現十二番隊の元鬼殺隊は
紅く紅く、警報音が鳴り響く中。ごうんごうんと音を立ててエレベーターは下降してゆく。
技術開発局は、その日、騒然としていた。
「……修多羅等級 は?」
「現在、警戒強度四 ……深刻です」
「随分悠長な報告体制だネ?」
「申し訳ありません…これまでも軽微なものはありましたが、その都度微細な調整で対処できていたもので……」
音を立ててエレベーターが止まる。扉が開くと、広大な空間の中で警報音がかき鳴らされ、赤いランプが空間を真っ赤に染め上げていた。
「九〇二、〇二〇一、〇一五でも虚百十二体消失!」
「六六〇四、五十七体消失!虚の消滅が止まりません!!」
「境界深度を〇.二四度矯正します!矯正実働班に連絡を入れろ!」
「阿近三席!」
眼鏡をかけた技術開発局局員が阿近へと駆け寄る。
「阿近三席、虚の消滅が止まりません。このままでは数日中に、現世との境界が…!」
「それはもうお伝えした!他に情報がないなら、下がれ!」
「も、申し訳ありません!」
局員が下がる。それを意に介さず、悠然と歩くと羽織がはためく。
「涅隊長…これは…」
「決まっているじゃないかネ。虚を存在から消すことが出来るものなど、少し考えればわかるだろう?」
じっと、日本各地から虚消失の報告が挙がるモニターを見つめながら、マユリは呟く。
「奴らしかいないヨ……滅却師!!」
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「いよぉし!着いたぞ!ここが空座町だ」
穿界門を開いて現れたのは、車谷善之助。その後ろからひょこりと顔を見せたのは、十三番隊の若手である行木竜ノ介であった。その隣からさらに現れた女性は、斑目志乃という。
「それじゃあ、見送りはここまでだ。二人で喧嘩せず勤勉に虚退治に励めよ!いいか?くれぐれも喧嘩するんじゃないぞ!」
ぴしゃりと閉じられた穿界門。それを見送ると志乃はクールに背を向ける。
「それじゃ、早速見回り始めよっか。あたしは北行くから、あんたは南から回って」
「え、えぇ!一緒に回らないんですか!?」
「当たり前でしょ時間の無駄よ。それじゃあ何のために二人配属されたのか意味わかんないじゃない」
「えぇ~……だってそれに、この街にはすごい強い死神代行もいるって話だし……それに、十二番隊の四席もいるって話じゃないですか……。僕なんかが一人で回っても……」
「あんたねぇ!その死神代行たちの手を極力借りない為に二人配属されてんのよ!ハッキリ言ってみなさいよ。怖いの?」
「怖いです!!」
「イイ顔で言うな情けない!」
ぷい、と志乃はそっぽを向く。
「もういい!一人で回って性根叩き直してきなさい!」
「そんなぁ~!志乃さ~ん!!」
ぽつんと取り残された竜ノ介。仕方なしに見回りを開始する。空座町のビルからビルへと駆け、時には信号機の上に飛び乗り、途方に暮れた竜ノ介は一人呟く。
「志乃さんったら…酷いなぁ。はぁ、何も起きなければいいけど……」
ガシャン
「……ガシャン?」
竜ノ介が振り向く。そこには、蜘蛛のような巨大虚が竜ノ介を見つめていた。単眼がぎょろりと動き、目と目が合う。
「で、で……でたぁ~~!!!出ましたよ志乃さん!!!」
脱兎のように逃げ出しながら、竜ノ介は叫ぶ。虚の攻撃を躱し、信号機を伝って逃げ回りビルの中へと駆け込む。その狭い入口すらも虚は粉砕しながら、カサカサと迫りくる。
「志乃さん志乃さん志乃さん!志乃さ~ん!!!」
屋上のドアを開ける。そこで竜ノ介は目を見開いた。複数体の巨大虚に囲まれる形で、虚が握りしめているもの。カツン、と音を立てて落ちたもの。斬魄刀だった。そして、滴り落ちる血。志乃だった。
「志乃さん……?」
は、と竜ノ介は息を飲む。カタカタと震える手で斬魄刀に手を掛けながら、やらなければ、僕がやらなければと鼓舞する。だがその鼓舞は、いともたやすく打ち砕かれる。竜ノ介を後ろから追っていた虚が手を振り上げ、振り下ろす。それだけで、竜ノ介の身体は毬のように跳ね、フェンス叩きつけられた。
「……ぇ…」
手が動かない。身体も、そんな、たった一撃で。血がすごい出てる。うわ……僕、死ぬの?志乃さんも助けていないのに?
「だれ、か……」
絞り出した声。その時、巨大虚の胴が袈裟斬りに斬り裂かれた。シュン、と宙を泳ぐ何かが身体を覆う。ふわりと暖かな光に包まれ、身体が軽くなった。巨大な刀が目の前に立つ。
「オメーがイモ山さんの後任か?しっかりしろよ。イモ山さんより役に立たねーんじゃしょうがねぇぞ」
「これでよし!とりあえず応急処置はしといたから、終わったらまた治しにくるね!」
「井上」
振り返ってこちらを見やる女性の背後に迫る虚を、青い剣閃が断ち切る。片身替の羽織が靡き、見慣れた死覇装が瞳に映る。青みを帯びた一つ結びの髪が風にそよぎ、女性がありがと!と笑いかける。
腕の一振りで虚を吹き飛ばす背の高い男と、霊子の弓矢で虚を撃ち抜く男の姿。
「危なかったな、黒崎」
「何言ってんだ。オメーの矢の方が危なかったろ!」
「なんだと?」
「二人とも、喧嘩をするな」
背の高い男が窘める。
男たちが竜ノ介と志乃を庇うように並び立った。
「仕方ねぇ…一気に片づけるぜ。————卍解!!」
「……咲き誇れ。彼岸花」
そこで、記憶は途切れている。
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ふと目を覚ます。ふかふかとして暖かい。ここはどこだろうと瞼の裏を焼く光にうっすらと目を開けると、見慣れぬ天井を仰ぎ見た。
「起きたか。起きたんならもう出て行っていいからなー」
「……?…! はいっ!聞いてませんでした!」
がばりと起きる竜ノ介を呆れたように、一護が見守る。あれ?と首を傾げる竜ノ介、ここはどこだろうときょろきょろしていると、階段を上ってくる足音が幾つか聞こえた。
「おっまたせ~!美味しいパンですよ~!あ、目が覚めたんだね。良かった~!」
「美味しいって言いきっていいのかよ。廃棄なんだろそれ」
「そんな事言う人にはあげませーん!」
「井上さんの言う通りだぞ。いつも一番美味しそうに食べる癖に、君は礼儀を知らないな」
ひょこりと顔を見せる眼鏡の男——石田雨竜は眼鏡の位置を直しながら顔を見せる。
「……そうだな」
のそりと顔を見せる背の高い男——茶渡泰虎は微笑みながら部屋に入ってくる。
「うるせーーよ。大体お前らなんで全員チャイムも鳴らさず入ってくんだよ!」
「すぐそこで遊子ちゃんに会ったんだよ。ぐずぐず喋ってないで、パンを取り分けるんだから皿くらい用意しろ」
「……俺もいる」
とてとて、と静かに入ってきた男——十二番隊四席。冨岡勇慈もまた、少しだけ自己主張をする。その光景にようやく追いついたのか、竜ノ介があーーー!という大声を上げて我に返った。
「そうだ…っ、こんな事してる場合じゃ……!志乃さんは、志乃さんは無事なんですか!?」
「落ち着けよ、アイツなら——」
「ただいまー。コーラ買ってきまし、た……」
最後に入ってきた女性が、目を見開く。どさりどさりとビニール袋に入ったコーラを取り落としながら、女性——志乃は涙を浮かべる。
「りゅうのすけぇ……!」
「志乃さん…!」
感動的な再会。それは一方的なものだった。走り寄った志乃が竜ノ介を抱きしめるかと思いきや、振りかぶった腕が華麗なラリアットを決めたのだ。ベッドに再び沈む竜ノ介。情けない!!!と志乃に叱られながら、竜ノ介は矢継ぎ早に繰り出される志乃の言葉に悲鳴を上げていた。
「よし、食うか」
「この焼き鯖パンは彼が好きそうだ。残しておいてあげよう」
「それオメーが食いたくねぇだけじゃねぇのか?」
「あたしメロンパン!」
「俺はクロワッサンを…」
「それなら俺は……焼き鮭パンにする」
「勇慈お前それでいいのか??」
わいわい和気藹々とパンを取り分けながら、そういやと一護が思い出す。
「そういや、お前の名前まだ聞いてなかったな」
ぎりぎりぎり…と首を絞められながら、竜ノ介が口を開こうとした。だがそれに割って入った声があった。
「そうだな。答えておこう。————イーバーン。アズギアロ・イーバーンだ」
「!?」
「他に質問は?」
霊圧を察知させず、背後に立つ気配に一護たちが一斉に振り向く。ベッドの上に立つそれは、白い隊服を纏い顔の左には仮面を被ってる男だった。
「……誰だか知らねーが、とりあえずベッドから降りろ」
「失礼。よく聞き取れなかった」
「誰だか知らねーけどベッドから降りろ、つったんだよ」
は、と謎の男は鼻で嗤った。
「——断る!」
そう言い切る前に動いたのは一護であった。男を蹴り飛ばし、一護の意図を察して動いた井上が窓を開ける。ガラス窓は開け放たれ、そこから男が勢いよく外へと吹き飛ばされていった。
「何者だ?」
「破面じゃないのか?虚のような仮面がついていたように見えたが……」
「もぐ……」
「いらねぇ。どうせ俺に用があんだろ。外で追い返してくる!」
「分かった、俺たちもパンを食べたらすぐに行く!」
「もぐもぐ」
「そのころには終わってるよ!!」
一護が文句をつけながら飛び出していった。それを見送りながら、再びパンをもぐりと口にする。案外鮭の塩気がパンと合う。
「い、今の……誰なんですかね……?」
「さぁ?」
井上ですらも気に留めた様子もなく、パンをもぐもぐと口いっぱいに頬張る。一護が戻ってきたのは、三十分後の事であった。
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「ただいま~」
「あ、おかえり黒崎くん!怪我してない?」
「おかえり」
「おう。結局お前ら来なかったな。まぁいいけど」
一護が窓から帰ってきたのを井上と勇慈が出迎える。ごくごくとコーラを飲みながら謎の男について一護と石田、チャド達が話しているのを聞いていると、ぴぴぴぴ、という着信音が二重に鳴り響いた。
「ん、伝令か」
「あ、僕もです」
勇慈と竜ノ介が伝令神機を手に取る。そして通話ボタンを押して耳元に添えると、間もなく二人の目が見開かれた。
「……何?」
「なんだ?どうかしたのか?」
「え、えぇ…えぇ。はい……あ、すみません。わかりました。はい。…はい」
間もなく通話が終わると、緊張と衝撃を隠しきれない表情のまま、勇慈が口を開いた。
「隊葬だ。……緊急帰投命令が出た。すまない、尸魂界に戻る」
「隊葬?」
「はい……一番隊、雀部長次郎副隊長が……亡くなられたそうです」
「——————っ」
誰かの息を飲む音がした。
『いいか。手短に現状のみを伝える。質問は返さず一度で聞き取れ。』
『今から五十七分前。一番隊執務室に正体不明の七名が侵入。五十二分前に撤退。隊士一名が死亡。総隊長はご無事だ。』
『同刻。一番隊が警備に当たっていた黒陵門付近にて正体不明の侵入者との戦闘が発生。百八十二秒間の戦闘で隊士百十六名が死亡。雀部副隊長はここで致命傷を受け、何らかの方法で執務室に運ばれたのち、絶命した。』
『なお、こちらの侵入者数は不明。目撃者全員が死亡している。だが霊圧計測による痕跡から、一名である可能性が高い。そして』
『侵入者たちの侵入及び撤退経路は不明。瀞霊廷外周の遮魂膜に何ら影響が観測されていない事から、侵入者は遮魂膜を無視した移動方法を有しているものと思われる。』
十二番隊、阿近から勇慈に伝えられた内容は以上であった。一護は落ち着かないまま、見回りと称して町に繰り出す。
そこで、天から降ってきた幼い破面に助けを求められる事になるとは、尸魂界側の誰もが知らないのであった。
技術開発局は、十二番隊傘下の組織であり、尸魂界における最先端の科学技術の粋が集まった要衝である。
そして、最も少なく 最も大所帯 の隊である。
死神の総数、つまり十二番隊の死神の在籍数は二番隊と並んで最も少なく、二百名をぎりぎり超えている程度にとどまる。だが、技術開発局を含めれば話は別だ。研究員を含めればその数は4.5倍の九百名に昇るといえば、その大所帯ぷりが分かるだろうか。そして、その隊士ならびに研究員を束ねるのが席官たちである———————
十二番隊中央会議室。そこに自分やネムを含めて十名ほどの局員たちが集っている。
マユリは鍵盤を叩きモニターを呼び出すと、こつりこつりと壇上を歩きながら、集まった隊士たちに呼びかける。
「諸君。我が愛すべき護廷十三隊の副隊長である雀部副隊長が亡くなられた事は、周知の事実だろう。そして総隊長殿はこうおおせられた。『直ちに全霊全速で戦備を整えよ』とネ。であるならば、我らが十二番隊、そして技術開発局が成すべき役目は当然わかっている事だろう?」
す、と友人が前に一歩歩み出て、口を開く。
「十二番隊戦闘科長として進言する。この局は戦時下においての通信や解析の要だ。そして、砦でもある。他隊のように戦力を分散させ、各門付近を守護するのではなく、戦力を局に集中させ籠城戦・防衛戦を重視すべきだ」
「フム、私も同意見だとも。やはりお前は戦事になると使い物になるネ」
マユリが勇慈を肯定する。勇慈は四席としてこの場に出席しているが、本来の正式な肩書は『十二番隊第四席 研究素材捕獲科副長兼十二番隊戦闘科長』である。戦闘科とはマユリから託された十二番隊の隊士の育成・鍛錬を目的とし、主に局外での任務担当する十二番隊の戦闘部門の事である。
「あたしも賛成でーす!そもそも十二番隊で使い物になるのは戦闘科しかいませんし、そこまで戦力的に余裕はありませんからね」
元気よく手を挙げたのは八百屋薪 。十二番隊。第九席の妙齢の女性であった。黒く長い髪と黒曜石の瞳を彼女の所属は戦闘科、そして副科長である。『黒金 』という斬魄刀を有しており、始解が使える数少ない局員であった、ただし、その黒金は磁力を用いて砂鉄を操るものであったことから、磁力と砂鉄のせいで計器が狂うと研究員を追い出され、戦闘科に転属したという経緯を持つ。
それに同意するように、銀髪を肩まで伸ばし、眼鏡の奥に碧眼を気弱そうな顔をした小柄な男が頷く。
「ぼくも、薪さんと同じ意見です。そもそも断界研究科では、戦時下に入る前……敵の侵入経路の解析と根城の逆探知こそが戦場ですしぃ……」
彼の名は小鳥遊陣 。前七席————因幡影狼佐 の跡を継いで断界研究科を治めている副課長であり、その経緯からしばしば胃を痛めている苦労人である。去る年、穿界門の技術を応用して転界結柱の技術をマユリと共に開発・実用にこぎつけたのは彼の尽力によるものだとは、十二番隊内でしか知られていない。
「捕獲科としてはぜひとも敵を捕獲して解剖したいところだけど……それどころじゃないわよねぇ」
おっとりとしながら物騒な事を話す女性は采絵 という。十二番隊六席であり、研究素材捕獲科長の彼女はその豊満な胸からパッド型伝令神機を取り出し、捕獲科から戦闘科へ回せる虚捕獲用の戦備を改造できないかを他の局員たちに打診しながら呟く。それにうんうんと頷きながら、益荒男が語りだす。
「こちらの霊具管理科からも采絵さんの方に人を回すわ。そしたら、戦闘科じゃない子たちでも自衛ができるものね。四席のいう通り、ココは要よ。私たちは、何があっても生き残らなくっちゃいけないのよ」
体格だけ見れば勇慈より遥かに逞しい彼は、久留米辰也 。霊体霊具技術管理科の長であり、逞しい胸板と白い髪に豊かな眉はいかにも男前だが、この男。漢女である。もっぱら采絵や薪と気が合い、よく現世にショッピングに行く中である。ちなみに、身だしなみに特に気を遣うマユリは彼女たちの現世の化粧事情などにしれっと恩恵を受けていたりする。そもそもマユリ自身が”無能ではない”判定を下しているため、男だろうが漢女だろうが気にしていないのだ、誰も。
阿近は総合科長————マユリの側近として技術開発局の総合的な研究・集約を行う科である————そして副局長として、局員たちの意見を取りまとめながら、ここまで一度も声を発していない[[rb:鵯州 > ひよす]]に声をかける。
「鵯州、お前の方はどうだ。通信技術研究科の方で人員が必要な点は?」
「あ?あー……つーか、どっちかってーと霊波計測部門の方に人手がいるな。おい小鳥遊。まだ断界研究科の方じゃ侵入者の侵入経路解析できてねぇんだろ?」
「え、はい……ぁ、霊波計測部門に人手を回す件ですか?」
「そうだ。お前ンとこで解析ができねーんなら、次も防衛戦になんだろ。ならあらかじめ霊波の乱れを察知する予報器具を作っておく。そしたら不意打ちは避けられんだろ」
「確かに……よし、ぼくの黒腔技術員をそっちに回しますね。お願いします」
「おうよ。っつーわけで阿近。こっちはいらねぇ。やっぱ戦闘科だろ一番人手がいんのは」
「そうだな……」
ちらりと阿近と鵯州が勇慈を見やる。マユリもそれを視線で追いながら、腕を組み考え事をしながら黙していた友人が口を開くのを静かに待つ。
「……」
「おい、勇慈」
「……聞いている」
「そうかよ。なら戦闘科はどうすんだ」
「……先日の報告を聞く限り、戦闘科隊士の練度では太刀打ちが出来ない。せいぜい足止めや、局員を逃がせたら御の字だろう。だから、采絵さんと久留米さんの改造が済み次第、捕縛器具の訓練をさせるべきだと思う」
それ以外にできる事といえば、せいぜい怪我が最小限で済むように、機能訓練を入念にさせておくくらいしかないな。そう締めくくった。
機能訓練とは、鬼殺隊時代に採用されていた機能を回復させるための訓練……『機能回復訓練』を元に、護廷十三隊に合わせて改良した訓練の事である。機能回復訓練そのものは、基本的には怪我の治療を終えた患者に行われていたものであり、それを基礎的訓練として昇華したのがこの機能訓練となる。その訓練の優秀さが認められた結果二番隊でも採用されているのは、余談である。
「あら、私たち責任重大ね。もし捕まえられそうだったら捕まえてちょうだいね」
「善処する」
「勇慈くんったら相変わらずお堅いわねェ。ウフフ、頼もしいわ」
モニターを叩きながら、十二番隊に通達する内容を纏める阿近を眺める。
「そうだ、十一席と十四席は何をしているのかネ?」
「え?あー…あいつらなら襲撃現場の霊圧測定っすよ。滅却師の霊波計測をしてるはずです」
「あ、すみません涅隊長。ぼくが頼みました。何か急ぎの案件ですか?」
「イヤ、確認しただけだヨ。フム……まぁいい。十五席から二十席まで捕獲科に人を回し給え。采絵と久留米の仕事が捗らなくちゃァ、話にならないからネ」
「はぁい」
「承ったわ」
「侵入者どもが五日後に開戦と告げて、今日で二日目だ。諸君らの働きに期待しているヨ。せいぜい私を失望させない成果を上げ給え」
あれやこれやと盛り上がる部門ごとの相談や提案を遮って、そう知らしめる。マユリのその一言に局員の顔が一層引き締まり、はい!という返事が会議室に木霊した。
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ついに、尸魂界に侵入者——滅却師の侵攻が始まった。
つい先日開発された虚捕縛用霊具——霊縛鎖を十二番隊戦闘科の隊士たちに引き渡し終えた久留米率いる霊体霊具技術管理科、および采絵率いる研究素材捕獲科は小鳥遊の断界研究科と鵯州の通信技術研究科・霊波計測研究所研究科の加勢に回り、滅却師の一刻も早い分析と解析に取り組んでいた。
戦闘科の隊員たちは技術開発局正門、研究棟、研究資材保管庫に重点的に配備されており、足止めを命じてある。勇慈は八百屋を伴い、局の屋上にて瀞霊廷に立ち昇った火柱を見つめていた。
「う~……ついに戦いが始まっちゃったかぁ……ねぇ科長、あたしたちのとこには敵来ないですよねぇ…?」
「静かにしろ。常在戦場の訓えを忘れたか」
「科長ほど戦線に出てる人いないですもん。あ~~~~……ホント、何も起こらなければいいなぁ……」
「……」
勇慈は無言で視線を瀞霊廷に固定したまま、刀の柄に手を添えていた。勇慈の役目は、技術開発局を守り抜くこと。だが、その静寂は長くは続かなかった。
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かたかた、と。マユリは私室の一つである研究室に籠り鍵盤を叩いていた。雀部長次郎の斬魄刀を機材に設置し、卍解封印の解析を進めている。モニターに浮かぶ試行中の解析演算が百%に達しようとしたその時。ブツリ、と音を立てて”否”の解析結果が表示される。マユリは顔を上げ、その結果にふむ……と独り言ちた。
「……卍解を封じるのではないのかネ」
ぎしりと椅子にもたれかかり、顎に手を添えて思考を深める。
「……。卍解を封印するものではない。なら、卍解を消失させる類の術かネ…?卍解と同等の力を持った何某かをあらかじめ準備しておき、卍解の発動直後に対となるエネルギーで以って相殺する……あくまでこれは憶測だ。情報が足りなさすぎるネ」
すっと立ち上がる。そして傍らに控えていたネムに一声かける。
「ネム、私も前線に出るヨ。データ収集だ。お前も来るんだヨ」
「はい、マユリ様」
ひらりと隊首羽織を翻し、技術開発局の廊下を通って正門から出る。ちら、と霊圧を辿ったところ、最も近いのは————日番谷隊長の所だった。そちらへ向けて走り出す。技術開発局の防衛は勇慈に任せ、マユリは瀞霊廷で戦況を見極めて、データ収集に徹しようとした。しかし、その耳に天挺空羅を通じた緊急連絡が届く。
「————天挺空羅!」
十番隊、乱菊からの天挺空羅にぴくり、とマユリが反応する。卍解、”奪略” その報告を受けた時、マユリは苛立ちから拳を叩きつけた。
「馬鹿が!!何故こちらの情報収集と解析が済むまで待てなかった。信じられん馬鹿どもだヨ!!」
沸騰した頭で冷静に霊圧を辿ると、今向かっている十を含めて二・六・七番隊隊長も奪われたようだった。その事実に歯噛みしながら、加勢に向かおうと足を前に出した。その時だった、耳に取り付けてある通信機から緊急通報が鳴り響いたのは。技術開発局からであった。
「こんな時に何だネ!?要件なら手短に——」
「た、隊長!助けてください!四席が、冨岡四席がぁ…!」
リンの悲痛な声がマユリに助けを求めている。騒ぐなと一蹴し、報告を挙げさせるとマユリは目を見開くのだった。
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少し前。マユリが前線で卍解奪略の真実を知った頃。
「黒崎一護への救難要請、成功!阿近三席、通伝刀の設置完了しました!」
「わかった。リン!隊長たちへつなげ!」
「は、はい…!『瀞霊廷内全隊長・副隊長、ならびに隊士各位!お伝えします!死神代行 黒崎一護が現在、尸魂界に向かっています!』」
「『彼の卍解は、滅却師には奪えません!これは技術開発局がさきほど確認した確定情報です!!』」
「『今しばらく、持ちこたえてください!必ず、黒崎さんは来てくれます!!』」
「————待て」
阿近が計器の一つを見て目を疑った。通伝刀用の伝令器具を外したリンは、え?ときょとんとしている。
「おかしい……黒腔内の黒崎一護の霊圧が…消えた…?」
「消えた…消えたって、何かあったんですか!?」
「わからねぇ。応答もねぇ。……ともかく、黒腔内で何らかの問題が発生したのは確かだ。おい、小鳥遊!小鳥遊はどこだ!」
「小鳥遊なら今通信技術研究科にいるぜ」
鵯州が阿近の言葉に返す。すぐさま内線の通話をonにして、小鳥遊を呼び出す。
「おい、小鳥遊!緊急事態だ。部下を集めて虚圏から直通で開いてる穿界門に急げ!!」
「え、えぇ阿近さんどうしたんですか…?」
「緊急事態だつってんだろ!断界研究科の使える部下連れてけ!黒崎一護の霊圧が黒腔で消失した!すぐに調査しろ!!」
「はっ、はいぃい!……っ、うわぁあ!?」
「おい、小鳥遊、どうした———」
轟音。それと同時に、建物が揺れる。眩しい外からの光に目を焼かれていると、その光を遮るように大きな影がのっそりと姿を現した。
「兕丹坊…!?」
「何やってるんだ兕丹坊!!」
瀞霊廷の西門である「白道門」を守るはずの兕丹坊が、技術開発局を襲撃。研究棟が打ち壊され、局員が瓦礫の下敷きとなりその場は騒然とした。慌ただしく動き出す戦闘科の隊士たちが動き出すよりも早く、動く影があった。
「八百屋!」
「はぁい!…『くっつけ、黒金』!!」
しゃらんと抜き放たれた斬魄刀が磁力を帯び、鉄筋を含んだ瓦礫を操って兕丹坊を抑え込む。屋上で待機していた八百屋と勇慈であった。
「八百屋、兕丹坊を無力化しろ。俺は外を確認する!」
「了解しましたぁ~!でも気をつけてくださいねぇ~!」
兕丹坊は誇り高く、優しい性格の持ち主だ。それが今は自我無き人形のように技術開発局を襲っている。裏があると見ていい。兕丹坊を操る、何者かが。そう判断して勇慈は外へと出た。
そして、その判断は正しかった。
「ゲッゲッゲッ。やっぱり見抜いチャッタ?そりゃあそうだよねェ~。あのでくの坊、実力はともかく性根はいい子なんだもんっ♡」
「……お前か」
ふよふよと胡坐をかいたまま浮遊する黒い肌で小太りの、サングラスをかけた滅却師がそこにいた。ちっちっちっ、と指を振りながら、ダメよダメダメと口を開く。
「そんな怖い顔しちゃダメっ♡愛の使者たるペペ様に失礼だゾッ?」
「水の呼吸、壱ノ型……水面斬り!」
「うひゃぁ!」
大げさな声を上げて避ける滅却師に追撃で打ち潮を放つ。紙一重で避けられ、内心で舌打ちをする。
「怖い怖い。でも、愛があるからこそ手が出せないってあるよネ?」
「ッ!?」
刀を構えてペペを睨み上げる勇慈の左手に霊子の鎖が巻き付く。驚き背後を振り向くと、戦闘科の隊士が陶酔した顔で霊縛鎖を勇慈に放っていた。
「何を…っ、離せ!何をしているんだ!!」
「もう遅いよ~ん……ラーヴ・キッス♡」
隊士に気を取られる隙は、戦闘中において致命的だった。一瞬でもペペから意識がそれたその時、ペペが構えたハートの手のひらから光が放たれる。閃光が勇慈の身体を貫いて、彼岸花を持つ手がだらりと下がる。それを見届けた隊士は霊縛鎖をほどき、ペペがふよふよと項垂れている勇慈の元へと浮遊してくる。
「んん~?どうしたのかナ?ホラホラ、ボク困ってるんだよネッ。ねぇ、お願い。全部ゼーンブ壊しちゃって♡そうだねェ……手始めに、そこの建物の死神たちを皆殺しにするとカ♡」
「…………、ペペ…」
ゆらりと顔を上げる勇慈。その瞳は濁り、虚ろな光を宿した。かちりと彼岸花を握り直し、技術開発局の元へと歩き出す勇慈。
「ゲッゲッゲッ!」
勇慈は囚われ、ペペの悪辣な笑い声がその場で響いていた。
——————
———
冨岡四席が帰ってきた。敵を倒してくれたんだと局員が安堵したのは、一重に勇慈の普段の任務達成率や人柄によるものだろう。だからこそ、無防備に勇慈に話しかけてしまったのだ。その結果、斬り捨てられるとも想像つかないまま。
「————ぇ」
どさりと倒れる局員。じわじわと血の海が広がっていくのを見て、誰かが悲鳴を上げた。
「と、冨岡四席!一体何が…やめてください、敵じゃありません。それは局員です!!」
「知っている」
「は——?」
止めに入った局員もまた脇腹を抉られる。噴き出した鮮血が地面を赤く染め上げ、場が騒然とした。
「科長!?何!?何してるんですかぁ~!?」
兕丹坊を抑えていた八百屋が勇慈の乱心に混乱し、動揺する。慌てて戦闘科の隊士たちに命じ、霊縛鎖で捕縛しようと試みるが、勇慈に向けたそれが届いた端から凪で斬り捨てられる。
「頼む、これ以上抵抗はしないでくれ。せめて、苦しむ必要がないように終わらせるから」
かちりと彼岸花を構え直し、僅かに前傾姿勢を取ったかと思うと、消える。勇慈が消えた瞬間、隊士の一人が悲鳴を上げる。斬られたのだ。消えたわけではない。勇慈はただ単純に、距離を詰めるために走って、斬った。それだけなのに、痣の力を引き出している勇慈の機動力に追いつけない。早すぎる。
「う、うぉおおおお!!」
「っ、馬鹿!やめなさい!」
隊士三名が、勇慈に向かって振りかぶる。八百屋が止めるも、それを僅かに身を捩るだけで躱し、屈んだかと思うと足払いをかける。バランスを崩した隊士はその場に尻もちを搗き、埃を払うような軽い調子で振られた刀にみねうちをされる。後ろから刀を振り下ろした隊士を受け流すとそのまま胸倉を掴み、もう一人の隊士の方へと投げ飛ばして鎮圧する。
「ちっ…恨むなよ、勇慈!!————君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 心理と節制 罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ!破道の三十三 蒼火墜!」
鵯州が蒼火墜を放つ。それが勇慈に届こうとした時、勇慈が横に刀を一薙ぎした。
「…っ、おいおい。マジかよ……」
蒼火墜が二つに断ち切られ、分かたれた光弾が背後で爆発する。冷や汗を垂らしながら唖然としている鵯州に、勇慈が歩を進めた。じり、と後ずさる鵯州。
「鵯州!!」
「っ…阿近てめぇは退避しろ!ここは俺が抑える!」
「だが…!」
「今てめぇまでいなくなったら、誰が[[rb:技術開発局 > ココ]]を仕切るんだよ…!」
「っ…!」
ぎり、と歯を砕かんばかりに噛みしめた阿近が悔し気に退避する。その気配に安堵する鵯州と、ぼう…とした瞳で鵯州を見つめる勇慈。
「鵯州さん、あたしが出ます。破道で援護、お願いしますね。黒金の磁力で封印してみます」
「おめぇ震えてんぞ。……まぁ、気持ちはわかるわ」
かちり、と黒金を構えるも少し震えている八百屋を軽い調子で鼻で嗤いながら霊圧を高める鵯州。互いに死ぬ覚悟でいた。それほどだった。勇慈の強さは。誰よりも前線で戦っていた男の強さを、十二番隊が知らないはずがない。
「へっ、死ぬなら、もうちっと色気のある女と一緒に死にたかったぜ」
「あたしだって、カエルみたいな人と心中するつもりなかったんですけどねぇ」
たらりと垂れる汗がぽたりと床を叩く。ぼう…としたままの勇慈が口を開いた。
「鵯州…八百屋……すまない」
それは本心か。本心なんだろうな。苦しませずに殺したいだなんてお人好し、お前くらいだよクソ。内心で悪態を吐きながら、鵯州は再び破道を唱えた。
——————
———
一方その頃、阿近に連れられて退避していたリンは、簡易通信機を手にとっていた。
「おいリン、どこに掛ける気だ」
「隊長です!ぐすっ…冨岡四席がおかしくなっちゃった今、止められるのは隊長しかいません…このままだと鵯州さんも八百屋さんも死んでしまいます!」
勇慈の乱心にパニックになりながら、震える指で隊長への通信を接続しようと試みるリン。阿近はそれを否定できなかった。そして、このままだと勇慈に仲間を皆殺しにさせてしまうという事も。
「……隊長は前線だ。その簡易通信機じゃあ、隊長には繋がらないだろうよ」
「そんなっ…!」
「だから、これ使え」
ぽい、と投げ渡したのは隊長直通の通信機。マユリの右腕として阿近が持たされていた、緊急通信網だった。
「そのボタンを押せば、隊長に繋がる。お前は隊長にこの事を知らせて、救難要請を飛ばせ」
「はっ、はい…!」
「俺は通信技術研究科のとこへ行く。黒崎の霊圧消失原因はまだ未特定のはずだ。そっちも解析しなきゃまずい」
後は任せた、とリンの肩を叩いて廊下を走りだす阿近。その場に一人残されたリンは、重大な任務——マユリへの救難要請という任務を十全に果たすため、必死に冷静になろうとしていた。だが
「こんな時に何だネ!?要件なら手短に——」
「た、隊長!助けてください!四席が、冨岡四席がぁ…!」
通話が繋がった時、安堵からぽろりと涙が零れてしまったのは、それだけ彼も追い詰められていたという事だろう。必死に嗚咽を堪えながら、マユリへの状況を説明するリン。通信機の奥でマユリが、息を飲んだことには気が付く事はなかった。
技術開発局は、その日、騒然としていた。
「……
「現在、
「随分悠長な報告体制だネ?」
「申し訳ありません…これまでも軽微なものはありましたが、その都度微細な調整で対処できていたもので……」
音を立ててエレベーターが止まる。扉が開くと、広大な空間の中で警報音がかき鳴らされ、赤いランプが空間を真っ赤に染め上げていた。
「九〇二、〇二〇一、〇一五でも虚百十二体消失!」
「六六〇四、五十七体消失!虚の消滅が止まりません!!」
「境界深度を〇.二四度矯正します!矯正実働班に連絡を入れろ!」
「阿近三席!」
眼鏡をかけた技術開発局局員が阿近へと駆け寄る。
「阿近三席、虚の消滅が止まりません。このままでは数日中に、現世との境界が…!」
「それはもうお伝えした!他に情報がないなら、下がれ!」
「も、申し訳ありません!」
局員が下がる。それを意に介さず、悠然と歩くと羽織がはためく。
「涅隊長…これは…」
「決まっているじゃないかネ。虚を存在から消すことが出来るものなど、少し考えればわかるだろう?」
じっと、日本各地から虚消失の報告が挙がるモニターを見つめながら、マユリは呟く。
「奴らしかいないヨ……滅却師!!」
————————————
—————————
——————
———
「いよぉし!着いたぞ!ここが空座町だ」
穿界門を開いて現れたのは、車谷善之助。その後ろからひょこりと顔を見せたのは、十三番隊の若手である行木竜ノ介であった。その隣からさらに現れた女性は、斑目志乃という。
「それじゃあ、見送りはここまでだ。二人で喧嘩せず勤勉に虚退治に励めよ!いいか?くれぐれも喧嘩するんじゃないぞ!」
ぴしゃりと閉じられた穿界門。それを見送ると志乃はクールに背を向ける。
「それじゃ、早速見回り始めよっか。あたしは北行くから、あんたは南から回って」
「え、えぇ!一緒に回らないんですか!?」
「当たり前でしょ時間の無駄よ。それじゃあ何のために二人配属されたのか意味わかんないじゃない」
「えぇ~……だってそれに、この街にはすごい強い死神代行もいるって話だし……それに、十二番隊の四席もいるって話じゃないですか……。僕なんかが一人で回っても……」
「あんたねぇ!その死神代行たちの手を極力借りない為に二人配属されてんのよ!ハッキリ言ってみなさいよ。怖いの?」
「怖いです!!」
「イイ顔で言うな情けない!」
ぷい、と志乃はそっぽを向く。
「もういい!一人で回って性根叩き直してきなさい!」
「そんなぁ~!志乃さ~ん!!」
ぽつんと取り残された竜ノ介。仕方なしに見回りを開始する。空座町のビルからビルへと駆け、時には信号機の上に飛び乗り、途方に暮れた竜ノ介は一人呟く。
「志乃さんったら…酷いなぁ。はぁ、何も起きなければいいけど……」
ガシャン
「……ガシャン?」
竜ノ介が振り向く。そこには、蜘蛛のような巨大虚が竜ノ介を見つめていた。単眼がぎょろりと動き、目と目が合う。
「で、で……でたぁ~~!!!出ましたよ志乃さん!!!」
脱兎のように逃げ出しながら、竜ノ介は叫ぶ。虚の攻撃を躱し、信号機を伝って逃げ回りビルの中へと駆け込む。その狭い入口すらも虚は粉砕しながら、カサカサと迫りくる。
「志乃さん志乃さん志乃さん!志乃さ~ん!!!」
屋上のドアを開ける。そこで竜ノ介は目を見開いた。複数体の巨大虚に囲まれる形で、虚が握りしめているもの。カツン、と音を立てて落ちたもの。斬魄刀だった。そして、滴り落ちる血。志乃だった。
「志乃さん……?」
は、と竜ノ介は息を飲む。カタカタと震える手で斬魄刀に手を掛けながら、やらなければ、僕がやらなければと鼓舞する。だがその鼓舞は、いともたやすく打ち砕かれる。竜ノ介を後ろから追っていた虚が手を振り上げ、振り下ろす。それだけで、竜ノ介の身体は毬のように跳ね、フェンス叩きつけられた。
「……ぇ…」
手が動かない。身体も、そんな、たった一撃で。血がすごい出てる。うわ……僕、死ぬの?志乃さんも助けていないのに?
「だれ、か……」
絞り出した声。その時、巨大虚の胴が袈裟斬りに斬り裂かれた。シュン、と宙を泳ぐ何かが身体を覆う。ふわりと暖かな光に包まれ、身体が軽くなった。巨大な刀が目の前に立つ。
「オメーがイモ山さんの後任か?しっかりしろよ。イモ山さんより役に立たねーんじゃしょうがねぇぞ」
「これでよし!とりあえず応急処置はしといたから、終わったらまた治しにくるね!」
「井上」
振り返ってこちらを見やる女性の背後に迫る虚を、青い剣閃が断ち切る。片身替の羽織が靡き、見慣れた死覇装が瞳に映る。青みを帯びた一つ結びの髪が風にそよぎ、女性がありがと!と笑いかける。
腕の一振りで虚を吹き飛ばす背の高い男と、霊子の弓矢で虚を撃ち抜く男の姿。
「危なかったな、黒崎」
「何言ってんだ。オメーの矢の方が危なかったろ!」
「なんだと?」
「二人とも、喧嘩をするな」
背の高い男が窘める。
男たちが竜ノ介と志乃を庇うように並び立った。
「仕方ねぇ…一気に片づけるぜ。————卍解!!」
「……咲き誇れ。彼岸花」
そこで、記憶は途切れている。
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———
ふと目を覚ます。ふかふかとして暖かい。ここはどこだろうと瞼の裏を焼く光にうっすらと目を開けると、見慣れぬ天井を仰ぎ見た。
「起きたか。起きたんならもう出て行っていいからなー」
「……?…! はいっ!聞いてませんでした!」
がばりと起きる竜ノ介を呆れたように、一護が見守る。あれ?と首を傾げる竜ノ介、ここはどこだろうときょろきょろしていると、階段を上ってくる足音が幾つか聞こえた。
「おっまたせ~!美味しいパンですよ~!あ、目が覚めたんだね。良かった~!」
「美味しいって言いきっていいのかよ。廃棄なんだろそれ」
「そんな事言う人にはあげませーん!」
「井上さんの言う通りだぞ。いつも一番美味しそうに食べる癖に、君は礼儀を知らないな」
ひょこりと顔を見せる眼鏡の男——石田雨竜は眼鏡の位置を直しながら顔を見せる。
「……そうだな」
のそりと顔を見せる背の高い男——茶渡泰虎は微笑みながら部屋に入ってくる。
「うるせーーよ。大体お前らなんで全員チャイムも鳴らさず入ってくんだよ!」
「すぐそこで遊子ちゃんに会ったんだよ。ぐずぐず喋ってないで、パンを取り分けるんだから皿くらい用意しろ」
「……俺もいる」
とてとて、と静かに入ってきた男——十二番隊四席。冨岡勇慈もまた、少しだけ自己主張をする。その光景にようやく追いついたのか、竜ノ介があーーー!という大声を上げて我に返った。
「そうだ…っ、こんな事してる場合じゃ……!志乃さんは、志乃さんは無事なんですか!?」
「落ち着けよ、アイツなら——」
「ただいまー。コーラ買ってきまし、た……」
最後に入ってきた女性が、目を見開く。どさりどさりとビニール袋に入ったコーラを取り落としながら、女性——志乃は涙を浮かべる。
「りゅうのすけぇ……!」
「志乃さん…!」
感動的な再会。それは一方的なものだった。走り寄った志乃が竜ノ介を抱きしめるかと思いきや、振りかぶった腕が華麗なラリアットを決めたのだ。ベッドに再び沈む竜ノ介。情けない!!!と志乃に叱られながら、竜ノ介は矢継ぎ早に繰り出される志乃の言葉に悲鳴を上げていた。
「よし、食うか」
「この焼き鯖パンは彼が好きそうだ。残しておいてあげよう」
「それオメーが食いたくねぇだけじゃねぇのか?」
「あたしメロンパン!」
「俺はクロワッサンを…」
「それなら俺は……焼き鮭パンにする」
「勇慈お前それでいいのか??」
わいわい和気藹々とパンを取り分けながら、そういやと一護が思い出す。
「そういや、お前の名前まだ聞いてなかったな」
ぎりぎりぎり…と首を絞められながら、竜ノ介が口を開こうとした。だがそれに割って入った声があった。
「そうだな。答えておこう。————イーバーン。アズギアロ・イーバーンだ」
「!?」
「他に質問は?」
霊圧を察知させず、背後に立つ気配に一護たちが一斉に振り向く。ベッドの上に立つそれは、白い隊服を纏い顔の左には仮面を被ってる男だった。
「……誰だか知らねーが、とりあえずベッドから降りろ」
「失礼。よく聞き取れなかった」
「誰だか知らねーけどベッドから降りろ、つったんだよ」
は、と謎の男は鼻で嗤った。
「——断る!」
そう言い切る前に動いたのは一護であった。男を蹴り飛ばし、一護の意図を察して動いた井上が窓を開ける。ガラス窓は開け放たれ、そこから男が勢いよく外へと吹き飛ばされていった。
「何者だ?」
「破面じゃないのか?虚のような仮面がついていたように見えたが……」
「もぐ……」
「いらねぇ。どうせ俺に用があんだろ。外で追い返してくる!」
「分かった、俺たちもパンを食べたらすぐに行く!」
「もぐもぐ」
「そのころには終わってるよ!!」
一護が文句をつけながら飛び出していった。それを見送りながら、再びパンをもぐりと口にする。案外鮭の塩気がパンと合う。
「い、今の……誰なんですかね……?」
「さぁ?」
井上ですらも気に留めた様子もなく、パンをもぐもぐと口いっぱいに頬張る。一護が戻ってきたのは、三十分後の事であった。
—————————
——————
「ただいま~」
「あ、おかえり黒崎くん!怪我してない?」
「おかえり」
「おう。結局お前ら来なかったな。まぁいいけど」
一護が窓から帰ってきたのを井上と勇慈が出迎える。ごくごくとコーラを飲みながら謎の男について一護と石田、チャド達が話しているのを聞いていると、ぴぴぴぴ、という着信音が二重に鳴り響いた。
「ん、伝令か」
「あ、僕もです」
勇慈と竜ノ介が伝令神機を手に取る。そして通話ボタンを押して耳元に添えると、間もなく二人の目が見開かれた。
「……何?」
「なんだ?どうかしたのか?」
「え、えぇ…えぇ。はい……あ、すみません。わかりました。はい。…はい」
間もなく通話が終わると、緊張と衝撃を隠しきれない表情のまま、勇慈が口を開いた。
「隊葬だ。……緊急帰投命令が出た。すまない、尸魂界に戻る」
「隊葬?」
「はい……一番隊、雀部長次郎副隊長が……亡くなられたそうです」
「——————っ」
誰かの息を飲む音がした。
『いいか。手短に現状のみを伝える。質問は返さず一度で聞き取れ。』
『今から五十七分前。一番隊執務室に正体不明の七名が侵入。五十二分前に撤退。隊士一名が死亡。総隊長はご無事だ。』
『同刻。一番隊が警備に当たっていた黒陵門付近にて正体不明の侵入者との戦闘が発生。百八十二秒間の戦闘で隊士百十六名が死亡。雀部副隊長はここで致命傷を受け、何らかの方法で執務室に運ばれたのち、絶命した。』
『なお、こちらの侵入者数は不明。目撃者全員が死亡している。だが霊圧計測による痕跡から、一名である可能性が高い。そして』
『侵入者たちの侵入及び撤退経路は不明。瀞霊廷外周の遮魂膜に何ら影響が観測されていない事から、侵入者は遮魂膜を無視した移動方法を有しているものと思われる。』
十二番隊、阿近から勇慈に伝えられた内容は以上であった。一護は落ち着かないまま、見回りと称して町に繰り出す。
そこで、天から降ってきた幼い破面に助けを求められる事になるとは、尸魂界側の誰もが知らないのであった。
技術開発局は、十二番隊傘下の組織であり、尸魂界における最先端の科学技術の粋が集まった要衝である。
そして、最も
死神の総数、つまり十二番隊の死神の在籍数は二番隊と並んで最も少なく、二百名をぎりぎり超えている程度にとどまる。だが、技術開発局を含めれば話は別だ。研究員を含めればその数は4.5倍の九百名に昇るといえば、その大所帯ぷりが分かるだろうか。そして、その隊士ならびに研究員を束ねるのが席官たちである———————
十二番隊中央会議室。そこに自分やネムを含めて十名ほどの局員たちが集っている。
マユリは鍵盤を叩きモニターを呼び出すと、こつりこつりと壇上を歩きながら、集まった隊士たちに呼びかける。
「諸君。我が愛すべき護廷十三隊の副隊長である雀部副隊長が亡くなられた事は、周知の事実だろう。そして総隊長殿はこうおおせられた。『直ちに全霊全速で戦備を整えよ』とネ。であるならば、我らが十二番隊、そして技術開発局が成すべき役目は当然わかっている事だろう?」
す、と友人が前に一歩歩み出て、口を開く。
「十二番隊戦闘科長として進言する。この局は戦時下においての通信や解析の要だ。そして、砦でもある。他隊のように戦力を分散させ、各門付近を守護するのではなく、戦力を局に集中させ籠城戦・防衛戦を重視すべきだ」
「フム、私も同意見だとも。やはりお前は戦事になると使い物になるネ」
マユリが勇慈を肯定する。勇慈は四席としてこの場に出席しているが、本来の正式な肩書は『十二番隊第四席 研究素材捕獲科副長兼十二番隊戦闘科長』である。戦闘科とはマユリから託された十二番隊の隊士の育成・鍛錬を目的とし、主に局外での任務担当する十二番隊の戦闘部門の事である。
「あたしも賛成でーす!そもそも十二番隊で使い物になるのは戦闘科しかいませんし、そこまで戦力的に余裕はありませんからね」
元気よく手を挙げたのは
それに同意するように、銀髪を肩まで伸ばし、眼鏡の奥に碧眼を気弱そうな顔をした小柄な男が頷く。
「ぼくも、薪さんと同じ意見です。そもそも断界研究科では、戦時下に入る前……敵の侵入経路の解析と根城の逆探知こそが戦場ですしぃ……」
彼の名は
「捕獲科としてはぜひとも敵を捕獲して解剖したいところだけど……それどころじゃないわよねぇ」
おっとりとしながら物騒な事を話す女性は
「こちらの霊具管理科からも采絵さんの方に人を回すわ。そしたら、戦闘科じゃない子たちでも自衛ができるものね。四席のいう通り、ココは要よ。私たちは、何があっても生き残らなくっちゃいけないのよ」
体格だけ見れば勇慈より遥かに逞しい彼は、
阿近は総合科長————マユリの側近として技術開発局の総合的な研究・集約を行う科である————そして副局長として、局員たちの意見を取りまとめながら、ここまで一度も声を発していない[[rb:鵯州 > ひよす]]に声をかける。
「鵯州、お前の方はどうだ。通信技術研究科の方で人員が必要な点は?」
「あ?あー……つーか、どっちかってーと霊波計測部門の方に人手がいるな。おい小鳥遊。まだ断界研究科の方じゃ侵入者の侵入経路解析できてねぇんだろ?」
「え、はい……ぁ、霊波計測部門に人手を回す件ですか?」
「そうだ。お前ンとこで解析ができねーんなら、次も防衛戦になんだろ。ならあらかじめ霊波の乱れを察知する予報器具を作っておく。そしたら不意打ちは避けられんだろ」
「確かに……よし、ぼくの黒腔技術員をそっちに回しますね。お願いします」
「おうよ。っつーわけで阿近。こっちはいらねぇ。やっぱ戦闘科だろ一番人手がいんのは」
「そうだな……」
ちらりと阿近と鵯州が勇慈を見やる。マユリもそれを視線で追いながら、腕を組み考え事をしながら黙していた友人が口を開くのを静かに待つ。
「……」
「おい、勇慈」
「……聞いている」
「そうかよ。なら戦闘科はどうすんだ」
「……先日の報告を聞く限り、戦闘科隊士の練度では太刀打ちが出来ない。せいぜい足止めや、局員を逃がせたら御の字だろう。だから、采絵さんと久留米さんの改造が済み次第、捕縛器具の訓練をさせるべきだと思う」
それ以外にできる事といえば、せいぜい怪我が最小限で済むように、機能訓練を入念にさせておくくらいしかないな。そう締めくくった。
機能訓練とは、鬼殺隊時代に採用されていた機能を回復させるための訓練……『機能回復訓練』を元に、護廷十三隊に合わせて改良した訓練の事である。機能回復訓練そのものは、基本的には怪我の治療を終えた患者に行われていたものであり、それを基礎的訓練として昇華したのがこの機能訓練となる。その訓練の優秀さが認められた結果二番隊でも採用されているのは、余談である。
「あら、私たち責任重大ね。もし捕まえられそうだったら捕まえてちょうだいね」
「善処する」
「勇慈くんったら相変わらずお堅いわねェ。ウフフ、頼もしいわ」
モニターを叩きながら、十二番隊に通達する内容を纏める阿近を眺める。
「そうだ、十一席と十四席は何をしているのかネ?」
「え?あー…あいつらなら襲撃現場の霊圧測定っすよ。滅却師の霊波計測をしてるはずです」
「あ、すみません涅隊長。ぼくが頼みました。何か急ぎの案件ですか?」
「イヤ、確認しただけだヨ。フム……まぁいい。十五席から二十席まで捕獲科に人を回し給え。采絵と久留米の仕事が捗らなくちゃァ、話にならないからネ」
「はぁい」
「承ったわ」
「侵入者どもが五日後に開戦と告げて、今日で二日目だ。諸君らの働きに期待しているヨ。せいぜい私を失望させない成果を上げ給え」
あれやこれやと盛り上がる部門ごとの相談や提案を遮って、そう知らしめる。マユリのその一言に局員の顔が一層引き締まり、はい!という返事が会議室に木霊した。
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—————————
——————
———
ついに、尸魂界に侵入者——滅却師の侵攻が始まった。
つい先日開発された虚捕縛用霊具——霊縛鎖を十二番隊戦闘科の隊士たちに引き渡し終えた久留米率いる霊体霊具技術管理科、および采絵率いる研究素材捕獲科は小鳥遊の断界研究科と鵯州の通信技術研究科・霊波計測研究所研究科の加勢に回り、滅却師の一刻も早い分析と解析に取り組んでいた。
戦闘科の隊員たちは技術開発局正門、研究棟、研究資材保管庫に重点的に配備されており、足止めを命じてある。勇慈は八百屋を伴い、局の屋上にて瀞霊廷に立ち昇った火柱を見つめていた。
「う~……ついに戦いが始まっちゃったかぁ……ねぇ科長、あたしたちのとこには敵来ないですよねぇ…?」
「静かにしろ。常在戦場の訓えを忘れたか」
「科長ほど戦線に出てる人いないですもん。あ~~~~……ホント、何も起こらなければいいなぁ……」
「……」
勇慈は無言で視線を瀞霊廷に固定したまま、刀の柄に手を添えていた。勇慈の役目は、技術開発局を守り抜くこと。だが、その静寂は長くは続かなかった。
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———
かたかた、と。マユリは私室の一つである研究室に籠り鍵盤を叩いていた。雀部長次郎の斬魄刀を機材に設置し、卍解封印の解析を進めている。モニターに浮かぶ試行中の解析演算が百%に達しようとしたその時。ブツリ、と音を立てて”否”の解析結果が表示される。マユリは顔を上げ、その結果にふむ……と独り言ちた。
「……卍解を封じるのではないのかネ」
ぎしりと椅子にもたれかかり、顎に手を添えて思考を深める。
「……。卍解を封印するものではない。なら、卍解を消失させる類の術かネ…?卍解と同等の力を持った何某かをあらかじめ準備しておき、卍解の発動直後に対となるエネルギーで以って相殺する……あくまでこれは憶測だ。情報が足りなさすぎるネ」
すっと立ち上がる。そして傍らに控えていたネムに一声かける。
「ネム、私も前線に出るヨ。データ収集だ。お前も来るんだヨ」
「はい、マユリ様」
ひらりと隊首羽織を翻し、技術開発局の廊下を通って正門から出る。ちら、と霊圧を辿ったところ、最も近いのは————日番谷隊長の所だった。そちらへ向けて走り出す。技術開発局の防衛は勇慈に任せ、マユリは瀞霊廷で戦況を見極めて、データ収集に徹しようとした。しかし、その耳に天挺空羅を通じた緊急連絡が届く。
「————天挺空羅!」
十番隊、乱菊からの天挺空羅にぴくり、とマユリが反応する。卍解、”奪略” その報告を受けた時、マユリは苛立ちから拳を叩きつけた。
「馬鹿が!!何故こちらの情報収集と解析が済むまで待てなかった。信じられん馬鹿どもだヨ!!」
沸騰した頭で冷静に霊圧を辿ると、今向かっている十を含めて二・六・七番隊隊長も奪われたようだった。その事実に歯噛みしながら、加勢に向かおうと足を前に出した。その時だった、耳に取り付けてある通信機から緊急通報が鳴り響いたのは。技術開発局からであった。
「こんな時に何だネ!?要件なら手短に——」
「た、隊長!助けてください!四席が、冨岡四席がぁ…!」
リンの悲痛な声がマユリに助けを求めている。騒ぐなと一蹴し、報告を挙げさせるとマユリは目を見開くのだった。
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———
少し前。マユリが前線で卍解奪略の真実を知った頃。
「黒崎一護への救難要請、成功!阿近三席、通伝刀の設置完了しました!」
「わかった。リン!隊長たちへつなげ!」
「は、はい…!『瀞霊廷内全隊長・副隊長、ならびに隊士各位!お伝えします!死神代行 黒崎一護が現在、尸魂界に向かっています!』」
「『彼の卍解は、滅却師には奪えません!これは技術開発局がさきほど確認した確定情報です!!』」
「『今しばらく、持ちこたえてください!必ず、黒崎さんは来てくれます!!』」
「————待て」
阿近が計器の一つを見て目を疑った。通伝刀用の伝令器具を外したリンは、え?ときょとんとしている。
「おかしい……黒腔内の黒崎一護の霊圧が…消えた…?」
「消えた…消えたって、何かあったんですか!?」
「わからねぇ。応答もねぇ。……ともかく、黒腔内で何らかの問題が発生したのは確かだ。おい、小鳥遊!小鳥遊はどこだ!」
「小鳥遊なら今通信技術研究科にいるぜ」
鵯州が阿近の言葉に返す。すぐさま内線の通話をonにして、小鳥遊を呼び出す。
「おい、小鳥遊!緊急事態だ。部下を集めて虚圏から直通で開いてる穿界門に急げ!!」
「え、えぇ阿近さんどうしたんですか…?」
「緊急事態だつってんだろ!断界研究科の使える部下連れてけ!黒崎一護の霊圧が黒腔で消失した!すぐに調査しろ!!」
「はっ、はいぃい!……っ、うわぁあ!?」
「おい、小鳥遊、どうした———」
轟音。それと同時に、建物が揺れる。眩しい外からの光に目を焼かれていると、その光を遮るように大きな影がのっそりと姿を現した。
「兕丹坊…!?」
「何やってるんだ兕丹坊!!」
瀞霊廷の西門である「白道門」を守るはずの兕丹坊が、技術開発局を襲撃。研究棟が打ち壊され、局員が瓦礫の下敷きとなりその場は騒然とした。慌ただしく動き出す戦闘科の隊士たちが動き出すよりも早く、動く影があった。
「八百屋!」
「はぁい!…『くっつけ、黒金』!!」
しゃらんと抜き放たれた斬魄刀が磁力を帯び、鉄筋を含んだ瓦礫を操って兕丹坊を抑え込む。屋上で待機していた八百屋と勇慈であった。
「八百屋、兕丹坊を無力化しろ。俺は外を確認する!」
「了解しましたぁ~!でも気をつけてくださいねぇ~!」
兕丹坊は誇り高く、優しい性格の持ち主だ。それが今は自我無き人形のように技術開発局を襲っている。裏があると見ていい。兕丹坊を操る、何者かが。そう判断して勇慈は外へと出た。
そして、その判断は正しかった。
「ゲッゲッゲッ。やっぱり見抜いチャッタ?そりゃあそうだよねェ~。あのでくの坊、実力はともかく性根はいい子なんだもんっ♡」
「……お前か」
ふよふよと胡坐をかいたまま浮遊する黒い肌で小太りの、サングラスをかけた滅却師がそこにいた。ちっちっちっ、と指を振りながら、ダメよダメダメと口を開く。
「そんな怖い顔しちゃダメっ♡愛の使者たるペペ様に失礼だゾッ?」
「水の呼吸、壱ノ型……水面斬り!」
「うひゃぁ!」
大げさな声を上げて避ける滅却師に追撃で打ち潮を放つ。紙一重で避けられ、内心で舌打ちをする。
「怖い怖い。でも、愛があるからこそ手が出せないってあるよネ?」
「ッ!?」
刀を構えてペペを睨み上げる勇慈の左手に霊子の鎖が巻き付く。驚き背後を振り向くと、戦闘科の隊士が陶酔した顔で霊縛鎖を勇慈に放っていた。
「何を…っ、離せ!何をしているんだ!!」
「もう遅いよ~ん……ラーヴ・キッス♡」
隊士に気を取られる隙は、戦闘中において致命的だった。一瞬でもペペから意識がそれたその時、ペペが構えたハートの手のひらから光が放たれる。閃光が勇慈の身体を貫いて、彼岸花を持つ手がだらりと下がる。それを見届けた隊士は霊縛鎖をほどき、ペペがふよふよと項垂れている勇慈の元へと浮遊してくる。
「んん~?どうしたのかナ?ホラホラ、ボク困ってるんだよネッ。ねぇ、お願い。全部ゼーンブ壊しちゃって♡そうだねェ……手始めに、そこの建物の死神たちを皆殺しにするとカ♡」
「…………、ペペ…」
ゆらりと顔を上げる勇慈。その瞳は濁り、虚ろな光を宿した。かちりと彼岸花を握り直し、技術開発局の元へと歩き出す勇慈。
「ゲッゲッゲッ!」
勇慈は囚われ、ペペの悪辣な笑い声がその場で響いていた。
——————
———
冨岡四席が帰ってきた。敵を倒してくれたんだと局員が安堵したのは、一重に勇慈の普段の任務達成率や人柄によるものだろう。だからこそ、無防備に勇慈に話しかけてしまったのだ。その結果、斬り捨てられるとも想像つかないまま。
「————ぇ」
どさりと倒れる局員。じわじわと血の海が広がっていくのを見て、誰かが悲鳴を上げた。
「と、冨岡四席!一体何が…やめてください、敵じゃありません。それは局員です!!」
「知っている」
「は——?」
止めに入った局員もまた脇腹を抉られる。噴き出した鮮血が地面を赤く染め上げ、場が騒然とした。
「科長!?何!?何してるんですかぁ~!?」
兕丹坊を抑えていた八百屋が勇慈の乱心に混乱し、動揺する。慌てて戦闘科の隊士たちに命じ、霊縛鎖で捕縛しようと試みるが、勇慈に向けたそれが届いた端から凪で斬り捨てられる。
「頼む、これ以上抵抗はしないでくれ。せめて、苦しむ必要がないように終わらせるから」
かちりと彼岸花を構え直し、僅かに前傾姿勢を取ったかと思うと、消える。勇慈が消えた瞬間、隊士の一人が悲鳴を上げる。斬られたのだ。消えたわけではない。勇慈はただ単純に、距離を詰めるために走って、斬った。それだけなのに、痣の力を引き出している勇慈の機動力に追いつけない。早すぎる。
「う、うぉおおおお!!」
「っ、馬鹿!やめなさい!」
隊士三名が、勇慈に向かって振りかぶる。八百屋が止めるも、それを僅かに身を捩るだけで躱し、屈んだかと思うと足払いをかける。バランスを崩した隊士はその場に尻もちを搗き、埃を払うような軽い調子で振られた刀にみねうちをされる。後ろから刀を振り下ろした隊士を受け流すとそのまま胸倉を掴み、もう一人の隊士の方へと投げ飛ばして鎮圧する。
「ちっ…恨むなよ、勇慈!!————君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 心理と節制 罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ!破道の三十三 蒼火墜!」
鵯州が蒼火墜を放つ。それが勇慈に届こうとした時、勇慈が横に刀を一薙ぎした。
「…っ、おいおい。マジかよ……」
蒼火墜が二つに断ち切られ、分かたれた光弾が背後で爆発する。冷や汗を垂らしながら唖然としている鵯州に、勇慈が歩を進めた。じり、と後ずさる鵯州。
「鵯州!!」
「っ…阿近てめぇは退避しろ!ここは俺が抑える!」
「だが…!」
「今てめぇまでいなくなったら、誰が[[rb:技術開発局 > ココ]]を仕切るんだよ…!」
「っ…!」
ぎり、と歯を砕かんばかりに噛みしめた阿近が悔し気に退避する。その気配に安堵する鵯州と、ぼう…とした瞳で鵯州を見つめる勇慈。
「鵯州さん、あたしが出ます。破道で援護、お願いしますね。黒金の磁力で封印してみます」
「おめぇ震えてんぞ。……まぁ、気持ちはわかるわ」
かちり、と黒金を構えるも少し震えている八百屋を軽い調子で鼻で嗤いながら霊圧を高める鵯州。互いに死ぬ覚悟でいた。それほどだった。勇慈の強さは。誰よりも前線で戦っていた男の強さを、十二番隊が知らないはずがない。
「へっ、死ぬなら、もうちっと色気のある女と一緒に死にたかったぜ」
「あたしだって、カエルみたいな人と心中するつもりなかったんですけどねぇ」
たらりと垂れる汗がぽたりと床を叩く。ぼう…としたままの勇慈が口を開いた。
「鵯州…八百屋……すまない」
それは本心か。本心なんだろうな。苦しませずに殺したいだなんてお人好し、お前くらいだよクソ。内心で悪態を吐きながら、鵯州は再び破道を唱えた。
——————
———
一方その頃、阿近に連れられて退避していたリンは、簡易通信機を手にとっていた。
「おいリン、どこに掛ける気だ」
「隊長です!ぐすっ…冨岡四席がおかしくなっちゃった今、止められるのは隊長しかいません…このままだと鵯州さんも八百屋さんも死んでしまいます!」
勇慈の乱心にパニックになりながら、震える指で隊長への通信を接続しようと試みるリン。阿近はそれを否定できなかった。そして、このままだと勇慈に仲間を皆殺しにさせてしまうという事も。
「……隊長は前線だ。その簡易通信機じゃあ、隊長には繋がらないだろうよ」
「そんなっ…!」
「だから、これ使え」
ぽい、と投げ渡したのは隊長直通の通信機。マユリの右腕として阿近が持たされていた、緊急通信網だった。
「そのボタンを押せば、隊長に繋がる。お前は隊長にこの事を知らせて、救難要請を飛ばせ」
「はっ、はい…!」
「俺は通信技術研究科のとこへ行く。黒崎の霊圧消失原因はまだ未特定のはずだ。そっちも解析しなきゃまずい」
後は任せた、とリンの肩を叩いて廊下を走りだす阿近。その場に一人残されたリンは、重大な任務——マユリへの救難要請という任務を十全に果たすため、必死に冷静になろうとしていた。だが
「こんな時に何だネ!?要件なら手短に——」
「た、隊長!助けてください!四席が、冨岡四席がぁ…!」
通話が繋がった時、安堵からぽろりと涙が零れてしまったのは、それだけ彼も追い詰められていたという事だろう。必死に嗚咽を堪えながら、マユリへの状況を説明するリン。通信機の奥でマユリが、息を飲んだことには気が付く事はなかった。
