現十二番隊の元鬼殺隊は
彼岸花。勇慈の携える斬魄刀の名である。
その始解は「虚に対する再生能力の阻害」の力を有する。
そのカタチは、在りし日の日輪刀の如し。
……本当に、そうだろうか?
彼岸花——…鱗茎に毒を有する、多年草の一種。
その毒は、「他の植物の生育を阻害」するもの。
そう、勇慈は卍解を得るまでずっと、勘違いをしていた。
彼岸花は、日輪刀の写しではない。
最初から、『猛毒』の斬魄刀なのだ。
リン…と、まるで空気と共鳴するように、それは涼し気な音を立てた。
振り抜かれた斬魄刀。一見すると、形に変化は全く見られない。しかしながらその鍔からは、迸る霊力が青と赤の花弁を散らしている。霊力で出来たその花弁は、立ち昇るように刀身へ沿って上へ上へと立ち昇っては空気に溶けて、消えていく。
華が咲いては、消えていく。
「それは…勇慈、お前いつ卍解を……!?」
マユリの黄金色の瞳が零れんばかりに見開かれている。勇慈が僅かに、切っ先を下へと向けた。
「バン、カイ……」
低く響くような声が響くと、ペルニダが邪魔者を消そうと、黒い神経の糸を鋭く差し向ける。指先から放たれた神経の触手はまっすぐに、勇慈を貫かんとした。
「水の呼吸 拾壱ノ型————凪」
たった一振りに見えた一閃。その一閃で全て、神経の触手が切り刻まれる。勇慈に届かず地面に落ちる神経の束。だが、それだけには留まらなかった。
「!? ギィヤァアアア!!」
神経の触手を切り刻まれたペルニダが、絶叫を上げたのだ。左腕を右に左に、まるで熱いものに触れたかのようにのた打ち回る様を見てマユリは「何…?」と呟く。
「どういう事だネ……?神経凝固剤を打ち込んだ時ですら、あれは激痛に悶え、苦しむような素振りを見せなかったというのに……」
「この斬魄刀の真の効果だ」
「真の効果……だと?」
「ああ」
血しぶきを振り払うように、刀についた神経の残骸を無造作に打ち捨てる。べしゃり、と地面に振り払われて落ちる神経。ペルニダの神経は、無機物にも通るもの。だからそんな風に雑にあつかっては、自分の首を絞めるようなもの……足場が無くなる、と一瞬危惧して、はたと気づいた。神経が、よくよく見つめると焼き切れている。まさか、とマユリは彼岸花へと視線を向けた。
「彼岸花……俺は、この刀を日輪刀の写しだと思っていた。実際、そうだったから」
けれど、違ったんだ。と、のた打ち回り無造作に放たれるペルニダの矢を斬り捨てながら、勇慈は否定する。
「この刀の本質は、お前と同じ。『毒』だった。……俺の霊圧・霊力を吸い上げて華開く、猛毒の斬魄刀。完全な、再生阻害能力。それが、[[rb:月雫彼岸花 > げっかひがんばな]]の本質だった」
「毒……だと……?」
そこまで聞いて、アァくそとマユリは内心舌打ちをした。百余年前、こいつから前世とやらを聞きだしてから得た情報。日輪刀と、日輪刀でしか切れない化け物である、鬼。その因果関係を知っていたからこそ、誤認していた。日輪刀を恋しく思っているから日輪刀に似た刀になったのだと。だが、そうではなかった。最初から、理屈もなく 虚に再生阻害能力を得ていたわけではなかったのだ。最初から、答えはあった。その事実を見落としていた己の浅はかさに眩暈がすると共に、なるほどネと得心がいった。
「……ハァ、嫌になるヨ。そんな簡単な事実を見落としていた自分に。つまり?その斬魄刀ならばペルニダを文字通りサイコロステーキか何かのように細切れにしてやることが可能、という訳だ」
「ああ」
「だがどうやって?お前の水の呼吸は防御が主体の呼吸術。肉薄し、相手を細切れにするという事は攻めの手が必要という訳だろう?」
「そうだな。だから、賭けてみる」
「何を?」
「今ここで、新しい型の前身を作る」
「……ハァアア……本当に、嫌になるヨ。まったく。そんな分の悪い賭けしか考えられないなんて、お前は本当にバカだネ」
やれやれ、と頭を振って並び立つ。
「隙は私が作ってやろう。その、馬鹿げた策を成そうというのなら、せいぜい使いこなしてみることだ」
ぽい、と投げてよこしたのは予備で作っていた飛廉脚の装置。踵を指し示してやるとわかったと頷き、履物に装着する。ブゥン、と音を立てて飛廉脚が作動した。
「先程高濃度の麻酔を散布しているから、まだ地上の神経は息をしていない。だが念には念の為、だヨ。そして、その影響を受けて今の私は通常より二十%ほど反応速度が落ちている。機動力に期待するんじゃないヨ」
「ああ」
「なら良い。……十一番隊!いるんだろう!さっさとネムを回収してここを離れ給え!」
「っ、はい!」
弓親の声がした。シュン、と瞬く間にマユリと勇慈の背後に降り立つと、四肢の折れたネムの身体が傷まないようにそっと抱き上げる。
「マ、ユリ…様……」
ネムのか細い声がした。ちら、と後ろを振り向いたマユリ。だがすぐに前を見据え直して、けれど、ぽつりと一言零す。
「……お前は本当に、どうしようもない娘だヨ。戻ったら教育し直してやるから、しばらく後ろで見て学ぶ事だネ」
「は、い……」
「……フン」
たんっ、と跳躍の音がして、弓親とネムが離脱する。ぶちり、と。矢に繋がれていた神経を切り離してなお、細胞を灼き焦がす猛毒に苛まれていたペルニダがウウウと唸る。
「オマエ、ユル、ユルサナイ……!」
「許さなくていい。俺も、お前を許す気はない」
ペルニダの掌底が、二人を圧し潰さんと迫る。ドォオン、と。土埃を煙らせながら圧し潰したかに見えたその中から煙を斬り裂いて、無数の斬撃が走る。
「!?ギャアアアア!」
小指が小さな肉片に変わる。血しぶきをあげながら地面にびしゃりと落ちた肉片は、うぞうぞと蠢いて、けれどそこから新たなペルニダが発生する事もなくやがて動きが弱くなり、死んでいく。ずず、とペルニダが肉片を喰らう。喰らった側から失われた小指が再生しようとぼこぼこと波打つが、生えてくることはない。
かちん、と納刀の音が悶えるペルニダの背後からした。冷ややかな青い瞳で蠢くペルニダを見下ろしながら、勇慈は口を開く。
「よくも、ネムを傷つけたな。俺は怒っている。次は、お前の人差し指だ」
神経の雨あられを飛廉脚で潜り抜ける。地面すれすれを滑るように駆け抜けると、その背後に突き刺さった触手が根を張り、無数の手となって勇慈に襲い掛かる。ぱしゃり、と。勇慈の駆け抜けるそこから波紋が広がる。玖ノ型 水流飛沫の足さばきは水面を走っているようで、そして"水"だからこそ、土くれの手如きが捕まえられようはずもない。くるり、と振り向いて乱れた水面が打ち潮に変わる。斬り飛ばされた神経から激痛が走り、ペルニダは叫び続けていた。
「ア゛ア゛ァ゛ア゛!!」
その原因たる勇慈を屠らんと、遮二無二蠢くペルニダ。がばり、と勇慈の背後に影が立ち上がる。ペルニダの分たれた左手だった。本体と感覚を共有しているそれは怒りのままに、勇慈を握りつぶそうとする。
「雷鳴の馬車 糸車の間隙 光もて此を六に別つ……遅いヨ。縛道の六十一 六杖光牢」
ペルニダの分体の腕を貫く六つの光の刃。甲に穿たれた黒点。ガチリ、と分体を縫い留めるそれは、マユリの縛道。六杖光牢と、縛道の七十九 九曜縛。無詠唱と略式詠唱を混ぜた二重詠唱を以て、ペルニダを縛り上げる。ぱちん、と納刀し、見上げるペルニダの巨体を前に走り出す。抜刀。水面斬り・六連。ペルニダの腕を駆けあがるように斬撃を加えて月雫彼岸花の毒を打ち込むと焼き焦がされる激痛に身動きの取れないペルニダが、まるで陸に打ち上げられた魚のようにびくり、びくりと跳ねる。マユリが素早く、指を構える。
「千手の涯 届かざる闇の御手 映らざる天の射手 光を落とす道 火種を煽る風 集いて惑うな 我が指を見よ 光弾・八身・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔 弓引く彼方 皎皎として消ゆ ……破道の九十一 千手皎天汰炮!」
無数の光弾が、分体へと降り注ぐ。轟音、爆風。埃に青い髪が舞い上がる。ぴしゃり、と返り血が頬に飛んだのを雑に拭いながら、黄金の瞳は煙が晴れるのを見据える。もくもくと立ち込める煙から現れたのは、手のひらが吹き飛んでびく、びくと痙攣している分体の成れの果てだった。ぱちん、と縛道を解くとぐらりと揺らめき、鈍い音と巨大な質量が地面に倒れ伏す。ぐずぐずの肉塊はぼこぼこと肉の目をぎょろりと再生しては、潰れていく。そのたびに血がばしゃりと弾けて、辺りはペルニダの流れた血で凄惨な状況になっていた。
ふわりと降り立つと、トドメに神経凝固剤を打ち込んでとどめを刺す。びくり、と震えた後動かなくなった骸を前に、は、と詰めていた息を吐くマユリ。
羽織りをはためかせて降り立った影が、背中を合わせるように並び立つ。
「何体目かネ?」
「二体目」
「そうかそうか、それは僥倖。いいペースだ」
「疲れている」
「そう思うのなら、とどめを譲ったって構わないのだヨ?お前が遅いから私が動く羽目になる」
「すまない」
淡々と軽口を叩き合い、最後のペルニダ――本体に向き合う。本体は地面に這いつくばりながら、うぞうぞと今しがた破壊した分体のペルニダに覆いかぶさっていた。
べろり、眼孔の下から覗かせた分厚い舌が地面を這い、肉片を掬い取るように舐め上げていく。
「…気味が悪いネ。あの行動に、どんな意味があると考える?」
「……わからない。だが、油断はしない方がいい」
「ウ゛ウ……」
ずり、ずりと血を舐め広げるように喰らうペルニダを前に、剣を握る手にも力が入る。
ぐら、と視界がブレた。
「————!?」
衝撃、吹き飛ばされる身体。ほとんど無意識に受け身を取って、背後の瓦礫に背中から突っ込む。衝撃で肺の中の空気がかは、と零れ落ちた。
「なに、が…」
目を白黒させながら、瓦礫に埋もれながら吹き飛ばした犯人——…ペルニダを見やると、マユリの真横にこちらに向けられた手の甲が目に入る。
「ッハハハ!イイジャネェカ、最高ダ!ヨウヤク本気デ、ヤリアウ気ニナッタカヨォ冨岡!!」
「! この声、更木か…!」
「マユリ!離れろ!!」
声と同時に飛びのいたマユリの足を掴み、中空に無造作に振り回すと地面に叩きつける。轟音と、遠くから聞こえたマユリの声。勇慈はかっとなって、瓦礫の中から飛び出すと、漆ノ型 雫波紋突きを繰り出す。ペルニダに掠っただけで外したものの、掴まれていたマユリを開放することはできた。
距離をとって、ぞわりと悪寒がする。ペルニダから放たれる異様な空気。小指を無理やり再生しようとして、そこからぼこり、ぼこりと、無数の手が生えては枝分かれをし、無数の小さな手が生えていた。血の涙を流しながら、ペルニダはケタケタと笑い声をあげる。
「——ッ…ぐ…」
背後の呻き声にちらりと視線を向けると、掴まれていたマユリの片足があらぬ方向へと曲がっていた。一目でわかる。完全に折れている。飛廉脚があるとはいえ、先ほどの――もとより、マユリの機動力は飛廉脚込であっても勇慈には遥かに劣るが――機動力は期待できないだろう。
「動けるか、マユリ」
「馬鹿にするんじゃ…ないヨ…!」
ぐ、と脂汗を滲ませながらなんとか立とうとするが、上手くいかない。上手く動かない身体に苛立ちながら、クソと悪態をつくマユリをちらりと見て、静かに決意をする。
「ペルニダ」
「ハハッ、ナンダ、冨岡ァ!」
相も変わらず、ペルニダは変わった口調で――更木、といっていた。更木隊長を模倣しているときは、その口調になるのだろうか
?――応える。
「俺は、お前を斬る」
ぱしゃり、水面を蹴る。巨大なペルニダを駆けあがるように肉薄し、下からペルニダの瞳を断ち切るように切り上げる。一閃。縦に斬れた瞳にペルニダが絶叫を上げ、黒々とした神経が襲い掛かるのを斬り捨てる。ぼこり、と半分に断ち切られた瞳が二つ、そして四つと無数に増えて、その瞳の全てはまっすぐに勇慈を見据えていた。
「(これでいい)」
これで、マユリに対しての敵視が完全に途切れた。今のマユリは動く事が怪しい。狙われてしまったら、防戦一方になってしまう。そうなれば、いずれジリ貧に陥って敗北する。ならば、
「(一対一で、こいつを倒す…!)」
それには、この状況を打破する必要がある。無数の神経の雨を打ち崩し、そのうえで本体を叩くだけの、『水の呼吸』にはない、攻めの型を。陸ノ型 ねじれ渦で神経を巻き取りながら、ペルニダに肉薄し、神経の波に押し戻され、また押し返す。潮の満ち引きのように、攻めと守りが転じながら一進一退を繰り返す。
どうする――…。
ぶわり、と振りかぶられたペルニダの手のひらが勇慈を圧し潰さんと振りかぶられる。それをギリギリで躱して、地面に叩きつけられたペルニダを観察すると、ふと意識にひっかかるものがあった。無限に続くかと思われた小指の再生と、勇慈を見上げる蓮の種のようにぼこぼこと増えた瞳の増殖が……止まっていた。
どういうことか、再生能力に限界が来たのか?そう思ったが、どうやら違うらしい。ペルニダの分体の血だまりに手を這わせると、血だまりを啜っていた。うぞうぞと、小指の肉が盛り上がる。
「(肉片や、血を啜ると再生する……?)」
起き上がったペルニダが振りかぶる巨大な質量の、恐るべき速度の手刀を躱しながら分析する。だとすれば、
カチリ、と何かが閃いた。
頬を掠めんとする神経を避けながら、勝機を見出す。
今のペルニダは、更木剣八の反応速度でペルニダの神経操作能力を全面に押し出して猛攻を繰り広げている。それでいい。『涅マユリ』と接続したその頭脳を持ち出されては、勝機はない。
実践で試したことなどない。一発勝負の型。『水の呼吸』にはない、攻めの型。いや、違う。『水の呼吸』には究極の斬撃がある。それを、攻めに転ずればいい。そして、それを乗せるための型は、『水の呼吸』でなくても構わないのだ。
勝つなら、この一手しかない。
宙に浮いたまま、ペルニダを向き合って。真っすぐ見据える。ペルニダが伸ばした神経を捌いて……『わざと』一本、左腕に受ける。ぞわりと泡立つ嫌な予感と、自分が書き換えられる想定以上の激痛。
下で見守っていたマユリが、目を見開いた。
勇慈は左腕を斬り飛ばす。それが下に落ちる前に、パチリと納刀すると掴んでペルニダに投げつける。べしゃりとぶつかったそれはペルニダの手のひらに吸収されていく。だらりと右手を垂らす。更木を接続したペルニダは、猛る獣の本能に従って、手負いの相手にトドメの一撃をと、渾身の手刀を振り抜いた。
躱せるはずだった。なのに、勇慈はそれを受け止めた。
べきり、というこちらにも聞こえそうな骨折音。胴に入った手刀は振り抜かれ、枯れ葉のように勇慈が吹っ飛ばされる。建物に叩きつけられる。その瞬間。
くるり、と。身を翻した勇慈が建物に着地すると、ばねのように飛び出して、ペルニダに肉薄する。ペルニダは硬直して、動けない。かちり、納刀されていた斬魄刀が彼岸花と共に刀身を露わにして、勇慈はペルニダに向かって飛びながら片手で構えを取る。
「水の呼吸 拾弐ノ型——…!」
上下左右、ペルニダを取り囲むように放たれる数多の斬撃。九度、いや、それ以上に渡る見切れぬ剣筋はペルニダを幾百にも断ち切って
「ア…」
びしゃぁあああ、と、血の雨が降り注ぐ。地面に降り立ち、がくりと膝をついた勇慈の背後に散らばるペルニダの肉片は蠢き、再生しようと細胞同士が結合を試みるが
「ウ……?」
うぞうぞと、芋虫が這うように細胞が細胞と寄り添うが、結合することはなかった。それに、何故——?と答える者は誰もいない。ペルニダの細胞の上に影が一つ立つ。
ぱちんとひとつ、指を鳴らすと幾百にも及ぶ細胞が一つ残らず発火した。ギャア!と短い断末魔が上がる。その影はゆらりと幽鬼のようにゆっくりと足を勇慈に向ける。
「馬鹿が。あんな手で勝つ奴がいるか」
友人からの罵倒にけほり、と血を零しながら、見上げる。
「……仕方ないだろう。お前が『馬鹿』だと思う手段を使わなければ、いずれペルニダに感づかれる。お前の知識を持ち出されたら、俺には勝てない」
びくり、とペルニダの、切り刻まれた手のひらから下の腕が、遠くで跳ねる。再生の兆しは見られず、勝ったと言える。だが
「何故、あれは再生しなくなったのかネ?」
ペルニダの死骸を見つめながらマユリが問いかける。逡巡し、ぽつりと零す。
「あれは、肉片を喰らって再生していた。喰えば、その分だけ再生する。彼岸花で傷つけたのに、無理やり。だから……内側から、阻害しなくては勝てないと思った」
「それで?」
「だから、俺を喰らわせた。俺は、今月雫彼岸花の延長だから」
ちらりと勇慈に視線を落とす。左腕のあった場所からぽたぽたと血が滴り落ちている。今並べられた言葉を咀嚼する。そして、この馬鹿が、ともう一度悪態を吐き捨てた。
「お前、そのために捨てたのかネ。剣士の腕を」
「ああ」
「補肉剤は」
「……多分、効かない。彼岸花の毒は、彼岸花の根である俺にも及ぶから」
「チッ……本当に、馬鹿だヨ。どうしようもない馬鹿だ」
「でも……生きている」
そう、生きている。四肢は折れて神経に犯されていても、片足が折れて今かろうじて立っていても、そして、片腕を失っていても、全員、生きている。ネムも、マユリも、勇慈も。
負け続けていた。藍染に押し返され、童磨の前で頽れて、護廷を守るつもりでマユリに止められて。
負け続けていた。最初から。あの日、上弦の壱に殺されたあの日からずっと、肝心な時に負け続けていた。
やっと、勝てた。今度は、護れた。それがたまらなくて、心が震えた。
ふと、目を開ける。僅かだが意識を失っていたらしい。
隣で黙々と歩み続けているのは、斑目と弓親だった。マユリに肩を貸し、勇慈をおぶさりながら歩いている。重たそうだと思ったが、今は泥の様に身体が重たかった。初めての卍解で、どうやら霊圧をかなり剣に奪われていたらしい。
「そこの、右脇のボタンを押し給え。そう……そうすると中身が出るから、お前たちはそいつらと共に先に行くといい」
プシュウ、と音を立てて瓶が開く。ゆっくりと開かれる瓶の蓋の影から現れたのは、日番谷冬獅郎と、松本乱菊。滅却師の手によってゾンビ化され、操られていた二人だった。その肌の色はすっかり元の血の通った色に戻り、静かに開かれた瞳にはまっすぐな意思が宿っている。
「涅」
こつん、音を立てて降り立った冬獅郎が口を開く。
「ありがとう」
「……フン」
中から出た二人に代わって、マユリとネムが保護瓶に横たえられる。
「空いた余りの瓶には……マァ、更木でも詰めておくといい。勇慈、お前は――」
「俺は、いい。……補肉剤、打ったんだろう。勝手に。それで、十分だ」
「……そうかネ」
肉体保護瓶に寄り掛からせるように勇慈を下ろし、空いた瓶に更木を横たえる。
「それじゃあ、更木隊長」
「行ってきます」
斑目と弓親が立ち去る前に、マユリの前に立つ。
「……?」
「涅隊長!更木隊長を、ありがとうございました!!」
深く膝をつき、頭を垂れて礼を尽くす。そして敬礼をした二人は一度たりとも振り向かず、まっすぐ走って行った。
「……今日は、えらく礼を言われる日だネ。気味が悪いヨ」
「……はは、いいと思う。そういう日があっても」
「フン。……だが。そんな事はどうでもいい」
マユリは自分の胸に寄り添うように、一緒に眠らされているネムを見下ろしながら弧を描いた笑みを浮かべる。きらきらと瞬く黄金色の瞳は嬉々としていて、本当に喜んでいるのがわかった。
「そう。進化だ……ついに私は、自ら進化する魂魄を創り上げたのだ……!私は、お前を超えたぞ。浦原喜助……!!」
「……」
「お前の悔しがる顔は残念ながら想像がつかないが……だからこそ、目にする甲斐があるというもの……」
ぎぃ、とゆっくりと蓋が閉じる。かちり。肉体保護瓶のロックがかかり、緑色の点滅から赤色の点滅に代わる。
次に会う時は、私とお前の差を見せつけてやるとしよう。……私とお前の、二人で、だ……。
ゆっくりと目を閉じる。暗くて深い、水底に沈みながらマユリはゆっくりと意識を手放した。傍らに控える、ネムをしっかりと抱きしめながら。
肉体保護瓶の点滅が変わったのを見届けながら、ふぅ、とひとつ大きな息を吐いた。重たい身体を肉体保護瓶に寄り掛からせながら、未だ重たい空の色を勇慈は眺める。
そして、軽くなった左の隙間を埋めるように、斬魄刀を抱えて瞳を閉じた。
――――――――――――
―――――――――
――――――
―――
夢の中で、勇慈は剣を奮っていた。切っ先が描いた弧に沿って、青と赤の彼岸花の花弁が流水に乗っては舞って、空に溶ける。
彼岸花の花畑の中で、ひたすら無心に、剣を奮っている。
ぱちり、と納刀する。しんと静まり返る空気。
そこに不意に、どんと押し出されるような圧がかかる。吹き飛ぶ身体。だが勇慈は動じることはなく、ふわりと舞い降りて剣を振り抜いた。
ざぁっ、と剣が巻き起こした風が彼岸花の花畑を揺らす。
勇慈は夢の中で何度も、何度も。ペルニダを斬った時の事を繰り返していた。
引いては押し寄せる波のように。幾度も幾度も、虚空に向けて無拍子から繰り出される斬撃を。
勇慈の頭の中に、一つ言葉が浮かんだ。
「ああ、そうか……この型の、名は……」
――……
――――――――――――
―――――――――
――――――
―――
勇慈は眠り続ける。マユリとネムに寄り添いながら、静かに。
歴史に”もしも”はないと言うが、もしもを夢想するのはヒトの性である。
ならばこそ、今ここで詠おう。
ひとつの命が、別のもうひとつの命を護り抜いた先にある、未来の詩を。
護廷十三隊コソコソ噂話
卍解——月雫彼岸花
勇慈の有する彼岸花が卍解した姿。その真の力は、『刃に宿る猛毒の力を呼び起こし、その力で細胞を灼き殺す』力の極大化。その猛毒の根源は、使用者の霊力。霊力を養分とし花開く猛毒の斬魄刀は、虚のみならず全てのものを灼き殺す。その一方で、長く戦えば戦うほど、霊力は減衰し使用者をも蝕む。
勇慈はああいっていたが、その根底にあるのはどこまで行っても日輪刀の写しである。
また、彼岸花の鱗茎=根となった使用者自身もまた、猛毒である。それ故に、使用者自身を喰らうなどすれば捕食者は再生阻害能力に苦しめられるだろう。
たとえ手折られる日が来ようとも、一矢報いる。その為に生きている。
水の呼吸 拾弐ノ型 『海嘯』
夢の中で命名。
凪が相手の攻撃が届く前に全てを斬り刻む無数の斬撃。護り手の究極系なら、その護りの型を攻撃に転ずるためにあえて攻撃を受ける事を選んだカウンター技。相手の渾身の一撃を受け流し、その隙に凪の一撃を叩きこむ。相手の一撃が大きければ大きいほど隙は大きくなるため、効力が上がる。それはさながら引いた潮が一気に押し寄せる海嘯の如し、という理由から命名。
なお、死線の中で見出した型であることから、練度は未だ低い。それでもペルニダを打ち破るだけの威力を出した。
※ざっくりわかりやすく答えると、勇慈が参考にしたのは「花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬」+「水の呼吸 拾壱ノ型 凪」
鬼滅の刃版の無刀陣(※ダイ大)である。
17/17ページ
