現十二番隊の元鬼殺隊は
すまんのう、人間ども。
おんしらではユーハバッハには勝てん
……じゃが、案ずるな
平和とは全てそういうものよ。
のう……ユーハバッハよ
一方そのころの瀞霊廷
カタン。サインプレートの明かりが落ちる。そして治療室から解剖室へとサインプレートが変わった。滅却師との戦いで傷ついた隊士たちの治療が終わったらしい。
続いてがらりと扉の開く音と共に、いくつかの足音が研究室に入ってくる。
「おうい!三次の治療術式まで終わったぞ!みんなを労ってやってくれ」
にこやかな笑顔と共に入って来たのは浮竹十四郎。その後ろと虎徹勇音副隊長、山田花太郎三席が付いてくる。
「浮竹サン!?あんた何してんねん、治療される側とちゃうんか!」
「む、何を言うんだ!体調が良ければ治療の手伝いだってできるぞ」
浦原に集められた隊長格、そのうちの平子が治療室から出てきた浮竹を見て目を丸くする。
「そもそも病弱な俺は、治療の術に造詣が深いからな!」
「それ胸張ってええことと違わへん??」
「まぁまぁ。ともあれこれで、更木隊長以外は動けるところまで回復した。虎徹副隊長と山田三席のおかげだよ…ありがとう!」
「いえ、そんな…」
「浮竹隊長の的確な指示のおかげです」
「馬鹿野郎、誰以外が動けるようになったって?」
「隊長!」
「更木隊長!もう動けるのか、すごいな!」
斑目の驚きの声も、浮竹の感心したといった声もよそに、更木がのそりと部屋に入ってくるときょろきょろ、と研究室内を見回す。だが、目的の人物——やちるは、この場にはいなかった。
「……やちるはどこだ?」
「十一番隊の皆サンが探してます。心配しないで、ここで待っていてください」
「ふん……」
踵を返し、出ていこうとする更木。溜息をつきながら、浦原は仕掛けを作動させた。
「!」
「手荒ですみませんね…今出て行かれちゃ困るんスよ。だから、大人しくここにいてください」
「てめぇ……」
ぎり、と歯ぎしりをしながら浦原と、浦原の仕掛けた出入口を塞いだ鬼道の檻を睨め付けながら、もう一つチッと舌打ちをする更木。
一触即発の浦原と更木の間に、すっと立ちふさがる小さな姿があった。
「やめましょう。今は、こんな事をしている場合じゃありません」
立ちふさがったのは伊勢七緒。伊勢の平均的な体躯からすると、更木の体躯はまさに巨漢。だが臆する様子を見せる事もなく、気丈に伊勢は言葉を紡ぐ。
「どけ」
「どきません。それに、更木隊長が治療を受けている間も隊士たちは捜索を続けています。隊士たちに任せた方が捜索は早く済みますし、更木隊長の今すべき仕事は他の隊士では務まりません。今は努めを果たすべきです!更木隊長!」
「…………」
「………」
沈黙。見下ろした小さな女の切った啖呵を押しのけてまでやちるを探しに行くのか。それこそ、餓鬼の我儘らしい。馬鹿馬鹿しくて、その通りだと溜息を一つついた。
「……違わねぇな。ウチの連中に任せた方が、早くすみそうだ」
「更木隊長…!」
「伊勢サン。ありがとうございます。さて、では更木隊長の気が変わる前に始めちゃいましょうか。皆サン、こちらへ」
研究室の中央に設えた台座の上に隊長格、副隊長格が並び立つ。
「そこの力場に沿って並んでください。…そう、円形に。そしたら珠を配りますんで、円の内側に立って、それぞれその珠に霊圧を込めてください。…少し濡れますけど、天井を開けますね。我慢してください」
ぽち、とスイッチを押すと天井がごうんごうんと音を立てて引き戸のように開いていく。
ばたばたばた……複数の足音がどんどんと近づいてくる。誰や?そう思いながら平子が後ろを振り向くと、よぉーし!!とこの百年ほどで耳にタコができるほど聞きなれた声が研究室に木霊した。
「準備はええかァ死神ども!!」
「は?!ひよ里!?お前なんでここおんねん!!」
「はぁ???あんたが浦原ン手先になってウチらに面倒ごと押し付けてきよったからこないなとこにおんねやろハゲ!」
「ハァ~~~???ハゲじゃないからおぼえてませ~~~ん!」
「うっさいハゲやなぁハゲ!ほんならうっさいおかっぱは無視すんで!」
「無視されるらしいで、砕蜂」
「何故私に振る。そして私はおかっぱではない。殺すぞ」
平子が砕蜂に殺害予告を受けているのを他所に、いくでーっという掛け声と共に力場へと流し込む。水のようでいて、水ではない。液体ではないのか…?とルキアが疑問符を飛ばしながらそれを口にすると、浦原が解説をする。
「朽木サン、これはですね。尸魂界と断界、そして断界と現世の間の歪みに発生していた物質でしてね。霊王宮へ向かう際の移動エネルギーとして使います」
「ほう……」
「先ほど夜一さんには緊急で用意してもらって、それを元に黒崎サンたちを送り込んだんですけどね。ひよ里サンたちには残る大部分を精製してもらってました。これを隊長格の霊圧と融合させることで、霊王宮への道が開けます」
「で、どうすんだ?霊圧を融合させりゃあ全員で上にすっ飛んでくのか?」
「……いいえ。これから創るのは、『門』です」
「ここと霊王宮を直接繋ぐ、『門』を創ります」
「門…だと…?」
恋次が困惑したように呟く。それに頷きを返して浦原は続ける。
「黒崎サンが上で障壁を破ってくれた、今しか使えない方法です。戻る方法は……ないかも、しれません」
「貴様…!今頃になってそれを言うか!!」
「スイマセン…そう怒らないでくださいよぉ…」
「そうではない!」
きっ、と砕蜂がまっすぐに浦原の帽子に隠れた視線を射貫く。
「言えば我らが怯むやもしれぬと思ったか!?貴様も護廷十三隊の端くれだったのであれば、護廷十三隊を舐めるな!その侮りに腹を立てているのだ、浦原喜助!」
「! それは……」
「まぁまぁ、皆同じ事さ。護廷を背負うその気持ちはね」
浮竹が砕蜂を宥める。砕蜂はまだ言いたげな様子を見せてはいたが、ふいと視線を逸らすと位置についてしまった。失敗したな…と、浦原は密やかに思う。
「ハッ。舐めるだの護廷を背負うだの、戻るだの戻れないだの」
「俺ァ、連中を斬れればそれでいい」
とっとと行くぞ。ぼやぼやすんじゃねぇぞ。それだけ吐くとさっさと背を向ける更木。
「そっすね……さっさといきましょうか。みんなで」
そんな浦原を見つめていたひよ里の背を叩いたのは羅武だった。
「おい。俺達は何すればいーんだよ。死覇装余りねーのか?」
「えっ…えっと…手伝ってくれるんスか?死覇装なら、そこの解剖室の右手奥の棚にありますが…」
「わかった」
「ハァ!?おいコラウチまだ何も言うてへんぞ!おい、羅武!」
羅武の肩にひょいと俵のように担がれたひよ里が抗議の声を上げるもうるせーよと一言。
「ゴチャゴチャ言うんじゃねーよ。ローズもシンジも拳西も命張ってんのに、どのツラ下げて帰るってんだオメーはよ」
「……っ…」
「…いくで」
仮面の軍勢と呼ばれたかつて死神だったものたちが、解剖室の奥へと消えていく。平子と浦原だけは、その背中をずっと見つめていた。
同時刻、霊王宮最上階
「ユーハバッハ……あんたを、止めに来た」
一護が、織姫が、茶渡が、岩鷲が、夜一が、そして、勇慈がたどり着く。霊王の前にたたずむユーハバッハの元へ。
ゆるりと振り向いてユーハバッハは、視えていた。と零した。
「この眼は全てを見通す目……真の滅却師たる者の証。霊王を殺させるために、私を止めに来たのだろう。あぁ、全て視えていたとも。お前はここに来る前に和尚に会い、蘇らせ、奴に言い包められてここへ来た。」
「そう、全て視えていたとも。お前が此処に現れる事も…そして、お前が——」
「すでに、手遅れであることも」
ユーハバッハは少しだけ身体をずらす、その背後から、剣に貫かれた水晶体が、四肢のないヒトが一護たちの眼前に晒させる。目を見開く一護。次の瞬間には走り出し、霊王を貫く刃に手を掛けていた。
「黒崎くん!」
「一護!」
「…っ、う、うぉおおお…!」
「剣を抜いて霊王を救うか。……いいだろう、抜くがいい、お前にならそれが出来よう。その剣を抜き放ち、そして————」
水晶と剣の擦れあう音が響き、ついに貫かれた剣を抜き放つ。その時だった、一護の右腕に青白い線が走ったのは。
「なん…だ、これ…!どうなってる!?剣が…!!」
一護が自分の意思に反し動こうとする右腕を抑える。右腕は強く強く剣を握り締めており、離す事もできなかった。剣を振るおうとする力と止めようとする力、相反する自分の身体に苦しみながら拮抗している一護を、静かな目でユーハバッハは見つめる。
「……滅却師、人間、死神、完現術師、そして、虚……全ての力を備える唯一の人間、一護よ。お前が死神の力を手にしたもの、再び剣をとったのも、全てはこのため……。我が眼前で、霊王を斬る。その為にあったのだ」
「う、ぐ、あぁあああ!」
一護の右腕が振り抜かれる。刃は吸い込まれるように水晶にめり込み、きしきしと音を立てて水晶に食いこむ。ぱきり、ぴしり、と罅が入る。
「や、め、ろぉおおお!!!」
一護の叫びが霊王の間に響いた。しかし
ザンッ…
ごとり
「……っ…!!」
ごろん…と床に転がる水晶。その断面は平らで、吊り下げられた水晶は空しく揺れていた。霊王の上半身と下半身は、真っ二つに斬られていた。
「お前の中の滅却師の血は、決して霊王の存在を許さない。さぁ見よう、一護よ…共に、尸魂界の終焉を」
霊王の身体が納められた水晶がまばゆく輝きだす。そして次の瞬間、ごうん、と空が揺れた。空が叫び、大地が鳴きだす。空気が揺れる。その振動は、現世にまで広がり始めていた。
「霊王は、大量の魂魄が出入りする不安定な尸魂界を安定させるために創られた存在。それが消えた今、尸魂界はもとより、隣接する現世、虚圏、全てが等しく崩れ去る!……一護、お前の手によってな!」
「て、めぇ…ユーハバッハ!!」
一護が斬魄刀へと手を掛ける。ゆるりとそれを見つめていたユーハバッハ。だがその動きは鋼の糸にて封じられる事になる。
「儂らの存在を忘れてはおらぬか?よぅく喋るが、おかげで隙だらけじゃよ」
「夜一さん!」
「井上!今の内にお主の力で霊王を元に戻せ!」
「っ、は、はい!……双天帰盾!私は、拒絶する!」
井上の双天帰盾が霊王を包み込む。しかし、双天帰盾が発動する直前に霊王を包む力場が破られてしまう。目を見開く織姫に、ユーハバッハは愚かなことだと憐れんだ。
「そもそも霊王には資質のある者しか干渉できん。人間如きの力で霊王をよみがえらせると思うたか!?不可能だ、霊王は、もう二度と甦る事はない!!」
「だとしても、諦めるわけにはいかねぇ!」
一護が霊王を庇うように立ち、斬月を抜き放つ。ユーハバッハは聞き分けの悪い子を見つめるかのように一護に目を向ける。そしてその目が、見開かれた。
「…なんだ、この気配は」
「!?」
「なんだ、あれは…!?」
一護を通り抜けて、何か別のものを見ている。恐る恐る一護が後ろを振り向くと、黒い影のような手が霊王の下半分の水晶を取り込み、上半身を掴んでいた。ぎょろぎょろと目玉が動いている。ぎょろり、一護と目玉の視線がかち合い、びくりと震えた。
「そうか……この私の”眼”に映らぬという事は……貴様!
「この右腕が…霊王…だと!?」
「何故霊王自身の右腕が邪魔をする!……護って来た尸魂界に愛着でも湧いたか!?答えよ!霊王!!!」
同時刻、瀞霊廷にて
びくり、びくりとあばらの浮き出た身体を跳ねさせながら、黒い影に顔を取り込まれ膝をついている姿が一つ。
空が叫び、大地が鳴き始め世界が軋みだした時、動く者がいた。
『……俺が、霊王の身代わりになろう』
そう言って神掛けの儀式を行い依代となった者、浮竹十四郎。浮竹の痩躯は天を仰ぎ、最早浮竹自身の意思などどこにも存在していなかった。
「ミミハギ様……東流魂街のはずれに伝わる単眼異形の土着神、名ばかり聞いていたそれが、霊王の右腕だったとは……」
たらりと汗を垂らしながら呟く浦原に、砕蜂がどれくらい保つ?と冷静に尋ねていた。
「……わかりません。この”神掛”という儀式自体、アタシ自身見聞きするのも初めてです。どのくらい保つかなんて…見当もつかない。ただ、確かな事があります」
「浮竹の命が尽きるまでに、この安定を保つ方法を探さねばならん…か」
「えぇ、その通りです。浮竹サンが身代わりになってくれている間に、尸魂界を安定させなければ…急ぎましょう!門を創って、霊王宮へ!」
「はい!!」
「いや…待ってください!出来かけていた門が…消えていく!」
「!?」
ジジ、と弱弱しく明滅する霊王宮への門。端から薄くなり、消えかけている。霊圧が足りていないんだ…!と七緒が呟いた。どういうことだ!?と檜佐木が口にした。
「病んだ身体を霊圧で支えて働き続けていた浮竹隊長は、隊長格の中で群を抜いた霊圧を誇っていました!その浮竹隊長が抜けた事で、門を創る霊圧量が足りなくなっているんです!このままじゃ……!」
「フム、招集があったから覗いてみれば、他人の研究室で随分勝手な真似をしてくれているようだネ?」
ばっと何人かが声を辿る。壊れた研究室の上から覗き込んでいたのは煌々と輝く姿、涅マユリと、ネムだった。
「涅隊長…!」
「なるほどなるほど。門を創る為に全員の霊圧を収束している、と。フム、解せんネ」
すとん、と飛び降りると鍵盤を叩いて何かのコードを入力していく。プシュー…と音を立てて研究室の壁が開いていく。中から出てきた機材を背に、マユリは事も無げに
言い捨てた。
「お前ともあろうものが。膨大な霊圧が必要ならばなぜ先に、霊圧の増幅器を用意しない?」
「……そんなものがあるなら、教えといてくださいよ」
「イヤハヤ、こんな事態になるとは
弱弱しく明滅していた門の光に力が戻る。金に輝きながら門は形を取り戻し、安定する。
「いける…!これなら、行けるぞ!!」
「皆サン、準備を!霊王宮の門を開きます!」
浦原が最後の術式を門に組み込もうとした時だった、ドン!と空気が重く揺れる。たたらを踏んだ死神たち。浦原もまたよろめき膝をつくと、天から細く長く、延びていた霊王の右手から力が逆流する。その力は当然、依代である浮竹へと流れ込む。
ボンッ!という音と共に浮竹の顔を覆っていた影が膨れ上がる。
「浮竹隊長!?」
ドサリ、と浮竹が倒れ込む。めりめり、ぶちぶちと音を立てて霊王の右腕が剥がれてゆく。
「隊長、しっかりしてください!」
「隊長!」
「これは……霊王の右腕が、消えていく…!?いや、これはまるで、吸い取られているかのような……」
ぽつり、天から黒が落ちてくる。水面に墜とした墨が黒く広がっていくように、瀞霊廷を包み込む。
「瀞霊廷が……閉ざされる…?」
「上で、一体何が……」
—————————
——————
———
一方そのころ、霊王宮にて
即座に邪魔ものを排除しようと動いたユーハバッハの攻撃を凌いだ一護が、霊王を背に護っている。
「よくやった一護!この得体のしれぬものの正体は、そ奴が言うには霊王の腕!このままの姿で、新しい霊王として留め置く!」
夜一が停滞の術式を用い、結界を貼る。霊王と、霊王の腕を包んだ魔方陣。攻勢に回った一護の攻撃を捌きながら、ユーハバッハは口を開く。
「一護、何故止める?霊王を斬ったのはお前だ、お前の中の滅却師の血は、霊王の存在を赦しはせぬ!そのお前が私と止める理由があるのか!」
「俺は、あんたを止めにここにきたんだ。あんたを止めて、尸魂界も、現世も、虚圏も、全部護るためにここに来たんだ」
「全て守るか!傲慢だな、自分以外にはそれができぬとでも思っているのか!」
「俺以外の誰かにできたとしても、俺がやらずに逃げていい理由にはならねぇんだよ!!」
—————月牙天衝!!!
霊王の間から轟音と共に霊圧が迸る。これで終わるはずがない、一護は口を開いた。
「……ユーハバッハ、俺が、あんたの血を引いている事は聞いた。それが、なんだ?そんなことで、俺はあんたの思い通りにはならねぇ」
「……思い通りにはならぬ、か。笑わせる。思い通りになるかどうかは、この私の眼が決める事だ」
「一護の意思は、一護のものだ」
ユーハバッハの背後に降り立つ影が一つ。ユーハバッハはそれを見もせず剣閃を躱す。勇慈のものだった。眼を細めて、ユーハバッハが勇慈を捉える。
「哀れな……還るべきに還れず、彷徨い出でた魂か。お前は何のために戦う。お前は、この世界のものではないだろう」
「……そうだとしても、俺を受け入れてくれた。だから、戦う」
「恩義に報いるか。それもよかろう。だがそれが本当にお前の意思か?」
キィイン!と勇慈の刃を受け止めながら、異形の眼が勇慈を射貫く。
「……どういう事だ」
「一度たりとも思わなかったのか?還るべき場所に還れたのであれば、そこに残りたかったと」
「…!」
「例えこの世界以上に過酷であろうとも、弟と共に生きたいとは思わなかったのか?姉の仇を討つ機会を得たとは思わなかったのか?弟を捨てるほど、この世界への恩義は厚かったのか?」
「……だまれ!!」
弾き返した剣の勢いのまま、一護の元まで下がる勇慈。一護だけは”あの世界”に一度いたから、知っていた。心配げに見つめる視線を横にしながら、大丈夫だ、と口にする。
「……例え、あの世界に残れたとしても。俺は俺の成すべきを果たす。錆兎と姉さんに誇れる自分であるために」
「勇慈……」
「一護、お前はお前だ。お前は誰かを護るために戦い続けていた。決して、ユーハバッハのためなんかじゃない」
「戯言を」
「わかってるよ…滅却師の血なんか、関係無ぇ。俺は、あんたを止める」
一護と勇慈が並び立つ。はぁ…と一つ溜息をつくユーハバッハ。
「一護よ……私は何だ?お前の”仇”ではないのか?母を殺した男に対して”殺す”と言えぬのが、お前の弱さと知れ」
「それが弱さってんなら、強さなんていらねェ!!俺は俺の力で、お前を止める——!」
斬月を振りかぶり、月牙天衝の構えをとる。その時だった。閃光、重たい音。ついで、誰かが膝をつく音。
一護が振り向くと、夜一の肩に深々と矢が突き刺さっていた。
その奥に人が一人。白い装束にマントをはためかせていて、けれど顔は見覚えのある眼鏡と黒髪で……
「———————石田…!!」
霊王の結界に罅が入る。夜一が慌てて振り向いた。だが術を補強しようと手を伸ばすも、石田の牽制の矢が夜一を押しとどめる。
ギギギギ、と音を立て、ついに結界が崩れ落ちた。
「っくそ!」
「石田!てめぇ何の真似だ!!」
一護と勇慈の側を通り抜けてユーハバッハが霊王の元へと距離を詰める。
「待て!」
「させるか!」
「……
一護と勇慈の斬魄刀を静血装が受け止める。そしてその衝撃を利用して吹き飛ばすと、二人は地面に叩きつけられる。
「一護!」
夜一が一の玉を繰り出す。何発かユーハバッハに掠ったそれを見てほくそ笑むと、続けて二の玉を繰り出そうとした。しかしそれは、ユーハバッハの「パルンカジャス」の一言に遮られる。夜一の腕は捩じりきられ、膝をつく。織姫がそれに声を上げる。立ち上がった一護、そして勇慈もまたユーハバッハに再び挑もうとしたが、石田の[[rb:光の雨 > リヒト・レーゲン]]に阻まれ、ユーハバッハの元にたどり着く事ができない。
ユーハバッハが、霊王に手を伸ばした。
「やめろぉおお!!!」
ぶちり
霊王の右腕が、引きちぎられた。
息を飲む一護たちを前に、涼しい顔で石田は銀嶺弧雀を構える。
「何の真似だって聞いてんだよ…石田!!」
「石田くん…!」
「石田…!」
「……」
「動くなよ、全員だ。全員その場から少しでも動けば、撃つ」
そう告げると石田は弓を引いた。光の弓矢が一護を射貫かんと迫り、斬月で撃ち落とす。
「撃つと言っただろう」
「ふざけてんじゃねぇぞ…!俺らが何のためにここに来たのかわかってんのかよ!?」
「知っている。陛下を止めるためだろう。それをさせないと言っているんだ」
「わからねぇのか!?そいつを止めねぇと現世も尸魂界も虚圏も、全部消えちまうんだぞ!??」
「それを知らずに、ここにいると思っているのか」
「…………!!知ってんのかよ……」
一護が項垂れる。
「それを知って、なんで、なんでお前はそこにいるんだよ!!!」
「僕が、滅却師だからだ」
「————ッッ!」
ばさりと羽ばたく音が響く。アスキン・ナックルヴァール、ジェラルド・ヴァルキリー、そしてリジェ・バロが霊王の間へと降り立つ。
「なんだ?陛下を止めに来たと言うからどんな大軍勢かと思えば…とんだ雑兵ではないか」
拍子抜け、と言った様子で話すのはヴァルキリー。まぁ良い、と剣を抜こうとするそれを制し、石田が光の雨を降り注ぐ。一護と、そして三方を囲まれ身を寄せ合っていた織姫達の足元を崩すように。
霊王の間の足場が崩れる。宙に投げ出された五人は、落とした張本人である石田を見ながら叫んだ。
「石田ぁ!!!」
「石田!」
「石田くん!!」
「……こんな奴等、落としてしまえばそれまでだ」
どくん、と霊王の間に鼓動が響く。ゆるりと振り向く。引きちぎられた霊王の右腕がずるずるとユーハバッハの身体を這い回りながら、ぎょろぎょろと単眼を動かしている。
「…子である私を取り込まんとするか。未来は見通せても、力の差は見通せぬようだな」
「その力、もらい受けるぞ。右腕よ」
数刻後、瀞霊廷にて
「それじゃ、護廷の話をしようか。面子じゃあ、世界を護れない。…悪を倒すのに悪を利用する事を、ボクは悪とは思わないね」
藍染を解き放った京楽が、死神たちの視線を一蹴する。
京楽は研究室の方をちらりと見る。そこから感じられる霊圧は、もうほとんどわずかだった。親友は、見事命を正しく使い切ったらしい。誇れる友人だ。だからこそ、友人の繋いだ可能性を絶やすわけにはいかなかった。たとえ、それがどんなに謗られることだとしても。それが、総隊長を受け継いだ自分の役目だと思っていた。
「………とはいえ、」
「?」
小さく呟いたそれを聞きとめるものは誰もいなかった。辛くないわけじゃない。悲しくないわけがない。いずれ来る可能性だったとしても、いつもいつも、自分の周りの誰かは誰かのために命を散らしていく。自分に大事なものを託して。自分ばかり生き延びて。浮竹だって、そうだった。
それを押し殺しながら、京楽は藍染に淡々と語る。封印は三つだけ。口・左目・足首。それ以外の封印は解く事は許されていないとも。君がむざむざ目玉の化け物に自分が食い散らかされるのを見過ごすとも思えない。とも。
京楽の軽口によって藍染が協力したわけではない。協力、などではない。
破道の九十、黒棺。重力場が生じ目玉を根こそぎ、藍染ごとすり潰し塵と化す。だがしかし無間の磔架と同じ椅子はびくともせず、やれやれと藍染は肩を落とす。
以前戦った時よりも増したその霊圧にみなが冷や汗を流す中、京楽も止めていた息をそっと吐いた。
「よし!あの化け物どもが消えた今の内に、天蓋を破壊するぞ!」
「その必要はない」
「!?」
「黒棺の重力で天蓋に罅を入れた。あとは私の霊圧で、衝撃を与えてやれば、自壊する」
ずず、と藍染の霊圧が増す。だが藍染の霊圧に塗りつぶされるように、霊王宮への門もまた浸食され、形が崩れ出す。
「やめろ!藍染!門が……門の為に集めた霊圧が飛散する!」
「門だと?それも必要ない。霊王宮の障壁には孔が空いているのだろう?……霊王宮に用があるのなら、私が撃ち落してやろう」
「やめろ——!」
「無駄だよ」
ぱしん、と霊圧が霧散した。ざり、ざりと草履の音だけが響く。
「自分でいったろう?その拘束具は霊圧を消すんじゃなくて、近くに留めておく事しかできない。けどね……その”留めておく力”は、途方もなく強い。」
「………」
「尸魂界の技術の結晶だよ。舐めてもらっちゃあ、困る。そうだよね?涅隊長」
「……フン。いいかね?死神の霊圧というのは心臓が動いている限り延々と湧き出してくる。その心臓を止める事なく霊圧を止めるなど、不可能だ。そして無間の罪人どもはみな、なんらかの理由で命を絶てぬものばかり。だから、その拘束具は最初から”霊圧を消す”事には微塵も力を注いじゃいない。全ての技術力は、”身体ごと霊圧を拘束する”事に費やした。そして、その匙加減も私次第」
「…なるほど、君が拘束の度合いを操作しているのか。ならば今すぐ最大にしたらどうだ?君の技術と私の力、どちらが上か——」
「おっとぉ、あんたの霊圧は十分観察させてもらったが、穴だらけだぜ?」
藍染の拘束具の上に、さらに光の格子が覆いかぶさる。そしてモーフィン・パターンを打ち込まれた藍染が意識を混濁させる。その頑健さに、現れた滅却師…ナナナ・ナジャークープは化け物かよ…と呟いていた。
「参ったねぇ……厄介な時に敵さんのお出ましか。門はどうなってる?」
「ダメです!今ので完全に霊圧が飛散しました!一から創り直しです!」
「やれやれ……おーい、滅却師さんたち。霊王宮を落とされちゃ困るってのはボクらも同じ意見なんだけど、もしかしてボクらに協力しに来てくれたのかな?」
「はっ!そんな訳ねーだろ。陛下のいる霊王宮を落とされちゃ困る…って話だ」
「ははっ、だよねぇ…そんじゃ、戦うしかないってわけだ」
「戦えると思ってんのか?あんたら全員観察済みだ!俺の『モーフィン・パターン』で片っ端から麻痺させて——!」
ドンッ!
「へ…?」
京楽がきょとんとする。ナナナ、と名乗った滅却師が崩れ落ちた後ろには、仲間と思われる滅却師が一人。
「ば、バズビー…てめぇ……」
どさり、倒れる滅却師。どういう事だい…?と困惑を浮かべながらも警戒を解かずにいると、バズビーと呼ばれた滅却師が口を開いた。
「手を貸すぜ、あんたらに」
「……ほう」
「『見えざる帝国』は瀞霊廷の影の中にある。霊王宮が堕ちて瀞霊廷が崩壊すりゃ、困るのは俺達も同じだ」
「で、それを信じろというのかネ?」
「信じろとは言ってねぇよ。一方的に協力するともな。見返りを寄こせって言ってんだよ。俺達も、霊王宮に連れていけ」
「……その心は?」
「俺らを見捨てたユーハバッハを、ブチ殺しに行くんだよ」
「……なるほどね。……それじゃ、一時休戦といこうか。浦原店長!」
「ハイ!わかりましたよ!」
浦原の主導で門の再製作に取り掛かる死神たち。藍染はまだ気絶している。目まぐるしく変わる戦況にため息をつきたくもなる。浮竹ならこんな時…と、思い至ったところで、無意識に浮竹の霊圧を辿ると、弱弱しい霊圧がまさに今消えようとしていた。
「……浮竹」
ばさり、と羽織をはためかせて研究室へと降り立つ。門の側の、研究室の床の上。風前の灯火がそこにあった。痩躯は冷たい床に寝かされ、そっと手を取ると指先は冷え切っていた。浮竹の顔は真っ白で、今この瞬間生きている事すら奇跡のようだった。
「……後は任せてよ。十四郎。無駄にはしないからさ」
「後は任せて、というのは霊王宮へ赴いたときの話かネ?」
「涅隊長」
門を創る輪から抜け出した涅が、京楽の後ろに立っていた。フム、と浮竹を見つめながら顎をさする。
「イヤハヤ、霊王の依代がその右腕を引きはがされたのだから、霊圧も根こそぎ持っていかれて見るも無残な有様だネ。よくぞここまで、生きていたものだヨ」
「全くだよ……で、何?君はあっちでしょ。死に際くらい静かに看取らせてよ」
「死ぬだって?いいや、死にはしないヨ。承諾は得てはいないがネ」
す、とマユリが懐から薬剤を取り出す。それは、と京楽は目を丸くした。
「先に行っておくヨ。こいつが路を外れないか否かは、君に掛かっているとも。京楽春水。今ここで浮竹を看取るか、僅かな可能性に掛けるか……選び給え」
ちゃぷと薬剤を揺らめかせながらマユリはそんな事を口にした。
涅隊長がそんな事を、期待を持たせて落とすようなする死神ではない事は京楽も知っていた。その涅が、可能性を提示した。信じてもいいのだろうか。浮竹は、死なないのだろうか。ボク次第で?ボクの選択次第で?
そんなの…決まっているじゃないか
「……治せるの」
震える声を隠せなかった。それくらい、喪失が怖かった。にっこりと満月が弧を描く。
「君次第だヨ。京楽春水」
涅隊長が膝をつくと、ぷすり、と浮竹の首筋に薬剤を注入した。真っ白な身体はぴくりともしない。はずだった。
「ぐ、ぐあ…」
「浮竹?」
「あぁああああああ!!!!!」
びくんと跳ねる身体。ルキアたち十三番隊を筆頭に、隊長!?と浮竹の方を向く。浮竹はもがき苦しんでいた。喉を掻きむしるように、いや、実際に喉を掻きむしっている。首の皮膚に突き立てられた爪は延び、眼を見開いた浮竹の蒼い瞳が紅く染まる。がりがりと搔きむしられる喉から血が噴き出し、その側から再生していく。
「涅隊長!これは…!」
「勇慈と黒崎一護が持ち帰った、”あちらの世界”の鬼の体組成を解析した。君たちは鬼を知らないだろうから簡潔に解説すると、鬼とは勇慈の生前の世界に蔓延していた始祖に連なる人間の変質した生き物なのだヨ。素晴らしい生命力を誇っていたので、勇慈の余命を伸ばすために活用できないかと画策していたのだが……その過程で、鬼化薬も生成したのだヨ。アレは拒むだろうが、選択肢はあって困らないからネ」
「待ってください、鬼…!?それに、勇慈の生前の世界って…!?」
「おや、勇慈は存外口が堅かったらしい。もっと簡潔に言えと?仕方がない……要は、他所の世界の技術を用いて、浮竹を無理やり生かした。だが代償もあってネ」
「ああああああ!!!」
がばり、と起き上がった浮竹が血走った眼を走らせながら、ぎょろりぎょろりと辺りを見回す。口からはだらだらと涎を零していた。
「があああ!!」
「ちょっ、浮竹!!」
どさりと京楽を押し倒す。そのまま喰らいつこうとしたのを咄嗟に腕で防ぐ。思い切り噛みつかれたそれに顔を顰めて呻いているのを他所に、朗々と紡がれる言葉。
「私の精製した薬由来の鬼化だから、鬼舞辻とやらの影響下にはおかれない。が、鬼化したら当然、食人衝動に駆られる。良いかネ京楽。浮竹に呼びかけ続け給え。それを枷として、浮竹の食人衝動をこの装置で縛るヨ」
「はっ……なるほど、ボク次第ってワケだね」
脂汗をたらりと垂らしながら、血走った眼で京楽を睨みつける浮竹の視線を返す。思慮深く、穏やかな浮竹は見る影もなかった。鬼化して、それでおしまいなわけがないだろう。あの涅隊長が。なら、きっとこの延命措置から元に戻せる。戻せるに違いない。そう信じて、浮竹、と穏やかに声をかけ続けた。
「ね、浮竹。今度さぁ、飲みに付き合ってよ。この戦いが終わったらさ、君体調悪いってんでなかなか誘えなかったけど、美味しいお店あったんだよ」
「でさ、山じいったら酷いのなんのって…浮竹もそう思わない?」
「ねえ浮竹、人間なんて食べるのやめてさ。もっと美味しいもの食べたりのんびりしようよ。身体治してさ、そんで、また仲良くやろうじゃないの」
「ねえ、浮竹」
「ねえ」
ぎりぎり、と何とか噛み切られないように霊圧で抗いながら浮竹に呼びかけ続ける京楽と、呻き声をあげながら喰らおうとする浮竹を、誰もが固唾を飲んで見守っていた。未だ浮竹の眼は京楽を餌としか見ておらず、本当にこれでいいのか自信がなくなってくる。
「……ねえ、浮竹。お願いだから正気に戻っておくれよ…君までボク置いてっちゃうの」
その時だった、浮竹の眼から、ぽろりと涙が零れたのは。
ぱた、と頬に落ちてきた雫に眼をまぁるくして、見上げる。ぽたぽた、ぽろり。噛み切らんとしていた口を開けて京楽を開放すると、浮竹は蹲る。
「ぐ、ぐが……!」
ぎり、と首を絞め始める。まるで京楽を殺そうとしたのを咎めるかのように、慌てて京楽が浮竹の手を取るとそっとはずして、だいじょーぶと宥めだす。
「だいじょーぶだよ、ほら。血も出てないし、いいっていいって。だから、やめて」
「ぐるる……」
「君が死んだらボク泣いちゃうよ。お願いだから、浮竹」
「……ゥ、く」
「…うんうん。ボクはだいじょーぶだから。……涅隊長、お願い」
そっと浮竹の背後に立つ涅に呼びかける。涅は拘束具——藍染を封じたそれと同じ性質のもの——を用い、浮竹の口に”封”をする。そして上裸の浮竹の肩にかけるように、拘束具の羽織を掛けた。
「これで、鬼化して本能が剥き出しになった浮竹が霊圧を暴走させる事もあるまい。よくやったヨ。総隊長殿」
「それはどうも……で、これからどうするの。浮竹は治せるの?」
「それは、もう一度”あちらの世界”に出向く許可次第だネ。なんせ、被検体は一体だけだったからネ。サンプルはいくらあっても困らない。浮竹から採取した霊王の右腕の力で鬼化の進行が恐らく食い止められるとは想定していたが、これは想像以上の結果だヨ。私はこの霊王の右腕の研究をしたい。その為には、浮竹隊長には生きてもらわなきゃ困るんだヨ」
「君のお友達の為に?」
「……さて、ネ」
はぐらかす涅隊長だったが、答えは分かり切っていた。君もボクも結局、心臓が二つあるのだ。そのうちの一つを無くしたくない。ただそれだけなんだ。
「……いいよ、許可は後で出したげるから。今はひとまずアレを止めないとだね」
「その点には同意するヨ。さて、浮竹の延命も済んだ。門の製作を手伝ってもらうヨ。総隊長殿」
「はいはい。……ありがとね」
「フン」
護廷十三隊コソコソ噂話
護廷十三隊の中で、親友同士を公言している浮竹と京楽ですが、浮竹は公言こそされていないもののマユリと勇慈の事も親友同士だという認識をしていました。
そのため、浮竹はいつか二人と仲良くなりたいなーと考えていました。中々機会に恵まれはしませんでしたが、護廷十三隊で二人組、といえばこの二組が想像されるくらいにはそれぞれ仲がよかったそうです。
霊王の右腕の事は流石に想定外でしたが、それを噂にくらい耳にしていたからこそ、京楽に手を貸したのかもしれません。
