を感じ取った。そして己に再び恥じ入る。そうだ、まだ、終わってなどいない!!
ヒュウウ、と深く深く息を吸い込む。
「う、ぉぉおおおお!!!」
「っ!」
右腕を刀ごと押さえつけられた藍染が、左手で勇慈を払おうとする。放たれた破道が肩を抉り、髪を散らす。それでも、勇慈は止まらなかった。
「水の呼吸 漆ノ型…!」
「貴様ァ!」
「————雫波紋突き!!!」
キィン! と、甲高い音が響き渡る。崩玉と、短刀が迫り合っている。——押し負ける。
「諦めろ…私は世界の在り方を、変えねばならないのだ!!」
「ぐ……っ…くっ…!」
ギリギリ、と刃と玉が擦れあう音がする。藍染の気迫に押し負けそうになる。
・・・・・・いつだって、自分は肝心な時に負け続けてきた。負け続けてきた自分の、弱気な部分が鎌首をもたげる。それを象徴するかのように、短刀に僅かな刃こぼれが生じた。
やはり、俺じゃあだめなのか。そう、心が折れそうになった時、優しい笑みと苦々しい顔が、背中を押した。
————俺は……水柱じゃない。水柱に相応しかったのは、兄さんの方だ
だが……もう少しだけ、頑張ってみる
「っ、!」
かぁっと頬が熱くなる。……すまない、義勇。と、俺を信じて凪を託してくれたへ詫びる。いつだって、恥ずかしくない兄でありたかったのに、また心が負けそうになっていた。弱い己に反吐が出る。それに、約束したじゃあないか、護廷の為に、今度こそこの命を燃やすのだと!いつだって、誰かのためにこの心は奮起する!
「あ、あ゛ぁ゛あ゛あ゛!!」
柄を握る左手に万力の力が宿る。ヒュウヒュウ、唸る吐息は嵐のように音を立てる。馬鹿な、と、藍染が呟いた。
「なんだ…貴様……なんだ…その
心臓が暴れるように早鐘を打つ。血管の一つ一つが沸騰したように熱くなる。それに呼応するように、ズズ、と、頬に流水の痣が浮かび上がった。穿て、穿て、今ここでやるんだ!
ズ、と刃が通った。藍染の胸に、刃が届いた。ダン!と踏み込みをして刃をより一層喰い込ませる。
「なっ!?」
「……、縛道の九十九!”禁”!!」
藍染と勇慈、そしてギンの身体を縛り上げるかのように黒い帯が纏わりつき、楔が打ち込まれる。
「き、さまァアアアアア!!」
「縛道の九十九!第二番 ”卍禁”!!」
「初曲・
布が帯の上から絡みつき、その上から楔がさらに打ち込まれ、固定されてゆく。視界が白に埋め尽くされゆく中、最後の詠唱を唱える。
「終曲・卍禁太封!!」
石柱が召喚され、天から墜ちる。短刀の柄にぴしり、と罅が入るほど強く強く握りしめながら、相打ちになっても、ここで倒す。その最期の意地で縛り続けた。しかし
「う、オォオオオオオ!!!!!」
ドン!と、封が破れる。羽化する蝶のように、羽が広がる。千切れた布の隙間から垣間見た藍染の最後のあがきに、なん……だと……と、声が漏れた。
「君たちは、本当によくやった。よくぞ、私をここまで追い詰めた」
神が羽化する。伸びきった羽から迸った閃光が、卍禁太封の石柱を切り刻んだ。衝撃波が巻き起こる。”禁”が、解かれた。
「——————……」
吹き飛ばされた身体が二つ、宙を舞う。
「(……あぁ…)」
これでも、足りなかったのか。
「(すまない、二人とも……)」
そのまま自由落下して、地面に強かに身体を打ち付ける。それで、おしまい。そう思っていた。その身体を受け止める者が現れるまでは。
どさり、と受け止められる。ゆるゆる、と、微かに目を開けてみてみれば、そこに居たのは——
「……いち、ご……?」
ついに、断界から出でた黒崎一護が、そこにいた。
「……ありがとな、勇慈。後は、任せてくれ」
任せても、いいのだろうか。だけど、すまない。もう、立てそうにない。
ふっ、と。意識が闇に落ちていった。
ピッ……ピッ……
無機質な音が響く、薬品の匂いがする。かちゃり、かちゃりと隣で音がする…気がする。誰だろう。
暗い視界が、さらに暗くなる。影が落ちているような感じだ。誰か、そこにいるのだろうか。
しばらくすると影は退いて、かちゃかちゃと音と共に遠ざかる。また、静かになった。
ピッ……ピッ……
と、無機質な子守歌を聞きながら。また意識が落ちていった。
————————————
—————————
——————
———
次に目を開けた時、眩しさに目がつぶれそうになったのは仕方がないと思う。真っ白な天井と、湿った吐息。ピッ……ピッ……と、無機質な音を立てる機械と、ぽたり、ぽたりと落ちる点滴の音。茫然とした様子で天井を眺めていると、がらり、と音がした。視線だけそちらに向けてみる。
「あ」
ひょこ、と顔を出したのはリンとネムだった。ぼんやりとした視線が、確かに二人を捉える。はわわわわ……とリンが慌てた声を上げる。
「たっ……たいちょぉ~~~~!勇慈が起きましたぁああああ~~~~!」
バタバタドシャッ……バタバタバタ………と、転んだような音を交えながら文字通り リンが飛んでゆく。微かに呼吸をしながら、残るネムの方をちら、とみると、点滴を交換してくれていた。
「ねむ……」
声は想像以上にかすれて、拙いものになっていた。少し驚いていると、どうしましたか?とネムが顔を向けてくれる。
「ここ、は……」
「技術開発局の、第二集中治療室です。あの戦いから二か月、勇慈は昏睡状態のままここで治療を受け続けていました」
「に…っ、う」
「大声を上げてはいけません。傷に響きます」
「傷……、は?」
身体に響く鈍痛に呻いて、無意識に[[rb:右腕 > ・・]]でベッドシーツを握り締める。そこではたと気づいた、自分の腕は、藍染に千切り飛ばされていたはずだ。
「マユリ様です」
「は…」
「その腕は、マユリ様が処置しました。床についていたのでいくらか筋力は落ちたかと思いますが……神経回路の接続には、問題ないかと思います」
そう言うと優しく手をとって、やんわりと感触を確かめるように触って、握ってを繰りかえしてくれる。右腕には抜糸後もなく、きれいな腕のままだった。
やさしく握られるまま、ネムの両手のひらの感触を享受する。
「……藍染は、どうなった?」
「藍染惣右介は浦原喜助の封印術によって封印されました。その過程で、黒崎一護が死神の力を失っています」
「……な!? ぅ、ごほっ」
「動いてはいけません、勇慈」
はぁ、と酸素マスクの中に息を吐き出しながら、痛む全身に顔を歪める。
「……ネム、マユリを呼んできてくれ。経過報告と、リハビリの日程を相談したい」
「はい、勇慈」
手のひらが離れる。するりと病室を後にして、残されたのは勇慈一人になった。
「………」
まるで連結の鈍い義骸のように、ぎこちなく動く右手を持ち上げる。そうしてそのまま、ぽすり、目元を隠すように腕の力を抜いた。
「………俺は…」
無力だ。ぽつりと響いたそのセリフは誰に聞かれることもなく、宙に溶けていった。
————————————
—————————
——————
———
さらにそれから、一月後。勇慈は空座第一高等学校に登校していた。教室の扉をガラリと開けて、[[rb:いつものように > ・・・・・・・]]おはよう、と一護に声をかける。
「おう、おはよう。勇慈」
「……勇慈?」
「……今日の俺は、本体の方だ」
「!? な、起きたのか!?」
教室の一角で大声を上げた一護に、なんだなんだとクラスメイトが顔を向ける。その中には、井上や茶渡の姿もあった。
「ちょ、ちょっと来い!」
「あっ、黒崎くん!HRはじまっちゃうよぉ~!」
「悪い井上、上手い事言っといてくれ!」
——————
———
「——…記憶のバックアップ、義魂に託していたここ三か月分の現世の生活状況の接続と、リハビリがある程度済んだから出てきた、という訳だ」
「てことは、お前まだ怪我人かよ……」
「問題はない。虚に遅れを取るほどでもない」
校舎の屋上で二人が語らう。はー……と、大きなため息を吐きながら一護が手すりにもたれかかる。
「今日体育あんの知ってんのかよ……怪我が悪化する事だけはするなよ」
「そうなのか?気を付ける」
「時間割確認して来いよ」
「学校は初めてなんだ。許せ」
ぽつり、ぽつりと二言三言言葉を交わす。校庭を見下ろしながら切り込んだのは、勇慈の方だった。
「一護……死神の力を、失ったと聞いた」
「…聞いてたのかよ」
「目が覚めて真っ先に確認して、知った。藍染と相打ちして、消失したと」
「……後悔はしてねェよ。それに、16年憧れ続けていた”見えない”生活をようやく手に入れたんだ。……って、そうだ。なんでお前まだふつーに学校に通ってるんだ?」
「重霊地たる空座町で、大規模な戦闘行為が行われた。霊脈に異常が生じていないか、虚の出現速度、平均霊圧の濃度……技術開発局で管理すべき項目が多々ある。俺は、観測員として数年は、滞在する予定だ」
「お、おう……忙しいんだな。身体壊すなよ」
「気を付ける」
キーンコーンカーンコーン……予鈴が鳴った。あっ、やべ、そろそろ行かなきゃ。と一護が口にする。
「戻るぞ勇慈、一限目は数学だ。遅れるなよ!」
「あぁ」
ぱたぱた、と一護が屋上から駆け降りていく。その背を勇慈はじっと、見つめていた。
「……馬鹿者が」
————16年憧れ続けていた”見えない”生活をようやく手に入れたんだ
本心でそう言っているのなら、そんな寂しい顔をせずとも良かった。俺が俺である事を知って安堵するという事は、未練があるという事だ。
だが、もとはと言えば俺がしくじらなければ一護は、死神の力を失わずとも済んだのだ。
なら、俺に出来る事は——……
夜、義骸を脱ぎ捨てた勇慈は浦原商店を訪れていた。そして、奇妙だなと感じた。もうとっぷり日は暮れている時間なのに、シャッターが空いている。おかしいな?と思いつつも、とん、とんとガラス戸をノックをする。
「っとと、はぁ~い!……アッ、冨岡サンじゃあないっスか!もう怪我はよろしいんで?」
「ああ。……今時間はあるか?」
「エッ!?えぇーと……あるにはあるんですが先客がいてェ…」
「誰だ?」
「朽木サンっスよ。朽木ルキアサン」
「なら構わない。上がってもいいか?」
「エッ!いやぁ~……後日に回しちゃァもらえませんかね?」
「何故だ」
「それがぁ……」
「隠し事か。安心しろ、俺も隠し事だ」
「エッ、」
「上がるぞ」
「エッ、ちょ、冨岡サ~ン!」
す、と草履を脱いで居間の方へと上がる。がらり、と戸を開けると、ちゃぶ台の前で腰を下ろしていたルキアと目があった。
「勇慈!声はこちらにも聞こえていたが……回復したのだな」
「ああ……そうか、もう副隊長だったか。おめでとうございます。朽木副隊長」
「止してくれ、共に戦った仲間ではないか」
和やかに会話が進んでいくが、浦原としてはあちゃー…といった心境である。なんせ、勇慈にはあの涅マユリの監視用の菌が付着している。今話している企み事を話すにしては、非常に、マズい。
「それで、話があるんだが……浦原さん?」
「あっ、あぁー……すみませんね。で、なんですって?」
えぇいままよと浦原も卓につく。どうにか上手い事ごまかすしかない、ルキアにそう目くばせをして。だから次に飛び込んできた言葉は想定外も想定外だったのだ。
「黒崎一護が、死神の力を失ったのを確認した。俺は、あれに力を取り戻させたい。力を貸してくれ」
「……エッ!?」
「やはり、駄目か……?」
「エッ、いやぁ……エェー……?」
「勇慈……!やはり、お前も同じことを考えていたのだな!」
「俺も……という事は、朽木、お前もか?」
浦原が帽子の奥で目をまんまるにして二の句を継げないでいる。それはまさに、ルキアと相談していた内容だったのだ。涅マユリ経由で山本総隊長に報告されないように、と隠蔽しようとしていた。感激のあまり、ぽろりと口を滑らせたルキアによって、隠蔽工作は秒で潰えたのだが。
「あぁ~……もうどうにでもなれって事っスね…。朽木サンの言う通り、今まさに話していた内容がそれなんスよ。黒崎サンに死神の力を取り戻させる。その研究は、始めています」
「浦原さん…!」
「で……だ。冨岡サン。なんとかうまい事涅隊長を言いくるめてくれませんかね?あの人はアレで公の人なんで、バレたら間違いなく総隊長に報告が行くんスよ……」
……一理ある、と冨岡が考えるように顎に手を当てる仕草をする。
「……それより、良い手がある」
「え、なんスか」
「マユリを抱き込め。アイツもこの件に巻き込むんだ」
「……はぁ!?いやいやいや、無理っスよ!あの涅隊長ですよ!?転界結柱の共同研究ですら渋い顔されたのに———…」
「確かに、死神の力の譲渡は重罪だ。それは、朽木が身を以て証明している」
浦原の言葉を遮り、勇慈が言葉を紡ぐ。
「だが、マユリが厭うのは護廷の務めを阻む者。それと、浦原さん。あなた自身だ」
「酷くないっスか!??」
「事実だ。だからこそ、浦原喜助一人の手に余る案件であるのなら、マユリの力を借りるべきだ」
ふ、と挑発するように細い笑みを浮かべながら、堂々と宣言する。
「浦原喜助に成せない事でも、涅マユリなら成せる。俺の友人は、そういう男だ。そうだろう、マユリ」
『……随分な物言いをするじゃあないかネ。ん?何かね、四席の分際で、隊長の私に護廷の掟を破れと言っているのかネ?』
ザザ、とインカムからマユリの声が飛び出てきて、ルキアの肩がぴょんっと跳ねる。浦原はあちゃー…という顔をして、バレるのが早い…と頭を抱えていた。
「いい研究になる。複数人の霊力を束ね、拒絶反応を起こさないように対象に注ぎ込む。霊圧霊力の統合運用試験にも役立つ」
『リスクが高いヨ。そんなもの、局でいくらでも試験できる』
「隊長格の霊圧収束はやれないだろう」
『その点については認めるがネ。その為に掟を破れというのが馬鹿馬鹿しいというものだヨ。そんな頭もなくしてしまったのかネ?』
「マユリ」
『なんだネ』
「お前、このまま放置していたら浦原喜助ならやるぞ。どんな隠蔽をしてでも、黒崎一護に霊力回復の研究を成し遂げるぞ」
『………』
「その前に、一枚噛みたくないか?都合のいい被検体と実験結果も手に入る。何より、浦原さんだけで成せない研究も、お前がいれば成せる。俺は、そう信じている」
『………』
「拗ねるな、マユリ」
『拗ねてなどいないヨ!!』
「そうか。なら、だめか?どこが嫌なんだ」
『嫌とは誰も……ハァ~~~……』
沈黙。ごくり、と浦原とルキアが生唾を飲み込む音と、凪いだ勇慈の顔。そして局で頭を抱えているマユリの四者が沈黙に浸っていた。
『……共同研究には、私の銘も刻むからな』
「!」
『浦原喜助一人の成果になどさせるものか。浦原、聞いているんだろう。今あるデータを寄こせ。今から送る通信網なら検閲に引っかからない。さっさとするんだヨ!』
ぶちり、とインカムが雑に切られる。しん……と静まり返り、ちら…と浦原が勇慈を伺うように顔を向ける。
「えぇーと……とりあえず、準備してきますね?」
「あぁ、頼む」
「お二方…よろしくお願いします…!」
「えぇ、ちょっと想定外の展開になったっスけど……もう少し、時間をください。必ず完成させてみます」
その浦原の言葉に勇慈とルキア、二人は強くうなずいた。