現十二番隊の元鬼殺隊は
「さぁ…‥これで、6対2っスよ。お二人さん」
「チッ……ルピの野郎。油断しやがって……ボケが!!」
ヤミーが悪態を吐き捨てる。
「おい!新入り…ワンダーワイス!てめえも戦え!!」
「……ンアーーー…」
「チッ…役立たずが…!」
虚弾を防がれた手を、まるで、おかしいなぁ?と言わんばかりの表情で眺めるワンダーワイスとヤミーの間を、氷槍が分かつ。
「氷輪丸を仕込んでいたんだが……まるで出番がなくなったな」
「日番谷隊長!」
乱菊の声が響き、翼を羽ばたかせた氷竜が天に舞い戻る。日番谷は浦原に背を向けながら礼を言う。
「悪い、助かった」
「イエイエ、どーいたしまして」
帽子を少し深く被りながら浦原が答える。互いに背を預けながら、分断した破面たちに向かい合った。
「俺、松本、浦原喜助の三人で十刃を抑える。お前たちは…」
「なら、俺たちであのチビの相手だな」
「そういう事になるね」
一角が言葉の続きを語り、弓親、勇慈がワンダーワイスに向き合う。
「黒崎一護の元には朽木ルキアがいるが…少し霊圧が乱れている。何より、知らねぇ霊圧がある。早いトコ片づけて合流すんぞオメェら!」
先に一角が飛び込んだ。勢いを乗せた一刀はワンダーワイスの左腕に防がれ、きょとり、と首を傾げられる。
「……アーーー」
かぱ、と口が開かれる。虚閃の構えだ。
「咲け、藤孔雀!」
弓親の藤孔雀がワンダーワイスの首を掻き切るように振り抜かれる。首を捉えた一撃が、僅かに砲身の向きを逸らすが、首を飛ばすには至らない。シュウウ、と光が口の中へと集まる。
「くっ…!」
「引け、二人とも!」
ヒュウウ、と呼吸をしながら勇慈が三人の下で構える。
「水の呼吸 捌ノ型……改!滝昇り!!」
滝壺を上下反転させ、渾身の力で下から斬り上げる一刀にて再びワンダーワイスの首を捉える。この一撃もまた、首を飛ばすには至らなかったが顔が完全に上を向いた。瞬間、虚閃が発射される。閃光が天を貫き、雲を穿って線を描く。
「助かったぜ、冨岡ァ!」
延びろ、鬼灯丸!!の解号で鬼灯丸が槍の形状へと変化する。討ち合いの最中、ワンダーワイスの鋭い手刀に依る刺突が傷を作るたびに、一角はニヤリと楽しそうに笑う。その顔に、弓親はこの戦いを一角に譲るべきかと逡巡したが、頭を振る。流石に隊長を背にした状態で戦いを楽しむ十一番隊 の気風を持ち込むわけにはいかない。とはいえ、ノリにノッている一角に水を差すような行為をするのも、あとから面倒くさくなりそうだと、と密やかに思っていた。
ちらり、と冨岡の背を追うと、彼はするりするりと一角とワンダーワイスの間に水のように潜り込み、虚弾を弾き手刀を逸らしている。あくまで主体は一角で、彼自身は一角の邪魔にならない立ち回りをしている。それに思わず、へぇ、上手いものだね、と感心してしまった。
「……ォ゛アア゛ア゛ア゛ア゛!」
ワンダーワイスが吼える。次元の壁が裂け、顔を覗かせる大型の虚。おや、これはいけない。弓親は思った。同時に都合がいいとも思った。これで、理由を付けて一角の戦闘に合流せずに済む。
「……いけない。僕もそろそろ加勢しなくちゃ」
藤孔雀を携え、虚の群れの中へと飛び込む。その弓親の顔も、一角によく似た楽し気な笑みを浮かべていた。
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—————————
「チッ…てめぇらふざけてんじゃねェぞ!!」
虚弾を乱射しながら、ヤミーが毒づく。携帯用義骸に翻弄される苛立ちに任せて腕を振るうが、氷壁に阻まれる。凍り付く腕に傷を負いながら氷を破壊すると、射程圏外から灰猫による長距離斬撃による牽制が入り、それも無理やりに鋼皮で受け切ったかと思えば浦原の接近を許す。牽制・攻撃・防御を浦原と乱菊が入れ代わり立ち代わりに行うため狙いを一人に定めきれず、ヤミーの怒りは増すばかりであった。
「くそがぁ!!」
「もうそれは見飽きたっスよ」
パァン、と虚弾を帯びた拳が浦原によって相殺される。唖然としていると、霊子構成は解析済だと言うではないか。ふざけている。ふざけている!
「この……ナメんな!!」
「あんたさ、あたしの事忘れないでくれる?」
浦原の背後に隠れるように潜んでいた乱菊が飛び出す。思い切り振りかぶった一撃はヤミーの額を捉えたが、ふんっ!と振り払われる。くるりと回転しながら態勢を立て直した乱菊の元へヤミーが拳を振りかぶる。その一打を浦原が受け流し、零距離詠唱破棄の赤火砲を爆発させて距離を取った。
「クソがっ……だったらまとめて吹き飛ばしてやる!!」
シュウウ、と虚閃が口へと収束する。その隙を見逃す浦原ではない。左手を前にかざし、詠唱を破棄する。
「縛道の六十一 六杖光牢」
「っ、な…!」
六つの光がヤミーの胴を貫く。収束された霊力が霧散し、六杖光牢を打ち破ろうともがく様を浦原は冷ややかに見つめる。
「そろそろ倒れてくれてもいいっていうのに、タフっスねぇ…」
ふわりと浦原が舞いながら呟く。まったくよ、と乱菊も同意するかのようにぼやいている。
「でも、ま、時間は稼いだ。お任せしましたよ。日番谷隊長」
「あ゛ぁ?……、なんだ、これは」
ぱきり。ヤミーの体表が急激に冷え切る。六杖光牢に捕らわれた身体の端が少し、凍り始めていた。きら、と天が眩く輝く。眩しげにきっと睨み上げると、太陽を背にした氷竜がそこに居た。
「仕込みは済んだ。お前はもう、終わりだ」
す、と氷輪丸の切っ先をヤミーへと向ける。ぱきり、ぱきりと、ダイヤモンドダストを撒き散らしながら、氷柱が日番谷冬獅郎の背に形成され、それが光に捕らわれたヤミーを囲むように並び立つ。
「沈め……千年氷牢」
氷輪丸へと命じる。その瞬間、氷柱が中心を押し潰すように収束する。ばきり、ぴしり、と音をたてる氷牢は大きさと質量を増し続け、内側をすり潰すように成長する。
「さぁて……それじゃあ、シメといきましょうか」
浦原が紅姫を納刀し、仕込み杖を前へと掲げる。
「お二人は退避をお願いしますよ?……千手の涯 届かざる闇の御手 映らざる天の射手————」
「っ!退け、松本!」
日番谷が翼を羽ばたかせながら舞い降り、そのまま乱菊を回収して距離を取る。それを深く被った帽子の中で、ちらりと横目に見ながら、浦原は詠唱を続ける。
「光を落とす道 火種を煽る風 集いて惑うな 我が指を見よ」
無数の光弾が現れ、その光に照らされて辺りに影が落ちる。
「光弾・八身・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔
弓引く彼方 皎皎として消ゆ……破道の九十一 ———…千手皎天汰炮!!」
詠唱の完了と共に、形成された無数の光弾が千年氷牢へと降り注ぐ。轟音。氷を砕きながら破壊の限りを尽くす光の束に、日番谷は僅かに慄く。
「浦原喜助……噂には聞いちゃいたが、これほどまでか……」
砕かれ、爆風に包まれた千年氷牢を見ながら呟く。ぱらぱらと氷が剥離しながら溶け落ちる。流石に効いたでショ、浦原もそう思っていた。だが、
「く、そがァアアアア!!!」
ごう、と粉塵を貫いて、ヤミーが猛進する。ぎょっとした日番谷は乱菊を押しのけながら、拳を受ける。踏ん張りの効かない中空で、吹き飛ばされて地上へと落下した。
「隊長!」
「……ウソでしょ。腕の一つも飛んでないんスか」
ところどころ黒く焼け焦げた痕こそ残るものの、ヤミーの五体は満足に残ったままだった。それに浦原は目を疑う。並みの破面なら消し飛んでもおかしくない霊力を込めたというのに、おかしい。いくら十刃とはいえ、相手は十番のハズだ。
再び紅姫を抜刀する。その時、ヤミーの頭上に反膜 が開く。
カッ
光が降り注ぎ、ヤミー包み込む。
「…チッ、任務完了かよ……」
「! (……しまった!!)」
瞬間、浦原の脳裏に一つの可能性がよぎる。これらの戦闘は全て目くらましであること。そして、危惧していた最悪の可能性が起きた可能性があるという事。迂闊だった。後手に回ってしまった、と閃いてしまった。
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「あァ!?」
同時刻、ワンダーワイスと戦っていた一角もまた光に剣技が遮られる。ぼぅ…と茫洋とした表情で光を見上げるワンダーワイスと、虚を切り捨てながら一角の元に合流した弓親、勇慈もまた警戒した面持ちで相手を睨みつける。
「時間切れ…か…」
「チッ、おい逃げんじゃねェよ!」
「……アゥ~…」
勇慈が戦闘の強制終了を悟り納刀するのに反し、一角は不完全燃焼といった様子である。だがしかし、一角の想いは届かず反膜はワンダーワイスを回収してゆく。反膜は、あらゆる攻撃を受け付けはしないのだ。そして反膜はそのまま閉じて、現世の裂け目はきれいに閉じられてしまった。
戦いは、終わったのだ。
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「………」
日番谷もまた、納刀して考えを巡らせる。浦原喜助の事もだが、破面たちは想定以上に戦闘の準備を整えていた。もはや、尸魂界には一刻の猶予も残されてはいない。この事を、すぐにでも総隊長に報告しなければ——……
「……松本!尸魂界との連絡は付いたか!?」
「それが……」
乱菊が困惑した様子で日番谷を見る。乱菊が口を開いて紡いだ内容は、信じがたいものであった。
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———
「……井上が行方不明!?」
嘘だろ、なんで、そんな事に。一護の動揺を落ち着かせるようにルキアが宥めている。
「浮竹、それは本当なのか?」
破面との戦いを終えた一護は、本来ならば起きられるはずのない怪我を負っていた。それがきれいさっぱり治っていた事にも驚かされたが、招集されて駆け付けた井上の部屋で、信じがたい事を耳にする。井上が、尸魂界から帰還の折に行方不明になっていたのだ。
総隊長の代わりに霊波通信に出た浮竹へと、日番谷が問いかける。それに浮竹は頷いて肯定した。
「彼女の護衛についていた死神二人が生存している。彼らの証言によると、彼女は穿界門をくぐる際、破面の襲撃に遭い、その後行方が分かっていない。この事から……おそらく、井上織姫は破面側による拉致、もしくは殺害された可能性がある。……というのが、尸魂界側としての見解だ」
「なっ……!」
「可能性の話だ。俺だってこんな事は言いたくない……だが、情報から推測するにその可能性が高いと言えるんだ」
「ふっ…ざけんな!証拠もねェのに死んだだと!?勝手な事言ってんじゃねぇ!!……見てくれ、この傷!」
一護が死覇装の腕をまくって、右腕を見せる。つるりとした、傷一つない腕だった。
「俺は昨日の戦いで大怪我を負ったんだ。現世の誰も直せなかった傷だ…。それが……起きたら、跡形もなく治っていたんだ!井上の霊圧だって残っている!井上は、生きている!!だから———」
「そうか、それは…残念じゃ」
浮竹の背後から、悠然と歩きだす翁の姿があった。総隊長殿、と誰かが呟いた。
「残念って……どういう意味だよ……」
「おぬしの話の通りならば、井上織姫は生きておる事になる。……だがしかし、それは一つの裏切りをも示して居る」
「裏切り…?」
「もしも、拉致されたのならば、去り際におぬしに会う余裕などあろうはずもない。それが、傷を治して消えたという事が、どういう事かわかるか?………井上織姫は、自らの足で姿を消し、破面の元へと向かったという事じゃ」
「なっ……そんなバカな…!!」
「落ち着け一護、止せ」
恋次が一護の肩を掴んで止める。冷静でいられない一護を後ろに下がらせ、総隊長の前へと立つ。お話は伺いました、と。
「それではこれより、日番谷先遣隊より六番副隊長阿散井恋次が、反逆の徒、井上織姫の目を覚ませるために虚圏 へと向かいます!」
「恋次…!」
「ならぬ」
「!」
「日番谷からの報告は受けておる。破面側の戦闘準備は想定以上に整って居ると見てよかろう。そう判明した以上、日番谷先遣隊は即時帰還、尸魂界の守護へついてもらう」
「それは……!井上を見捨てろということですか…!?」
ルキアが声を上げる。その声に総隊長は首肯を示した。
「世界の全てと一人の命。天秤にかけるまでもなかろう」
「恐れながら…その命には従いかねます…総隊長殿…!」
「……やはりな、手を打っておいて正解であったか」
スッ、と全員の後ろに扉が出現する。障子のように横に開いたそこに立っていたのは、朽木白哉、そして更木剣八だった。
くい、と親指を立てて穿界門を指し示しながら、更木が口を開く。
「そういうことだ。戻れ、お前ら」
「手向かうな、力づくでも連れ戻せと命を受けている」
恋次とルキアが黙し、弓親と一角もまた隊長の命に従う意を示している。勇慈もまた、それに従うつもりでいた。ちらり、と心配げな視線を一護へと向ける。一護は黙したまま、顔を伏せたままだった。
「……わかったよ…尸魂界に力を貸してくれ、とは言わねえ。だけど……せめて、虚圏への入り方を教えてくれ」
顔を上げる。
「井上は俺達の仲間だ。俺が、一人で助けに行く」
うっすらと、山本総隊長が目を開く。だが、
「ならぬ」
「!!」
「これからの戦い、おぬしの力も必要じゃ。犬死は許されぬ。……命あるまで、待機せよ」
「……話は済んだか?帰るぞ、お前ら」
先に更木が背を向け、一角と弓親が続く。その背に続いて白哉が後にして、後ろ髪をひかれるかのように一護を心配げに見つめるルキアの肩に恋次が手を添える。
「一護……」
ルキアと恋次がこの場を後にした。それを見届けて、勇慈も一護の側を通り抜ける。
「……浦原喜助」
「!」
「浦原さんなら……きっと、知っていると思う」
「お前…!」
ちら、と勇慈と一護の視線が絡む。
「……死ぬな、一護」
「……おう!」
ぱたん、と穿界門が閉じる。一護は独りになった。けれど、その目は失意にくれず、強い覚悟が宿していた。
たとえ独りでも、井上。助けに行く、そう心に誓って。
「今戻った」
「冨岡四席、おかえりなさいませ!」
わっ、と技術開発局が俄かに騒がしくなる。技術開発局屈指の戦闘員だが、それ以上に癖の強い隊長にも物怖じせず、頼み事をすれば断られることもない。そんな男の帰還であり、そして貴重な破面の戦闘データも持ち帰ったとなれば、賑やかしくなるのも当然だった。案外、今世に於いては顔が広いのだ。
「涅隊長がお呼びです。隊首室へお願いします」
「あぁ、すまない」
羽織りをはためかせ、足を隊首室へと向ける。その途中、曲がり角を曲がったところで阿近とすれ違った。
「お、勇慈。戻ったのか」
「阿近」
歩を止めて阿近へと顔を向ける。僅かに煙草の香りが漂うのは、休憩を終えたところだったのだろうか。よくよく見ると、疲労がたまっているのか少し隈がある。だが阿近は疲れた様子を見せることもなく、要件を話し出す。
「涅隊長のところか?なら、それが終わったら通信技術研究科に顔出してくれ。渡すものがあるって伝言を受けているぜ」
「? わかった」
「俺からはそれだけだ。引き留めて悪かったな……さて、休憩も終わったし仕事の続きをしてくるぜ」
「構わない。いってくる。お前も……倒れるなよ」
「わかってるさ」
再び歩き出す。とは言っても、ここから隊首室まではそう遠くはない。もう一つ先の突き当りを右に曲がれば隊首室だった。
部屋の前に立つ。そして、ノックもせずに扉を開けた。
「入るぞ、マユリ。なんだ」
「戻ったかネ。勇慈」
薄暗い隊首室の、モニターを前にしてこちらに背を向けていた。とてとてと歩みより、モニターに映る物を同じように眺める。
「これは……」
「空座町だヨ。局員を何人か派遣してネ、データを採ってきたところだ」
モニターに映し出されていたのは、いくつかの図面と空座町の3Dデータのようであった。鳥観図の図面の方には、4つの点が穿たれている。
「総隊長殿から指令を受けてネ。……腹立たしい事この上ないが、浦原喜助との合同制作だヨ」
「この図面は——……」
「転界結柱。空座町を戦闘可能領域に作り替えるための結界術だヨ」
馬鹿にもわかりやすいよう、一から説明してやろう。と、マユリはモニターを指さしながら続ける。
「決戦が冬と決まった時点で指令は下りてきていたのだヨ。浦原喜助には四点のポイントを基軸とし、結ぶことによる半径一霊里に及ぶ巨大穿界門を作る装置……それを転界結柱というのだがネ。それを作り上げ空座町の四方に設置する事。ちょうど、お前が以前とってきた霊的スポットのデータが役に立ったヨ。一個人の技術で成せる術ではないから、足りない霊圧をその霊的スポット…霊脈から補う事でエネルギー問題は解決した」
モニターに浮かぶ四つのポイントは、地図を見れば確かになるほど。以前虚を始解して討滅したあの廃病院も含まれていた。つ、と指でモニターをなぞって空座町を結ぶように四角を描く。
「そして、我々技術開発局に依頼されたのがもう一つ。流魂街のはずれに、空座町の精巧なレプリカを建造すること。これも、最近この場所に死神が出入りしているからネ。地形データの取得には役立ったとも」
モニターをタップし、これが建設予定地だ。と別の図面を呼び出す。流魂街のはずれ、ちょうど中継されているのだろう。技術開発局の局員たちが、地ならしをし、目印となる通りから水糸を張り巡らせて作業に当たっているのが映っていた。よく見ずとも、巨大な柱が建設されているところであった。
「転界結柱とは———穿界門とは異なり、包囲したものを尸魂界にある別のものと移し替えるものだ。もちろん。柱を破壊すればそのバランスは崩れて転移させていた街はもとに戻るがネ。この技術を用い、我々は空座町を護廷十三隊の隊長格が戦闘可能な領域へと作り替える」
「! それでは、尸魂界の守護に当たるというのは…」
「本物の空座町の……眠らせている住民の保護だろうネ」
しゅん、とモニターを消す。消えたモニターに目を向けたまま、マユリが口を開く。
「隊首会での決定事項だ。朽木白哉、更木剣八、卯ノ花烈、そして私。以上の四名が、虚圏に突入する」
「!」
「浦原喜助の黒腔 の安定が済めばの話だがネ。……とはいえ、お前、黒崎一護に浦原喜助の事を話したようだが……」
「……あれが黙って待てる性分ではない事は、お前も承知だろう。浦原さんならとは思ったが…あっていたんだな」
「フン、癪だがネ。……まァいい。隊長格が万全の状態で突入出来るよう、黒崎一護には尊い実験の被検体となってもらおうじゃないか。井上織姫の誘拐に伴って、繰り上げで突入する羽目になりそうだからネ」
「そうか……」
「それで、だ。勇慈。お前に……二つ仕事を頼みたい」
マユリが勇慈の方を向く。
「転界結柱は、現世側の術者と尸魂界側の術者の二名が必要でネ。まァそう心配することはない。お前が鬼道がてんでダメなのは承知の上だとも。だからこそ、お前でも使えるように術を込めた霊具を今まさに開発している。……これを以て、現世側の転界結柱の起動を任せるヨ。尸魂界側の術は、私が担当する」
「わかった」
「詳細は、霊具の完成と共に改めて説明するヨ。……嗚呼、そうだ。大事な事がもう一つ」
ぴ、と左の人差し指をたてながら口を開いた。
「今回、虚圏に突入する際、私の供をするのはネムだ。お前の仕事は、術の起動後、尸魂界に転移した空座町を虚の手から護る事。現世、並びに虚圏に於ける藍染惣右介と護廷十三隊の戦闘に参加することは、禁止だ」
「!? 何故だ」
身を乗り出し、マユリに抗議を示す。落ち着き給えヨ、と言われて、しぶしぶ怒らせた肩をしずめた。
「戦力外、と言っているのだヨ。そんな事もわからないのかネ?」
「納得できない。俺は戦える」
「彼岸花。虚に対する再生阻害能力を持つ、鬼道系…猛毒の斬魄刀だ。それは素晴らしい事ではあるがネ。お前の信条らしく、ご丁寧に人には作用しないじゃあないか」
「……!」
「そうでなくとも、破面は、破面に至る際に虚の再生能力を消失している個体がほとんどだろう。……で?君の斬魄刀の効果は、なんだったかネ?」
「……虚の、再生阻害」
「そういうコトだヨ。お前の攻撃力は、刀の性能に由来するモノだ。水の呼吸とやらも、確かに身体能力面においては斑目一角辺りに引けを取らないだろうがネ。武器が一つ使えなくちゃあ、お粗末な性能しか発揮できないだろう?」
「……、」
「……と、言っても納得しないであろう部下のために、総隊長殿に掛け合って見つけてきた仕事が空座町の守護、というワケだヨ。私に感謝し給えヨ。これは隊長から四席に下す大事な命令だとも」
ぎり、と歯を噛みしめる。マユリの言う通りであった。凪を会得して力を付けたつもりでいたが、そもそも水の呼吸は受けの剣技。それが、虚に対して絶大な効果を誇っていたのは、偏に呼吸術による飛躍的に向上した身体能力。そして、始解した彼岸花のおかげであった。東仙と対峙したときから薄々わかっていた。自分は、虚以外との戦闘には向いていないのだと。
悔しい。
拳をそっと握りこんだのをマユリがちら、と見た。
「霊具が完成したら追って連絡しよう。それまでは鍛錬なり好きにし給え。完成したら、準備を整えて転界結柱を起動するヨ」
「……わかった」
「……そして、もう一つ大事な仕事があるのだがネ」
マユリが口を開く。ちら、と顔を見ると少し言いにくそうな、なんといえば良いのかと言葉を選んでいる様子であった。珍しくて、思わず目を丸くしてしまう。
「…マユリ?」
「……お前、護廷の為に死ぬ覚悟はあるかネ?」
ぱち、と瞬きをする。どうしたのだろう、当然ある、と是を示した。その即答にマユリが溜息を吐く。
「……総隊長殿からもう一つ。万が一、藍染惣右介の討伐を成せず尸魂界への侵攻を許した際、死神の中から一名、コレを以て藍染惣右介を封印せよ、との事だヨ」
ごそ、と懐から短刀を一本取り出す。それを勇慈に渡しながら、まじまじと眺める勇慈に説明をする。
「その短刀は私が作ったものだ。誰にでも縛道の九十九…禁、及び卍禁を扱えるようにするための、ネ。予め、そう術式を込めてある。」
「縛道の……」
「ただし、効果は対象の心臓を貫いて”禁”の詠唱を唱えた時のみ。そして、もう一つ。その使用状況から、術者もろとも封印されるがネ」
「……なるほど」
「おそらく……残留組の中だと最も防戦に長けたお前が適材適所との事だろう、と、総隊長殿からのご指名だヨ。万が一の時は、それで華々しく散り給え」
短刀を柔らかく握りこむ。手に馴染む、なんてことの無いように見える短刀が、尸魂界と現世を護るための、万が一の時のための最後の保険。先ほどまで抱いていた無力感が、かすかな希望に変わった。
そのわずかな表情の変化を見て、マユリは内心舌打ちをする。こいつのこういうところは大嫌いであった。
「話は以上だヨ。後は好きにし給え」
「ああ、分かった。……ありがとう、マユリ」
くるり、と背を向けて隊首室を後にする。人気のなくなった隊首室で一人、やれやれ、とマユリは椅子に座り込んで一つ息を吐き出した。
「……すべては、護廷の為だからネ。使える駒は適切に配置すべきだヨ」
誰に聞かせる訳でもなく、ぽつりと一つ呟いた。
数日の後、勇慈は空座町の空に居た。羽織を風に靡かせながら、先日通信技術研究科で受け取ってきた最新の伝令神機(なんとインカム型である)を用い、空座町を配置した転界結柱一本ごとのエリアに分割し、作業に入っていた。
「西区、現世人員一四〇六番まで異常ありません!保護完了です!霊力収束率、70%!」
「北区、現世人員九二八番、異常ありません!こちらも保護完了です!」
「東区、転界結柱 霊力収束率80%……転界範囲内の安全確保完了しました!」
『西区・北区はそのまま転界結柱の霊圧収束を続けろ。……南区はどうだ?』
「申し訳ありません!南区はデパート…?というものがあるらしく、人員計数にもうしばらくかかります」
「冨岡四席、報告です。南区、北区の霊力収束率80%を突破しました。約5分後に収束完了します!」
『わかった。南、5分で片付けろ』
「わかりました!」
『それと、西・北・東の再チェックが終了し次第、霊力管理部を残して残りは穿界門を通って安全圏に退避しろ。閃光防御も忘れるな』
てきぱきと指示を飛ばしながら、懐に忍ばせていた転界結柱起動スイッチを取り出す。髑髏の上にカエルの顔が付いているのは、おそらくマユリの趣味だろう。何故このデザインにしたのだろう。趣味が悪い。ぼそりと思わず口にしてしまった。
『聞こえているヨ勇慈。誰の趣味が悪いって??』
『お前しかいないだろう』
尸魂界側から文句が飛んでくるのをさらりと流す。
『フン、まァ寛大だから許してやるヨ。時に、そちらの準備はどうだネ?』
『あと5分で片付けさせる。もう少し待て』
『やれやれ……部下を甘やかすのも大概にし給えヨ』
準備が出来たらまた連絡を入れ給え、と、一方的に繋いで一方的に連絡を切ったマユリを一旦流し、局員たちの様子を伺う。
『南区、デパートの計数はまだかかるか?』
「もう終わります…一八二九、一八三〇、一八三一、一八三二……現世人員一八三四番、異常ありません!計数完了しました!」
「冨岡四席!転界結柱 霊力収束率、90%!もう間もなく全ての柱の霊力収束が終わります!」
『わかった。霊力管理部、そして南区の局員は尸魂界に退避しろ』
「はい!」
「急げー!死ぬぞ!!」
次々に穿界門が現れて、局員ならびに死神たちが尸魂界へと退避していく。ぷつ、ツー。ツー…と、こちら側から尸魂界へと連絡を入れる。
『もうすぐ霊力収束が完了する。そっちはどうだ』
『馬鹿にしているのかネ?とっくに完了しているとも』
『そうか、それは何よりだ』
『事前に説明したが、そっちは穿界門抜きでの転移になる。事故の可能性もだが、波に飲まれて霊力酔いを起こす可能性があるからと渡した薬は服用しているかネ?』
『ああ』
簡易モニターを展開して、ぴっ、ぴっと計器のデータをチェックしていく。まもなく、充填率が100%に達する。それと、周囲の霊圧グラフもチェックをしていく。霊圧は安定。眠らせている現世人員の中の異常が発生した様子も見受けられない。
と、一つの画面がぴーっ!という音を発した。タップして呼び出すと、霊力充填が完了した事を示していた。
『マユリ、完了した』
『そうかネ、ならば』
『転界結柱、起動させるぞ』
『転界結柱、起動させるヨ』
3・2・1とカウントも入れず、現世側と尸魂界側で同時にスイッチを押す。瞬間、ぐわん、と次元が歪んだ。もとより義骸に入らず死神としての姿でここに居るが、霊子が分解されて溶け行くような、身体の端から霊子に分解されていくのが見て取れた。
抗う事なく、すっと目を閉じる。次に起きた時には、尸魂界に転移が成功していることだろう。そう思って。
————————————
—————————
『…せき…冨岡四席、応答お願いします!』
「ん……」
ゆっくりと瞼を開ける。ぱちり、一つ瞬きをして周囲を伺った。勇慈は空座町の空から、いつの間にか交差点のど真ん中にへと移動していた。すぐに、転界結柱の事を思い出し、通信に応答を入れる。
「無事だ。転界結柱の状況は?」
『成功しています!』
「そうか。隊長たちの状況はどうだ?」
『黒腔にて虚圏に突入、十分後に十刃との交戦、ならびに黒崎一護たちとの合流が予測されています!』
「そうか……感謝する。では、俺は空座町守護の任に就く。局員たちは術の補修と、現世隊長たちのサポートだ。任せる」
「了解です!」
ぷつり、と応答が切れる。想定されていた霊力酔いもなく、身体の調子の方は快調と言えた。そっ…と懐に忍ばせている短刀を撫ぜる。
「もしもの時は…俺が……」
静かに目を伏せる。怖ろしいとは思わなかった。もしもここで死ぬのなら、いつか探してみようと友人と交わした約束、それが果たせなくなるのは心残りかもしれない。だが、
「(今度こそ、仲間を護る)」
その一点を違える気はない。今も昔も。彼岸花を抜き放ちながら、虚の気配を辿る。数は五体。それ以外からも虚の湧く気配を感じ取っていた。巨大虚ほどでもない、だが、ここは重霊地である上に今は意識のない魂魄が沢山あるのだ。餌場としては、これ以上のものはない。
今は、仲間たちが藍染討伐を成し遂げる事を信じて、成すべき事を成す時だ。
すれ違いざまに水面斬りを放ちながら、虚を二体斬り伏せる。そして刀を構え直し、駆け出して行った。
護廷十三隊コソコソ噂話
インカム型の伝令神機。少し前、初めて破面との戦闘が始まった際に限定解除をした際、わざわざ伝令神機を戦闘中に持たせる=戦闘中に片手を塞がせるのは非効率的では?というところから開発がスタートした新型伝令神機。現在使用されているのは試作型であり、複数人の声が混じる為通話には向いていないが現場的には助かると割と好評らしい。主たる開発者は鵯州とリンだそうです。Disc〇rdを参考にした、と言っていました。
「チッ……ルピの野郎。油断しやがって……ボケが!!」
ヤミーが悪態を吐き捨てる。
「おい!新入り…ワンダーワイス!てめえも戦え!!」
「……ンアーーー…」
「チッ…役立たずが…!」
虚弾を防がれた手を、まるで、おかしいなぁ?と言わんばかりの表情で眺めるワンダーワイスとヤミーの間を、氷槍が分かつ。
「氷輪丸を仕込んでいたんだが……まるで出番がなくなったな」
「日番谷隊長!」
乱菊の声が響き、翼を羽ばたかせた氷竜が天に舞い戻る。日番谷は浦原に背を向けながら礼を言う。
「悪い、助かった」
「イエイエ、どーいたしまして」
帽子を少し深く被りながら浦原が答える。互いに背を預けながら、分断した破面たちに向かい合った。
「俺、松本、浦原喜助の三人で十刃を抑える。お前たちは…」
「なら、俺たちであのチビの相手だな」
「そういう事になるね」
一角が言葉の続きを語り、弓親、勇慈がワンダーワイスに向き合う。
「黒崎一護の元には朽木ルキアがいるが…少し霊圧が乱れている。何より、知らねぇ霊圧がある。早いトコ片づけて合流すんぞオメェら!」
先に一角が飛び込んだ。勢いを乗せた一刀はワンダーワイスの左腕に防がれ、きょとり、と首を傾げられる。
「……アーーー」
かぱ、と口が開かれる。虚閃の構えだ。
「咲け、藤孔雀!」
弓親の藤孔雀がワンダーワイスの首を掻き切るように振り抜かれる。首を捉えた一撃が、僅かに砲身の向きを逸らすが、首を飛ばすには至らない。シュウウ、と光が口の中へと集まる。
「くっ…!」
「引け、二人とも!」
ヒュウウ、と呼吸をしながら勇慈が三人の下で構える。
「水の呼吸 捌ノ型……改!滝昇り!!」
滝壺を上下反転させ、渾身の力で下から斬り上げる一刀にて再びワンダーワイスの首を捉える。この一撃もまた、首を飛ばすには至らなかったが顔が完全に上を向いた。瞬間、虚閃が発射される。閃光が天を貫き、雲を穿って線を描く。
「助かったぜ、冨岡ァ!」
延びろ、鬼灯丸!!の解号で鬼灯丸が槍の形状へと変化する。討ち合いの最中、ワンダーワイスの鋭い手刀に依る刺突が傷を作るたびに、一角はニヤリと楽しそうに笑う。その顔に、弓親はこの戦いを一角に譲るべきかと逡巡したが、頭を振る。流石に隊長を背にした状態で戦いを楽しむ
ちらり、と冨岡の背を追うと、彼はするりするりと一角とワンダーワイスの間に水のように潜り込み、虚弾を弾き手刀を逸らしている。あくまで主体は一角で、彼自身は一角の邪魔にならない立ち回りをしている。それに思わず、へぇ、上手いものだね、と感心してしまった。
「……ォ゛アア゛ア゛ア゛ア゛!」
ワンダーワイスが吼える。次元の壁が裂け、顔を覗かせる大型の虚。おや、これはいけない。弓親は思った。同時に都合がいいとも思った。これで、理由を付けて一角の戦闘に合流せずに済む。
「……いけない。僕もそろそろ加勢しなくちゃ」
藤孔雀を携え、虚の群れの中へと飛び込む。その弓親の顔も、一角によく似た楽し気な笑みを浮かべていた。
————————————
—————————
「チッ…てめぇらふざけてんじゃねェぞ!!」
虚弾を乱射しながら、ヤミーが毒づく。携帯用義骸に翻弄される苛立ちに任せて腕を振るうが、氷壁に阻まれる。凍り付く腕に傷を負いながら氷を破壊すると、射程圏外から灰猫による長距離斬撃による牽制が入り、それも無理やりに鋼皮で受け切ったかと思えば浦原の接近を許す。牽制・攻撃・防御を浦原と乱菊が入れ代わり立ち代わりに行うため狙いを一人に定めきれず、ヤミーの怒りは増すばかりであった。
「くそがぁ!!」
「もうそれは見飽きたっスよ」
パァン、と虚弾を帯びた拳が浦原によって相殺される。唖然としていると、霊子構成は解析済だと言うではないか。ふざけている。ふざけている!
「この……ナメんな!!」
「あんたさ、あたしの事忘れないでくれる?」
浦原の背後に隠れるように潜んでいた乱菊が飛び出す。思い切り振りかぶった一撃はヤミーの額を捉えたが、ふんっ!と振り払われる。くるりと回転しながら態勢を立て直した乱菊の元へヤミーが拳を振りかぶる。その一打を浦原が受け流し、零距離詠唱破棄の赤火砲を爆発させて距離を取った。
「クソがっ……だったらまとめて吹き飛ばしてやる!!」
シュウウ、と虚閃が口へと収束する。その隙を見逃す浦原ではない。左手を前にかざし、詠唱を破棄する。
「縛道の六十一 六杖光牢」
「っ、な…!」
六つの光がヤミーの胴を貫く。収束された霊力が霧散し、六杖光牢を打ち破ろうともがく様を浦原は冷ややかに見つめる。
「そろそろ倒れてくれてもいいっていうのに、タフっスねぇ…」
ふわりと浦原が舞いながら呟く。まったくよ、と乱菊も同意するかのようにぼやいている。
「でも、ま、時間は稼いだ。お任せしましたよ。日番谷隊長」
「あ゛ぁ?……、なんだ、これは」
ぱきり。ヤミーの体表が急激に冷え切る。六杖光牢に捕らわれた身体の端が少し、凍り始めていた。きら、と天が眩く輝く。眩しげにきっと睨み上げると、太陽を背にした氷竜がそこに居た。
「仕込みは済んだ。お前はもう、終わりだ」
す、と氷輪丸の切っ先をヤミーへと向ける。ぱきり、ぱきりと、ダイヤモンドダストを撒き散らしながら、氷柱が日番谷冬獅郎の背に形成され、それが光に捕らわれたヤミーを囲むように並び立つ。
「沈め……千年氷牢」
氷輪丸へと命じる。その瞬間、氷柱が中心を押し潰すように収束する。ばきり、ぴしり、と音をたてる氷牢は大きさと質量を増し続け、内側をすり潰すように成長する。
「さぁて……それじゃあ、シメといきましょうか」
浦原が紅姫を納刀し、仕込み杖を前へと掲げる。
「お二人は退避をお願いしますよ?……千手の涯 届かざる闇の御手 映らざる天の射手————」
「っ!退け、松本!」
日番谷が翼を羽ばたかせながら舞い降り、そのまま乱菊を回収して距離を取る。それを深く被った帽子の中で、ちらりと横目に見ながら、浦原は詠唱を続ける。
「光を落とす道 火種を煽る風 集いて惑うな 我が指を見よ」
無数の光弾が現れ、その光に照らされて辺りに影が落ちる。
「光弾・八身・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔
弓引く彼方 皎皎として消ゆ……破道の九十一 ———…千手皎天汰炮!!」
詠唱の完了と共に、形成された無数の光弾が千年氷牢へと降り注ぐ。轟音。氷を砕きながら破壊の限りを尽くす光の束に、日番谷は僅かに慄く。
「浦原喜助……噂には聞いちゃいたが、これほどまでか……」
砕かれ、爆風に包まれた千年氷牢を見ながら呟く。ぱらぱらと氷が剥離しながら溶け落ちる。流石に効いたでショ、浦原もそう思っていた。だが、
「く、そがァアアアア!!!」
ごう、と粉塵を貫いて、ヤミーが猛進する。ぎょっとした日番谷は乱菊を押しのけながら、拳を受ける。踏ん張りの効かない中空で、吹き飛ばされて地上へと落下した。
「隊長!」
「……ウソでしょ。腕の一つも飛んでないんスか」
ところどころ黒く焼け焦げた痕こそ残るものの、ヤミーの五体は満足に残ったままだった。それに浦原は目を疑う。並みの破面なら消し飛んでもおかしくない霊力を込めたというのに、おかしい。いくら十刃とはいえ、相手は十番のハズだ。
再び紅姫を抜刀する。その時、ヤミーの頭上に
カッ
光が降り注ぎ、ヤミー包み込む。
「…チッ、任務完了かよ……」
「! (……しまった!!)」
瞬間、浦原の脳裏に一つの可能性がよぎる。これらの戦闘は全て目くらましであること。そして、危惧していた最悪の可能性が起きた可能性があるという事。迂闊だった。後手に回ってしまった、と閃いてしまった。
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「あァ!?」
同時刻、ワンダーワイスと戦っていた一角もまた光に剣技が遮られる。ぼぅ…と茫洋とした表情で光を見上げるワンダーワイスと、虚を切り捨てながら一角の元に合流した弓親、勇慈もまた警戒した面持ちで相手を睨みつける。
「時間切れ…か…」
「チッ、おい逃げんじゃねェよ!」
「……アゥ~…」
勇慈が戦闘の強制終了を悟り納刀するのに反し、一角は不完全燃焼といった様子である。だがしかし、一角の想いは届かず反膜はワンダーワイスを回収してゆく。反膜は、あらゆる攻撃を受け付けはしないのだ。そして反膜はそのまま閉じて、現世の裂け目はきれいに閉じられてしまった。
戦いは、終わったのだ。
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——————
「………」
日番谷もまた、納刀して考えを巡らせる。浦原喜助の事もだが、破面たちは想定以上に戦闘の準備を整えていた。もはや、尸魂界には一刻の猶予も残されてはいない。この事を、すぐにでも総隊長に報告しなければ——……
「……松本!尸魂界との連絡は付いたか!?」
「それが……」
乱菊が困惑した様子で日番谷を見る。乱菊が口を開いて紡いだ内容は、信じがたいものであった。
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—————————
——————
———
「……井上が行方不明!?」
嘘だろ、なんで、そんな事に。一護の動揺を落ち着かせるようにルキアが宥めている。
「浮竹、それは本当なのか?」
破面との戦いを終えた一護は、本来ならば起きられるはずのない怪我を負っていた。それがきれいさっぱり治っていた事にも驚かされたが、招集されて駆け付けた井上の部屋で、信じがたい事を耳にする。井上が、尸魂界から帰還の折に行方不明になっていたのだ。
総隊長の代わりに霊波通信に出た浮竹へと、日番谷が問いかける。それに浮竹は頷いて肯定した。
「彼女の護衛についていた死神二人が生存している。彼らの証言によると、彼女は穿界門をくぐる際、破面の襲撃に遭い、その後行方が分かっていない。この事から……おそらく、井上織姫は破面側による拉致、もしくは殺害された可能性がある。……というのが、尸魂界側としての見解だ」
「なっ……!」
「可能性の話だ。俺だってこんな事は言いたくない……だが、情報から推測するにその可能性が高いと言えるんだ」
「ふっ…ざけんな!証拠もねェのに死んだだと!?勝手な事言ってんじゃねぇ!!……見てくれ、この傷!」
一護が死覇装の腕をまくって、右腕を見せる。つるりとした、傷一つない腕だった。
「俺は昨日の戦いで大怪我を負ったんだ。現世の誰も直せなかった傷だ…。それが……起きたら、跡形もなく治っていたんだ!井上の霊圧だって残っている!井上は、生きている!!だから———」
「そうか、それは…残念じゃ」
浮竹の背後から、悠然と歩きだす翁の姿があった。総隊長殿、と誰かが呟いた。
「残念って……どういう意味だよ……」
「おぬしの話の通りならば、井上織姫は生きておる事になる。……だがしかし、それは一つの裏切りをも示して居る」
「裏切り…?」
「もしも、拉致されたのならば、去り際におぬしに会う余裕などあろうはずもない。それが、傷を治して消えたという事が、どういう事かわかるか?………井上織姫は、自らの足で姿を消し、破面の元へと向かったという事じゃ」
「なっ……そんなバカな…!!」
「落ち着け一護、止せ」
恋次が一護の肩を掴んで止める。冷静でいられない一護を後ろに下がらせ、総隊長の前へと立つ。お話は伺いました、と。
「それではこれより、日番谷先遣隊より六番副隊長阿散井恋次が、反逆の徒、井上織姫の目を覚ませるために
「恋次…!」
「ならぬ」
「!」
「日番谷からの報告は受けておる。破面側の戦闘準備は想定以上に整って居ると見てよかろう。そう判明した以上、日番谷先遣隊は即時帰還、尸魂界の守護へついてもらう」
「それは……!井上を見捨てろということですか…!?」
ルキアが声を上げる。その声に総隊長は首肯を示した。
「世界の全てと一人の命。天秤にかけるまでもなかろう」
「恐れながら…その命には従いかねます…総隊長殿…!」
「……やはりな、手を打っておいて正解であったか」
スッ、と全員の後ろに扉が出現する。障子のように横に開いたそこに立っていたのは、朽木白哉、そして更木剣八だった。
くい、と親指を立てて穿界門を指し示しながら、更木が口を開く。
「そういうことだ。戻れ、お前ら」
「手向かうな、力づくでも連れ戻せと命を受けている」
恋次とルキアが黙し、弓親と一角もまた隊長の命に従う意を示している。勇慈もまた、それに従うつもりでいた。ちらり、と心配げな視線を一護へと向ける。一護は黙したまま、顔を伏せたままだった。
「……わかったよ…尸魂界に力を貸してくれ、とは言わねえ。だけど……せめて、虚圏への入り方を教えてくれ」
顔を上げる。
「井上は俺達の仲間だ。俺が、一人で助けに行く」
うっすらと、山本総隊長が目を開く。だが、
「ならぬ」
「!!」
「これからの戦い、おぬしの力も必要じゃ。犬死は許されぬ。……命あるまで、待機せよ」
「……話は済んだか?帰るぞ、お前ら」
先に更木が背を向け、一角と弓親が続く。その背に続いて白哉が後にして、後ろ髪をひかれるかのように一護を心配げに見つめるルキアの肩に恋次が手を添える。
「一護……」
ルキアと恋次がこの場を後にした。それを見届けて、勇慈も一護の側を通り抜ける。
「……浦原喜助」
「!」
「浦原さんなら……きっと、知っていると思う」
「お前…!」
ちら、と勇慈と一護の視線が絡む。
「……死ぬな、一護」
「……おう!」
ぱたん、と穿界門が閉じる。一護は独りになった。けれど、その目は失意にくれず、強い覚悟が宿していた。
たとえ独りでも、井上。助けに行く、そう心に誓って。
「今戻った」
「冨岡四席、おかえりなさいませ!」
わっ、と技術開発局が俄かに騒がしくなる。技術開発局屈指の戦闘員だが、それ以上に癖の強い隊長にも物怖じせず、頼み事をすれば断られることもない。そんな男の帰還であり、そして貴重な破面の戦闘データも持ち帰ったとなれば、賑やかしくなるのも当然だった。案外、今世に於いては顔が広いのだ。
「涅隊長がお呼びです。隊首室へお願いします」
「あぁ、すまない」
羽織りをはためかせ、足を隊首室へと向ける。その途中、曲がり角を曲がったところで阿近とすれ違った。
「お、勇慈。戻ったのか」
「阿近」
歩を止めて阿近へと顔を向ける。僅かに煙草の香りが漂うのは、休憩を終えたところだったのだろうか。よくよく見ると、疲労がたまっているのか少し隈がある。だが阿近は疲れた様子を見せることもなく、要件を話し出す。
「涅隊長のところか?なら、それが終わったら通信技術研究科に顔出してくれ。渡すものがあるって伝言を受けているぜ」
「? わかった」
「俺からはそれだけだ。引き留めて悪かったな……さて、休憩も終わったし仕事の続きをしてくるぜ」
「構わない。いってくる。お前も……倒れるなよ」
「わかってるさ」
再び歩き出す。とは言っても、ここから隊首室まではそう遠くはない。もう一つ先の突き当りを右に曲がれば隊首室だった。
部屋の前に立つ。そして、ノックもせずに扉を開けた。
「入るぞ、マユリ。なんだ」
「戻ったかネ。勇慈」
薄暗い隊首室の、モニターを前にしてこちらに背を向けていた。とてとてと歩みより、モニターに映る物を同じように眺める。
「これは……」
「空座町だヨ。局員を何人か派遣してネ、データを採ってきたところだ」
モニターに映し出されていたのは、いくつかの図面と空座町の3Dデータのようであった。鳥観図の図面の方には、4つの点が穿たれている。
「総隊長殿から指令を受けてネ。……腹立たしい事この上ないが、浦原喜助との合同制作だヨ」
「この図面は——……」
「転界結柱。空座町を戦闘可能領域に作り替えるための結界術だヨ」
馬鹿にもわかりやすいよう、一から説明してやろう。と、マユリはモニターを指さしながら続ける。
「決戦が冬と決まった時点で指令は下りてきていたのだヨ。浦原喜助には四点のポイントを基軸とし、結ぶことによる半径一霊里に及ぶ巨大穿界門を作る装置……それを転界結柱というのだがネ。それを作り上げ空座町の四方に設置する事。ちょうど、お前が以前とってきた霊的スポットのデータが役に立ったヨ。一個人の技術で成せる術ではないから、足りない霊圧をその霊的スポット…霊脈から補う事でエネルギー問題は解決した」
モニターに浮かぶ四つのポイントは、地図を見れば確かになるほど。以前虚を始解して討滅したあの廃病院も含まれていた。つ、と指でモニターをなぞって空座町を結ぶように四角を描く。
「そして、我々技術開発局に依頼されたのがもう一つ。流魂街のはずれに、空座町の精巧なレプリカを建造すること。これも、最近この場所に死神が出入りしているからネ。地形データの取得には役立ったとも」
モニターをタップし、これが建設予定地だ。と別の図面を呼び出す。流魂街のはずれ、ちょうど中継されているのだろう。技術開発局の局員たちが、地ならしをし、目印となる通りから水糸を張り巡らせて作業に当たっているのが映っていた。よく見ずとも、巨大な柱が建設されているところであった。
「転界結柱とは———穿界門とは異なり、包囲したものを尸魂界にある別のものと移し替えるものだ。もちろん。柱を破壊すればそのバランスは崩れて転移させていた街はもとに戻るがネ。この技術を用い、我々は空座町を護廷十三隊の隊長格が戦闘可能な領域へと作り替える」
「! それでは、尸魂界の守護に当たるというのは…」
「本物の空座町の……眠らせている住民の保護だろうネ」
しゅん、とモニターを消す。消えたモニターに目を向けたまま、マユリが口を開く。
「隊首会での決定事項だ。朽木白哉、更木剣八、卯ノ花烈、そして私。以上の四名が、虚圏に突入する」
「!」
「浦原喜助の
「……あれが黙って待てる性分ではない事は、お前も承知だろう。浦原さんならとは思ったが…あっていたんだな」
「フン、癪だがネ。……まァいい。隊長格が万全の状態で突入出来るよう、黒崎一護には尊い実験の被検体となってもらおうじゃないか。井上織姫の誘拐に伴って、繰り上げで突入する羽目になりそうだからネ」
「そうか……」
「それで、だ。勇慈。お前に……二つ仕事を頼みたい」
マユリが勇慈の方を向く。
「転界結柱は、現世側の術者と尸魂界側の術者の二名が必要でネ。まァそう心配することはない。お前が鬼道がてんでダメなのは承知の上だとも。だからこそ、お前でも使えるように術を込めた霊具を今まさに開発している。……これを以て、現世側の転界結柱の起動を任せるヨ。尸魂界側の術は、私が担当する」
「わかった」
「詳細は、霊具の完成と共に改めて説明するヨ。……嗚呼、そうだ。大事な事がもう一つ」
ぴ、と左の人差し指をたてながら口を開いた。
「今回、虚圏に突入する際、私の供をするのはネムだ。お前の仕事は、術の起動後、尸魂界に転移した空座町を虚の手から護る事。現世、並びに虚圏に於ける藍染惣右介と護廷十三隊の戦闘に参加することは、禁止だ」
「!? 何故だ」
身を乗り出し、マユリに抗議を示す。落ち着き給えヨ、と言われて、しぶしぶ怒らせた肩をしずめた。
「戦力外、と言っているのだヨ。そんな事もわからないのかネ?」
「納得できない。俺は戦える」
「彼岸花。虚に対する再生阻害能力を持つ、鬼道系…猛毒の斬魄刀だ。それは素晴らしい事ではあるがネ。お前の信条らしく、ご丁寧に人には作用しないじゃあないか」
「……!」
「そうでなくとも、破面は、破面に至る際に虚の再生能力を消失している個体がほとんどだろう。……で?君の斬魄刀の効果は、なんだったかネ?」
「……虚の、再生阻害」
「そういうコトだヨ。お前の攻撃力は、刀の性能に由来するモノだ。水の呼吸とやらも、確かに身体能力面においては斑目一角辺りに引けを取らないだろうがネ。武器が一つ使えなくちゃあ、お粗末な性能しか発揮できないだろう?」
「……、」
「……と、言っても納得しないであろう部下のために、総隊長殿に掛け合って見つけてきた仕事が空座町の守護、というワケだヨ。私に感謝し給えヨ。これは隊長から四席に下す大事な命令だとも」
ぎり、と歯を噛みしめる。マユリの言う通りであった。凪を会得して力を付けたつもりでいたが、そもそも水の呼吸は受けの剣技。それが、虚に対して絶大な効果を誇っていたのは、偏に呼吸術による飛躍的に向上した身体能力。そして、始解した彼岸花のおかげであった。東仙と対峙したときから薄々わかっていた。自分は、虚以外との戦闘には向いていないのだと。
悔しい。
拳をそっと握りこんだのをマユリがちら、と見た。
「霊具が完成したら追って連絡しよう。それまでは鍛錬なり好きにし給え。完成したら、準備を整えて転界結柱を起動するヨ」
「……わかった」
「……そして、もう一つ大事な仕事があるのだがネ」
マユリが口を開く。ちら、と顔を見ると少し言いにくそうな、なんといえば良いのかと言葉を選んでいる様子であった。珍しくて、思わず目を丸くしてしまう。
「…マユリ?」
「……お前、護廷の為に死ぬ覚悟はあるかネ?」
ぱち、と瞬きをする。どうしたのだろう、当然ある、と是を示した。その即答にマユリが溜息を吐く。
「……総隊長殿からもう一つ。万が一、藍染惣右介の討伐を成せず尸魂界への侵攻を許した際、死神の中から一名、コレを以て藍染惣右介を封印せよ、との事だヨ」
ごそ、と懐から短刀を一本取り出す。それを勇慈に渡しながら、まじまじと眺める勇慈に説明をする。
「その短刀は私が作ったものだ。誰にでも縛道の九十九…禁、及び卍禁を扱えるようにするための、ネ。予め、そう術式を込めてある。」
「縛道の……」
「ただし、効果は対象の心臓を貫いて”禁”の詠唱を唱えた時のみ。そして、もう一つ。その使用状況から、術者もろとも封印されるがネ」
「……なるほど」
「おそらく……残留組の中だと最も防戦に長けたお前が適材適所との事だろう、と、総隊長殿からのご指名だヨ。万が一の時は、それで華々しく散り給え」
短刀を柔らかく握りこむ。手に馴染む、なんてことの無いように見える短刀が、尸魂界と現世を護るための、万が一の時のための最後の保険。先ほどまで抱いていた無力感が、かすかな希望に変わった。
そのわずかな表情の変化を見て、マユリは内心舌打ちをする。こいつのこういうところは大嫌いであった。
「話は以上だヨ。後は好きにし給え」
「ああ、分かった。……ありがとう、マユリ」
くるり、と背を向けて隊首室を後にする。人気のなくなった隊首室で一人、やれやれ、とマユリは椅子に座り込んで一つ息を吐き出した。
「……すべては、護廷の為だからネ。使える駒は適切に配置すべきだヨ」
誰に聞かせる訳でもなく、ぽつりと一つ呟いた。
数日の後、勇慈は空座町の空に居た。羽織を風に靡かせながら、先日通信技術研究科で受け取ってきた最新の伝令神機(なんとインカム型である)を用い、空座町を配置した転界結柱一本ごとのエリアに分割し、作業に入っていた。
「西区、現世人員一四〇六番まで異常ありません!保護完了です!霊力収束率、70%!」
「北区、現世人員九二八番、異常ありません!こちらも保護完了です!」
「東区、転界結柱 霊力収束率80%……転界範囲内の安全確保完了しました!」
『西区・北区はそのまま転界結柱の霊圧収束を続けろ。……南区はどうだ?』
「申し訳ありません!南区はデパート…?というものがあるらしく、人員計数にもうしばらくかかります」
「冨岡四席、報告です。南区、北区の霊力収束率80%を突破しました。約5分後に収束完了します!」
『わかった。南、5分で片付けろ』
「わかりました!」
『それと、西・北・東の再チェックが終了し次第、霊力管理部を残して残りは穿界門を通って安全圏に退避しろ。閃光防御も忘れるな』
てきぱきと指示を飛ばしながら、懐に忍ばせていた転界結柱起動スイッチを取り出す。髑髏の上にカエルの顔が付いているのは、おそらくマユリの趣味だろう。何故このデザインにしたのだろう。趣味が悪い。ぼそりと思わず口にしてしまった。
『聞こえているヨ勇慈。誰の趣味が悪いって??』
『お前しかいないだろう』
尸魂界側から文句が飛んでくるのをさらりと流す。
『フン、まァ寛大だから許してやるヨ。時に、そちらの準備はどうだネ?』
『あと5分で片付けさせる。もう少し待て』
『やれやれ……部下を甘やかすのも大概にし給えヨ』
準備が出来たらまた連絡を入れ給え、と、一方的に繋いで一方的に連絡を切ったマユリを一旦流し、局員たちの様子を伺う。
『南区、デパートの計数はまだかかるか?』
「もう終わります…一八二九、一八三〇、一八三一、一八三二……現世人員一八三四番、異常ありません!計数完了しました!」
「冨岡四席!転界結柱 霊力収束率、90%!もう間もなく全ての柱の霊力収束が終わります!」
『わかった。霊力管理部、そして南区の局員は尸魂界に退避しろ』
「はい!」
「急げー!死ぬぞ!!」
次々に穿界門が現れて、局員ならびに死神たちが尸魂界へと退避していく。ぷつ、ツー。ツー…と、こちら側から尸魂界へと連絡を入れる。
『もうすぐ霊力収束が完了する。そっちはどうだ』
『馬鹿にしているのかネ?とっくに完了しているとも』
『そうか、それは何よりだ』
『事前に説明したが、そっちは穿界門抜きでの転移になる。事故の可能性もだが、波に飲まれて霊力酔いを起こす可能性があるからと渡した薬は服用しているかネ?』
『ああ』
簡易モニターを展開して、ぴっ、ぴっと計器のデータをチェックしていく。まもなく、充填率が100%に達する。それと、周囲の霊圧グラフもチェックをしていく。霊圧は安定。眠らせている現世人員の中の異常が発生した様子も見受けられない。
と、一つの画面がぴーっ!という音を発した。タップして呼び出すと、霊力充填が完了した事を示していた。
『マユリ、完了した』
『そうかネ、ならば』
『転界結柱、起動させるぞ』
『転界結柱、起動させるヨ』
3・2・1とカウントも入れず、現世側と尸魂界側で同時にスイッチを押す。瞬間、ぐわん、と次元が歪んだ。もとより義骸に入らず死神としての姿でここに居るが、霊子が分解されて溶け行くような、身体の端から霊子に分解されていくのが見て取れた。
抗う事なく、すっと目を閉じる。次に起きた時には、尸魂界に転移が成功していることだろう。そう思って。
————————————
—————————
『…せき…冨岡四席、応答お願いします!』
「ん……」
ゆっくりと瞼を開ける。ぱちり、一つ瞬きをして周囲を伺った。勇慈は空座町の空から、いつの間にか交差点のど真ん中にへと移動していた。すぐに、転界結柱の事を思い出し、通信に応答を入れる。
「無事だ。転界結柱の状況は?」
『成功しています!』
「そうか。隊長たちの状況はどうだ?」
『黒腔にて虚圏に突入、十分後に十刃との交戦、ならびに黒崎一護たちとの合流が予測されています!』
「そうか……感謝する。では、俺は空座町守護の任に就く。局員たちは術の補修と、現世隊長たちのサポートだ。任せる」
「了解です!」
ぷつり、と応答が切れる。想定されていた霊力酔いもなく、身体の調子の方は快調と言えた。そっ…と懐に忍ばせている短刀を撫ぜる。
「もしもの時は…俺が……」
静かに目を伏せる。怖ろしいとは思わなかった。もしもここで死ぬのなら、いつか探してみようと友人と交わした約束、それが果たせなくなるのは心残りかもしれない。だが、
「(今度こそ、仲間を護る)」
その一点を違える気はない。今も昔も。彼岸花を抜き放ちながら、虚の気配を辿る。数は五体。それ以外からも虚の湧く気配を感じ取っていた。巨大虚ほどでもない、だが、ここは重霊地である上に今は意識のない魂魄が沢山あるのだ。餌場としては、これ以上のものはない。
今は、仲間たちが藍染討伐を成し遂げる事を信じて、成すべき事を成す時だ。
すれ違いざまに水面斬りを放ちながら、虚を二体斬り伏せる。そして刀を構え直し、駆け出して行った。
護廷十三隊コソコソ噂話
インカム型の伝令神機。少し前、初めて破面との戦闘が始まった際に限定解除をした際、わざわざ伝令神機を戦闘中に持たせる=戦闘中に片手を塞がせるのは非効率的では?というところから開発がスタートした新型伝令神機。現在使用されているのは試作型であり、複数人の声が混じる為通話には向いていないが現場的には助かると割と好評らしい。主たる開発者は鵯州とリンだそうです。Disc〇rdを参考にした、と言っていました。