現十二番隊の元鬼殺隊は

しん、と静寂が響いている。
そよそよと彼岸花がそよいでいる。
ぷちり、と花弁を摘んで、それを食んだ。
座したまま、黙々と。


「邪魔するぞー……うおっ……なんだよ具象化中かよ」
「…… 鵯州ひよすか」

扉を開けた鵯州はその様相に思わず声を漏らす。十二番隊にももちろん、鍛錬用の道場というものは存在するのだが、如何せん技術職の集う職場。鍛錬とは無縁に近い。となれば、道場を使用するのは必然的に勇慈のみとなり、ほとんど私室に近い状況であった。
それが、今はその道場が一面の彼岸花に覆いつくされている。
ちらり、と鵯州の方を向くと勇慈が立ち上がる。途端、まるで物語の一風景のようであった彼岸花の絨毯が、さぁ…と風に揺れて消えていく。

「悪いな、お姫様の機嫌そこねちまったか?」
「問題ない。今日の分は済んだ」
「そうか。ならいいがね。……っと、そうだそうだ。お前に隊首会の決定事項を伝えに来たんだった」
「……」
「いいか?お前は—————」



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—————————

——————

———


「……と、いう訳で、急遽選抜されたのが俺たちってワケだ」
「選んだのは?」
「山本総隊長だ。四十六室が死んでいる今、決定権は総隊長に下りてきているんだ」

一護の自室で、尸魂界からの応援がぎゅうぎゅうに寿司詰めになりながら、現状を恋次が説明する。

「まず、一護。お前を良く知っているって事でルキアが選ばれた」

そのセリフにルキアが違うぞ!実力で選ばれたのだ!と異を唱えるが、一旦スルーされる。

「次に、動ける戦闘要員で一番ルキアと近しい……連携が取れるってことで、俺」

俺、と恋次が自分を指さす。

「で、隊長格以外で俺が一番信頼できる戦闘要員を選ぶってことで、一角さんに同行を頼んだ」

一角がそっぽを向きながら、話に耳を傾けている。

「そして、『成体』の破面のデータ採取および解析班として、十二番隊かつ技術開発局から冨岡さん」

目を伏せ黙したままの勇慈を紹介する。

「あとは弓親さんが『僕も絶対いく!』っていうから弓親さんがきて、で、そうなったら面白そうだからって理由で乱菊さんが行きたがって、乱菊さんがどうしても行くっていうもんだから日番谷隊長が引率で来てっていう感じだな。」

「ピクニックかよ」

思わず一護がツッコミをいれる。

「……ともかく、てめーはその藍染に確実に目ェつけられてるってことだ。黒崎一護」

あ、日番谷隊長だ。天井裏に入るのを拒否した日番谷隊長だ。窓開くの待ってたんすか?と、にわかに場が盛り上がる。
一護は目線を、勇慈に合わせた。盛り上がる場にそぐわぬ涼し気な顔で、すんっ…と虚無を抱いている。ちら、と勇慈の目線が一護と絡んだ。
「……先日ぶりだな。世話になる」
「ああ……ん?」

ここでふと疑問が一護の中で浮かび上がる。

「なぁ、お前ら一体いつ帰るんだ?」
「は?何言ってんだ。帰んねぇよ。破面どもとの闘いが終わるまではこっちにいるぜ」

何言ってんだ、という顔で恋次が答える。

「いるぜ……って言ってもだな、寝るとことかどうすんだよ。ウチにはこんな大人数泊めるスペースねぇかんな」

えぇー!と乱菊が声を上げる。

「心配いらねェよ。元よりてめぇの世話になる気はねぇ」
「僕もだよ」
「構わない」

一角と弓親、そして勇慈はさらりと流した。日番谷も乱菊のお目付け役をするためか、一緒に井上の元にいくらしい。

「恋次、お前はどうするんだ?」
「あー…とりあえず、浦原さんって人のところに行ってみる」

歩き出していた勇慈の歩がぴたり、と止まった。

「たった数日でてめぇを俺らと戦えるレベルに鍛え上げた人だろ。どんなヤツか、一度会ってみてぇ」
「そーかよ…」

ひらひらと手を振りながら、恋次は浦原商店の方へ歩き出していった。その恋次の背を、じっ…と勇慈が見つめている。

「勇慈?どうかしたのか?」
「いや……」
「……あ、もしかして…浦原さんの事か?前、夜一さんから聞いたんだ。確か、護廷十三隊の十二番隊隊長で、技術管理局の初代局長だったって——」
「会わなくていい」
「えっ」
「会う気はない」

それだけ言い残すと、ふらりと歩くのを再開した。

「おー……」

ひらり、と一護は手を振りなおす。

「……あいつ、浦原さんとなんかあったのかな」
「知らん」

ルキアと顔を見合わせて、首を傾げていた。


——————

———



「……藤の家紋の家のありがたみを、今になって感じるとはな」

現世任務の折に長期滞在することは基本無く、かつ一般人に見られた場合は記憶置換を施すので宿というものが必要ないのも当然であった。
人気のない林の中で、こっそりと持ち込んでいた野営用の天幕を張りながらぽつりと呟いていた。





事態が動いたのは、その日の夜の事であった。
霊圧が動いた。数は6。破面のものだ。ばっ、と天幕で休めていた体を起こしてすぐに携帯していたソウル・キャンディを放り込む。ごくり、と嚥下すると義骸と死神の己の二人に分裂した。

「……ここで待機だ。俺は行く」

瞬歩を使い、走り出す。街中を走り抜けながら、数瞬の考え事をする。日番谷隊長は松本乱菊と共に在る。ならば、ここが一番安全であろう。斑目一角と綾瀬川弓親も共にいるのを感じる。十一番隊の二人だ。余計な手出しをするわけにはいかない。阿散井恋次も交戦状態に入ったのを知覚した。となるとやはり、黒崎一護の元か。

「——鳴け、清虫」
「っ、!?」

反射的に耳をふさぐも、超音波の音色が両手を貫いて鼓膜を揺さぶる。ぐわん、と視界がぶれそうになるのを口を噛みしめる痛覚で何とか堪えた。

「グリムジョーを連れ戻しに来たのだが……なるほど、勘がいい」
「……っ、東仙…要…!」

ふるりと頭を振って眩暈を振り払いながら、睨み上げる。霊圧は、”7”。宙空に、藍染と共に消えた東仙がそこにいた。

「清虫の声に沈んでいればよかったものを……後悔するのだな。その驚嘆すべき精神力に」

東仙が瞬歩を使い抜刀術を放つ。抜き放った彼岸花で迎え撃ち、流れる水の動きで受け流す。くらり、とふらつく脚に膝をつきながら、ヒュウウと息を吸い込んだ。

「全集中、水の呼吸———!」
「!」

「漆ノ型 雫波紋突き!!」

水の呼吸最速の刺突が東仙の脇腹を掠める。距離をとられた。東仙が再び清虫を構える。二度目はない。次に喰らえば意識を失う!耳に中の残響をかき消すように、再び肺いっぱいに呼吸をする。

「肆ノ型 打ち潮!」

流れ、岸辺に打ち付ける潮の如き波状攻撃を次々に繰り出す。刀で受け止められ、時には受け流される。攻勢に出ているようで、その実は清虫を使われぬように守勢に回らされていた。左の二の腕を清虫が抉る。血が噴き出したそれに顔を歪めながらも、手を緩めるわけにはいかない。

「……私に清虫を使わせない為だと理解しているが、一つだけ解せない」

キィン!と打ち鳴らし、鍔迫り合いになった刀を押し返しながら、清虫の切っ先を勇慈に向ける。

「なぜ、”始解”しない?貴様は、十二番隊の四席だろう。四席が、隊長格に敵うと思っているのか」

盲いたまなざしで相手を射ながら、問いかける。本来なら、敵に答えてやる義理はない。だが、”全力”で戦っていないと判断されて卍解されては打つ手がなくなる。刀を握る手に静かに力を込めながら、口をひらいた。

「始解しても、意味がない」
「……何?」
「言葉の通りだ。こいつは、人を選ぶ。……こいつはおにを斬るための彼岸花かたなだ。人に向けても、ただの鉄の塊だ」
「……そういう事か。だが、そうか。虚を斬る刀か。ならばやはり、生かしておくには都合が悪い」
「チッ…」

東仙が斬りかかる。それを受け止めながら、どうする、と思考を巡らせる。自分に課された役目は、現地におけるデータ採取と解析だ。藍染たち、ひいては破面の戦闘力を計るために派遣されたのが、俺だ。決して死ぬわけにはいかない。この場を切り抜けるための方法に思考を巡らせながら剣戟を交わしていると、ちらりと、薄桃色の羽衣が脳裏を過った。

「(賭けて、みるか)」

鍔迫り合いに持ち込んだ剣を押し返しながら助走距離をとると、ヒュウウ、と息を吸い込んだ。

「水の呼吸 参ノ型……流流舞い!」
「またその剣技か…もう見切っている!」

流流舞いの足さばきを駆使し接近してきた勇慈を迎え撃つ。確かに流れる水の如き不定形の足さばきは脅威だが、狙いが割れているのならば恐れる事はない。
下から袈裟斬りに斬り上げる、一瞬の動きを見極めて上段から断ち切るように刀を振りかぶった。瞬間

「っ!?」

きゅ、と足を止めたかと思うと型を解除し懐から何かを放り投げる。東仙は咄嗟に、それを切り捨ててしまった。広がったのは、粉薬。しかし、盲いた東仙にはその粉が散布される軌道も、臭いもないそれを交わすことは不可能だった。

「ぐっ……貴様…!」

一瞬で離れるも、僅かに粉薬を吸引してしまった。身体がにわかにしびれだす。即効性の麻痺毒だった。一層の意識を勇慈を迎え撃つことに集中する。その耳が、フゥゥゥ・・・・という聴きなれない音を拾った。

花の呼吸・・・・…!伍ノ型 徒の芍薬!!」

水流と花弁の幻影を伴った、雫波紋突きにも似た連撃が東仙を襲う。二発目が脇腹の傷跡を再び抉り、そして五発目の斬撃で鍔迫り合いごと思い切り吹き飛ばす。五発が限度であった。その大半が防がれるも、剣戟においては十分な隙を得る。
たたらを踏みながらも、空気の流れと踏み込みの音を探る東仙に向かって、跳躍しながら息を吸い込んだ。

「——————滝壺!!」

東仙が刀を振り抜いた。頬を掠め、血しぶきと斬れた髪が幾つか舞う。それに怯むことなく、東仙の足元を砕くよう滝壺を振り抜いた。ドォン、という衝撃波と土煙が舞い上がる。

「くっ……」

辺りを伺いながら刀を構える。だがしかし、決定的な隙を見せる訳でもなく。数瞬様子を伺っていたが、追撃はこなかった。

「……逃げた、か」

殺気も熱気もなく、辺りの空気は閑寂に沈んでいる。どうやら最後の一撃は、逃走のための一手であったらしい。刀を下ろす。何のからくりか、霊圧すらも完全に消えていた。

「……まぁ、いい。次にまみえる事があれば、その時には討ち取ってみせる」

チン、と刀を収める。麻痺は少し薄れていた。そのままグリムジョーの霊圧を探ると、瞬歩を用いて姿を消した。

—————————


——————


「…っ、ハァッ、ハァ……う、ごほっごほっ!」

東仙が去るその瞬間まで身じろぎはおろか息すらも堪えていたのが、堰を切ったようにひゅう、ひゅうと零れだす。勇慈が知る中で最多の連撃、かつ、最大の威力を誇る技を連続で使ったのだ。しかも、水の呼吸の派生とはいえ身体に完全に合う訳でもない花の呼吸を。身体に掛かった負荷は相当のものだった。

「はぁ……はぁ……持ってきていて、正解だった…な……」

頭まですっぽりと被っていた外套の、髪に掛かる布を少しだけ払いながら荒い息を整える。朽木ルキアの、霊圧すらも遮断した例の義骸を解析して試作された、隠密用の霊圧遮断外套のおかげで東仙の目を逃れる事が出来た。これがなければ、霊圧を辿られて
死ぬまで東仙と戦うことになっていただろう。
はぁ、ともう一度息を吐いた。ごそごそ、と懐から伝令神機を取り出す。通話表示の後、ぷつ、と繋がる音がした。

「俺だ…」
「勇慈!よかった、無事か!?」

通話をとったのは阿近だった。自分と東仙以外の声を聴いてようやく、少しだけ緊張の糸がほぐれた。

「無事だ……、破面との戦闘があった。俺は東仙と交戦。彼岸花で多少の傷は与えたが、虚じゃないから効果はない」
「隊長格から逃げ切ったのか……成果としちゃあ上出来だ」
「この外套のおかげだ……戦況は」
「限定解除が下りてる。日番谷隊長、乱菊、恋次、一角も破面を撃破した。一護は——……」
「……そうか」

報告を受けて、そっと目を閉じる。呼吸を連発して、隊長格から逃げ果たして、疲れ果てていた。

「治療は受けろよ……おい、勇慈。聞いてるのか。勇慈」
「聞いている……大丈夫だ。心配は、いらない」

ぐ、と力を込めて立ち上がる。そのままふらり、ふらりと皆と合流するために歩き出した。






「黒崎が休み!?珍しいな……サボりはするけど休みはほとんどない、あの黒崎がなぁ……」

そう言いながら担任の越智が出欠簿にチェックを付けている。勇慈、そして日番谷先遣隊の面々は出席していた。傷がたったの一晩で癒えたのは、ひとえに井上織姫の力によるものであった。

「4人も休みなのか……どーしたよホントに。まぁ仕方ない。とりあえず授業始めるぞー!まずは教科書の続き、P108から」

ぱらぱら、と教科書やノートを開く音がする。勇慈もまたそれに倣って教科書を開く。しかし、考えている事は全く別の事であった。

「(………今のままでは、皆の役には立てない。力が、実力が足りない)」

シャーペンを頬にあてたまま、教科書を読むフリをして考える。東仙から逃げ延びる事ができたのは初見殺しの麻痺毒と、花の呼吸、そして隠密用の装備があってのことであった。それがなければ、逃げる事すら怪しかったのはわかっている。逃げ延びて生きるのにも、勝って生き延びるのにも、今の実力のままでは破面、ならびに藍染との交戦に於いて足手まといとなるのは明白だった。己の未熟さ、鍛錬不足を恥じる。そして同時に、今のまま悠長に鍛錬を続けてもすぐさま実力を身に着ける事は不可能だと断じた。
となれば取るべき選択は、一つしかない。隊士の育成には、育手が必須なのだ。


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———


数日の後、藍染の目的が王鍵の創生であるとの情報が山本元柳斎重國から齎され、崩玉の完全覚醒まで四月あると判明してまもなく。勇慈は浦原商店へ足を運んでいた。

「……お久しぶりです。浦原”隊長”」
「……やだなァ、今は浦原”サン”でしょ?冨岡サン」

扇子で口元を隠しながらうっすらと笑う浦原と、勇慈は向かい合っていた。す、と姿勢を正し、深く一礼をする。

「頼みがある」
「何の御用で……なんて、聞くまでもないっスね」
「あぁ。……鍛えてくれ、浦原隊長」
「……口数が少ないのは相変わらずっスね。いいっスよ。こっちへどーぞ」

奥へと通される。話に聞いていた、”勉強部屋”とやらに足を運ぶと、そこには学校を休んでいた茶渡と恋次もいた。

「! 勇慈」
「あんたは…」

茶渡が尻もちをついたまま、口の端を伝う血を拭いながら目を見開く。そういえば、彼と顔を合わせていたのは最初の頃に学校でのみだった。

「さて、冨岡サン」

浦原が冨岡を見つめる。

「アナタ、まだ卍解は出来ませんね?」
「あぁ……具現化は出来ているが、まだ屈服には至っていない」
「アナタが具現化を始めてから——」
「……20年経つ。20年間、ずっと、彼岸花の毒を喰らい続けている」
「ほう……それは、それは。結構。そのまま続けてくださいな」

ふむふむ、なるほど。ではこうしましょう、と浦原は続ける。

「斬魄刀との対話と屈服に関しては今回は見送るって事で。気の長い彼女を急かして力を得ても、付け焼刃にもほどがある。……と!いう訳で、今回はコチラ!」

じゃーん!と言いながら、どこからともなくテッサイが台車に乗せてきた何かと、掛かっていた布を取り外す。そこに現れたのは、鏡台であった。

「……これは?」
悪魔の鏡エスペホ・デル・ディアブロ……ちょっとした霊具っスよ。写した相手の心そのものを映し出すための、ね?」
「心、そのもの……」
「そういう事。これを使って、修行してもらいます。さぁ、心を落ち着けて……鏡をよく見て」

急かされるように鏡の前に押しやられ、言われるがままに鏡を見る。心そのもの、とは何だろうか。一体何が写るのだろうか。少し不安な気持ちを静めるように、全集中の呼吸を静かに行う。静かな呼吸音だけが響く中、すぅ、と胸の中から何かが抜け出るような感覚がした。

「……ほう、これはこれは……」

目を開ける。鏡には、自分が写っていた。いや、違う。[[rb:もう一人 > ・・・・]]いる。

「……こう来たか…」




「……『兄さん』」





勇慈の心そのもの。最も心残りであるもの。冨岡義勇が、死に別れた弟の姿がそこに在った。

「……」

目を閉じ、静かに息を吸う。鏡写しの君、今超えるべき相手と鏡が定めた者。覚悟を決めたように、斬魄刀を抜いた。勇慈の鏡写しのように、義勇もまた日輪刀を抜く。青い二つの刀が対のように構えられた。


「……行くぞ、義勇」
「……行くよ、兄さん」


どちらともなく、駆けだした。






————————————


—————————


——————


———



「…反応!反応ありました!紅色表示……っ、十刃です!!」

「空座町北部に十刃出現!数は四体!日番谷隊長、[[rb:交戦 > エンゲージ]]!」

「乱菊さん、弓親さん、一角さんも交戦に入りました!」

「黒崎一護……[[rb:交戦 > エンゲージ]]!!」

限定解除は下りたのか!許可済です!隊長たちに報告を。朽木ルキアは十三番隊にいるぞ、客人と一緒だ!
技術開発局がにわかに騒がしくなる。鍵盤のようなキーボードを叩きながら各所に伝令を飛ばしていく。ここもまた戦場の様相であった。

「おい、勇慈はどこだ!」

「勇慈に繋げます!……勇慈、勇慈、聞こえているか!今どこにいる、十刃だ!」

『——ザザ、聞こえている。浦原さんのところにだ。すぐ向かう。』

「浦原って——」

阿近があの浦原さんか、と思わずつぶやく。だが今は一刻を争う。伝令神機の無線を奪いながら、阿近は勇慈に指示を飛ばした。

「今交戦状態の反応が三つ。二つは日番谷先遣隊、もう一つが黒崎一護だ。気をつけろ、もう一人いるぞ」

「わかった。監視・観測データの取得を頼む。切るぞ」

ぷちり、と伝令神機の音声がきれた。ふぅ、と一つだけ息を吐きだす。そのまま阿近はすぐさま次の指示を飛ばしだした。


——————


———


穴だらけにしちゃおうかなぁ、その声を聞いて覚悟を決めた。その触手が波打つ剣技に斬り落とされた時、思わず見惚れたのだ。
かちん、と納刀する音にイラついたように、ルピがねめつける。

「……誰だよ、キミ」

「……十二番隊、四席、冨岡 勇慈」

乱菊を背に庇うようにして勇慈が立つ。
その背を追いかける幼児のように、ワンダーワイズが飛び掛かった。

「おぉっといけない!アナタの相手はアタシですよ」

鬼道で牽制を入れながら、ワンダーワイズを打ち払ったのは共に居た浦原喜助。お見知りおきを、とウインクを飛ばしてみせた。

「ウザいんだけど……まァでも、2対5じゃあどのみち勝ち目はないね。……バイバイ」

振りかざされた触手が一斉に勇慈と乱菊に向かって伸ばされる。捕まったままの弓親と、一角が二人の名を呼んだ。声が響く。残響が静寂に沈む。その瞬間。

「咲き誇れ……『彼岸花』」

まるで、凪いだ湖面のように五つの触手全てが斬り落とされていた。拾壱ノ型 凪によって。

「……え?」

凪いだ湖面を風が撫ぜる。勇慈という名の風が湖面を滑り、刀と共にルピの隣を横切った。

「っ、こい、ツ……ェ?」

「……水の呼吸、壱ノ型。水面斬り」

ぼとり。首が落ちる。力の抜けた肉体から一角と弓親が開放され、その光景にヤミーが絶句した。

「さぁ…‥これで、6対2っスよ。お二人さん」

刀の血しぶきを飛ばしながら、構え直す。その様子を満足気に見つめて、浦原が口を開いた。








大正コソコソ噂話


胡蝶カナエは同期で、勇慈の友達でした。同じ下の弟妹を持つ兄姉同士気が合ったらしく、任務後たまに甘味処などに一緒に行っていました。





護廷十三隊コソコソ噂話。

彼岸花。 おにを斬るための斬魄刀かたな
始解の解号は咲き誇れ。そしてその能力は、奇しくも日輪刀と同じく おにに対する「再生阻害」能力でした。勇慈の中に、日輪刀という斬魄刀の形があったからこそです。








「……行くぞ、義勇」
「……行くよ、兄さん」


どちらともなく、駆けだした。
ヒュウウ、と呼吸音が同時に響く。

「水の呼吸、壱ノ型」
「——水面斬り!」

全く同じ剣技が刀を打ち鳴らす。ぎりり、と金属が擦れあう鍔迫り合いを突き放しながら、次の呼吸をする。

「弐ノ型 水車」
「肆ノ型 打ち潮!」


義勇の水車を打ち潮で打ち払う。弾き飛ばした義勇は宙で身を立て直すと、まるで死神のように中空を蹴って構えをとった。

「捌ノ型 滝壷」
「くっ…!」

滝壺を防ぐも足場を割られる。さながら東仙との闘いの焼き直しであった。右で受けた刀を左に受け流し、牽制を入れるも首をひねって躱される。左に流した刀が下から上段へと通り抜けるのを同じように躱し、続く刺突を刀で逸らす。義勇は護り、勇慈は攻めの呼吸が得意であったが、ペースを義勇に奪われつつあった。

「鏡に映るは己自身。つまり実力は互角。先にペースを握った方が有利。さてさて……となると、勝つためには”今の己”を超えなくちゃァ、いけませんからね」

まァアナタにご兄弟がいたのには驚きましたけど……と、呟きながら、扇子で口元を隠したままの浦原は再び口を開く。

「さて、勇慈サン……アナタは”ソレ”を、見極められますかね?」



舌打ちを一つする。決定的な一打を与える事も出来なければ、引く事も出来ない。むしろ、これ以上引いてはペースを完全に奪われる。義勇と実力が拮抗している今、それだけは避けなければいけなかった。となれば、攻めに回るしかない。一か八かの賭けにでた。
いつもより、より深く呼吸をする。さながら、花の呼吸のように。突進しながら、刺突の構えをとる。

「水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き……三連!」

連続で放たれる雫波紋突き。それは徒の芍薬の模倣技であった。一つ目は軽く伏せの姿勢を取られて躱され、二つ目は刀で受け流された。
三発目は義勇の左の肩を貫いた。

「、(ここだ!)」

左の肩を貫かれ姿勢が崩れる。その隙に向けて大きく振りかぶった。その瞬間、荒れ狂う己の波濤が凪いだ水面になったのを感じた。

「っ!?——まず…」

「水の呼吸 拾壱ノ型」

勢いを今さら止められない刃が義勇の刀に受け流される。

「——凪」

刹那、高速の斬撃が勇慈を襲った。ぱ、と血が舞った。そのままよろけて、倒れ込む。身体中のあらゆる箇所を切り刻まれていた。

「ぅ……ごほっ、っ!」

ごろん、と前転をして義勇の滝壷を躱す。そのまま姿勢を立て直しながら続けて刀を受け止めた。攻守が完全に逆転した。

「くっ……!」

荒々しく刀を突き返し、時に受け流しながら考える。幸い、足の健などは斬られていない。まだ動ける。しかし回復の呼吸をしながら返しの技をするほどの余裕は、今の勇慈にはなかった。

「(だが、どうすれば……)」


————その剣技と才覚を有しながら……弟に劣るなどと吐くか……下らぬ…。興覚めだ……。お前は、ここで終わりだ


その時、急に脳裏に吐き捨てられた台詞が甦った。カッと顔が熱くなる。何を弱気な事を。どうすれば、ではない。俺は兄だ。兄は、弟を護るものだ!
ならば

「(ここで義勇を超えねば、俺は兄として不甲斐なし!!)」

覚悟を決めた途端、義勇の剣技がスローモーションのように映る。取るべき選択は決まった。うねる水面を無理やり鎮める。

「静寂に沈め……水の呼吸 拾壱ノ型——凪!」

十分に引き付けて、左から来た刀をそのまま右へと受け流す。姿勢の崩れた右肩に初撃、返す刀で脇腹を裂き、切り上げで刀の軌道を再び逸らす。空いた胴にもう一撃入れた。その流れる水のような受け流しからの攻撃の動作を超高速で行う。それが、凪の真髄。

義勇と勇慈の影が交差する。次に倒れたのは、義勇の方だった。
とさり、と膝をつく音と、どっと身体に掛かった負担に膝をつく音がしたのは同時だった。

「はっ……はっ……」

だが、手ごたえがあった。初めて、凪を完成させられたのだ。今までは、受け流しが少し粗雑で己の膂力で無理やり流しているような節があったものを、今回は完全に受け流すことが出来た。

は、と義勇の方を見る。義勇もまた、勇慈の方を向いていた。うっすらと、わかりにくいとよく言われる、笑みを浮かべて。

「——————あ」

おまえ、まさか。

俺に”凪”を見せてくれたのか。
ふらり、と立ち上がる。義勇もまた、ふらりと立ち上がった。記憶の中に鮮明に残る弟の姿と凪の型を、一度たりとも忘れた事などない。そうか、と悟った。

「俺が超えるべきは——……」

凪を扱えぬ、と”決めつけていた”己自身か。傷の痛みはもうおさまっていた。

ヒュウウ、と呼吸をする。

「……行くぞ、義勇」

その言葉に、義勇はもう一度うっすらとほほ笑んだ。



————————————


—————————


——————


———



『——ザザ、勇慈に繋げます!……勇慈、勇慈、聞こえているか!今どこにいる、十刃だ』」

「聞こえている。浦原さんのところにだ。すぐ向かう。」



剣戟の途中で距離を取って、伝令神機の通話を取る。十刃出現の報告。空座町北部。数は四体。その報告に俄かに騒ぎ立ったのは恋次とチャドもであった。

「ダメだっつってんだろ!お前は消耗してるんだ!行かせられるかよ!」

「だが…ここで行かなければ一体いつ修行の成果を見せるんだ」

「だぁあ!修行の成果どころじゃねェ。テメーが力を使いすぎてるんだっつってんだよ!俺が行くからテメーはここで休んでろ!」

「そうっスね。阿散井サンの言う通りっス」

うんうん、と浦原が阿散井に同意する。た、だ、し!と条件を付けながら。

「まぁ阿散井サンもお疲れですし、ここは二人で休んでいて下さい。代わりに、アタシと勇慈で行くんで」

「……はァァ?待て待て、勇慈だって今の今まで修行してたじゃねェか。行かせられるかよ!」

「問題ありませんよ。ね?勇慈サン?」

「……問題ない」

「ほらね?」

そんじゃ、準備してくるんで勇慈さん。二分以内に準備してくださいね。と言い残して浦原は上へと上がる。
残された勇慈は、弟の鏡像に向かい合った。

「義勇」

「久しぶりに会えて、嬉しかった。先に死んで、ごめん」

「俺はまだやるべきことがある。仲間を、今度こそ護り抜く」

「不甲斐ない兄ですまない。だが、もう大丈夫だ」

「お前はどうか……どうか、ゆっくりこっちへ来てくれ。早死にしないでくれ」

思いのたけを端から言葉にしていく。これが霊具を用いて映し出した弟の鏡像だとしても、想いを吐き出しておきたかった。

「……兄さん」

僅かに鏡像がほほ笑む。

「俺は、寂しい。兄さんがいないからだ。」

「だが、最近、弟弟子が出来たんだ。炭治郎という。今は鱗滝先生の元で修行を続けている」

は、と目を見開く。今この鏡像はなんと喋った?

「炭治郎は、兄さんのような子だ。禰豆子を護るために、俺に向かってきた」

「突破して、受け継ぐ事が出来ると判断した。俺は……水柱じゃない。水柱に相応しかったのは、兄さんの方だ」

「だが……もう少しだけ、頑張ってみる」

「……あぁ、」

これが現ならなんと優しい夢だろうか。義勇の言葉を、また聞く事が叶うとは。だが、あくまでこれは自分を映し出した鏡像。夢は、覚めなければならない。そして今が、戦うときだ。かちゃり、と刀を構える。義勇がそっと、目を閉じた。

「水の呼吸、伍ノ型」

す、と横を素通りするように緩やかで緩慢な剣技を放った。

「——干天の慈雨」




————————————————————————————————





夢を、見ていた。ここ数日。同じ夢を。
義勇は淡い微睡みから目を覚ます。座り込んだまま刀を抱えていた手を、そっと首元に添える。首はちゃんと、繋がっていた。

「—————兄さん」

ぽつり、と口にした。夢の内容は、兄と手合わせを繰り返す夢だった。兄は凪を、俺は兄の波濤を学びながら切磋琢磨する夢だ。なんと甘美で優しい夢だったか。だが、きっとその夢も今日で終わりだ。
兄は、詳しくは語らなかったが戦いに行くらしかった。きっとまた、誰かを護るために。死してもなお、兄らしい。

「義勇……義勇ヤ、指令ジャ……」

カァ、と鎹鴉の寛三郎が降り立つ。届けられた文に掛かれた目的地は———……

「那田蜘蛛山……」

文を懐にしまって立ち上がる。その顔は、きっと兄がいたら立派な水柱のものだと褒めるような、強い瞳が宿っていた。

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